羽根開く野望
囲まれてはいるけれど、戦闘員たちはどこか及び腰。
そりゃそうだろう、融合超人が二人も現れて、女の子らしい身体つきではあるけどうかつに近づけないくらいに強いんだから。
「じれったいなぁ、この戦闘員たち! ジャスティス、一気にかたづけるわよ!」
結子さん、さっさと敵を片付けてデートの再開に漕ぎつけたい御様子。
だけどね結子さん、敵だって必死なんだ。
甘く見てると手痛いしっぺ返しが来るよ?
だけど結子さんは突撃。
長い脚でバッタバッタと戦闘員たちを蹴り倒すけど、タックルで脚に取りつかれた。
ひっくり返される。
そこへ群がろうとする戦闘員たちを、僕はボクシング技術で葬るんだけど、一対一の寝技なら、遅れを取る結子さんではない。
自分の上に乗っかった戦闘員の首をボキリとへし折った。
「大丈夫だった? ミス・ジャスティス!?」
結子さんの呼び名はミス・ジャスティスになった。
僕がいま決めた。
「ごめんなさい、ジャスティス! 足を引っ張っちゃったね!」
「そんなことないよ、二人だとやっぱり心強いからね」
「そんな……私なんて……」
「いやいや、キミがいてこその僕なんだから……」
僕はモジモジ。
結子さんもモジモジ。
それを見ていたサル怪人がムキーッと怒り出す。
「なんだキー! 面白くないキー! 戦闘中になにをイチャついてるキー! 許せないキー!」
そう叫んで横っ跳びに跳んだ。
素早い。
そしてスケベなサルは結子さんに抱きついた。
……愚かな。
お前は戦闘員たちをなぎ倒した結子さんの柔道殺法を見ていなかったのか。
案の定、サルは床に転がされ、押さえ込みの袈裟固めをくらっていた。
その股間を僕は怒りにまかせて電気アンマ、両足を脇に抱え込んで断続的なストンピングを連打した。
当然だ、結子さんの寝技をご馳走になるなんて、ヤキモチを焼くだけの理由に足る!
くらえ! 嫉妬に燃える男の攻撃!
そして遂にサル怪人は口から泡を吹き、痙攣して背中の骨を折られた。
泡に変わるサル怪人。
悪は滅んだ……。
平和は取り戻され、正義は今日も勝利したのだ……。
行こうか、と声をかけると変身した結子さんはコクリとうなずいた。
僕としてはいつまでもこの完璧プロポーションを鑑賞していたいのだけれども、カメコ紛いの連中がスマホで彼女を撮影し始めていた。
いいか、カメコ諸君。
これは僕の彼女だ。
勝手に撮影などしてもらっては困るんだ。
などと考えつつも、家に帰ったら即座にアップされた写真をダウンロードすることを心に誓っていた。
僕たちは屋外に出て、天高く飛翔した。
そして上空はるか、雲の上。
誰にも邪魔されないこの場所で、僕はゴーグルを取った。
コスモスーツに素顔という、大変にレアな姿だ。
僕の意図を察したか、結子さんも素顔を見せてくれる。
こちらもまた、格好いいコスモスーツに素顔である。
僕たちは抱き合った。
そして誰にも邪魔されることなく、心ゆくまでキスを味わった。
結子さんの唇は、今日も美味しかったです。
「なによ、こんなトコに連れて来て」
主人公カップルが幸せなキスを交わしていた同時刻、近藤美奈子はブスッたれた顔をしていた。
週末である、繁華街へ繰り出して午前様になるまで遊び呆ける予定だった。
しかし父親に捕まってしまった。
そして無理に車へ押し込まれ、着いた場所が父親の職場。
というか近藤美奈子が知る父親の研究室ではない。
製薬会社のものとは別の研究室であった。
しかしそんなことは近藤美奈子にとって関心の無いことである。
父親が何をしていようと、生活に不自由がなければそれでいい。
というか今や近藤美奈子にとって父親などという存在は、どうでもいい存在でしかなかったのだ。
近藤隆はそんな娘にも優しく椅子をすすめる。
そして手ずから淹れたコーヒーを差し出した。
不眠不休で稼働することもある研究室で、近藤隆はコーヒー技術を高めていた。
ボスの淹れるコーヒーは美味しいと、職員たちにも好評なのだ。
そんな香り高いコーヒーなのだから、娘もなんの気無しに口をつける。
「美奈子、お前は最近世間を騒がせているダークネスとかいう連中を知っているかな?」
