追放されたので来ないでください、勇者。
初めまして。魔王ぐ…ネグル、魔族だ。
いきなりで悪いが、どこか生活費を稼げるところを教えてくれ。
あぁ、いや、突然ですまん。こちらもいきなりこうなったので、経緯を説明しよう。どこから説明したらいいものかな。
あ、そうだ。あんた魔族と話して大丈夫か?…魔族でも、人族のギルドで探索者として登録すれば大丈夫?理屈はわかるが、管理が結構荒くないか、ソレ?まぁありがたい話ではあるんだがな。
とりあえず、つい数ヵ月前、魔族領に勇者が攻めてきたんだ。軍を引き連れて。
勇者はわかるよな?各国の王や皇帝に選抜され、神光教会で祝福を受けて神意契約を結び、聖剣の試練を乗り越えて任命されるらしい。今回はローザルテア帝国から出たから、ローザルテアの軍を引き連れてきたんだ。
魔王はわかるか?邪神の声の元に契約を結んで、魔族の繁栄のためにありとあらゆる祝福を受ける、魔族の指導者。
今回、顔見知りの義理の父親だってんだから世間って狭いなーと思ってたんだが、俺だけには周囲の連中と違って結構トゲトゲしく当たってくるんだよ。突っかかられるというか。
まぁ砦に籠りっぱなしで、直接報告に行くのを避けてもいたから仕方ない。伝令役の顔見知りに父親とコミニュケーション取ってくれよって言ってたんだけど、それも空振りばかりでさ。何とかならなかったもんかねぇ。
あぁ、悪い、話が逸れたな。その人族の軍は勇者と一緒に撤退してるから。俺、一応サポートとか得意で、それなりに頑張って能力使って援護してたけど、勇者は普通に突破して襲って来たな。いやー、死ぬかと思った。
なんで生きてるのかって?うん、俺も不思議。ただ、勇者の能力って、魔神や魔王、その他眷属に対して特効あるだろ?それが俺にあまり効果なかったんだよな。俺の能力もダメ元で使ったら勇者に効いてさ。これ幸いと攻勢に転じて、ようやっと追い払ったわけだ。
討ち取れなかったのかって?無理。結構ザックリ痛手受けてたんだよ?能力フル活用してぱっと見ほぼ無傷みたいに装ったけど、内情は散々だよ。攻めてきたら死兵になるしかなかったって。まぁ魔王倒されるわけにもいかなかったしね。
まぁ、なんとか追い払ったわけで一安心なんだけど、その一ヵ月後くらいに、今度は魔王城で普通に戦闘起きたみたいでさ。顔見知りを急いで戻らせたら、勇者が襲って来たらしくて。
前線を通ってないから、残りは未開の地を迂回する他ないんだけど、そっちは伯爵様の領土で、俺の管轄外なんだよね。勇者は撤退したけど警戒してくれって、報告も上げて、通達しといたはずなんだけど。
それで、同時侵攻もあるかと思って警戒令を出してた時に、顔見知りが戻って来たんだよ。魔王が勇者に討たれたって言って、泣かれて困ったけど、なんとか泣き止ませてさ。
で、その後、幹部の連名で臨時招集がかかって、俺の責任が問われた。勇者が魔王城に襲いかかったのは、勇者の通過を見過ごした俺の責任だと。一応報告も上げたし、前線を通っていないことは確実、とも言ったんだけど、効果なし。
結果、役職を解任して追放。弁護してくれた顔見知りも同罪。それはおかしいだろって言ったんだけど取り付く島もなく終了。結果、顔見知りと一緒に多少の荷物を持って追い出されたわけだ。
まぁ良くある話?それもそうかな。とりあえず当面の金はあるけど、顔見知りに付き合わせるわけにもいかないし、なんとかどこかで金を稼ぎたいわけなんだよな。
ん?顔見知りはどこかって?武器の手入れだとさ。来るなって言われたから、ついでに何か必要なものでも買いに行ってるんだと思うぞ。結構イロイロ足りてないみたいだし。
荒事が一番手っ取り早い、ねぇ。まぁそれもそうか。未開の地で適当に魔物狩ってりゃいいんだったら、確かに手っ取り早いだろうなぁ。命の危険?軍に所属してたヤツにはいまさらだって。
それじゃ、まず探索者登録だな。顔見知りにも声かけないと。確実に登録してくれ?あぁ、分かったよ。結構風当たり強そうだなぁ。
探索者登録、無事完了。途中で顔見知りも合流したので一緒に登録。パーティ?ってのを組むらしい。少人数でも、連携して敵に当たることで効率よく敵を仕留める。軍で言う小隊制度と同じか。
後は、魔物と戦って素材を手に入れて来れば、依頼の達成で報酬がもらえて生活費が稼げると。ランク?なんだそれ。…へぇ。自分以上に強い敵と戦わないようにっていう制度か。倒すことに制限はないけど、ランクが上がれば報酬にも色が付くようになると。なるほど。
「ランクが上がったら物を買うのにも優遇されるんだって。ちょっと頑張ろうかな」
あとは特になしと。
うん?まぁ魔族だし、それなりに強い方ではあるけど、ってところかなぁ。あ、魔法は上手いよ?支援なら大丈夫。魔法が得意なら引く手数多、他のパーティに出張依頼が来るかも?
