飛躍するようでいてそうでもない二人の仲
怪人襲来の騒ぎは、驚くほど早急におさまってしまった。
パトカーの回転灯が輝き、お巡りさんだ大挙乗り込んできたときには、誰もが平静をとりもどし素知らぬ顔で街を通り過ぎてゆく。
加害者は泡となって消失し、拉致されそうになった人々も自分の用事を済ませるべくどこかへ去ってしまっていた。
警官隊到着までに僕も変身を解いていて、結子さんと二人現場を離れていた。
僕はすっかり回復していたけど、結子さんはあくまで僕の心配をしてくれる。
そりゃそうだ、とヒーローは言う。
「いままで圧勝していたジャスティスの、初めてのダウンシーンだ。それも眼の前で派手にやらかしたからね。心配するのも当然さ」
しかし結子さんはかなり思い詰めた表情で、僕に訴えかける。
「あの……和也くん。……私に和也くんのお手伝い、できないかな?」
私も一緒に闘う、と言い出したのだ。
もちろん僕は「う〜〜ん」とうなる。
「お願い、和也くんひとりを危険な目に遭わせたくないの!」
「実はね、結子さん。融合超人ジャスティスには秘密があるんだ」
順を追って説明する。
まずはジャスティス星人のヒーローが起こした事故。
そして僕が死んでもおかしくない状況にあること。
それを不定形生命体のヒーローがどうにか命を繋ぎ止めてくれていること。
それと引き換えに手に入れた、超人の能力。
さらには宇宙凶悪犯罪者のフーマン博士とダークネスという組織。
「だから、普通の人が僕と一緒に闘うのは、ちょっと難しいかな?」
「ぶー……」
結子さん、ちょっとふくれた。
まあ、女の子からの大胆な提案を却下してしまったんだから、ここはごきげんをとらないとね。
「いや、できないことも無いぞ。ふたりとも……」
僕の口から、僕じゃない言葉が吐き出される。
またヒーローが勝手に僕の身体を使っているんだ。
「私、ヒーローは不定形生命体。つまり分裂増殖も可能なんだ。私の分身を彼女の脳に送り届ければ、彼女もまたスーパーヒロインとして活躍することができる」
「え? それじゃあジャスティスって無限に増殖できるってこと?」
「そんなことはないさ、増殖には膨大なエネルギーを消費するし、分身はやはり分身、劣化版のような存在だ。決してオリジナルは越えられない。それに……」
「それに?」
「彼女の体内に分身を送り込むということは、キミたち二人が接触しなければならない」
「ということは?」
なんだ? 嬉し恥ずかし「きゃあ♡」な行為に及ぶってことか?
「キミたちの文化でいうところのキスをしなければならない。無限にジャスティスを増殖させるなら、キミも彼女も他の人間とキスをしまくるということだ。そんなこと、耐えられないだろ?」
なぬ? 嬉し恥ずかし「きゃあ♡」体験じゃない?
というか今日の告白で付き合い始めて、もうキスの話?
いや、今どきの高校生男子その程度のことはごく当たり前というのは分かるんだけど。
だけど僕の身にそんなことが降りかかろうとは……。
いやまあ、僕もそんな経験ができればいいなぁとは妄想たくましく生きては来たけど、自慢じゃないけど生まれてこの方、気がついたときからオタクの道一直線。
こんな幸せが妄想ではなく現実に迫られると、狼狽えるより他は無い。
「あの……カズヤくんの中の方……カズヤくんとキスすれば、私は彼の役に立てるんですよね?」
「その通り!」
だからヒーロー、このすっごく照れくさい状況をあおらない!
ほら結子さんが僕を潤んだ瞳で見詰めてる!
グイグイ僕に迫ってくる!
あぁっ! 瞳を閉じて唇を差し出してきて! こ、これは……いわゆるキス顔というヤツじゃないかっ!
でも、女の子の瞳を閉じた顔って、なんでこんなに綺麗なんだろ……?
じゃなくって! 危機だ! というか退っ引きならない状況に追い込まれてしまった!
