表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

幸せのカナリア

作者: 寒がり猫

今回のは少し長目になります。よかったら最後まで読んでくれると嬉しいです。また、コメントを頂けると励みになります。

             「幸せのカナリア」

「先生お願いします。」

「どうか彼女を…彼女を助けてやってください…」

「お願いします…先生!」

夜の病院内にひとりの青年の声がこだまする…

「全力は尽くしますが、正直生きる可能性は非常に低いです。」

「あとは彼女の生きる気持ちしだいですが…」

「全力はつくします。だから信じて待ってあげてください。」

先生が青年の肩を抱き待合室のベンチまで案内する。

先生の言葉を聞き青年は、

「きっと大丈夫…彼女は生きてくれる」

そんな風に思うしかなかった。

 彼女との出会いは、健康診断のために訪れた田舎にある割と大きな病院だった。彼はこの地に転勤してまだ2ヶ月で、初めてこの病院に訪れていた。田舎の病院ということで敷地が広く、広場や噴水など都会の病院とは違う、自然に囲まれた中にポツリとあった。彼は大きな門をくぐりしばらく歩くと、噴水の前のベンチに座り、歌を歌っているひとりの少女を見かける。彼女が歌っているそばには小鳥や蝶蝶、リスなど様々な生き物が時間を忘れたように立ち止まり聞いていた。彼もまた時間を忘れ、彼女の歌に魅せられていた。

「まるで賛美歌だ…」

彼が思った彼女の歌の印象は、旅行に行った時に聞いた大聖堂での賛美歌を思わせるものだった。そして至福の一時が終わると、周りの生き物は時間が戻ったように動き始め、森や空へ帰っていく。彼が近づき声を掛けようとすると彼女は立ち上がり足早に病院の方に行った。彼は気になり後を追う様に走る。入口には入院患者様専用の文字と、中には守衛がいた。不思議そうにこちらを見ていたが、彼は頭を下げそこを後にする。予定より10分も遅くなりながら病院の受付に入ると、看護師に迷われましたか?ここは敷地が広いですもんね。と笑われた。彼は少女のことを言おうとしたが、一瞬の出来事の様にあまり思い出せなくなっていた。

「そうなんです。」

「噴水見てたり、自然を見てたら迷子になりました」

彼は受付にそう言い番号札をもらう。大きい病院なためか番号札は八〇〇番台を回っていた。

「ふぅ…これは夕方まで待つ形かな…スーツでこなきゃよかった」

そう思いながら待合室のソファーに座る。病院の待合室には大きな振り子時計があり、装飾や形を見る限り相当年季の入ったものだった。彼はデザイナーの仕事をしており、参考になればと思ってその時計に近づく。「カコン…カコン…」一秒一秒を重く深く正確に刻むその振り子時計の音に、彼は凄いな…思わずそんな言葉が出た。周りの装飾を見ると、神話なのかおとぎ話なのかわからない、エルフのような人たちが生活をしている装飾だった。水を汲む人、笛を吹いて子供たちに聞かせている人、ご飯を作っている人、狩りをする人…その中で、ドレスを来て唄を歌っているエルフがいた。彼はふとさっきの少女を思い出す。賛美歌のような歌声の少女を…

「890番の方!」

ふと呼ばれた自分の番号に我を思い出し、受付に行く。検査は特に異常なく転勤してまもなくのストレスからなるちょっとした数値のあがりだった。

「案外早く終わったな…仕事行くか…」

受付を後にし外に出る。帰り道はどっちだっけ?迷子になりながらも門の前まで行き病院を後にする。その日の仕事は全くと言っていいほど手につかず退勤時間を迎える。

「ただいま…」誰もいないこの空間に彼の声は虚しく響き、静かに消える。今日は疲れたな…でもあの病院は不思議だった。ずっと頭の中に病院での出来事が駆け巡る。今度休みの時にでも病院に行ってみようかな。でも何も怪我してないしな。行く理由。うーん…。

考え込んでいるうちにいつの間にか寝ていた。朝の鳥達のさえずりで起きた彼は、「やっべ。風呂入ってねーわ」急いでシャワーを浴び仕事の準備をする。仕事場まで徒歩で一〇分の場所に住んでいる彼は時間がないため自転車に乗って移動する。「間に合うかな。」

信号待ちをしていた時に近所のおばさんたちの話が聞こえる。

「あそこの病院の子供たちね、そのうち都会の大きい病院に移るんだって。」

「経営的にも、みんなを養うのが辛くなってきてるんだって。」

「可愛そうよね。」

「寄付集めしてたけど私たちが少し寄付したところでね。」

「何も変わらないし。」

そんな話をしていた。彼は心の中で寄付する気のないやつが言うセリフだな…そう考えていた。

しかし、あの病院の子供たちってことはあのベンチに座って歌を歌っていた少女も都会に行くのか。残念だな…せめて少し話をしたかったな…信号が青になり彼は自転車を漕いで職場に向かう。毎朝の朝礼、部長のくだらない話、デザイン部署でのミーティングを終え自分のデスクにつく。今月中に納期のデザインはほぼ完成しており自分の担当部分は終わっていた。暇だし何かデザイン考えようかな…彼は衣装のデザインを考え始めた。

 こんなふうに胸元を見せた感じとか…人事部の丸川さんに着せたらエロいだろうな…そんな風に考えながらデザインしていると、後ろから「いいデザインね。誰に着せようと考えたの?」