あんまり仲が良くない人と組むのは、正直苦手なんだよね。ぜひって言われても…って、メリア、食い気味に飼い主主張するな。横の強面がすごい顔になってるから。
ちょっと。強面のおっさん。いやお兄さん。なんでそんなケンカ腰なんですかね。礼儀がどうのって、探索者に礼儀ってあるのかよ?ギルドの窓口のおばさ…お姉さん、ちょっと助けてっておい!なんで売られた喧嘩を買ってんの。俺の話?俺の話ならなおさら!なんでお前が喧嘩を買ってんだよ!
「あのオジサン、ちょっと気持ち悪いから嫌。」
…あーよくわかった。おっさんコイツ引っ掛けようとしたのか。そーいやお前手癖諸々はアレだけどぱっと見上玉だもんなぁ。アレさえなけりゃなぁって痛いわ。やめろ。それ痛いんだぞ。新調した?ナックルダスターって新品の意味わかったわかったやるから!前のより尖ってないかそれ!?
…手抜いても構わないよな。
結果。開始直後に相手が猛突進。その勢いで地面に滑り込んで終了。
いやー、見事な土煙だったわ。きちんと気絶してること審判に確認してもらったから不正はないよね。別に何が禁止とも言われなかったしね。おっさんきちんと身体強化術とか諸々全力で掛けてきたもんね。武器も特に何もしていなくて殺意しかなかったけどね。
とりあえず無事に終わったから夕飯は美味しいものを食べたい…あぁ、そういえば依頼とかまだだったよな。先に済まそっか。適当に討伐依頼、だっけ?ないか?
猪肉、美味しいよな。軍の下っ端の時よく食べたわ。上司が狩って来たのをみんなで食うんだけど、上司血抜きが下手でさ。臭い臭いって皆言いながら食べるの。レードっていう味の濃い調味料があるんだけど、それをかけてさ。
え、魔族にしかない調味料なのか、アレ?いや、作り方は知らないけど、そんなに美味しいもんでもないぞ?食べ物の香りがキツいときに、ごまかすためにかけるモノなんだよ。匂いだけなら果物に近いかなぁ。塩を結構使うのは知ってる。
猪のお礼に?そんな気にしなくていいよ、近くで狩って来た獲物だから、そんな手間かかってないしさ。メリア、ちゃんと食ってるか?食ってるならいいけどさ。当分のんびり行こうか。
数ヵ月経った。探索者稼業にも慣れてきたと思う。今は街の近くで、猪なんかの害獣を主に狩ってる。俺の権能を使えば魔物でも苦労なく狩れるけど、ランクとやらもそんな上がってないみたいだし、生活費稼げればいいかなぁ。窓口の人にも、推奨はしないですって言われたし。
というわけで、俺の権能はほぼ貯蓄に回して普通の魔族を装う。メリアは不満そうだけど。
あと、少し前に新しい魔王が即位したらしい。メリアが教えてくれた。魔王城の情報は集めてるらしいけど、今の魔王城の警備、酷いな。追放したメリアに気付かないってことは、絶対警備が機能してないよな。
「…恨んでないの?因縁付けて私たちを追放した伯爵だよ?今の魔王の後見。」
今の生活が大事。ホラ、お隣の肉屋で働いてる兄さん、いい肉が定期的に入ってくるようになって嬉しいって言ってたろ。それでいいんだよ、俺たちは。それより、広場に新しい吟遊詩人が来たらしいぞ?依頼終わったら見に行こう。
騙された。何が吟遊詩人だ。勇者御一行じゃねぇか。
逃げようとしたら大勢の前で名を呼ばれて逃げ場がなくなった。探索者だって言ったら少し風当たりも弱くなったが、勇者とその隣の騎士の殺気がすごい。まぁお仲間殺されて、つか俺が殺したわけだしな。仕方ないか。メリアは殺気を飛ばさないでくれ、頼むから。
一応説明した。俺が魔王軍を追放になったこと。腕のいい魔族の探索者として生活してること。身辺が落ち着いたら娯楽目的で旅行したいって言ったら変な顔をされた。
