第1話
【県立水野町高等学校】は、2年前に同じ学区内にある【県立土元総合高等学校】と吸収合併され、現在は立ち入り禁止となっている。統廃合により、校舎の解体を待つだけの学校だ。電気や水道等は、これから解体工事を行う為にまだ通っている。
本来であれば、無人のはずのその学校の体育館からは、複数人の声がしていた。
「いやー、先輩!かなりの上玉じゃないっすか!」
頭髪を銀髪に染めた男が、どうやって持ち込んだのかはさて置き、ソファーに座り、偉そうに踏ん反り返っている金髪の男に興奮を抑えきれない様子で叫ぶ様に言った。
それだけでは無い。
ベッドにテーブル、冷蔵庫迄持ち込んでいる。
彼らは此処を自分達のアジトとして活動している半端モノの集まりだ。
彼らの集団に名前は無い。だが、知らず知らずの内にメンバーが集まり、現在は10人。
暇潰しに通行人に暴行や強盗は勿論、窃盗等も行う犯罪者組織と言って良いだろう。
「だろ?見つけた瞬間、こうビビビって感じ?一目惚れした訳よ!」
そう言って視線を床に向け、金髪の男は、欲情を我慢しきれない様な下卑た笑顔を見せつける。
視線の先には、【県立土元総合高等学校】の制服を着た女子生徒がガムテープで口を封じられ後ろ手に縛られている。
2つ付いているはずのブレザーのボタンは、無理矢理に引っ張られたのか見当たらない。
スカートは捲られない様にか、腿の間に挟まれている。
開かれたブレザーの間から、白いブラウスがちらりと見え、その豊かな膨らみが男達の欲情を掻き立てる。
これから何が起こるのか……想像出来てしまうが、信じたくない。どうして私が?!
そう思い、身動きが取れずにただ金髪の男を睨む事しか出来ない少女。
「そんなに睨むなよ。これから気持ちいい事してあげるからさぁ!」
少女はその言葉に意味を理解している。この男達に玩具にされてしまうのだと。
「んっ!んんっ!」
必死に首を振りながら、最後の抵抗の様に後ろに後ずさる。
「おっと、逃げられないから安心して気持ち良くなんなって。誰も助けに来ちゃくれないんだからさ!」
近くに居た男がそう言って、少女の髪の毛を乱暴に握り、ソファーに座る男の方へと向かせた。
「おい、ショウヤ、髪の毛は良くないって。可哀そうだろ?」
「あ、そうですね。すみません」
金髪の男にそう言われ、ショウヤと呼ばれた男は少女の髪の毛から手を放す。
少女は髪の毛を掴まれていた痛みから解放され、一瞬油断した。
「じゃあ、こっちね」
ショウヤはおもむろに少女の片足を、足首を掴むとそのまま少女を引きずった。
「んっ!ん――っ!」
片足を掴まれ引きずられているせいで、上半身は後ろに倒れ、スカートは捲れ上がり、下着が露出してしまう。
ショウヤは金髪の男の前まで少女を引きずると、その手を放し、少女の頭の方へと移動した。
「おほっ!見ろよ、縞パンだぜ!超そそるな!」
下着くらい……そうは思えなかった。この後されてしまう行為を考えると、少女は自然と涙を流した。
やだやだやだやだやだやだやだやだ。
男達の言う通り、助けに来てくれる人が居るとは思えない。ここは、使われていない学校の体育館なのだ。
「泣くなって、ほら、口は自由にしてやるからさ。後でたっぷり口を使う事になるけどな!」
ソファーから前屈みの姿勢で、少女へと腕を伸ばす。
ビッ!