と声がする。部長の小早川だった。キャリアウーマンで男子をいじるのが大好きな人で俺は苦手だった。

「あ、いえ、これはモデルはいなくて、ただ適当に書いただけで」と苦笑いする俺を見て部長は「ふーんローマ字で「MARUKAWAデザインモデル」って書いてあるわよ」俺は焦って画面を見てそんなことはないはずだと探す。どこにもローマ字すら書いてなかった。はめられた…そう思ったときには遅く、部長は丸川さんを呼び、この服のモデルになってといい彼女にデザインした衣装を見せる。「これは、余りにも胸が。私には無理です。すみません部長。」そういい丸川は頭を下げる。

「そういうことだって。ボツねこの衣装…」

部長は笑いながら俺の肩を叩いた。恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。また丸川さんからの視線が痛い…。まぁ仕方ないか。自分が悪いからと思い丸川さんの所に行き謝る。

「丸川さんをイメージして作ったものではなかったのですが、スタイル的に会うのが丸川さんだったので少し加工してしまいました。すみません。」そう言うと丸川さんは、恥ずかしいのでそのデザインは破棄してくださいね。といい笑っていた。内心ホッとした自分はデスクに戻り冷めたコーヒーを飲む。

 昼過ぎになると部長がみんなに声をかけた。今度の企画で綺麗で幻想的なドレスデザインを頼まれたんだけど、結構難しいオーダーだから細かい内容は資料見て。デザイン部の人は早めにデザインイメージ作ってねと言われる。オーダー内容やイメージの資料を見てみんなが悩み始める。自分も資料に目を通す。一〇代から二〇代で神話に出てくるような神々しさと、どこか掴めない不思議さをかけあわせた衣装で、一着だけの依頼だった。近所の劇団で使うドレスらしく、早めにお願いしたいとコメントにあった。

「モデルさんを見ないとこれ作れないよね?」

「その人の雰囲気とかもあるし」

「それに一〇代から二〇代って幅広すぎない?」

「体格やスリーサイズもあるじゃん。」

みんな悩んでいた。俺は一人その資料を見ながらあの少女に会う口実ができたと思っていた。

「俺一人知り合いってほどでもないですがいるんですよ。その子のために作りたいなって思って…」

男の同僚が彼女か?それとも妹か?まさかねェちゃんではないよな。正直に言って俺の姉妹はそこまで可愛いわけではない。普通より下かも知れない。姉は工場勤務だし妹はギャルに目覚めたアホだったから。まさか!あの姉と妹のドレスなわけ無いでしょう。そういうと同僚は笑っていた。

「じゃー彼女?」女性の同僚に聞かれる。いいえ。彼女はいませんよ。実はこの前病院に行った時に出会った少女がいまして…彼はその時の不思議な感覚を話した。

「そんなことがあったんだ。もしかして、君ってロリコン?」そう女子たちに笑われた。

「いいんじゃない。その不思議な感じの子。その子が大丈夫ならお願いしてみたら?」

「ただ病人なんでしょう?家族とかにも許可取らないとだよ。」

病院に行きその子と会えるか、聞いてみます。と会社を後にする。その様子を見ていた部長が言った。

「あれは、恋するかもね。あいつはロリコンだったか…」

みんなが笑う。でも誰も馬鹿にしている様子はない。それくらい彼のデザインセンスはいいものでいつもみんなが助けられていた。自転車に乗り病院まで向かうとあの少女がまたベンチに座って歌を歌っていた。最初は遠く何を歌っているのかわからなかったが、近づくと少しずつ聴こえてくる。賛美歌のように透き通る声で歌う切ない歌詞が…

「聞いてください 私の歌を… 聞いてくだい 私の歌を…」

「幸せを唄う 青いカナリア」 

「彼はまだ雪解けの瞬間ときを夢みているのだろう」

「幸せを求める 人に届けと」

「今はもう 枯れ果てた声で 歌い続けている」

「るるりらら るるりらら 私の声が聞こえますか」

「聞いてください 私の歌を… 聞いてください 私の歌を…」 

彼はその歌を聴きその場で涙が溢れた。見た目はまだ幼い少女が透き通るような声でこんな歌を歌うなんて…。少女の周りにいる生き物たちも、どこか切なそうに少女を見ながら歌を聞いている。俺は一歩一歩ゆっくりと近づく。気配を感じたのか、歌が止み、生き物たちが一斉にいなくなる。

「また聞きに来てね。私はあなたたちのカナリアだから…」

そう言い少女はいなくなった観客に静かに手を振る。

「ねぇ、ちょっといいかな?昨日もここのベンチにいたよね。」

彼が声をかけると彼女はただ小さく頷く。

「昨日も同じ歌を歌ってたの?」

そう聴き返し彼が一歩近づくと少女の体が一瞬震える。

「あっ。ごめん、怖かった?」彼は元の位置に戻り、

「よかったら、名前を聞かせてもらえるかな?」そう言う。

少女は小さな声で「私は…カナリア」と言った。

彼は上手く聞き取れず「えっ?」と聴き一歩近づいた。少女はすぐに立ち上がり逃げていく。彼は逃げ去る少女をただ見送った。

偶然敷地を歩いていた看護師を見つけ、彼は声をかける。

「すみません、ここのベンチでよく歌を歌っている少女を知っていますか?」

看護師は明るい声で答える。

「あー、カナリアちゃんね。綺麗な声でしょ。」

「さっきまで歌ってたよね?声聞こえたもん。」

彼は話しかけたせいで歌が止まり、近づいたせいで逃げていったことを伝える。すると看護師は静かにため息を吐き、語りだす。

 彼女はね、望まれて生まれた子じゃないの…。生後まもなく実の親に捨てられた。小さなバスケットの中に暖かい毛布でくるんだ状態で見つけられ、この病院に運ばれた。バスケットの中には小さな鳥かごと青いカナリアのおもちゃが入っていた。名前もわからないあの子を医院長は保護して病院で見ることにしたんだ。少しずつ大きくなっていく中で、言葉を覚えて、「カナリア」って名前を自分で付けたのよ。あのおもちゃが唯一の家族とのつながりだから…だからね、彼女は病院にいる人しか知らないの。きっと、初めて会ったあなたが怖かったのよ。