父親の言葉に、近藤美奈子は「あぁ、あの迷惑な連中か」と思った。
美奈子自身人質にされたり、あるいは繁華街によく怪人が出没するので、良い印象はまったく無い。
しかし父親は、意外なことを口走った。
「実はね、父さんはダークネスの首領であるフーマン博士と同体なんだ」
「は? ナニ言ってんのオヤジ、頭でも涌いた?」
「だけど父さんたちの邪魔をする融合超人ジャスティスとかいう奴が現れて、より強力な怪人が必要なんだ」
「ナニそれ? ウケる〜〜♪ それじゃオヤジ、世界征服とかやっちゃうワケ〜〜?」
近藤美奈子はひとりハシャイでいたが、父隆の沈んだ面持ちは変わらない。
「強力な怪人になれる人材っていうのは、世の中を恨んで恨んで、人々を憎んで憎んで仕方のない、心が荒んだ人間が必要なんだ」
「ナニそれ? それじゃアタシなんてうってつけジャン!」
「そう、お前はダークネスに選ばれた人材なんだ」
悪魔の眼光が輝く。
この時点でようやく、近藤美奈子は差し迫った状況に気がついた。
「ちょっと遅かったね、美奈子。お前がいま飲んだコーヒー。そのコーヒーには人間を怪人に変える薬品が入っていたんだよ」
「なにそれ……イヤよ……怪人になるなんて……」
「心配いらないよ、美奈子。その力は人類など敵ではなく、何者よりも優れているんだ……」
近藤美奈子は震え始めた。
薬品が体内で効果を現しているのだ。
「紙を超えよう、美奈子。そして地上に楽園を建設するんだ」
近藤美奈子は白目を剥いて倒れ込んだ。
全身が死を予感させる痙攣に包まれる。
苦しそうに口から泡を吐いた。
皮膚の色が変化する。
毒々しい紋様が浮かんできた。
流行の服の背中を突き破り巨大な羽根が姿を現す。
そして痙攣がおさまり、近藤美奈子は顔を上げた。
しかしその顔は蛾のようであった。
衣服は完全に破れ、無駄に良い体を露出しているのだが、蛾のような羽毛に包まれている。
「よくぞ生まれてきた、レディ・モス! さあ、共に羽ばたこうではないか!」
そしてそんな深刻な状況も知らずに、帰宅した僕は部屋でスマホをネットに接続していた。
検索ワードは「ヒーロー」である。
それだけで結子さんの変身した姿を、たんまりとダウンロードできた。
まるでキャットスーツ。
身体のラインが丸わかりだ。
いけませんいけません、このような性的刺激にあふれた画像は可能な限り採取しなければいけません。
それも妙にバストやヒップの写メが多いのだ。
確かに、そういった写メをアップした方がヒット数を稼ぎやすいだろう。
事実僕もそうしているんだけど、自分の彼女が晒し者にされているようで、あまり気分はよろしくない。
そんなことを考えていると、ラインが届いた。
結子さんからだ。
「和也くんの写メを採取しようと思ったのに、私のエッチな写メばっかり!」
プンスコマークが添えられていた。
「仕方ないよ、結子さん美人だから」
返信する。
すぐに電話がかかってきた。
「和也くんも私のお尻写真を集めてた?」
第一声がそれかよ?
「い、いや……そそそそんなコト無いよ?」
しまった、声が上ずってしまった。
「へぇーー、さすが私のカレシだね。でも、和也くんにとって私ってそんなに魅力無いのかなぁ〜〜?」
なんだかからかうような口調。
僕は全力で否定する。
「そんなことないよ、結子さん! 実はこれから採取しようと思ってたんだ!」
思わずいらないことを口走る。
「それは嬉しいんだけど、なんだかズルくない? 和也くんばっかり私の写真あつめてさ」
「そっかなぁ?」
「ワードだって和也くんの写真、欲しいよ?」
「じゃあ、今度撮影してみる? どこかでさ」
「それって和也くんのウチ?」
急に声のトーンが高くなる。
「ん〜〜……僕のウチは母親が自宅待機してるからなぁ……ネカフェとかで個室を借りて撮影っていうのはどう?」
「決まりね♪ 和也くんのあ〜〜んな写真やこ〜〜んな写真、一杯撮っちゃうぞ!」
「はは……お手柔らかに……」
ということで、明日の日曜日は撮影会デートに決定。
っつーか、僕ばっかり撮影される約束で、結子さんを撮影する約束はしてなかった!
柏木和也、一生の不覚に御座る……。