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第3話

水上(みなかみ) (たすく)

飲食店で働く25歳だ。

勤務を終え帰宅し、手早く夕食を済ませ、いつもの様にパソコンのモニターに向かう。そして仮想の世界に没入する。社会人になってからの日課と言っていい。


両親は既に他界していたし、たまに従妹から連絡が来るくらいだった。


一人暮らしの気ままな生活。


明日の仕事の事も考え、いつもより早く(午前2時)に布団に潜り込んだ。


そして気が付くと、ここでは無い世界「Void」と呼ばれる異世界に召喚された。


翼は、神々に仕える女神「エリス」によって召喚された。

異世界で魔王と呼ばれる存在を打倒して欲しいという、何ともテンプレな展開に呆れはしたが、仲間達と共に魔王を打倒す事に成功した。

凡そ3年の月日が流れていた。


女神に「このまま異世界に残るか、それとも日本に帰るか」と問われ、日本に帰る決断をした。

召喚された時間に戻せる。その言葉が葵の背中を後押ししたのは間違いないだろう。


そして女神が世界渡りの扉を出現させ、仲間達が見送る中で扉を通り異世界を後にした。


翼は元の世界に戻り、異世界に召喚される前の普通の生活に戻った。














はずだった。




☆☆☆☆☆


 体育館からの帰り道、既に太陽は沈み、月明かりが二人を照らしている。


 琴音は老人とは思えないスピードで歩く祖父の背中を追いかけていた。


「あ、あの!」


 琴音の声を聞き、ふっと老人……祖父は振り返る。


「あぁ、ごめん。少し早かったかな」


 そう言い、少し歩く速度を落とした。


「いえ、あの……どうして助けに……ううん、どうしてあの場所が分かったんですか?」


 琴音が男達に攫われたのは、学校帰りの道路だ。そこに仮に祖父が居たとしても、車を追跡する事なんて出来るはずがない。


 それに男達を吹き飛ばして見せたり、不思議な力を使ったり。手品師なのかな?そんな疑問が琴音には浮かんでいた。


「教えてもいいんだけど……秘密に出来る?その前に信じて貰えるのかって話なんだけどね」


 琴音は祖父の家に引っ越した日に「ボケって言うより記憶喪失か…いや、二重人格だと思ってもらえる?」なんて冗談を言われたのを思い出した。


 その時は大して気にもしなかったし、その後思い出す事も無かった。


 だけど今は、あの時の言葉が事実なのだろうと思い始めていた。何よりも、この祖父が武闘派だったなんて聞いた事も無いし、手品が得意だなんて話も聞いた事が無い。


「秘密は守りますし、信じます……」


 何よりも、自分を助けに来てくれた恩人だ。


 さっきまでは絶望しかなかった。怖かった。今まで経験した事の無い恐怖。あのまま男達の良い様に弄ばれていたかも知れないと思うと、身体が震え涙が溢れて来る。


「もう大丈夫だから」


 そう言って琴音の身体を優しく包み込む様に抱きしめる。子供をあやす様に背中をポンポンと優しく叩く。


 そして焦ったように琴音の身体を開放した。


「あ、ごめん。嫌だったよな。うん。こんな爺さんに抱き付かれても……人の目も気になるしな!」


 急にオロオロしだす祖父をみて「こんな人気のない道に通行人なんて居るハズ無いのに」と思ったが、その姿が面白かったので、言わない事にした。


 多分、祖父の方が恥ずかしくなったのだろうと思ったが、それを想像するとさっきまでの恐怖が霧散する様に消えていくのが分かった。


 暖かい気分。言葉にすると表現が難しい。


 だが、琴音の中の祖父像が変わっていくのが自分でも分る。


 不思議な人。


 こんな人が同年代……ううん、もっと大人でも良い。他人だったら良かったのに。と思わずにはいられなかった。






 現在通っている道は、殆ど人が通らない裏道だ。夜は特にそうだろう。


 老人は、ここでなら話しても大丈夫だろうと考えていた。


「琴音ちゃん、さっきの話なんだけど、聞いてくれるかい?」


「はい、勿論です。聞かせて下さい」


 そこから、歩きながらではあるが、二人は話始めた。



 まず、老人は祖父であって、祖父でない。という事。