 看護師はそういい、軽く頭を下げ向こうの方に歩いていく。彼は、少女の生い立ちを聴き、少なからず衝撃を受けていた。美しい歌を歌う少女は親の愛情を知らず、病院の中の世界しか知らない。まるで籠の中のカナリア…そう感じてしまった。

 彼は一度病院を離れ、近くのおもちゃ屋さんに入る。店員を見つけカナリアのおもちゃがあるかを聞いた。大きさや形が色々あった中で彼女の持っていたカナリアによく似た物があった。彼はこれをください。できれば鳥かごも欲しいのですがと言う。店員は鳥かごはここには置いてありません。鳥かごなら向かいのペットショップで購入してください。と半分苦笑いしながら答えた。彼はカナリアを買い急いでペットショップへ行く。すると本物のカナリアが二羽ツガイでいた。黄色い羽色のカナリアだったが、彼は二羽と籠を買った。このカナリアを見たら、少女は喜んでくれるのではないか。そんな風に思いながらまた病院に戻った。少女の姿は見当たらなかったが、彼はしばらく少女のいつもいるベンチで待つことにした。30分ほど待つとポケットにある携帯がなる。会社からの電話で出ると部長が順調にすすんでる?そう聞いた。彼はまだ会えていませんといい、もう少し、せめて今日一日だけ少女を待たせてください。電話でそう伝えると部長は「わかった。一応待つけど期待はしない方が良さそうね。」そういい電話は一方的に切られた。電話が終わり彼は深い溜め息を吐く。そして、かごの中のカナリアを見ていると少女が病院の方から近づいてきた。少女は初めて見る生きたカナリアを無表情のまま冷たく言う。

「カナリア…私と一緒でどこにもいけない可哀想なカナリア…」

彼は少女に向かい話しかける。カナリアを見るのは初めてでしょ?この二羽はツガイなんだよ。ずっと一緒にいるんだ。だから…彼は急に籠を開け一羽のカナリアを自分の手に乗せる。見ててね。彼がそう言うと手に乗ったカナリアはカゴの中にいるもう一羽の方へ向かう。そして二羽はお互いを確かめ合うように近づきクチバシを擦り合う。このカナリアはねカゴの中にいるけど、少しも可哀想じゃない、二羽で居れるなら場所はどこでもいい。幸せのカナリアなんだよ。少女はしばらく見つめたあと、「カナリアもいつかは幸せになれるのかな。ずっと一緒にいてくれる人いるのかな」少女の言葉に彼は胸が痛くなり、思わず言った。俺、毎日ここいに来るから二羽のカナリアを連れて毎日。だから見に来て欲しい。そしてこの子達にも君の歌を聞かせて上げて欲しい。少女は小さく頷き、「約束…」そう言った。そして静かに息を吸い込みあの歌を歌い始めた。

「聞いてください 私の歌を… 聞いてください 私の歌を…」

・・・

時間を忘れてしまう程の歌声…二羽のカナリアもカゴの中で互を慈しむように寄り添い目を閉じ聞いていた。歌が終わり、彼が話しかけようとすると携帯が鳴った。彼は仕事のことを思い出す。少女に向かい彼は「カナリアの為に服を作りたい…気にいるかわからないんだけど俺に作らせて欲しい。」仕事の依頼主の劇団のためではなく、純粋に少女に着て欲しい。そんな風に思い言った。じゃー今日は仕事にもどるね。明日も来るから。このかごの中のカナリアと一緒に…彼はかごの蓋を閉め、立ち上がる。少女は少し悲しそうな顔をしたが、「またね…」そう言った。病院の門を出て職場に向かおうとした時にカナリアのことを話してくれた看護師にちょっとお話したいのですが…と声をかけられた。

 少女には心臓に重い病があった。3歳になった時に見つかったものだが、成人になるまで生きれるかわからないほどの重い病気。手術をすれば普通に暮らすこともできるが、まだ体が小さいため、今は定期的な検査と服薬をして進行を抑えている。いつ再発してもおかしくない病気…そんな話だった。なんであの少女がこんなに悲しい思いをしなければいけないのか…。どこにもぶつけられない憤りに手に力が入った。爪跡が手のひらに残るほど拳を握り締め、彼は仕事に向かう。オフィスに着くと部長が言った。「どうだった?モデルなってくれそう?」右から聞こえた声は左に流れており頭に残らなかった。彼はデザインするためにパソコンを開き少女の為の衣装を黙々とデザインした。部長は「これは…ダメだわ。私の声聞こえてないほど集中してる。きっといいの来るよ。みんなも彼のデザインに合わせられるように準備して。もしかしたら今日中にデザイン完成するから」同僚達は部長の言葉と彼の集中している姿を見て急いで準備を始める。いつでも試作品が作れるようにいろんな素材や、装飾品、アクセサリーなど在庫のあるものを全部用意した。部長の予想通り彼は夕方までにデザインを完成させた。蒼や水色を更に淡くぼやかしたような色と白色とを見事なグラデーションをさせ静かな海を思わせるようなレースのワンピースに、足元から胸元まで全身を取り巻く弦。所々に散りばめられ、光を浴びると神々しく光り輝く真珠。彼のイメージしたデザインは圧巻だった。早速試作品を作り始めたが、完成するまで5時間はかかった。あたりは夜になり終電がギリギリの時間になっていた。部長が唐突に現れ、

