急転
やって来ましたネットカフェ。
とはいえ睡眠中のお客さんもいるだろうから、静かに……静かに……。
しかし結子さんと二人きりということで、僕の心臓は早鐘を打ちっぱなし。
これから僕たちは……二人だけの個室で……コスモスーツ撮影会をするのだ。
今まで結子さんとは食事をしたり映画を見たり、あるいはゲーセンで簡単なゲームに興じたり。
思い出してみれば二人でお出かけはあったけど、二人きりという状況は初めてかもしれない。
まあ、こんな場所で急速に大人の階段を登る訳にもいかないので、そんな展開は期待していないのだけど、それでも緊張はしてしまう。
しかし受付でブースを借りようとしたら、張り紙がめに飛び込んだ。
『仮眠中のお客さまもいますので、写真撮影などはお控えください』というものだ。
「どうしよっか……」
結子さん、見るからに意気消沈。
「そうだね、まずは表に出よう」
雑居ビルを出る。
僕が結子さんを撮影することは無いかもしれないけど、結子さんののぞみは叶えてあげたい。
そこで一計を案じる。そしてヒラめいた!
「結子さん、どこか人の来ない山奥まで、ひとっ飛びしようか?」
「そっか、誰も来なければいいんだもんね♪」
そう、僕たちにはその能力がある。
少なくとも、誰も来ない雲の上には何度か足を運んでいるんだから。
ということで、人気のない公園の公衆トイレでコスモスーツを装着。
誰にも見られていないことを確認してから、一気に高高度へ急上昇。
旅客機がフライトしていないことを確認してから、雲の上の青空へ。
「どっちへ行こうか、結子さん?」
「南がいいなぁ、海が見える山の上!」
人混みの街中を離れたせいか、結子さんはゴキゲンだ。
二人ならんでランデブー、音の速さで十分間のフライト。
すぐに海が見えてきた。
だけどそれを突っ切って、小さな無人島に二人で降り立つ。
さすがにここなら誰も来ないだろう。
漁師さんのブイなんかも浮いていない、本当の無人島だ。
そして降りそそぐ太陽光線は、お先に失礼とばかり夏を先取りした気分。
前髪とたわむれる潮風も心地よい。
イイ気分にひたっていると、結子さんはさっそく僕の横顔を撮影していた。
「気が早いなぁ」
僕は笑う。
「いい画だったから」
結子さんも笑う。
ゴーグルはまだ外していないけど、街中とは違う笑顔に見える。
「ね、和也くん。ゴーグル外して一枚行こうか?」
「オッケー、でも僕の写真なんか撮って面白いのかな?」
「……好きな男の子の写真だもん」
ちょっと恥しそうな上目遣い。
結子さん、その表情……反則です……。
っつーかその表情こそ僕も写メで納めたいのにっ!
それから結子さんのリクエストのまま、色んなポーズで写真撮影。
一段落ついたところで、結子さんは僕の中にいるヒーローに言う。
「だけどこのコスモスーツ、色々と変形すると面白いのにねぇ」
「できるとも。コスモスーツ自体が変形する訳じゃないが、変装用に様々なデザインに変化させることができる」
おいおいおい、聞いてませんよそんな話。
「頭の中でデザインをイメージしながら、ゴーグルのここのボタンを押す。するとコスモスーツのデザインが変わるんだ」
「へぇ、どれどれ?」
食いつくようにして、結子さんは僕のゴーグルを操作。
コスモスーツは昭和の学生服……いわゆる学ランというものに姿を変えた。
……しかも、何故かゲタ履き。
スマホのシャッターボタンを夢中で押す結子さん。
そうか……結子さんもこういう趣味があったのか……。
関心していると、白タイツの中世貴族のような服装に早変わり。
僕もウケ狙いでバレエのコスチュームに白鳥の首に着替えてみる。
これが意外にも好評で、結子さんは後ろから前から、高い所から低い所からシャッターを切りまくる。
「次、和也くん! 水着イッテみよーか!?」
結子さん、興奮しきっている。
僕も南の島の開放感からか、それに乗ってしまう。
まずはボックスタイプ……いわゆる学校指定のような四角い海水パンツ。
存分に結子さんのリクエストに応えたら、今度は競泳パンツ。
そしてお互いノリノリで、どーだぁ! と言わんばかりのブーメランパンツ。
これがもう、いいのか? って言うくらいにハイレグTバック。
最高潮のうちに夕日が傾き、タイムアップ。
結子さんによる結子さんのための、僕の撮影会は終了した。
次は結子さんの水着姿、僕に撮影させてね? とお願いすると、彼女は恥ずかしそうに小さくうなずいてくれた。
高高度を飛行して帰路につく。
道中スマホでダークネス関連の事件を検索したけれど、今日は何の動きもなかったようだ。
もしかしたら来週、怪人がダブルで出現するかもね。
そう言うと結子さんは面白くなさそうに顔をしかめた。
「デートくらい落ち着いてできればいいのにね……」
「そのためにはダークネスをやっつけないとね」
「フーマン博士って、どこにいるんだろ?」
悪の話題はそれっきり。
それよりも明日の日曜日はどこをパトロールするか?
