第5話
琴音達一家が引っ越しをしてくる少し前、あらかた家の中の探索を済ませた翼は散歩がてら駅前に繰り出していた。
いつまで経っても見慣れない景色。 それはそうだろう。 そもそもこの土地に縁もゆかりも無いのだから。
「どうにかして元の姿に戻らないとな」
何はともあれ、本来の自分の姿に戻る事が望まれる。
どうしてこの老人の中に自分が居るのか、それは現時点では分からない。 だが、あの異世界の女神が何かしらやらかしている事には違いない。
「とは言え、俺が住んでた家が無いとかどうなってんだろうな」
翼が住んでいる地域から、この老人の住む家はそれほど遠い場所ではなかったのだ。 電車で1時間も掛からない場所だ。
電車賃は自室の財布から失礼した。
この老人の物だが、あの状況では仕方ない。そう思うことにした。 何より現金があって良かった。
預金通帳はあるが、そもそもこの老人の口座の暗証番号なんて知るはずもない。
財布を握りしめ、電車を乗り継ぎ記憶にあった懐かしい駅前を歩き、通りなれた道のりを少しだけ急ぎ足で。
心臓が早鐘の様に悲鳴を上げる。
息も切れる。
だがもう少し。
この角を左に曲がれば、右に見えてくる2階建てのアパート。 何故か緑色に外壁が塗り直されて、その当時はかなりの衝撃を受けたアパート。
翼が左に曲がり見たものは──雑草が生い茂り、明らかにもう何年も人が住んでは居ないであろう朽ち果てた一軒家だった。
「は……ははっ、嘘だろ? 何でだよ! 道を間違えた? いや、そんなはず無い。 訳わかん……ねえよ……」
呼吸を整え、心臓を落ち着かせる。
そもそも道を勘違いしている?
それよりも俺が住んでた時代と違う?
冷静に考えようとすればする程に混乱していく。
翼は混乱する思考をどうにか抑え、暫く立ち尽くした後、ここは一旦帰ることにした。 自分がこの世界に戻ってきた場所。 この姿──老人の家へと。
その帰り道、自分が何処の駅から電車に乗ったのかを覚えておらず、駅の路線図をボーッと眺めている所を駅員に声を掛けられ、警察を呼ばれ、そしてそこから琴音一家に連絡が行ったのだ。
冷静に考えれば、財布の中に身分証があったはずなので、ここまでの大事にはならなかったはずなのだが。
まぁ、そのお陰で琴音と出会えたし、助ける事が出来たので翼としては良かったのだが、あの一斉に回りから「ボケが始まった」だの「これが認知症か」等と言われるのは心外であったのは間違いないだろう。