「みんなお疲れ様これ食べて。」と弁当の差し入れを持ってきた。彼が部長に言う。試作品完成しました。まだまだ改良は必要ですが俺のイメージした通りのものができてきつつあります。「きっとカナリアに似合う…」思わず最後に少女の名前を言ってしまった。その場にいたみんなが疑問符を頭に付けるように首をかしげた。

「カナリアちゃん?」鳥なの?そう聞かれ彼はモデルになった彼女の名前です。後でみなさんを少女に紹介します。それと部長、明日この試作品を借りていいですか?お昼休みに少しだけ…。部長は渋い顔をしながら、早く作成しなきゃいけないのだからすぐに持ってきなさいよ。まさかの許可がもらえた。彼は同僚に俺がこれから改良するんで皆さんは退社してもらっていいですよ。本当にありがとうございました。深々と頭を下げ、作業に取り掛かる。

深夜3時になり、やっと納得のいく物ができた。

「カナリア…」彼はそうつぶやきその場で眠りに就いた。次の日、部長が出社し彼を起こす。「すごいわね…それしか言葉が出ない…」そう言った。部長は彼に一度帰宅し、シャワーとご飯をしてくるようにと言った。彼は帰宅し二羽のカナリアに餌をあげ、シャワーを浴びる。疲れが全身に回り睡魔が襲うようになる。ふと…少女の歌が脳裏に走り、目が覚め始める。渡しに行かないと。彼は重い体を奮い立たせ、カナリア達と一緒に職場に向かう。完成した衣装をみんなが黙って見ていた。彼に気付いた同僚が言う。イメージ以上だ。早く届けに行きなよ。これを持って行くなら車必要だろう?それにお前何か持ってるし。二羽のカナリアに気付いた同僚が察したように言う。部長には俺が営業で使ってるって言うから…同僚の優しさに感謝し車に乗る。そして病院前まで送ってもらい、彼はいつものベンチで少女を待つ。10分ほどで少女が現れ、カナリアの入ったカゴを見つけると声をかける。

「来てくれてありがとう。今日も歌聴かせるね。」

彼は少女に話しかける。今日も来たよ。すると「うん…約束したから…」まだ彼のことを怖いのか声が小さくなる。そうだ、今日はカナリアに見せたいものがある。彼は少女に衣装を見せる。「綺麗…」少女はただ一言綺麗と言った。「くれるの…」短調に言う。これは、実は頼まれて作ったものなんだ…ごめんね。ただ、君にきてみてもらいたくて、少しだけでいいから着てくれないかな。彼が言うとカナリアは「ここで?」といい私服を脱ごうとする。待って、病院の中で着替えてきて。彼の言葉に頷き、病院に向かう。彼が守衛の前まで送り近くにいた看護師に事情を話す。看護師は衣装を見て驚いていた。言葉で表現できないほどの美しさに…そして着替え終えたカナリアは静かに彼のもとに行く。彼はベンチで寝ていた。カナリアはそんな彼を見てまた歌を歌い始める。彼の好きなあの歌を…

 彼が目覚めたのは夕暮れで、ベンチで寝ていたはずなのに何故かどこかの部屋にいた。あれ…そう思い起き上がると部屋のドアが開く。一人の男性が入って来て「寝覚めましたか?」カナリアが心配そうにしてましたよ。と笑いながら少女を部屋に入れる。カナリアは半分泣きそうな顔をしながら彼に抱きつき、静かに泣いた。「いなくならいで…また一人になっちゃう…」そう言って彼の服を力いっぱい握り締める。彼はそっとカナリアの頭に手を置き、いなくならないよ。毎日来るって約束したから。そう言った。そしてカナリアの着ている衣装に気付く。すごく綺麗だね。本当はカナリアに渡したいんだけど…ごめんね。すると男性が彼に話しかけた。君の同僚が来て、その服はカナリアにあげてくださいと言われたよ。衣装は新しく作るから、お前はその子を喜ばせてやれってさ。彼は同僚の言葉に感謝した。その日は面会終了時間までカナリアと過ごし家に帰った。翌日に出社して衣装を再度作り、またカナリアに会いにいく…。次の日も次の日も…仕事が休みの日は朝から夜までカナリアのそばにいた。いつしかカナリアは彼に笑って話しかけるようになる。2ヶ月ほどたったある日、一人の男性に病院内で話しかけられる。彼がどこかの部屋であった男性だった。「ねぇ君・・・君はカナリアを大事にし続けることが出来るかい?」唐突に言われた。彼は、愛おしく思っていますし、大切な存在だと思っています。そういうと男性が、こっちへ来てもらえますか…男性のオフィスに連れて行かれ書類を見せられる。そこには未成年後見人申立書と書いてあった。またもう一枚には監督員の文字があり、その欄には名前が書いてある。男性の胸についているネームプレートと同じだった。俺をカナリアの後見人に?彼が聞くと男性は頷く。そして、私がカナリアを今まで面倒見てきた。ただ、いつかカナリアは病院以外を知らなければならない。私では彼女に外の世界を見せることができないから、カナリアと仲良くなってくれてカナリアを守ってくれる人を探していた。君はずっとカナリアのそばにいてくれて、カナリアも君に懐いている。君さえよければだが、カナリアの家族になってくれないか。彼は何も言わず、書類に目を通し自身の名前を書いた。私は君の監督員だが、特に心配はしていない。よかったら家族のように接してやってくれ。男性は声を少し震えさせながら彼に言った。男性のオフィスを出て庭に出るとカナリアが歌を歌っていた。彼が近づくと歌が止み、カナリアが近寄る。「ねぇ、ねぇ…お兄ちゃんになったの?カナリアの」