「随分ファンタジーな話になっちゃうからさ、ここが一番信じて貰えないと思うんだけど……。俺の名前は(たすく)って言うんだ。水上 翼。これが本名」


 異世界に転移して、そこで数年間過ごし、こちらの世界に帰還したハズが何かの手違いでこの老人「大神 正二 75歳」の中に入ってしまったそうだ。


 琴音からしたら、どうやって信じれば良いのか分からないが、まずはこの祖父……翼の言う事を信じてみようと思うのだった。


「こればっかりは信じてもらうしかないんだよ。で、さっき使ったのはズバリ魔法な訳なんだけど」


 琴音が急にジトっとした目で翼を見る。


「いや、分かるよ?急に胡散臭くなったもんな!うーん、そうだな……実際に使ったら信じるかい?」


「え、使えるんですか?見たいです!」


 琴音は、それこそ子供の様に食いついた。


「良し、じゃあとっておきを見せてあげよう」


 そう言うと、翼は持っていた杖を手品の様に消した。そして、琴音を前から抱きしめた。


「え、ちょっとっ」


 琴音が抗議の声を上げるが、


「決していやらしい気持ちじゃないからな!」


 翼は琴音の腰回りを両手で抱き、そして魔法の言葉を唱えた。


「行くぞっ、『フライ!』」


 その直後、まるで高速エレベーターで下に向かっている様な妙な感覚が襲ってきたかと思うと、ふわりと足が地面から離れるのを感じた。


「えっ、怖い怖い!なにこれ!」


「あんまり暴れると落としちゃうから、少しだけ気を付けてね」


 そして徐々に高度が上がって行き、街が見下ろせる高さまで上昇した。


 琴音から抱き付く訳にも行かず、両手は翼の胸の辺りを抑える様に添えてある。この腕がないと、自分の胸が翼の胸に触れてしまう。それはなんだか恥ずかしい気がしていた。

 

「え、本当に飛んでるの?!」


「そう、これなら信じるかい?」


 琴音は最初こそ足がすくむ思いだったが、慣れてきた様で景色を眺める余裕すら出て来た。


「綺麗……観覧車に乗ってる時みたいな景色……」


「そうだな、それ位の高さかもな。夜だし、下からスカートの中を覗かれる事も無いだろう」


「急にそんな事言われると引くんですけど」


 サイテーとか言われながら、翼は苦笑するしかなかった。


「さてこれ以上昇ると寒いから、今日はこの辺までな」


 誤魔化す様にそう言った。


 

 翼は、年頃の女の子を抱きしめている事に対しての背徳感を感じているのだが「自分は祖父。自分は祖父」と言い聞かせて、何とか自我を保っていた。


 腰回りを抱きしめている状態なので、必然的に下半身が密着している。


 遠くない位置に琴音の横顔があり、妙にドキドキしてしまう。


 油断すると、下半身に要らぬ熱を持ってしまいそうだったので、必死に我慢していたりする。


 実は『フライ』の魔法は、手を繋いでいるだけでも意識さえすれば一緒に飛ぶ事が出来る魔法なのだが、その事に翼が気付くのは随分先の話。



 そしてゆっくりと降下していき、人気のない路地に降り立った。


「あ、なんか地面に立ってるのに変な感じ」


 さっきまで空中に居たせいで、足元がフワフワしているらしい。


「そのうち治るよ。それより信じてくれた?」


 抱きしめていた両腕を解き、琴音の身体を開放する。


「うん……信じる。え、じゃあ、何て呼べばいいの?翼さん?」


「そうだね……二人の時は翼って呼んでよ」


「何か変な感じっ」


 琴音はそう言うと、先に歩き出した。


「そう言えばなんだけど」


 翼の方に振り返り、思い出したかの様に「あのまま家に帰れば良かったんじゃない?」と言った。



「あ……そうだね……」


 翼はそんな事考えもしなかった。と言うより、自分の理性を保つのでそれどころでは無かったのだが。


 そしてこの後、改めて琴音の腰を抱きしめ、家の近くまで『フライ』で帰ったのは、後の琴音からしたら良い思い出だった。


 


 祖父のはずなのに、見た事の無い青年の顔が見えたとか見えなかったとか。









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