うん、受け入れがたいのはわかる。仲間を殺した奴が、のうのうと普通に生活してれば、そりゃ思う所はあるだろうな。
でも、俺だって今の生活があるんだ。敵だなんだと一方的に騒がれたら、ちょっと思う所はあるぞ。今魔王に組してないなら、見逃してくれるんじゃないのかよ、教会は。
…メリアは見逃してくれ。前の魔王はアイツの父親代わりだったんだ。何かあったら俺が押さえる。
…人族への積極的な敵対はしない。場合によって、探索者として協力する。依頼は全て探索ギルドを通して行う。勇者からの直接的な依頼は、勇者または騎士が別途、直接交渉する。
今確約できるのはそんなもんだろうな。じゃ、今後何も話が来ないことを祈るよ。今は魔王軍もバタバタしてるだろうから、当分何もないだろうけどな。
ん?メリア経由で色々と話を聞いたんだよ。最近魔王が代替わりしたらしい。
ただ、魔王はすぐには動けないはず。後見が伯爵ってことは、他の公爵との軋轢もあるだろうから、当分は地盤固めに忙しいだろう。
それに、俺とメリアが抜けたんだから、穴埋めには少し時間かかると思うぞ。まぁ代わりが居ないわけでもないはずだけど。大罪持ちで言えば憤怒とか傲慢とか、それなりに指揮も上手くて強いのがいたはずだしな。
他の権能?暴食は知ってるけど、他は知らないな。最近嫉妬がどこかに出たらしいとは聞いたけど、具体的な話は出なかったし。あ、俺に暴食を倒せってのはナシな?あんなの絶対相手してられん。そうでなくても同族殺しは気分が悪すぎる。
うん、もう会わないことを祈るよ。誰に祈るって?お前に指示出してるどっかのお偉いさんにだよ。
オイ勇者。昨日の今日でなぜまた会いに来た。
食料供給および後方支援?場合によって軍の指揮?前のパーティの仲間を頼れよ。…あ、殿を務めて職務を果たしたと。その後は少人数の特攻で、補給が問題になる前に落としたと。残念だがそこを俺が埋める必要はないだろ。帝国の軍に頼めば補給でも何でもしてくれるはずだろうが。
…帝国軍が小国とはいえ他の国を大手を振って通るには厄介なしがらみがある。魔王がこんなに即座に現れるのはおかしいから、勇者が魔王を倒したことを疑い始めてる人がいる。即座に内密に現魔王を倒して、魔族の支配する前線を下げさせる必要がある、と。
今の前線はどっかの伯爵の領地だったと思うが。うん、魔王の後見の。砦は落とせない?それはそうだろ。俺が精魂込めて叩き込んだ防衛戦術、そう簡単に破らせん。
弱点はないか?俺じゃなくて、帝国の前線指揮官に聞けよ。俺の管理する前線で指揮を取ってたの、ほぼ帝国の軍人だったぞ。運用の弱点や癖なんかは、そっちに聞いた方が絶対詳しいだろ。…話はしてきたけど、参考にならなかった?ご愁傷様。待て。敵対はしてないだろ、剣は抜くな。
砦を抜けさせろ?無理だろ。通り抜けるにも事前の通達と、砦側で発行した通行証、同じく砦から派遣した案内人と、最低三回チェックするんだぞ。追放された俺やメリアも含めて、通り抜けなんてできるわけがないだろ。大人しく森を突っ切れよ。
さぁ、情報料をよこせ。戦術考案に寄与しただろ。好意的な協力と報告するから見逃せ?お偉いさんはこれだから嫌いなんだ。吐いた言葉をすぐ引っ込めるんだからな。最初からギルドを通して依頼料を払えよ。
あぁ、お疲れ、メリア。勇者?帰ったよ。ったく、依頼料よこさないとかケチなもんだよなぁ。仕方ないから適当に依頼こなそう。食肉は最近少し価格が下がってきてたし、他の依頼をこなすのにも慣れた方がいいだろ?