えっ?彼が戸惑うとカナリアがいう。

「先生がお兄ちゃんができるかもしれないよって言ってたから。」「違う人なのかな?カナリアはお兄ちゃんがお兄ちゃんになってくれるといいなぁって思ってた。」

彼は俺がお兄ちゃんなら嬉しい?本当?そう聞き返すと笑顔でkなリアは「うん」と答えた。じゃー今日から俺がお兄ちゃんだ。彼の言葉にカナリアは全身で喜びを表現した。そして、カナリアと彼は義兄妹となり、先生の勧めもあって彼のアパートに住むことになった。病院の外に出て、知らない場所での暮らしにカナリアは、遠足前の子供のようにはしゃぎまわる。数日の間は、夜になっても寝付けず、室内を動き回ったり、彼に話しかけたりし、時にはうるさくしすぎて怒られる時もあった。1ヶ月もすると落ち着くようになり、炊事や洗濯、片付けなども手伝うようになる。二人暮らしをしてから数年間、おおきな問題なく時が過る。病気のため小学校、中学校と通えなかったカナリアは成長し、十六歳となる。学校には行けなかったが、看護師達が通院の度に勉強を教えてくれ、家では仕事終わりに彼が教えてくれていた。そのおかげで、テスト問題は偏差値七〇を超える秀才だった。学ぶこと、見るもの、全てがカナリアにはとても嬉しいできごとで、楽しそうに覚えた。春になり、高校への編入を試みようとしたが、人ごみの中に行くのが恐怖に感じたカナリアは拒絶した。自宅では勉強に励みながら、家事全般をこなし、今では彼よりも美味しいご飯を作り、洗濯やアイロンがけ、整理整頓や家計簿までありとあらゆることを一人でこなしていた。毎朝カナリアにご飯をあげ歌を聴かせ、夕方にまた歌を聴かせご飯をあげる。彼がいない間二羽にいろいろ話しかけては、カナリアは幸せだよ。ずっとずっと一緒にいようね。お兄ちゃんとカナリアとずっと…そう言っていた。十八歳を向かえたカナリアに彼は唐突に言った。

 カナリア、名前を変えないか?ずっと言いたかったことだけど。彼の言葉にカナリアはペンを止め彼を見上げる。そして、カナリアは「誰の?」と不思議そうに聞く。カナリアという名前は、誰が付けたわけでもなく、生まれた時に両親が置いたおもちゃの鳥の名前だ。俺はカナリアに名前をつけたい。もう君はいろんな世界を飛び回れるようになったんだから。彼の言葉を聞いたカナリアは、

「私はもうかごの中の鳥じゃないからカナリアをやめていいの?」そう言った。彼は頷き、名前を付けるならどんな名前がいい?彼女に聞く。カナリアがお兄ちゃんの漢字を頂戴。奏って漢字。ずっと一緒にいるような気がするから。彼は頷き、カナリアが欲しいならそうしよう。それと、俺が付けたい漢字もあるんだけど・・・いいかな?カナリアは微笑みながら「うん」と言った。その漢字はね、「音」だよ。音って漢字だから、二つを合わせて奏音ことねって読み方でいいかな?奏音?彼女は初めて他人から付けられた名前に喜び彼に抱きつき、名前付けてくれてありがとう。大好きだよと言う。二人で市役所に行き名前変更をし、またアパートに戻る。そして改めてお互いの名前を呼び合うことにした。奏音ことねと彼が言う。少し恥ずかしがりながら「はい」と奏音は答え、そして「奏おにいちゃん」と奏音が呼ぶ。奏も「はい」といい、少しの間合いのあと二人は笑いあった。奏音がずっと笑っていてくれるそんな場所をこれからもずっと作り続けたい。彼女をずっと守り続けていきたいと改めて奏は思った。それから二人は本当の兄妹のように過ごし、少しずつ遠出もするようになった。週末は海や山、川に行き奏音が歌うあの歌を聞く。仕事が早く終われば一緒に買い物にも行った。近くの温泉に泊まったり、娯楽施設をはしごしたりもした。服装もどんどん大人びた格好になり、一人の女性として見てしまうほど奏音は可愛くなっていった。奏音が二十歳になった頃、奏がずっと使っていた携帯電話も劣化し寿命を迎えていた。奏音も携帯が欲しいと言うため二人で新しいものを見に行く。今流行りの携帯電話を買う時は二時間も悩み、お揃いのものを買う。買ってしばらくはお互い使い方も分からず試行錯誤し、やっと設定が終わると奏音は嬉しそうに画面を見つめ何度も奏に電話をかけては「もしもし奏音だよ〜」という。外に出てかけたり、お風呂に入りながらかけたり、たった一言だけ言ってすぐに切るを繰り返した。一日に一〇〇件の通話記録が残った。奏は翌月の通話代を気にしながらも、奏音の無邪気に喜ぶ顔が嬉しくて仕方なかった。夏も終わりになる頃には歌が好きな奏音の為に簡易音楽機器も購入した。奏音は自分の歌を録音しイヤホンで聞く。自分の声が流れてくる機械に驚きながら嬉しそうに色々録音する。たまにはふざけたことも録音し、再生しては一人笑っていた。いつもの砂浜で飲み物を買いに奏が少し離れると奏音は数人の男に声をかけられていた。どうしたらいいのか解らずおどおどしていると、ひとりの男が奏音の手を掴み俺らと行こうよ。と引っ張ろうとする。そこへ奏が戻り「遅くなってごめん。行くよ奏音」と言いガッチリと奏音の手を掴む。男たちは「彼氏いたのかよ。」と言いその場を去っていく。奏音が怖くて震えてると思い視線をやるとニヤニヤしていた。奏がどうしたの?と聞くと奏音は嬉しそうに「彼氏」だって…奏音の彼氏そう言って笑っていた。もし奏音が彼女になったら、奏は嬉しい?そう聞いた。奏は内緒だよ。そう言ってはぐらかした。奏音は少しいじけたように内緒か…残念。そう言いながら、手を繋いだままその日は家に帰った。