口のガムテープを勢いよく剥がされ、少女の唇がヒリヒリと痛む。
周りの男達は笑っている。
絶対に嫌だ……。誰か……。助けてよ……。
「やめて……」
精一杯ひねり出した声だった。恐怖でそれ以上の言葉が出て来ない。
「んー、それは無理だって。ほら、俺達もう準備出来てるからさ。ごめんね」
自分たちの下半身を指さし、膨らんでいるズボンのそれを見せつける。
何の悪びれも無い。
「じゃ、そろそろいいか」
金髪の男がソファーから立ち上がり、少女の両足首を持ち上げ、左右に開く。
「っ!?いや!」
少女は暴れるが、両肩をショウヤに床に押さえつける様に体重を掛けられ、逃げられない。
「くはっ!たまんねえな。これは癖になりそうだ」
そう言って、金髪の男が少女の下着に近付こうとした。
その時。
ガラガラガラ――……。
体育館のドアが開かれた。施錠はしていなかったものの、外には念の為見張りとして4人出して置いた。
「おい、何だあいつ」
入って来た人物に男達は一瞬警戒したが、その様相をみて一気に笑いに変わった。
「はっはっ、おいおい、爺さんが迷い込んで来たぞ?」
男達の視線の先には、杖を突いた老人が居たのだ。
「おい爺さん。勝手に入って来られると困るんだよ。長生きしたけりゃ、さっさと出て行けや」
少女の両肩を抑えていたショウヤが、老人に近付きながら捲し立てる。
金髪の男も咄嗟の事で、少女の足を手放していた。
その隙に、少女は足を閉じ上体を起こした。そして、ドアの方を向いた。
「……え……正二おじいさん……?」
少女が見たのは紛れも無く、先月から同居している父方の祖父だった。
「なんだよ、お前のじいさんかよ。そりゃあいい。おい!その爺さんにも見せつけてやろうぜ!」
何て悪趣味な。少女はそう思ったが、それより何よりも。
「逃げて!」
そう叫んでいた。自分の身も確かに大事だが、それよりも自分の親族が目の前で痛めつけられ、最悪殺されてしまうのは絶対に嫌だと思ったのだ。
それを聞いた老人は目を細くし、うんうんと頷いていた。
「君は良い子だよ……ホント。そいつらに触らせるのは勿体なさ過ぎて、怒りでどうにかなってしまいそうだ」
「ぷっ!あっはっはっ!おい!あの爺さん、お怒りだそうだ!仕方ないから遊んで差し上げろ!」
男達は、他人に暴力を振る事に快感すら覚えている。
「しゃーねぇ、お楽しみは、じじいをボコして捨ててからだな」
金髪の男以外の5人の男達は武器も持たず、拳をワザとらしくポキポキと鳴らしながら老人に近付き、そして。
「おらぁ!」
ショウヤと呼ばれた男が老人の顔に向けて拳を振るった。喧嘩慣れしているのか、相手が絶対に避けないと思っているからなのか、豪快に大振りなフックだ。
少女は「あぁ……死んじゃう……」そう呟いたが。
ブォン!
その拳は老人に届く事は無かった。
軽やかにその拳を潜る様に交わし、持っていた杖でフックを打ったまま硬直している男の胸を押した。
メキっ。
そこに居た誰もがそんな音が響いた気がした。
そして杖を押し付けられていた男は、そのまま後方に吹き飛ばされた。
「は?」
「いやいや、冗談とか良いからさ!」
全員が何を見せられているのか理解できなかった。どっきりでも仕掛けられているのかと思ってしまう程、あり得ない光景だった。
吹き飛ばされた男は、数メートル先で横たわり動かない。
「で、次はどいつだ?」
老人から放たれた言葉で我に返った男達は、次々に老人に飛び掛かった。
そこからは一方的だった。
男達の拳を避け、杖の先で軌道を変え、足を払い……。
躱しざまにそっと掌を相手に触れ、そして軽く押した様に見えるが、そのまま数メートル吹き飛ばされる男。
手首をそっと掴まれ、気付いた時には空中で1回転させられ、地面に叩き付けられる男。
力一杯けり込んだ足を掴まれ、そのまま体育館の壁に投げつけられる男。
そして残るは、赤髪の男。
「お前如きがあの子に触れて良いハズが無いんだよ」
老人は言いながら赤髪の男に近付く。
「ふざけんな!殺す!もう知らねえからな!」
老人を睨みながらポケットに手を入れ。
「いやいや、光物を持つにはまだ早いぞ?クソガキよ」
「命乞いなんて聞かねえ……よ!」
取り出した折り畳みナイフを展開し、老人に向かって切りつける。
「おら、どうした!怖くて動けねぇか?!」
ブンブンとナイフを振り回しながら、老人に切りつける。が。
「あのさー、ナイフの使い方間違えてんだよ。そんなんじゃ当たる訳無いだろ?」
老人には掠りもせず、それどころかバカにされている。
「殺す!じじい!死ねや!」
大きく振りかぶり、老人の顔目掛けてナイフを振り下ろした。
「死なねえっての」
焦る様子も無くそう呟くと、杖を手放しナイフを白刃取でもする様に手をナイフの軌道上で交差させた。
だが、離れた場所から見ていた少女には、赤髪の男がナイフを振りぬいた様に見えた。
「あぁ……そんな……」
金髪の男からも老人を仕留めた。そう見えただろう。
そもそも、老人相手に若い男達が負けるはずも無い。
安堵の様な感情が湧きあがり、再び 下卑た笑顔を浮かべた。
「マジかよ……」
赤髪の男は、自分の振り下ろしたナイフを恐る恐る見た。
そこには……刃の部分が無くなり、持ち手の部分だけになったナイフだった物が握られていた。
老人が手を交差させた瞬間。掌底でナイフの先端と中程を叩き、刃の部分だけを弾き飛ばしていたのだ。
「ナイフで俺が倒せるとでも思ったのか?」
言い終わらない内に、老人は掌底で赤髪の男の腹部を打った。
「かはっ」
前のめりな体勢になった所で、そのまま顎を蹴り上げる。
ボン!
