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遭遇と境遇

季節は春。日本中全国的に春。

重たいコートを羽織らなくて済むっていうだけで、自然と気持ちが軽くなる。

もちろん春の新作アニメも気になるし、大ヒットゲームのキャラクターたちの衣替えも楽しみだ。


だけどそんなものを抜きにしても、やっぱり春は嬉しい。

制服のままで朝食をとり、鞄を手にして玄関を出る。

もう、重苦しいコートはいらないんだ。


玄関を出るとお向かいさんの玄関も開き、ポニーテールの女子高生が出てきた。

学年でも一、ニを争う可愛らしさ(僕ン中)に育った幼なじみ、近藤美奈子。

子供の頃のあだ名は『ミッコ』である。彼女は僕を無視するみたいに物置の方にスタスタ歩いてゆくと、自転車を出して来てサドルに腰をおろす。


そのまま迷いもなくペダルを漕いで、サッと学校へと向かってしまった。

僕は徒歩通学。

というか僕やミッコの家は学校に近いので、自転車通学は認められていない。

つまり彼女の校則違反なのだ。


学校付近の繁華街に駐輪して、そこから歩いて学校まで、というズルを平気でしている。

いつからだろう? ミッコがそんなケチくさい校則違反をするようになったのは……。

っていうか、いつから口もきいてくれなくなったんだっけ?


彼女がどんどん可愛らしくなってきた頃からだっけか?

それとも僕の背丈が止まり、プクプクプヨプヨと太りだした頃からだろうか?

どちらにせよ、僕はインドア系陰キャ路線を、ミッコは街がよく似合う陽キャ路線を、お互いにひた走っている。


学校に着くとクラス替えの発表がされていた。指差しながらクラスメイトの確認をする。

お、同じオタ趣味の井上くんが同じクラスだ。岩崎くんまで同じクラス。これは幸先がいい。

と思ったら、そこからは野球部サッカー部、バスケ部柔道部と体育会系、声のデカイメンバーが揃っていた。ようやく見つけた同志佐藤くんの名前は順番でいくと真ん中あたり。

そして僕の名前、柏木和也の名前は佐藤くんよりちょっと前にあった。

う〜ん、仲間と呼べそうな連中とは、席がずいぶん離れていそうだ。


そして一年生の時と同じく、近藤美奈子の名前も同じ二年四組に記されていた。


「柏木くん」


呼び声に振り向くと、井上くんと岩崎くん、それに佐藤くんが早速ツルんでいた。

僕と同じ匂いのする人種、いわゆる陰キャメンバーだ。だからといってそれを引け目には感じていない。

むしろ自分たちの好きなコトに好きなように打ち込んで、人生を楽しんでいる連中なのだ。


これを陰キャと笑うなら笑うといい。いまやインターネットというものは人間の生活で必須なもの。そしてそのインターネット社会には陰キャやオタがあふれかえるほどに存在しているのだ。

それに僕たちが好んで行っているネットゲーム。

ここに入れ込んでいない男子はいない。そしてそのネットゲームには必ずと言っていいくらいに二次元の女の子キャラクターが投入されているものである。


陽キャを気取っているキミたち、キミたちも恐るべきオタ文化に洗脳されているのだぞ、グヒヒヒヒ……。

まあ、そんなことはどうでもいい。

僕も井上くんたちのグループに入り、互いに新たな情報を交換し合った。

そんなときだ、不穏な声を聞いたのは。


「危ない、ぶつかる!」


その瞬間に、僕の意識はブラックアウトした。




真っ暗な闇の中。

ここはどこだろうと思っていたら、先ほどの声が聞こえてきた。


「柏木くん……柏木和也くん……」


「だれですか?」


「私は遥か遠いマゼラン雲から来たジャスティス星の異星人、ヒーローだ。いま私はキミの脳に直接語りかけている」


「僕の脳に? 直接?」


「そうだ、私はジャスティス星警察に所属しているのだが、凶悪犯を宇宙船で護送中に逃亡されてしまった。その凶悪犯を追跡中に、キミと衝突事故を起こしてしまい脳髄を破壊してしまったのだ」


宇宙船が衝突?

それじゃあ辺り一帯が大惨事に?