デートコースの話題になった。
そして怪人レディ・モスとなった近藤美奈子。
近藤美奈子は父親の研究所の片隅で、変身以来ずっと鏡を見つめていた。
化け物となってしまった醜い自分。
その運命を呪っている。
何故こんな姿になってしまったのか?
かつては男など漁り放題。
どんな男dwも自分を下には置かないという美少女だったのに。
父親の言葉を思い出す。
世の中が憎くて憎くてどうしようもない者ほど、怪人としての素質がある。
ならば自分が世の中を恨みはじめたのは、どこだっただろうか?
記憶を探り思い出す。
そうだ……あの屈辱の一日。
あの日からだ。
元は太っちょ、おまけに寸足らず。
箸にも棒にもかからないモブ男子でしかない柏木和也。
アイツが自分を袖にした日からだ。
いや、さらに面白くない事もあった。
自分ほどの女の子を振っておきながら、すぐにくっついた女。
そうだ、斎藤結子だ。
アタシを振った男と簡単にくっついて、大きな顔をして交際宣言までして。
あの女だけは許せない。
八つ裂きにして殺してやりたいくらいだ。
…………八つ裂きにして殺す? なんだ、他愛もないことじゃないか。
自分は悪の手先、怪人なのだ。
それができるだけの力はある。
そして悪の怪人が罪無き人を殺すのは当たり前のことじゃないか。
絶望的な自分の姿。
しかし怪人であることがこれほど頼もしいと感じたことはなかった。
許されるんだ、自分が自分の力であの女を八つ裂きにしても、それは許されることなんだ!
だってアタシ、あの女のせいでこんな醜い怪人になったんだもん。
ふさぎ込んでいた娘は、蛾の化け物の姿で立ち上がった。
「お父さん、戦闘員を貸して!」
怪人に姿を変えても、なおお父さんと呼ばれることに近藤隆は頬をゆるめた。
「どうしたんだい、レディ・モス? さっきまで沈んでいたのに……」
「アタシ、やりたいことが見つかったの! 今から悪の手先として活動して来るわ!」
そして、僕の視点。
土曜日の寄るに、結子さんからライン。
明日の撮影会はキャンセル、近藤美奈子から連絡があったそうだ。
すぐさま僕は電話を繋ぐ。
コール二回、結子さんはすぐに出てくれた。
電話での挨拶を軽く交わして、すぐに本題。
「近藤美奈子から連絡があったって?」
最近はまともに学校にも来ていなかった近藤美奈子だ。
「そうなの、どうも不登校になった理由って、私が和也くんと付き合ってるのが面白くなかったからだって」
「それで、会いにでも行くの?」
「うん……今まで私に冷たくしてたこと、お詫びしたいって……」
ちょっとだけ、信用できない。
しかし何かあっても、彼女にはジャスティス星人のパワーがある。
だから「僕も一緒に行こうか?」という問いかけを断られても、それほど心配はしていなかった。
そして結子さんが僕の申し出を断った理由が、「女の子同士の話だから」というのも一緒に行けない原因だった。
「気をつけてね、って言った方がいいのかな?」
「大丈夫だよ、和也くん。もしも近藤さんが男の人を何人も連れてきてたって、私にはジャスティス星人のパワーがあるんだから」
結子さんも僕と同じ考えだった。
そして心構えも十分なようである。
だから僕は「何かあったらすぐに連絡してね」と言ってこの話題を切り上げた。
そしてここから、いよいよ最終決戦の幕をが上がるんだ。