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 そんな文化祭実行委員会ダンス係の日常の様子を、僕が覚えている限りで、ひとつふたつ詳しく話すと、だいたいこんな感じだ。


 その時も僕たちダンス係は理科室のテーブルに四人で座って、無駄話をしていた。話題は僕の局部に陰毛が生えているかどうかという、中学生にありがちなくだらない話で、それを面白がった滝川先輩がしつこく僕に聞いてくるのだった。


「で、実際どうなん? うすーくくらい、生えてるん?」


「知りません」


 女子と下ネタを話すことに全く免疫のなかった僕は、羞恥心でいっぱいになって必死で硬くなって答える。


「知らないって、お風呂に入るとき、見るでしょ?」


そう問う滝川先輩の両頬の端には、笑みがわずかに浮かんで、今にも笑いだしそうなのが見え見えなのだ。


「見ないから、わかりません」


「誠也、ほんならお前、洗う時自分のモン見ないで洗うんか?」


 森本先輩がいかにも不思議そうな口調で話題に入ってきた。僕の斜め前の席で、中林先輩が顔を赤くしてくっくっ笑っている。


「ほら、お前ら、進んでるか?」


 そこへ若居(わかい)という実行委員会担当の教師がやってきたので、僕たちの会話は中断された。この社会科の教師は、中分けにしている髪がやや後退し、古臭い四角い縁の眼鏡をかけ、髭の剃り跡が青々とした、四十前後に見える中年男だった。いつも顔をテラテラと脂ぎらせて、何をしても落ちなそうなその脂のようにしつこい性格をしているので、僕はあまり好きではなかった。


「センセ、だって誠也が言っとること、全然わからへんねん」


 森本先輩が言った。


(たく)()が言ってること?」


「そうやねん。自分のチン毛が生えてるか生えてないか、分からんって言うねん」


「……そんな下らないこと話しあってたのか? お前らいい加減にしろよ! いつまで経っても振り付け進めないで。さっさと振り付けの相談しろ!」


 若居のこの一声で僕に陰毛が生えているのかどうかという話題はそこで終わりになり、僕は何とか助かったのだった。


 またある日のことだった。その時は若居が居なかったことをいいことに、僕と森本先輩は理科室の窓側にある出入り口を出て、校舎の南側にある外廊下から、ぼんやりグラウンドを眺めていた。森本先輩は外廊下の上で不良座りをして、僕はその隣に立っていた。


 埃っぽいグラウンドではサッカー部や野球部やソフトボール部が放課後の練習をしていた。それらの部員の元気のいい掛け声がこちらまで聞こえてくる。そして、部員たちの周りに、アキアカネが音も無く、ツイ、ツイ、と飛んでいた。


「なあ誠也、トンボに指をくるくるってやって、目を回させて捕まえたこと、あるか」


 トンボを見ながら、ふっと森本先輩が僕に聞いてきた。


「いや、ないですね」


「ないか」


森本先輩は座ったまま僕の顔を見上げて、続けた。


「俺の母方のおじさんがな、子供の頃、それをやったらしいんや。木の枝か何かに止まったトンボに、忍び寄っていって、こう、トンボの目の前に人指し指を出してくるくるくるってな。そうしたらな、トンボ、おじさんの指の動きに合わせて首をぐるぐるっと二回転させて、で、ぽろっと頭を落としたんやて」


「そんな――」


「なわけないって思うやろ? でも、ホンマなんやて。で、頭を失くしたまま、何事もないように飛んでいってしもたんやと。おじさん、もう気味悪うて気味悪うて、ぞーっとしたって、はは」


「本当ですか、それ」


「ああ、マジやでマジ。こんな嘘ついてどないすんねん」


 そう話しているところに、僕たちの背中側にある理科室の出入り口の引き戸が、からからっと開いた。僕と森本先輩が振り返ると、理科室の中から滝川先輩が出てきた。滝川先輩に続いて、中林先輩の顔も見えた。


「ちょっと達樹、なんでこんなところにいるん? いい加減、振り付けしないと、間に合わなくなるじゃん」


 滝川先輩はきつい口調で森本先輩を責めた。


「いやあ、誠也と今まさに振り付けの相談しとったところやねん。中でやるより、ここの方がアイデア湧くし」


「そうなん? 誠也?」


「いえ……」


僕はとっさにどちらの味方につこうか迷い、口ごもった。


「ほら、誠也、違うって言ってるでしょ? いい加減にしてよ、達樹」


「いやいや誠也何も言うてへんやろ。ちゃうねんて、なあ……美琴?」


 滝川先輩はもう森本先輩の言い訳を聞かず、中林先輩を連れて理科室の中へ戻ってしまった。からから、ぴしゃ、と出入り口が鳴った。


 僕と森本先輩は顔を見合わせた。そうして僕が、謝りに行ったほうがいいのではないかと言ったが、森本先輩は放っておけばいい、と言った。「なんや、昨日まで自分も遊んでばっかりやったくせに、突然」


 それからは二人、ちょっと興ざめて、特に話すこともなく、再びぼんやりとグラウンドを眺めていた。ところがしばらくそうしていると、また出入り口が勢いよく開いて、中から若居が飛び出してきた。


「おい達樹!」


 僕と森本先輩がびくっとするくらい、大そうな見幕だった。


「お前に責任感はないのか!? このまま振り付けが決まらなかったら、一中祭(僕たちの学校の文化祭の名称)全体が失敗するんだ。滝川、泣きながら俺のとこに来たぞ」


若居はそう怒鳴りながら、森本先輩の襟首を掴んで引きずり起こし、理科室の中へ強制連行した。僕もびっくりしながらその後についていった。森本先輩は若居に引っ張られて歩きながら、ちゃうねん、ちゃうねんって、と言っていた。


 教壇近くのダンス係のテーブルまで、引っ張られていった。滝川先輩と中林先輩が、うつむいて席に着いていた。森本先輩は空いている席に無理矢理着かせられた。若居は、ほら、ちゃんと決めろよ、と最後は優しく言うと、他の実行委員のところへ行ってしまった。


「……美琴、お前な、また嘘泣きしたやろ」


 若居が行ってしまった後で、荒くなった息を整えてから、森本先輩が滝川先輩に向かって呟いた。滝川先輩はその小さな顔を上げると、


「ふふふっ」


と、芯からおかしそうに笑った。


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