白い空間
「………ん?ここ……は?」
紫吹は気付いたら真っ白な空間に立っていた
白色以外に何もない、ただ真っ白な空間
右左、上足元と目線を移動させて辺りを見回す
「俺は確か映画館にいたはず…」
左手を顎につけてなにが起きたのかを思い出そうと顔を下に向けた
その瞬間紫吹の視界に異変が起こった
急に左目の視界がブレて右目には信じがたいものが映り
紫吹の顔から血の気が引いていき愕然とした
「……え、……え!?お、俺の目!?」
恐る恐る左目のあるはずの部分を触る
いつもであれば柔らかい球体に触れるのに指は目のあった場所に入った
「お、おい…マジか…よ」
紫吹の左目にあるはずの目がコロコロと転がっていく
そしてその瞬間何が自分の身に起こったか記憶のフラッシュバックが起きた
湊と由花と一緒に映画館に来ていたこと
その時になにか事故が起きて由花を助けに行ったこと
天井が崩れ落ちてきて由花を庇ったこと
その後に自分が気絶したこと
「………俺………、もしかして、死んだ…のか?」
信じがたい
いや、むしろ信じたくないという気持ちの方が強かった
もし自分が死んでこの場にいるとしたら由花や湊はどうなった
死んでしまってこの場にいるのか
そんな思いながら駆け巡っていた
その時に紫吹はあることに気づく
「え……。俺の左目は…?」
さっきまで転がっていた左目がない
というよりその目を誰かが持っていた
「え、あ?だ、誰ですか?」
視力はいい方なのにぼやけて顔が見えない
「………もう少し近寄らんと分からんか」
顔がよく見えない人物は優しい声を出しながら紫吹に歩み寄ってきた
顔がよく見えないけど今の声に紫吹は聞き覚えがあった
確信を得るために顔をもう一度よく見る
「あ……」
紫吹の右目に映ったのは去年死んだはずの実の祖父だった
「じ、じいちゃん!?」
祖父は紫吹が自分に気づいた時分かり歩みを止める
「気づいたか…。潤、大きくなったな」
紫吹は祖父が目の前にいることにうっすら涙を浮かべる
「じいちゃん!なんでここに!?というかここはどこだ!?死んだじいちゃんがここにいるってことは俺も死んだのか!?」
分からないことが多すぎて紫吹は焦りながら祖父に詰め寄ろうとした
するとすかさず祖父は右手を紫吹の方に出した
「待て!!潤!!」
祖父の急な大声で紫吹は足を止める
祖父は紫吹が止まったことを見て安心した様子になっていた
「それ以上はまだ進んではいけない。お前がこちら側にくるには若すぎる。」
祖父の言葉に全く紫吹は頭の理解が追いついていない
「どういうことだよ?じいちゃん?それに…じいちゃんの持ってる俺の左目を返してくれよ!」
「まあ、待て。説明してやるから落ち着きなさい」
祖父に言われて紫吹は軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせた
紫吹が落ち着いたのを見て祖父は説明を始める
「まずは…ここのことだが、ここは生と死の狭間の空間。生きてるものと死んでるものが同時に存在することができる。だからまだ潤は死んではいない。ワシはもう死んでいるが」
祖父の自分は生きているという言葉に紫吹は安心して胸を撫で下ろす
「そっか…。まだ俺は生きてるんだな」
「まあ…、正確に言えば仮死状態にはあるが。仮死というのは聞いたことあるか?」
「ああ…聞いたことはある。死に近い状態?けど死んではいないんだろ?」
「死んではおらんな」
紫吹の質問に祖父は淡々と答えていく
「恐らく潤がこの空間に来ることになった原因は館内での爆発事故が原因であろうな」
「てことは俺崩れてきた天井にやられて仮死状態になったってこと?」
「多分な」
紫吹はもうすでにさっきまで体を蝕んでいた恐怖心や不安感が収まっていた
「そして…仮死状態でこの空間に来たのはお前が紫吹家の人間だからというのもある」
「え、なんで?」
紫吹家の人間だからっという
その言葉が今までで一番引っかかった
「紫吹家の人間では生涯一度もこの空間に来ることがないものもいれば複数回来る人間もいる。そして来る人間は大抵、仮死状態ではないにしろ体にかなりの傷を負ったもの、さらに体の一部のどこかを来る直前に失ったものが多い」
紫吹は聞いていてすごく気になった部分があった
それをすぐさま口にする
「え、じいちゃん…?体の一部のどこかを失った?」
紫吹の質問に祖父は言葉を出さずに頷く
そして持っている紫吹の目を見せた
「潤の場合は左目だな」
「マジかよ…。それじゃあ俺の左目はもう見えないのか」
紫吹は自分の左目のあった場所に手を置いて下を向いた
死んでないと安心したのもつかの間
左目を失ったという事実はなかなか受け入れられなかった
「今までの左目は死んでいるということだな」
祖父の言葉を聞いて紫吹はすぐに顔を上げた
今の祖父の言い方が妙に違和感を感じたからだ
「じいちゃん…それってどういう意味?」
紫吹の顔を見て祖父は優しく微笑む
「いいか、潤。今の時点ではじいちゃんもここまでしか言えない。だが、これだけは言える。今のお前は死んでいない、そして今までの左目は失った。しかし、この空間に初めて来た紫吹家の人間は必ずこれからの人生が変わることになる。その人生を受け入れるか受け入れないかは潤次第だ。もっとも…じいちゃんとしては潤に会えて嬉しかったが、これ以上この空間に来ないことを祈っているぞ」
祖父が紫吹に言いたいことを言い終えた瞬間に紫吹は体を後ろに引っ張られる感覚を感じた
その様子を見た祖父は少し寂しそうな笑顔を見せた
「ふっ。ちょうど時間切れのようじゃな。言いたいことを言えてよかった」
「ちょっと待ってよ!!俺はまだ聞きたいことが……!」
祖父に言われたことを忘れて詰め寄ろうとするが後ろに引っ張られる感覚が強くなりどんどん祖父から遠ざかっていく
「潤、安心しなさい。近いうちに自分の身になにが起こったか分かるようになってくる。そうすれば今お前がじいちゃんに聞きたいことの答えが自ずと分かってくるはずじゃ」
「じい…ちゃ……ん!!!!」
引っ張られる力が強くなればなるほど紫吹の意識も遠のいていった