 秋になり夕日が沈む砂浜で歌っていると、いつしかカップルや黄昏に来た人が観客となり奏音の歌を聞いていた。奏音は歌い終わると奏の脇に座り恋人のように体を預け、「ずっと一緒だよ。奏おにいちゃん。いつか奏音がいなくなってもこの場所に来て、この歌を聞いてね。約束だよ。」そうつぶやいた…

奏は、「ずーと一緒にいるよ。奏音のそばにずっと…あの歌をいつまでも聴いてるよ俺の大好きな歌だから。」

少しずつ蒼色に染まっていく空の下で二人はまるでツガイのカナリアのように寄り添い過ごす。しばらくし、奏は奏音の指を握る。彼女の薬指に綺麗な輝きのサファイアのリングがはめられる。奏音が「これは…」と聞くと奏はそっと奏音を抱きしめ、ずっと一緒に居たいから、ずっと奏音の声を聴いていたいから、俺と結婚してくれ。兄妹ではなく二羽のカナリアのようにずっと俺に奏音を愛させてくれ。奏が言い切ると、奏音は泣いた。そして、「奏音もお兄ちゃんじゃなく奏が好き。大好き。こんな奏音でよければずっと一緒にいてください。お嫁さんにしてください。」二人は初めて互を異性と見て抱き合った。兄妹ではなく男女として…

そして奏音は、「私はやっと幸せのカナリアになれた…奏が幸せにしてくれた。」星空が瞬く中で二人はお互い夫婦になることを誓う。

 奏は翌日病院に行き先生に奏音と婚約することを伝えた。喜んでくれると思っていた先生からは期待したものとは違った顔をされ、奏は先生?と声をかけた。すると先生はうつむきながら奏を診察室に呼び、奏音の話をする。奏音の病状は悪化しており、このままではいつ倒れるかわからない危険な状態だった。手術をすぐに受けれるよう奏にも伝えようと先生が言うと奏音は首を振って奏には言わないで…やっと奏の側で幸せに居れるのに、助からないかもしれない手術なら何もしないで奏の側で幸せなまま死にたい。それに奏に心配させちゃうから…ずっと奏には笑っていて欲しいから。お願い先生!そう言って奏音は先生を止めていた。先生は悩んでいたが奏に言おうと決意した日に丁度、奏が報告しに来た。

奏君…奏音君はいつ何が起きてもおかしくない状況だ。手術をしても必ず助かる、助けられるという保証は無い。それでも奏音君が生き残る可能性がある限り手術を受けてもらいたい。やっと、やっとここまで成長し、自分の幸せを見つけたばかりだ。もっともっと奏音君は幸せになる権利があるんだ。だから奏君、君から説得してくれないか…。君がずっとそばに居てくれると言った奏音君の為に…先生は涙を流しながら奏の肩を掴み必死に懇願した。奏はただ、ただ放心状態のまま先生の声を聞いていた。目の前が暗くなるような気がして、先生の言葉が頭の中に入ってはすぅーと消えて行き、何も考えることができなかった。奏は診察室を後にすると、奏音と出会った噴水の前に行き泣いた。まだ少女だった奏音との思い出が蘇り、歌が微かに聞こえるようになる。奏音…彼はそうつぶやきながら噴水の前に膝をつき泣き続けた。夜になり守衛が巡回に来ると奏はベンチに一人いた。守衛が退出時間であることを伝え敷地外へ出すと、君の帰りを待っている人が居るのではという。早く帰ってあげなさい。きっと心配しているはずだから。奏は、はっとし急いで家の方に向かう。奏音に泣き顔は見せれない…。近くのコンビニで顔を洗い、家に着くと奏音はご飯を用意し、食べずに奏を待っていた。「おかえり。遅かったね。心配したよ?」微笑みながら奏音が奏を出迎える。少し話が長引いて…奏が言うと奏音は「大丈夫だよ。待ってるって決めてたから。」奏音はゆっくりとご飯を装う。台所に立つ彼女を奏は愛おしくなり後ろから抱きつき、泣いた…泣いてはいけないと思いながらも、奏は涙を止められなかった。奏音はそっと奏の手を握り、「ずっと前から知ってたんだ。でも、奏に言ったら私、泣いちゃうから…」

「いつでも手術はできたんだけど、もっと奏と一緒に居たかったから、先生に無理言ってお願いして黙っててもらおうとしたんだけどなぁ…。あれ…」奏音の目から涙が流れ始め、初めて奏に叫んだ。