「たまには、ちょっと気分転換したい。」
それなら、適当に護衛依頼受けるのはどうだ?少し遠出して…オッケー、飲む約束があるから明後日以降と。じゃ、その辺り目途のと、今日受ける分少し頑張ろうか。
護衛依頼が始まった。魔族領を離れて初めての遠出。いやー、びっくり。探索者って弱いのな。猪一匹倒すのに何人でかかってるんだアレ。俺一人で熊仕留めてきたらビックリされたぞ。
魔術でって言ったら納得されたけど、パーティへの勧誘が始まってメリアが拗ねた。お前、戦闘向きじゃないだけだろ。拗ねるな。
「肉。一番いいとこ。」
はいはい。
一週間の旅路の後、護衛依頼も無事完了。ちらっと俺の評価を小耳にはさむことがあった。仕事は雑だが、守ってほしい所は確実に守ってくれると。雑ってなんだ、雑って。
「そこは私がカバーしてるから大丈夫でしょ」
まぁそうだな。帰り用の別の護衛依頼、受けるまでは色々見て回ろう。
「ちょっと暴れたい、とかない?この街で腕試しやってるみたいだけど」
お前、それが目当てでこの街への護衛依頼にしやがったな。却下だ。
結果、スルーしたらメリアが拗ねた。お前、やけ食いも程々にしろよ。護衛依頼の報酬分が吹っ飛ぶぞ。
聞いてみると、結構な額がファイトマネーとして出てるから、ちょっと狙ってみたかったんだそうだ。とはいっても、あの面子見る限り、勝ちに行くの、かなり面倒そうだったぞ。
「いけるいける」
やだ。めっちゃ棒読みじゃねぇか。
今日の試合で決まった選手で誰が優勝するか、賭けが明日行われるみたいだし、それで満足しろよ。
その日の晩。魔王城から伝令、というか通信用の魔道具を持った使い魔が来た。魔力を追って辿って来たらしい。ご苦労なことだ。
聞けば、現魔王の四天王を継続している大罪持ち、暴食から。暴食が俺に連絡するなど珍しいものだ、と思っていたが、そう気楽には構えられないらしい。
なぜかと言うと、最近になって、対人族の強硬派の数が増えているとのこと。今は少し物騒なだけだが、もう遠くない時期に人族領土に対して全面戦争を仕掛けてもおかしくないらしい。
ついては、神託で魔王が選ばれていない現在、戦争を仕掛けても負けるから、俺に戻ってきて欲しいとのこと。この連絡も、極秘であると。
正直、追放された身としてはどうしようもない。魔王の出現はこちらでも感知できていないことと、協力する手段がないことを告げると、暴食は露骨に落胆した。
うん、どうしようもないだろう。だから魔道具越しに露骨に慣れてない色仕掛けをしようとするのはやめた方がいい。息遣いだけ変な感じになってちょっと不気味だ。あとメリアがすごい顔になってる。色欲でもないのに無理するな。
公になっていないことだが、神託によって選ばれた魔王は自身に仕えるべき大罪持ちを、大罪持ちは自身が仕えるべき魔王を、お互いに感知する能力を有する。そして、前魔王の神託以降、公になっていた大罪持ち全員が魔王を感知できていないということは、現在大罪持ちが仕えるべき魔王が存在しないことを意味する。
つまり、神託が下るまでは、大罪持ちの行動を縛るしがらみは存在しないはずなのだが、公には魔王は即位している。伯爵を後見とする形で。魔王として認められるにはその能力を公にする必要があるのだが、それも聞く限りではクリアしていたはず。