サッカー選手が強烈なボレーシュートを蹴った時の様な音が響いた。
空中に蹴り飛ばされた男は派手な音をたてて地面に叩きつけられた。
老人は足元に転がっている杖を器用に片足で持ち上げ、それを手に取り、赤髪の男を気にする様子も無く、少女の元に歩み寄る。
金髪の男は、少女を人質に取ろうと動いたその時。
老人が掌を向け、何かを呟いた。
ゴウッ!という音と共に、金髪の男は弾かれる様に後ろに吹き飛んだ。そしてそのままソファーに激突した。
「え……?」
少女は訳が分からなかった。手も触れずに、相手を吹き飛ばすなんて事、映画やドラマの中でしか見たことは無い。
「いつつ……、何なんだよお前……何なんだよ!」
ソファーから起き上がり、老人を睨む。
その隙に老人は少女の拘束を解き、自分の後ろへと誘導する。
「もう大丈夫だから、もう少し待ってて」
少女は自分が開放された事に安堵していたし、何より、目の前でこの老人が痛めつけられる様を見なくて済んだ事に安堵した。
「で、何者だって話だっけ。そうだな……元勇者って言ったら信じる?」
「ふざけんな!てめぇ殺すぞ!」
「そうだよね、うん。それが普通だよな」
少しだけ悲しそうに呟くと、持っていた杖を両手で握り、大上段に構えをとった。
「じゃあ……死なない様に、しっかり避けてね」
杖が段々と輝き始め……本来の長さよりも伸びている様に見える。
「なっ!手品はもう良いんだよ!」
金髪の男は唾をまき散らしながら叫んでいる。
「ほんとに。避けないと死ぬからな」
そう言いながら輝く杖を振り下ろした。
音は無い。
ただあったのは眩しすぎる残像を残す光だけ。
光が消え、そこで見たモノは真っ二つになっているソファーと、ソファーから老人の足元まで床に深々と刻まれた線の様な溝だった。
それは異様な光景だった。
金髪の男は避けたのではなく、正確には動けなかった。
老人はそれを予想して、金髪の男の横を目掛けて振り下ろしていたのだ。
「でさぁ、まだやるの?」
老人は殺気を込めて金髪の男に問いかけた。
「い、いえ!すみませんでした!」
冗談ではない。ソファーを真っ二つにしてしまう相手とやり合う?そんな事、それこそ命がいくつあっても足りない。そう一瞬で考え、金髪の男はその場で土下座をし、何度も床に額をぶつけていた。
意味の分からない現象への恐怖。決して弱いと思っていない自分の仲間を、それこそ赤子の手を捻る様に無力化して事への恐怖故。
「どうする?許せる?殺しちゃう?」
老人は少女に選択肢を委ねる。と言っても、殺すという選択肢が出ない事が分かっていての質問だったりするのだが。
「もう二度と、私の前に現れないのなら……許します」
「だそうだ」
少女としては警察に突き出したいと思っていたが、助けに来てくれた祖父の意思を尊重する事にしたのだ。
「はい!もう二度と近づきません!すみませんでした!」
土下座のまま叫ぶ。
老人は金髪の男に近付き、そっと耳元で何かを囁いた。
それを聞いた男はビクっ!と身体を震わせたが、顔を上げずに「はい!分かりました!」と返事をしていた。
「じゃあ、帰ろっか」
老人は踵を返すと、堂々と体育館から出て行くのだった。
少女も後ろを振り返り男達を見たが、何も言わずに老人の後について体育館を出て行くのだった。