超人の誕生
新しい友だちとの語らい。
そして簡単なオリエンテーションで二年生の初日は終了。
放課後は、早速仲のよくなったグループに分かれて、みんな帰路につく。
僕も井上くん、岩崎くん、佐藤くんとともに学校を出る。
注目のライトノベルの話題で盛り上がったところで四人それぞれ別れてゆく。
僕も一人きり、いや僕に憑依したジャスティス星人のヒーローと二人きり。
まるで昼寝から覚めたように話しかけてくる。
「よかったね、カズヤ。さっそく友だちができたようだね」
「うん、趣味が合うっていうのはいいことだよ」
「そうだね、私もカズヤの年頃にはそういう友だちがいたものだよ」
「へぇ、ヒーローって年はいくつなの?」
「カズヤたちとは時間の単位が違うから簡単には答えられないけど、この星で言えば二十歳というところかな?」
「だけどよく憑依なんてできるね?」
「私たちジャスティス星人は不定形生物、つまり決まった姿かたちを持っていないんだ。だからカズヤの欠損した脳髄に姿を変えて補完することもできるのさ」
のんびりとそんな話をしていたら、僕の耳が……いや、ヒーローによって機能を増幅された耳が、何かをとらえた。
「聞こえたかい、カズヤ?」
「なんだろ、今の声?」
「私には聞き覚えがある。キミのごく親しい者の悲鳴だ。カズヤ、行くぞ!」
「って、僕は走るのが苦手だけど……」
「忘れたかい? キミの能力を私がサポートして、なおかつ超能力をキミに与えているんだ。まずは走り出すことだ」
うながされるままに、僕は駆け出した。
すると、信じられないくらいに身体が軽い。
いや、正しく言うならものすごい力を、僕の脚が発揮しているんだ。
まるで風にでもなったような気分で、僕は声の方角へと走っていった。
目的地に到着するまでに、ヒーローが僕に教えてくれた。
火事だ。
それも繁華街の方角。
貼るの青空に真っ黒い煙が立ち上っている。
僕は脚を速めた。
赤信号はそばにあった電柱を蹴って、道路を飛び越える。
黒煙に包まれた雑居ビルに到着したのは、一分もかからないという自動車も真っ青なレコードだった。
そんなことに感心している場合じゃない。
もうもうと黒い煙を吐き出す雑居ビルの窓から、女の子が助けを求めている。
ミッコだ。
僕の幼馴染、近藤美奈子が泣き叫んでいる。
「助けなきゃ!」
「あぁ、そうだとも。よく言ったな、カズヤ!」
「でもどうすれば?」
「駆け上がるんだ、あの建物の壁を!」
「そんなの無理じゃない?」
「大丈夫、まずは勢いまかせに壁を駆け上がる。そして身体が落下する前に次の一歩を踏み出すんだ!」
無茶な理屈かもしれないけど。
「僕にはその能力があるんだね?」
「私を信じてくれ!」
それなら……行くぞ! 待ってるんだ、ミッコ!
アスファルトの地面に足跡が残るくらい力強く蹴って、雑居ビルの壁に足がかかってもさらに加速。
泣き叫ぶミッコの姿が、みるみる近づいた。
「ミッコ!」
僕が叫ぶとミッコは明らかに「ゲッ!?」という顔をした。
彼女が身を乗り出していた窓から飛び込んで、隣に立つ。
なるほど屋内は有毒ガスを含んだ煙が充満していて、一息吸い込んだだけでも倒れてしまいそうだ。
「なんでアンタが助けに来るのよ! 出しゃばるんじゃないわよ、肉丸!」
ミッコの第一声は罵倒だった。
「今にレスキューが来るんだから、アンタなんかが出て来るんじゃないわよ!」
僕はその頬を打った。
パシーンという乾いた音が響く。
そして僕は彼女の肩を掴み、瞳に訴えかけた。
「いいかいミッコ、ビルのナカは毒ガスで一杯だ。おそらくレスキューが到着する前に、キミは死ぬ」
それまでは恐怖に泣き叫んでいても、どこか「死」を実感できないでいたのだろう。
だからあんな罵声を吐いたのだ。
それが冷静になって辺りを見回せば、屋内に立ち込める黒煙と熱。
ミッコの瞳孔は恐怖に見開き、カチカチと歯が鳴った。
「僕なんかに助けられるのは不本意かもしれないけど、今は生きるんだ! いいね?」
ようやくミッコはうなずいた。
僕の胸にすがりつく。
強化された僕の肉体は、ミッコを軽々と抱え上げた。
お姫さま抱っこの体勢だ。
ここから飛び降りても大丈夫かな、ヒーロー?
