女子からのお願い
「戦野君、申し訳ないんだけど、どうしてもお願いしたいことがあってね」
「……へ?」
放課後。
一日の授業が終わって、学校中がどことなく解放感に包まれている中、僕は当番になっていた教室の掃除に取り掛かろうとしていた。
僕が、何年かに一度あるかという、女の子に声をかけてもらうラッキーイベントに遭遇したのはその時だった。一度もまともに話しをしたことはないけれど、同じ教室の掃除当番になっている子だ。数いるクラスメイトたちの中から僕を選んだ彼女、いったい僕にどんなお願いがあるのだろうか――
「今日うちら用事があってさ、よければ掃除当番お願いしてもいいかな?何か埋め合わせはするから!」
……あぁ。
「お~い! まだ~? みんな待ってるぞ~!」
「ごめ~ん!すぐ行く! で、どうかな?お願いできないかな?」
僕の予想通り、廊下からは女の子を呼ぶ茂木君の声が聞こえた。
そう、これは、あれだ。放課後にみんな(ぼく以外)で遊びにいくやつだ。
目の前には、まだかまだかと僕を見つめる女の子。
廊下からは、それなりの人数が集まっているような声が聞こえてくる。
もしかしなくてもこれは、僕だけに掃除を押し付けるつもりだ!
こうなったら、僕の返答は決まっている。ガツンと――
「……えっと、用事があるなら、大丈夫だよ。えへへ……」
ガツンと、言えるわけない……。
「ホント!? いや~本当にありがとう! それじゃあよろしくね!」
「へ、へへ、気にしないで――」
女の子は、僕の返事を聞き終える前に廊下に出て行った。メンバーがそろったようで、廊下の一団がゾロゾロと移動していくのがわかる。
先ほどまでが嘘のように静まり返った教室で、僕だけがポツンと残された。
口から出るのは「はぁ……」というため息のみ、いや、ホント、自分でも女々しいなとは思うけれど、それでもこれは、ため息くらいついても仕方ないとも思う。昼間に二人から声をかけなくていいか、と思われただけでなく、今の状況はクラスの大勢からも、僕がそう思われているということだから。
「はぁ」自然とため息が漏れてくる。教室はそれなりの広さがある。それでも、メンバー全員で協力すれば、それほど掃除の時間はかからない。けれど、一人では話が別だ。
この広さの教室を、これから一人で掃除しなきゃならないということは、帰れる頃にはいったい何時になっていることやら、箒を手にしたまま、そんな風に考えて固まっていた僕に――
「どうして掃除当番が一人しかいないのかしら?」
氷のように透き通る美声が聞こえてきた。