「奏…私、死にたくないよ…もっと奏と一緒に居たいよ。なんで…なんで私はこうなるの…」

「やっと奏と一緒になれたのに…幸せにしてくれるって約束してもらったのに…ずっとずっと一緒だよって…」

溢れる気持ちが止まらず、二人は泣いた…。

朝まで抱き合いながら泣いた。

 翌朝、奏は奏音に手術を受けて欲しい事、きっと手術は成功してこれからもずっと一緒に幸せになれるということを伝えた。奏音は私もずっと奏と一緒にいたいから手術受けるよ。そう言って二人は病院へ行く。先生に手術を受けますと伝え、日取りを決めてもらう。輸血の準備や、看護師や医師のシフト等を確認し手術は一週間後に決まった。それまでの間、いつ何が起きてもいいようにと奏音は入院となった。夕方まで病室で奏音と話し、笑ったりしていたが、そろそろ戻るよ。奏がそういいゆっくりと立ち上がる。奏音は笑顔を見せながら「ちゃんとご飯食べてよ?洗濯とか貯めておかないでよ?ゴミ出しやカナリアの餌やりも忘れないでね。」と言った。奏は頷き明日も来るよ。またね奏音。手を互いに振り病室を後にした。そして奏は静かなアパートに一人帰る。ずっと賑やかだったアパートは静けさだけを残し奏を出迎える。冷蔵庫を開け材料を取り出しゆっくりと調理を始める…ふと、昨日までの奏音との生活を思い出す。悔しくて、悲しくて、寂しくて、いろんな気持ちが複雑に絡み合いながらも楽しかった思い出が出てきては消えるを繰り返した。途中で調理をする手を止め、涙が出そうになるのを抑え、ベッドに向かい静かに眠りについた。いつもと同じ起床時間に起き会社に向かう。朝礼後、奏は部長のもとに行き奏音の今の状況を話し、少しでも彼女の側にいてあげたいと告げる。部長はため息混じりにデスクの引き出しから紙を取り出し、奏の前に置く。有給申請書と書かれた紙には既に部長の印が押してあり、日数欄を記入するだけとなっていた。部長…ありがとうございます…奏は涙を目に浮かべながら部長に頭を下げる。そして、他の同僚が早く行ってあげな。泣かせるなよ。そう各々が言う中で会社を早退し奏音の病院へ向かう。彼女は落ち着いた雰囲気でベッドから窓を見ていた。そして病室のドアが開き奏が入ってくると驚いた顔しながら会社は?と聞く。部長が休みをくれたから、しばらくは奏音のそばにいれるよ。毎日会いに来るから。そう言って近くの椅子を持ってきて話し始める。今まで二人で過ごした楽しかった日々や、怒ったりいじけたりした日のことを。いろいろな思い出が尽きることなく溢れてきていつの間にか夕方になる。そろそろ帰るよ。奏がそういううと寂しそうな顔をしながらまたね。体壊さないでねと手を振る。

家について夕食を作り、お風呂をしてご飯を食べる。明日は9時に診察…奏音のスケジュールを見ながら自分が尋ねる時間を考えていた。深夜1時を回る頃奏の携帯に電話が鳴った。知らない番号に疑問を感じたが奏は出た。

「奏くん…奏くんの携帯だね…」どこかで聞いた声がした。

「私だよ。奏音くんの担当医の。」

一瞬で背筋が凍りつくような寒気が襲う。

どうしたんですか?奏が聞くと、「奏音くんの容態が悪化した…」

「すぐに手術を行う。今から来れるか?」

先生の言葉に携帯を落とし急いで病院に行く準備を始める。

「先生、奏音さんが吐血しました…早く来てください。」

携帯から流れる看護師の声を聴きながら焦る思いを抑えつつ奏は着替え終え、落とした携帯を拾い急いで外に出る。幸い近くを通りかかったタクシーを止めすぐに乗り込む。病院までなるべく早くお願いします。奏音が…奏音が…。奏の焦る様子を見たドライバーはすぐに発進し捕まるギリギリのスピードを出し病院まで向かう。到着すると奏は1万円を渡し釣りはいらないです。では、といい勢いよくタクシーを降りて夜間入口へ向かう。守衛が奏さんですね。と声をかけこの道をどうぞ。と関係者以外立ち入り禁止の通路を開け通してくれた。「ありがとうございます」奏は守衛に挨拶しながら走って行く。手術室前まで来ると、ランプが既に点灯していた。奏音…そうつぶやきながらベンチに座る。ドアが開き中から先生が出てくる。先生の姿を見た奏は、すがるように先生の術衣を掴み泣きながらに叫んだ。

「先生…お願いします。」

「どうか奏音を…奏音を…助けてやってください。」

「お願いします…先生!」

夜の病院内に奏の声がこだまする…

「全力は尽くしますが、正直生きる可能性は非常に低いです。」

「あとは奏音くんの生きたいという気持ちしだいですが…」

「だから信じて待ってあげてください。」

先生が奏の肩を抱き待合室のベンチまで案内する。

先生の言葉を聞いた奏は、「きっと大丈夫…奏音は生きてくれる」そんな風に思うしかなかった。

先生は頭を一度下げると手術室の中に消えていく。3時間が経った頃、看護師が走りながら出てくる。「奏さん、奏さんはいますか」看護師の声に反応し「はい…奏です」というと手術室に入ってください。そして奏音さんに声をかけてあげてください。そう言われ案内される。奏が入ると先生が何かの機械を奏音の胸あたりに当てながら「戻ってこい!」「戻ってこい!」そう言っていた。

奏は状況がわからずにいたが、先生や看護師の顔を見て察した。

奏は奏音の近くに行き手を握る。そして…泣きながら叫んだ。

「ずっと一緒だよって約束したじゃないか…」

「やっと俺たち家族になれたじゃないか…」

「幸せのカナリアになれたんだって言ったじゃないか…」

「もう一度あの歌を聞かせてくれよ…」

奏音…奏音…

手術室には甲高い音が鳴り響き始め、先生は静かに手を止めた。

「奏君…」先生が奏の肩に手を置き、「私の力不足だ…すまん…」

そう言った。奏は先生を掴み、まだ奏音は生きています。お願いします。奏音を助けてください先生。まだ俺は奏音に色々言わなきゃいけないことがあるんです。いっぱい楽しい思い出を作ってやりたいんです。奏音を諦めないで下さい。お願いします…。

