9
そんな当たりさわりのない話をしながら、僕はだんだん焦ってきた。ガラス窓の向こう側で、秋の陽が傾きはじめているのが見える。ただお茶をしに、わざわざ東京から小山まで来たわけではない。十数年間しまいこんできた初恋の思いを、彼女に打ち明けたくてやって来たのだ。
話題はお互いの近況報告から自然とあの文化祭の話に移った。僕はここがチャンスだと思った。多少強引でも、当時僕が滝川先輩を好きだったことを打ち明けてしまおう、と心に決めた。
「それからさあ、一中祭の準備、楽しかったよね。達樹と中林ちゃんと誠也と私で、毎日ずーっとしゃべってたよね、振り付けも決めずに。本当、懐かしいなあ」
と、話が文化祭の準備に移ったところで――
「そうですね。楽しかったですね。……あのころ、僕は滝川先輩が好きで仕方ありませんでした」
言ってしまった。非常な恥ずかしさを伴ったが、思っていたよりかは、わりと自然に言うことができた。
滝川先輩は一瞬驚いた顔をして僕の方を見、それから笑った。
「ははは、そうなの?」
「はい。憧れていたというか、すごく好きだったんです。初めて好きになった女の子が、先輩なんです」
「ははは、そう」
滝川先輩は笑顔を浮かべて、その笑顔で場に生まれた気まずさと恥ずかしさを押し流してしまった。仕事柄もそうだし、これだけ美人なのだから、言われ慣れているのだろう。冷めかけた紅茶のカップを手に取って、一口すすり、カップを元に戻しながら、明るく言った。
「もったいないことしたかな」
社交辞令とは分かっていても、僕にはうれしかった。
「いえ、本当、僕なんて」
そう言いながら、僕はとにかく告白できたことに、満足感を覚えていた。僕も一人の男であるから、「じゃあ、これから先は?」と問われると、もちろんそれは、これからのことも淡い期待を持たないではない。しかし僕にとって滝川先輩は中学のころのまま、憧れの高嶺の花で、とてもとても、「だから付き合ってほしい」だとか、「また二人で会ってくれませんか」などと言える相手ではないのだった。
「そうだったんだ、へー。ああでも私、あのころは付き合ってる人いたからな」
滝川先輩はもう平静を取り戻して、世間話をするかのように話の穂を継いだ。
「ああ、森本先輩ですよね」
僕ももうこれ以上はしつこく「好きだ」などと言わずに、話を合わせた。こんなもん、こんなもんだよ、と思いながら。
「達樹? ああ、やっぱりそう見えてた? 違うよ、若居」
「ワカイ?」
「若居。若居先生。あのころの彼氏」
僕は耳を疑った。サンドイッチの最後のひとつを手に取って、口に運ぶところだったのだが、手に取って宙に浮かせたまま、固まった。十数年間、大切に抱えてきたものが、がらがらと音を立てて壊れていくような気がした。
「達樹にも告られたことはあったんだけどね。仲は良かったけど、付き合いはしなかったんだ。私、なんていうかまじめな人が好きだから」
若居は確か当時結婚をしていて子供もいたはずで、それなのに教え子の中学生と付き合う男が、果たして「まじめ」と言えるのだろうか。もう僕には何がなんだかよくわからなかった。
僕はサンドイッチを皿に戻し、改めて今日赤羽からわざわざ会いに来た相手を凝視してみた。濃い化粧でも隠しきれない、目尻の小皺が、三十近い彼女の齢と、日々の仕事の疲れを示していた。僕は彼女と、彼女や森本先輩と共にあった僕の人生の中でも一、二を争うほど美しい思い出とに、はっきり幻滅した。
*
ショックで頭が回らなくなって、その後は滝川先輩と何を話したか、あまり良く憶えていない。ただ、僕が気を取り直してサンドイッチを食べ終えると、彼女から、この後予定があるからそろそろ、と言われた。僕もそれをさほど残念に思わず、滝川先輩が呼んだタクシーに二人で乗って、駅まで帰り、そこで別れた。
それから? 何も無い。だから滝川先輩とはもう五年近く、会っていないことになる。もう会おうとも――大して思わない。ああ、ただ、今から三年くらい前に、滝川先輩から、彼女がバーを出店することになったから、そこで働かないかという誘いを受けたことがある。しかし君も知っての通り、僕はその時既に病気にかかっていたから、とても働くどころではなく、丁重にお断りした。それだけだ。
話はこれで終わりだ。長々と悪かったね。もう、空が白んできたな。いい加減、寝ようか。




