もつれる感情
結子さんの眼の前で、初めての変身。
そして僕はこれから、薬物で改造されてしまった「元人間」を倒しにゆく。
正義のためとはいえ、微妙な気分だ。
薬物で改造されているとはいえ、元は人間。
もう元には戻せないとはいえ、元は人間。
戦闘員であろうと怪人に姿を変えていようとも、元は人間。
敵とはいっても元は人間だった人々を、これから僕は斃さなければいけない。
改めて、悪を憎む。
斃されても仕方のない人間を生み出した、フーマン博士が憎い。
そして何より、結子さんを改造して戦闘員にすべく誘拐しようとした罪を許せない!
よし、心の補完完了!
悪に挑むぞ!
アゴの先に拳を構えて、戦闘員の群れに突撃する。
右に左に、戦闘員たちを殴り飛ばして泡に変えた。
戦闘員たちはご丁寧にマイクロバスへ人質を詰め込んでいる。
その罪も無い人々を解放する。
さあ、逃げるんだ! と。
しかし僕の眼の前に、コウモリ怪人が立ちふさがった。
「おのれ融合超人ジャスティス! またも我らが野望を邪魔するか!」
「平和に暮らす人々をさらうなど、このジャスティスが許さないぞ!」
そしてコウモリ怪人がもう一人現れる。
「なんの兄者、この娘ひとりさらえば、今回の作戦は成功ぞ! この娘、世の中を恨みに恨んでいて、良い怪人に成長するわい!」
「いやっ! なにすんのよ!」
コウモリ怪人の腕の中にいたのは、近藤美奈子だった。
っていうかなんでこうも都合よく人質になってんだよ!?
っつーか世の中を恨みに恨んでって何さ!?
「おのれダークネス!」
「おっとジャスティス。動いたらこの娘がどうなっても知らんぞ?」
「卑怯だぞ!!」
「悪の組織に卑怯も何も無いわ! くらえっ、超音波攻撃!!」
コウモリ怪人の吐き出す、光の輪をまともに浴びてしまった。
グワッ、頭が割れるように痛い!
悶絶してノーガードになった僕に、コウモリ怪人兄のボディーブロー! ボディーブロー!ボディーブロー!
三発もお見舞いしてくれやがって……くの字に折れた僕。
その顔面にスネで蹴り上げ!
グハッ、僕の顔はサッカーボールじゃないんだぞ!
倒れ込んだ僕に、プロレスみたいな踏みつけ攻撃。
しかしこれは寸でのところでかわすことができた。
必死に立ち上がり、ファイティングポーズ。
しかしコウモリ怪人弟が、腕の中の近藤美奈子を僕に見せつけた。
クソッ、これじゃあ反撃ができない!
コウモリ怪人兄の右! 左! 右!
ガードの腕から力が抜けて、まともに連打を浴びる。
あ……なんだか気持ちよくなってきたぞ……。
後頭部にゴチンという感触と、目の前に広がる青空。
あぁ……僕はダウンしたんだな……。
コウモリ怪人兄が馬乗りになって、さらに僕の顔面を殴りつけてきた。
あぁ、これダメなパターンだ……。
ってゆーか、僕、なんでコウモリ怪人と闘ってたんだっけ?
思考と記憶が途切れそうになったとき、結子さんの声が届いた。
「頑張って、ジャスティス! 立ち上がって!」
そうだ、僕は守らなきゃならない人がいたんだ!
コウモリ怪人の右拳を受け止めて、身体の上から払いのける。
弟怪人は、結子さんの足元で伸びていた。
そして結子さんの手には、折れた角材が握られている。
近藤美奈子は、すでにどこかへ逃げていたようだ。
ならば、斎藤結子さんの安全が最優先!
タンブリングで助走をつけて、高々と宙に舞う。
そして上空から急降下、伸びている弟怪人の首にヒザを落とした。
弟怪人、絶命。
泡に姿を変えてゆくのを見届けて、のこるは兄怪人だ。
「おのれジャスティス、よくも弟を!」
「おのれコウモリ怪人、よくもやってくれたな!」
ざまあ見ろ、お前の台詞そっくりそのまま返してやったぞ。
しかしそんなウィットに富んだ返しも、怪人には通じないみたいだ。
大きく口を開けて超音波の準備に入る。
だが、僕の方が早い!