頭の中でたずねると、もちろんだともという頼もしい返事。
だけどミッコを抱えているんだ、無茶はできない。
ならば、と向かいのビルを睨みつける。
そして窓枠を蹴って跳んだ。
僕とミッコは放物線を描くように落下を始める。
でもすぐに、向かいのビルに足がかかった。
その壁を蹴って、煙を吐く雑居ビルの壁へ。
もちろんこちらも落下が始まるときに蹴ることができた。
そうして僕は落下の力をゆるめながら、無事に地上へ降り立った。
ミッコにもケガは無いようだ。
そして僕には縁のなさそうな、軽薄そうなお兄ちゃんたちがミッコを囲む。
僕から引き剥がすようにして。
そして「心配したんだよ」とか「助かってよかったね」などと口々にまくし立てている。
ミッコはそんな言葉など聞いていない様子だ。
唇を噛みしめて、顔を真っ赤にしている。
あれは昔っからの彼女の表情。
すごく悔しいときの顔だ。
もちろんあんな顔をしているときには、何を言っても無駄。
自分ひとりの世界で、悔しさにさいなまれているんだ。
だから僕は背中を向ける。
「いいのかい、カズヤ? キミはあの幼馴染を助けたんだぞ。お礼のひとつも言わせないのかい?」
「無駄だよ、ヒーロー。今のミッコは一杯いっぱいなんだから」
そして真っ赤な消防車がサイレンを鳴らしながら駆け込んでくるのを尻目に、現場を後にする。
まあ、こちらも現場に居残ってアレコレ詮索されたくは無い。
とっとと逃げた方がいいだろう。
などとクールぶってはいたけれど、僕の身体は細かく震えていた。
まさか、あんな軽業をデブチンでチンチクリンの僕がやっただなんて……。
あのときは僕も一杯いっぱいだったけど、振り返ってみればあれこそヒーローの活躍。
本当に僕は、超人的身体能力を身につけたんだ……。
怪獣や怪人を倒した訳じゃないけれど、ものすごい力を手に入れてしまったんだ……。
こうなるとネット小説なんかでは、モンスターやら魔王やらをバッタバッタとなぎ倒して、痛快に「俺強ぇえ!」なんて活躍するんだろうけど、ここは転生先の異世界なんかじゃなく現実世界だ。
例えモンスターや魔王が現れたところで、まずは警察と自衛隊の出番だろう。
それでも敵わないというのなら、いよいよ僕の出番かもしれないけれど、そんな目立った活躍をしたいとは思わない。
学級カースト最下層の僕にはわかる。
個人は集団には勝てないんだ。
超人的身体能力の僕を倒すのなんて簡単だ。
食べ物を売らなければいい。
お腹が空いてどうにもならなくなったら、僕もギブアップするだろう。
じゃあ腕力や身体能力にまかせて食料を強奪するかい?
そうしたら、「柏木和也には住居を与えてはならない」という法律を作ればいい。
雨風にさらされて、僕は疲れ切ってしまうだろう。
そうなれば超人的身体能力も台無しだ。
それでも僕が滅気なければ、「柏木和也と関わることを禁止する」って法律を作るんだ。
人間、これが一番こたえるだろうね。
ほらね、超人になったって女の子にモテモテのハーレムなんて築けやしない。
まして民衆が崇めてくれるだなんて、夢のまた夢。
それが学級カースト最下層を経験した僕の結論。
実際にはミッコひとりすら、僕になびかせることはできていない。
それにカーストとはよく言ったもの。
身分制度上位の人間ってヤツは自分の地位を絶対に譲ろうとはしない。
普段から最下層を見下して「みじめだねぇ、おぉヤダヤダ」なんて思っているんだから、自分がそこに落ちようだなんて考えたりはしないんだ。
人から見下されるのが嫌だから、上位に登ろうとする。
そして上位に上り詰めたからといって、誰かに何かを施す訳ではない。
それが残酷な学級カーストというものだ。
絶対に目立ちたくはない。
さっきは必死だったからあんなマネをしたけれど、これからは慎まなくちゃいけない。
「おや、カズヤ。自分を戒めているようだね、感心感心」
ヒーローが僕に語りかけてくる。
「急に強大な力を手に入れると、道を踏み外す者も出るものだけど、キミにはそんな心配は無さそうだね」
「僕の世界でこの力を使うには、あまりに強大すぎるよ。情けないだろ、ヒーロー?」
「そんなことはないさ、キミはこの星の人間の中では聡明な部類に入ると思うよ」
「僕が腰抜けなだけさ」
僕の心中を察するように、ヒーローは笑う。
「それじゃあカズヤ、キミにちょっとした素敵な体験をプレゼントしよう」
なんだろう?
訳もわからず家路を急がされ、家に帰るなりスウェットにきがえさせられた。
「カズヤ、キミの身体能力が飛躍的に上がったのはわかるね? それじゃあ少しの時間、ジョギングでもしてみようか?」
「かまわないけど……」
本当はちょっとだけかまう。
僕の日常に運動という文字は無い。
そして帰宅後はすぐさまネットゲームに取り組むというルーチンワークが組み込まれているんだ。
だけどヒーローにうながされるまま、僕は軽くなった脚で駆け出した。
信じられないくらい脚が速い。
そして心臓にも呼吸にも、まったく負担がかからない。
軽く流した程度で、五キロも走ってしまった。
家の前で薄っすら汗ばんだ頬をタオルで拭っていると、今度は筋トレに誘われる。
ヒーローなりの考えがあるのだろう。
腕立て伏せ、腹筋運動背筋運動、そしてご存知スクワット。
さらには僕の苦手なストレッチ。
お腹がつっかえてはいたけれど、ヒーローのサポートで柔軟性まで増している。
いままでこんな経験は、確かにしたことが無い。
ヒーローの言うとおり、素敵な体験……って言えるのかな?