徐々に術衣を掴む力が弱くなりながら、奏は膝をつき、床を叩きながら泣いた。先生が立ち尽くす中で奏の声が届いたのか、機械が心拍の音を奏で一定のリズムを刻みだし、奏音が静かに呼吸を始める。

先生は奇跡だと驚きながら、奏のそばに行き「奏音くんは頑張った。そしてこの奇跡は奏くん君がいたからこそ生まれたものだ。本当にありがとう」そう言って彼の肩を抱き涙ながらに言った。今の奏音君の状態なら最後まで終わることができる。これで助かる。先生は手術を再開し1時間後に終了した。奏は涙を浮かべながら、「先生、奏音をありがとうございます。」と頭を下げる。しばらくは絶対安静のためICUの中にいることになったが、奏はずっとそばにいていいことになった。奏音のそばに座り奏は手を握った。そして本当によかった。そうつぶやいた。

翌朝になると奏音は静かに目を覚まし、あたりを見渡す。昔から見慣れていた白い空間。今まで夢を見ていたのかな?幸せな夢…だったな…。一瞬そう思ってゆっくりと手を動かすと手に違和感があった。「えっ」と思い確かめるとそこには奏が手を握ったまま眠っていた。カナデ…?夢じゃない…今までのも夢じゃない?奏音は左手を確認する。すると奏からプロポーズされた時にもらった、サファイアのリングが輝いていた。奏音は嬉しさのあまり涙が流れ落ち、生きてる…私は生きてる…。奏…奏…奏音はそっと奏をゆすり起こす。目覚めた奏音を見て奏はすぐにナースコールを押し、看護師を呼んだ。5分ほどで看護師と先生が来て、「奏音君どこかおかしなところはないか?痛いところはないか?」そう先生が聞いた。奏音は小さく首を振るとまた泣き始め、「先生、私生きてる?生きてるの?もうどこも悪いところない?」そう小さい声で聞いた。

先生は静かに頷き、「あぁー奏音君。もう君はどこも悪くないんだよ。自由に飛び回れるようになったんだよ。」周りの看護師は半分泣きながら頷き、「よかったね奏音ちゃん。」各々が声をかけ、その場にいた医師や看護師が二人を祝福する。

「明日には一般病棟に移り、経過を見ていくが奏音君なら直ぐに退院になるだろう。今日はゆっくり休みなさい。」と先生は言った。

二人は少しの間話をし、奏音は静かに眠りについた。奏は一度奏音の髪を撫でるとそっと退出し先生の元へ行く。今後の処方などの説明を受けたあと家に帰って奏もゆっくりと眠りにつく。翌日、一般病棟に行くと、奏音は携帯を触りながら笑っていた。楽しそうだね奏音。彼の声を聞き「おはよう」と言ってくる。いつもと変わらない明るい笑顔の彼女がそこにはいた。

「看護師さんがね、来週には退院予定だよって教えてくれたの。」

「それでね、退院前にみんながお祝いしてくれるって。」

丸椅子に腰を下ろした奏は俺も今先生に聞いてきたよ。退院する日決まってよかった。お祝いの話しは初めて聞いたけど楽しみだよね。そう言ったあと持ってきた白い封筒から一枚の紙を取り出し、奏音に見せる。俺が考えたデザインだけどこれを見てくれるかな。紙には二種類のデザインが書いてあった。漆黒に染められた中に薄い緑と青が淡くオーロラの様にラインを引き、周りに散りばめられたパールが星の瞬きを思わせるような輝きに満ちたドレスと多彩な模様を施し、幻想的なイメージを見るもの全てに植え付ける純白のドレス。奏音が「綺麗だね。また依頼されたやつ?」そう聞くと奏は首を振り、これは結婚式に着て欲しいから書いたんだ。退院して少し落ち着いたら式をあげよう奏音。少し早いけど俺からの退院祝い

だよ。奏のデザインしたドレスを改めて見直し、「早く式あげたいね。最高のプレゼントだよ奏。」携帯を取り出し写真を撮って待受にしニヤニヤしながら奏音は眺めていた。その後順調に経過し退院の日を迎えた。「先生今日まで本当にありがとう。先生や看護師のみなさんのおかげで奏音は幸せになることができました。本当にありがとう。」そう言って深々と二人は頭を下げ、病院の出口へ向かう。ずっと見慣れていた中庭を見渡し奏音が言った。

「ねぇ奏、懐かしいあのベンチに座らない?」奏がベンチに腰を下ろすと奏音は噴水の前に行き静かに息を吸う。

「この歌は私の大好きな人に歌う歌です。」

奏は静かに目を閉じる…そして始まる。賛美歌のようなあの歌が…

「聞いてください…私の歌を… 聞いてくだい…私の歌を…」

「幸せを謳う…青いカナリヤ」

「彼はまだ雪解けの瞬間ときを夢みているのだろう」

「幸せを求める…人に届けと…」

「今はもう…枯れ果てた声で歌い続けている…」

「るるりらら…るるりらら… 私の声が聞こえますか?」

「聞いてください…私の歌を… 聞いてください…私の歌を…」 


  幸せのカナリア・・・・   著者   寒がり猫

挿入歌「青いカナリア」   Ricerca

 

今回の作品のモデルもとあるアプリの中で声を聞いて書き始めた形になります。今回のヒロイン役の方は「作之助」という方です。よかったら今回の小説も読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