「ジャスティス・高速水流!」
合わせた両手の先から、高圧高速の水流を発射した。
水弾というか、怒涛の水流はコウモリ怪人の口をふさぐ。
コウモリ怪人はムセて身体をくの字に折る。
僕は水流を止めずに目を狙う。
今度はコウモリ怪人、身体を伸ばして顔を手で覆った。
ボディーがガラ空きだ!
水流を止めて正義の鉄拳をストマックに叩き込んだ。
今度はくの字。
その顔面にヒザを突き上げた。
身体を伸ばしたりくの字にしたり、コウモリ怪人は忙しい。
だけど、ここでお終いだ。
ピンと指先を伸ばした右手にエネルギーを注ぎ込む。
「ジャスティス・ハンドナイフ!」
指先をコウモリ怪人の胸にあてがい、ズブズブと刺し込んだ。
薄気味悪い断末魔。
僕の右手は手首より深くめり込んだ。
大量の血液を吐き出した。
それっきり、コウモリ怪人は絶命した。
泡に姿を変える。
勝利だ。
いや、勝利の余韻にひたっている暇は無い。
結子さんだ。
「大丈夫、ケガは無かった!?」
駆け寄って、細い肩を抱き上げる。
「私は大丈夫。それより和也くんは? ずいぶん殴られちゃったよね?」
ジーーン……染み渡る言葉。
僕はずいぶん前から彼女を結子さんとファーストネームで呼んでたけど、(心の中だけかもしれないけど)自分が好きな人からファーストネームで呼ばれるのは、たまらないものだ。
しかもお客さん、僕の心配してくれてるんですよ?
それも涙目で。
こんな嬉しいことがありましょうか!
「治った」
「へ?」
「結子さんの言葉で、治っちゃった」
「なにそれ?」
プッと吹き出す結子さん。
でもすぐに真顔になる。
「無理なんかしちゃ嫌だよ? 和也くんは頭をたたかれてるんだから」
「そうだぞ、カズヤ。キミのダメージは決して軽くない」
ヒーローまで僕の身を慮る。
「いや、カズヤ。むしろここは『あぁっ、ダメかもしれない!』とか言って、彼女にもたれかかれ! そして目一杯撫でてもらったり抱き締めてもらったりして、存分にねぎらってもらうんだ! スキンシップのチャンスだぞ!」
「なに言ってんのさ、アンタ!」
脳の中でヒーローにツッコミを入れる。
しかしそんなことよりも。
「僕の心配なんかより、結子さん」
「なぁに?」
「助けてくれて、ありがとう?」
「え?」
結子さんは覚えていない様子。
角材でコウモリ怪人を殴り、近藤美奈子を解放してくれたおかげで、僕は反撃に転じることができたんだ。
それを忘れているなんて、よっぽど必死だったんだろう。
全然覚えていない様子だったから、僕は折れて転がっている角材に目を向けた。
結子さんは自分のしたことを思い出したのか、「え? え?」などと狼狽えていた。
そんな彼女の肩を優しく抱いて、「ありがとう、結子さん」と改めてお礼を言う。
真っ赤になってうつむく結子さんが大変に可愛らしかったけど、冷気のような殺意を感じた。
何奴!?
思わず目を上げると、そこには怒気をはらんだ近藤美奈子が立っていた。
「……なんだか、面白くないわね」
地獄の底のうめき声のように、近藤美奈子はもらした。
正義の超人とその恋人は、パッと身を離す。
「なによ、斎藤結子? あんた柏木和也と仲がイイんじゃなかったの? 今度は正義の超人に乗り換えるわけ?」
「コラコラ、そんな言い方は無いぞ? 彼女は君を魔の手からすくってくれたんだ」
「だってそうじゃない? この女、クラスで最近痩せて目立ってる男子に熱上げてんのよ!?」
「いや、それは……」
「なによ? 違うとでも言いたい訳?」
詰め寄ろうとする近藤美奈子の頬を、軽く平手で叩く。
もちろん超人的な力は使わず、柏木和也の力で軽くだ。
近藤美奈子はハッと我に返ったような顔をした。
「言い過ぎだよ、ゴメンなさいは?」
優しく諭すように言った。
だけど近藤美奈子は、フン! と言って背中をむけてしまった。
クラスの男でも正義の超人でも、寸足らずの男に股を開いてればいいわ! と捨て台詞を残し去ってゆく。
どこまで性格が悪いのか?
見てくれが良いだけに、女子から嫌われる女子の典型なのではないだろうか?
ダークネスの怪人同様、彼女もまた救うに救えない人間なのではなかろうか?
というかコウモリ怪人も言っていた気がする。
良質な怪人になりそうだと。