「いや、私たちのサイズはキミたちに比べるとかなり小型でね。宇宙船といってもピストルの弾より小さいと思ってくれ」


「それじゃあ僕は死んじゃったんですか?」


「いや、すみやかに私が憑依したため、キミは一命を取り留めた。しかし今度は私がキミから離れる訳にはいかなくなってしまったのだ」


「つまりヒーローさん、あなたが僕の生命活動を補佐していると?」


「有り体に言えばその通り。お詫びのしるしと言っては何だが、私が憑依することでキミの身体能力、知能は格段に跳ね上がり、これまで体験したことのない生活を約束しよう」


「具体的には?」


「そうだね、キミたちの世界で言う音の何倍もの速度で、空を飛べるようになる。遅刻なんて目じゃないぞ?」


「それは自力飛行?」


「もちろんだとも。それに筋力も脚力も飛躍的にあがる。正しくキミはヒーローになれるんだ」


「僕が……ヒーロー……?」


実感がわかない。何故ならヒーローというものはみんなの危機に颯爽と現れ、痛快に悪を打つ倒し、名乗りもせずに去っていくものだから。

というか、ぼくの回りには悪がいない。いるとするなら学校教育で教え込まれた、悪徳政治家なのだけどそれだって具体的に「誰が」、「どのような悪事を働いて」、「どんな迷惑をかけているのか?」明言することはできないでいる。


「おや? 今キミは悪の存在に懐疑的だったね?」


「もちろんだよ! ……いや、です。僕の身の回りには悪の天才科学者も凶暴な原子怪獣もいませんから」


チッチッチッと立てた人差し指振っているような音。

そこから気障キザな仕草でカウボーイハットを指先で押し上げるんじゃないだろうね?


「言っただろ、カズヤくん。私はジャスティス星の凶悪犯を取り逃がしたと。奴は正しく、キミが言うところの悪の天才科学者なんだ。奴は私を恨んでいる。きっとあの手この手で私をおびき出し、亡き者にしようとしているに違いない」


「あの手この手とは?」


「キミたちでは制御しきれていない原子炉を乗っ取ったり、飲料水用の貯水ダムに毒物を入れたりだ」


「なんともはた迷惑な話だね……いや、ですね」


「カズヤ、私と会話するときはもっとフランクに行こうじゃないか。その方が私も後ろめたさが減る」


「じゃあぶっちゃけたこと言うけど、ヒーロー? 凶悪犯に逃げられ未開の星で事故を起こすなんて……」


「おっと、いきなり核心を突いてきたね?」


「ヒーロー? キミってもしかして……すっごい間抜け?」


「カズヤ、キミも遠慮の無い男だな。だが私は誠意あふれるジャスティス星人だ。その問いに包み隠さず答えよう! スンマセン……新米が手柄立てれるモンだから浮かれてました……」


「だけどヒーロー? キミには事故や失敗のペナルティーは無いの?」


「もちろんあるさ。謹慎というか、キミが完治するまで憑依し続けること、という義務が課せられている」


「それはどれくらいの期間?」


「私の時間の単位で一週間。キミたちの時間に換算すれば七〇年かな?」


「ほとんど僕の一生じゃないか!」


「まあまあ、とにかくキミは私とともにある限り永遠のスーパーヒーローなんだから。やはりこれからはジャスティスに生きることを希望するよ」


「そこには異存はないんだけど……」


ないんだけど、なんだか釈然としないのは僕が悪いんだろうか?


「……ッシー……カッシー……?」


不意に声がきこえてくる。

岩崎くんの声だ。

ブラックアウトから覚める。

ブラックアウトする前と何ひとつ変わらない、クラス編成発表の場所。


「どうしたのさ、ボーッとして?」


「あぁ、きっと近藤さんと同じクラスになれたから、うっとりしてたんだろ?」


「カワイイよね、近藤さん」


井上くんも佐藤くんも、ミッコの可愛らしさには同意してくれているようだ。

四人で固まって教室へ向かう。

そして席に着いてみると、やっぱり三人の席は前の方。


僕の席は体育会系に囲まれるようにして後ろの方。

ほんのわずかな時間、ポツンと一人ぼっちになっていると、背筋を伸ばしたミッコがポニーテールを揺らしながら近づいてきた。


「ちょっと、柏木」


目元が少しキツイ。

声にもトゲがある。

これはあれだな、同じクラスになったときの、毎度毎度の儀式だな。


「あんた、アタシに絶対に話しかけて来ないでよ」


ほら来た。


「それから、アタシと幼なじみってことも言いふらさないで! 昔の話も禁止だからね!」


小さな声だけど語調はキビシイ。


「いい!? 絶対よ!」


「わ、わかってるよ」


彼女が言うには、僕と幼なじみという事実はとても恥ずかしい過去なのだそうで。

ま、そんなものなんだろうね。

僕のような寸足らずの肉丸くんと幼なじみだなんて、アイドルみたいなミッコにとっては恥ずかしい過去なんだろう。


もっとも、今やミッコも他の世界の住人。

僕としては話しかけたくても、共通の話題なんかひとつも無い。

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