裏通りの目立たない場所とはいえ、こんな場所で堂々とキスなんて。
とはいえ結子さんを待たせる訳にもいかないし。
結論。
こんな綺麗な娘とのキスが非現実的だっていうなら、もっと非現実的になってやれ!
僕は結子さんを抱き締めた。
ちょっとだけ身を硬くした結子さんだけど、すぐに僕に身を任せてくれる。
そのまま僕たちは、空へ。
結子さんを落とさないように、しっかりと抱き締めたまま。
そして雲の上。
僕は座椅子にでも座るような姿勢で、結子さんを脚の上に座らせた。
「ここなら二人きりだよ、結子さん」
照れ屋な僕。
だけど結子さんを好きなことには変わらない。
そして僕だって彼女とキスをしたい。
ただ、あまりにもそういった体験は今までの僕には縁遠かったから……。
だから二人で非現実的な空の上まで来ないと、思い切れなかったんだ。
「寒くない?」
雲の上の風が、結子さんの美しい黒髪をもてあそんだ。
「大丈夫、それよりもドキドキしちゃって……」
僕は彼女の横向きの背中に腕を回して、スレンダーな身体を支えている。
彼女は僕の首に腕を回して、そう。
丁度お姫さま抱っこの態勢だ。
ジッと僕の顔を見上げる結子さん。
まだ瞳を閉じてくれない。
だけど僕も綺麗な瞳をいつまでも眺めていたかったから、急かしたりはしない。
こうして空の上まで来れば、いつでも二人っきりになれるんだ。
焦る必要はどこにもない。
そして心の準備ができたのか、結子さんはあの綺麗なキス顔で唇を捧げてくる。
僕は唇で出迎える。
なんて、僕にしては格好つけ過ぎ。
ただ唇を押し当てただけの、不細工なキス。
だけどお互いに柔らかな感触を確かめあって、それから離れる。
もっと深く、濃厚に接触しないと移植はできないぞと、ヒーローは釘を刺してきた。
「きこえた、結子さん? 僕の中の声が」
「聞こえた。だけど初心者同士、私たちの早さでキスを深めて行こう?」
そう、僕も結子さんも恋の初心者同士。
一足跳びなことなんて考えず、ゆっくりのんびり関係を深めていけばいい。
もう一度、いい? 確認をとると、結子さんははにかむようにしてうなずく。
またもや不器用なキス。
鼻と鼻がムニッとぶつかったりして。
だけどそれを結子さんは、「私たちらしい、初心者のキスだね」と笑ってくれた。
僕の中でヒーローはじれったそうにしている。
ほら、もっとブチュッといけ! なんて急かしてくるけど、そんなことはおかまいなし。
ちょっとずつ唇を動かして、彼女の唇を吸ったり撫でたり。
ゆっくりゆっくり心の扉を開くようにして、キスを続ける。
そしてとうとう結子さんの強張りが消えて、力なく唇が開いた。
ノテ……もたれるようにして、僕は舌先を預ける。
結子さんも少し驚いたようだけど、僕の舌先を受け入れてくれた。
というか、呑み込まれていく。
そっか、結子さんも僕のこと好きなんだっけ?
だから僕を受け入れてくれるんだ。
キスは女の子にとって、いつだって初めての経験と同じ。
それだけの価値のある行為。
きっとそうなんだろう。
結子さんが許してくれなかったら、キスもここでお終いだったはず。
彼女の唇に導かれるように、僕は舌を進める。
暖かくて柔らかくて、少し酸味のあるような爽やかな味わい。
もっとダイレクトに言うなら、結子さんの口の中、美味しすぎる!
もう、ずっとこうしていたい!
呼吸が苦しくなったのか、結子さんは「んっ……んっ……」と鼻を鳴らす。
「オーケイ、二人とも。これで移植は終わった。二十四時間以内に、彼女の中で私の分身が活性化する。だから……おっと、キスはまだ終わりじゃないんだね?」
それっきりヒーローは気配を消した。
僕と結子さんは、より親密な口づけを交わし求め合った。