特訓開始
「……ぁ、ぁいしてる。一生、ぼ、僕の傍にいて――」
「声がちいさーい!!やる気あんのか!もう一回最初から!」
「は、はい!」
放課後の屋上。
僕は大空に向かって、大きな声を出す発声練習という名の、恥ずかしいセリフを叫び続けるという地獄のような訓練に挑んでいた。
隣には、すっかり鬼コーチと化した宮永さん。ジャージを羽織って、どこから持ってきたのか分からないサングラスとハチマキをつけていた。
「き、キミを!幸せにできるのは、ぼ、僕だけだー!」
「どもるな!もっとスムーズに!もう一回!」
「はい!」
え~何故、僕がこんなことをしているかと言いますと、宮永さんに頼んだ恋愛指導の一環で、つまりは自業自得でした。
僕が教室で宮永さんに恋愛指導をお願いしたあと、クラスは、それはそれは大騒ぎになった。
「え⁉ 今のって告白⁉」
「どういうことだ⁉ 宮永さんに恋愛の仕方を教えてもらえるなんて!うらやまけしからん!」
「っていうか、あの男子なんて名前だっけ?」
「宮永さんにあんなことや、こんなことを教えてもらえるのか⁉ うらやまけしからん!」
教室中のあちこちから上がる疑問の声、僕は今までにないほどの注目を浴びてガチガチに緊張していたけれど、宮永さんはまったく気にした様子もなく「こいつ童貞だからさ、一人前の男にしてあげようと思って、今日から師匠とお呼び」と、さらに爆弾を落としてくださりました。
あれから男性陣の視線が怖くて生きた心地のしない一日を過ごし、げっそりとした僕に、宮永さんは「どうよ!今日一日でだいぶ度胸が付いたでしょ?」としたり顔。
な、なるほど!わざと注目を集める発言をして、僕の度胸を鍛えてくれていたなんて、流石宮永さん!特訓はもう始まっていたんですね!
「ありがとうございます!師匠!」
「うむ、くるしゅうないぞ」
ハードな一日だった。根暗ボッチの僕には初日から最高難易度の訓練だった。
でも、最後の方は気にしない方が気が楽だと思って、視線をあまり意識せずに過ごせたような気がする。ちょっとは度胸がついて漢らしくなったかな、なんてね。
「じゃあ、今日はありがとうございました。お先に失礼しま――」
「待った! 何帰ろうとしてんの?特訓はこれからでしょ?」
「……え?」
ガシッと腕をつかまれて、呆然としている僕に、宮永さんはニコッと優しく微笑んだ。
「僕は!キミのために生まれてきましたー!」
「いいよ~!もっと感情を込めて!」
で、こうなっているというわけでした。
宮永さん曰く「恥ずかしさを失くすには、はっちゃけるのが一番」だそうで、こうして大声で恥ずかしいセリフを連呼させられています。最初は校庭の真ん中でやらされそうになったから、土下座して場所を変えてもらいました。
「世界で一番!キミが可愛い!!」
「いいね~!」
なんか段々楽しくなってきた。
最初は恥ずかしくて死にそうだったけど、今では大きな声をだすのが、なんとなく気持ちいい。宮永さんもニッコニコで僕と一緒に大空に向かって叫んでいる。なんだか青春だった。
「いいじゃんいいじゃん!アンタさぁ、教室でもこれからはそうやってハキハキ喋んなよ。女子からも見てもらうためには、存在感上げてかないとね!」
「わ、わかりました師匠!」
バンバンと背中を叩かれて褒めてもらった。宮永さんみたいな自分とはまったく違うタイプの人に認めてもらえるのはなんだか嬉しくて、僕は結構ノリノリだった。
「よし!いい返事だ! 最後にもう一回いってみよ~!」
「はい!師匠!貴方のことを愛してます!」
「……え?」
「……え?」
「な、な、何言ってんの⁉ アンタ葉山さんが好きなんでしょ⁉ なんでアタシに告ってきてんのよ!」
「え?どういうことですか? はい、師匠って返事して、このセリフを呼んだだけですけど?」
「……」
「……」
「うっさい馬鹿!! 今日はもう終わり!帰る!」
「え⁉ し、師匠⁉」
よく分からないけど、宮永さんは怒って帰って行ってしまった。
ダメだなぁ僕は、最後は楽しくなってしまって、きっと気を抜いてしまったから宮永さんは怒ってしまったのかもしれない。明日から、もっと頑張らなきゃね。