ある程度何が起こったのか推測は立ったが、今は何もできないから怠けさせてもらおう。暴食の話が正しければ、近く魔王は人族に戦争をしかけ、良くて即時撤退、悪ければ泥沼の戦争に陥る。初期の時点である程度、大罪持ちの動静はハッキリするだろうから、そこから貴族たちが、今の魔王に仕えるべきかどうかを判別するだろう。
もし魔王を見限った勢力がこちらを頼ってきた場合。メリアが顔見知りを無視できるかは微妙なところだし、俺とて暴食に頼られたら、無視できるとは断言できない。今は二人だから何とかなっているが、人が増えたら何かしら手を打つ必要が出てくるだろう。
今となっては先の腕試しのファイトマネーが惜しまれるが、とりあえずはゆっくりお金稼ぎをするしかない。当面しっかりと依頼をこなす。あとは何とかなるだろう。
「雑すぎ。ちょっと危機感を持って。」
そう言われても、経験上は焦ってもいいことがない。ホラ、早く寝ろ。
ちなみに、憤怒や傲慢の心配はしていない。単体戦力では魔王軍最強を争う二人だ。心配なんてするだけ無駄だろう。二人とも暴食に好意を寄せていたし、何かあるとしたら暴食関連で騒動が起こった時くらいだろう。
次の日行われた賭けで、メリアはそれなりに儲けたらしい。俺は不参加。無理。勝っても負けても絶対メリアの散財に付き合わされる。
護衛依頼を行いつつ、いろんな街を転々とする中、勇者に遭った。
会ったではない。遭った。
なぜかと言うと、出会い頭に襟元を掴まれて路地裏まで引きずり込まれたからだ。
おい勇者。せめて今日の宿くらい取らせろ。
聞けば、護衛依頼で各地を転々とする等聞いておらず、寝返ったかと疑って、慌てて捕えに来たそうだ。ギルドには護衛の完了報告は毎回きちんと上げてるぞ。追って来たなら、ギルドの滞在記録は確認しているはずだ。
曰く、報告をどこかで辞め、戦死扱いにして行方をくらませれば、ギルドはそこから追う手段を持たないとのこと。簡単な魔法契約でも結んでおけばいいのにな。あぁ、手間とかかる魔力だけ考えても、実用的ではないか。追われるのも仕方ないな。
なんで旅に出たかって?お前ら勇者と関わりをもたないためだよ。ギルドに依頼を出せば、俺に伝わるんだろ。前みたいに依頼料踏み倒されたら、こっちは商売あがったりだからな。
何でもいいから、依頼するならサッサとギルドを通せよ。何だよ、協力してもらいたいって。協力を乞うならギルドを通すっていうのが決まりだろう。約束させた側が横紙破りするなよ。
曰く、国の依頼。極秘扱いで簡単には漏らせない。曰く、最初に俺が探索者登録を行った国から、伯爵の領地を切り取る形で魔族領侵攻をするしかなくなってる。曰く、勇者のネームバリューはいまだ高いが、正直な所絶対的なものとは言い難くなっている。軍などで公に指揮を執るには、適任がいない。勇者の隣にいる騎士も、軍略については適任ではないらしい。
そこで、魔王軍追放の前科があるとはいえ、軍を指揮した経験のある俺を、どこかから勇者が見出した逸材として登用しようと考えたわけだ。
人族側から雇えよ。俺が表舞台に立ってどうする。人族を押し退けて魔族が軍に登用されたなんて、恥の上塗りだろう。もうちょっと軍略とか出来る人間を国の伝手で斡旋するとか、できないのかよ。
そういう人材は国ぐるみで育成してるから、出来が良かろうと悪かろうと他国には渡せない、最悪の場合は人質にされる?帝国が何とかしろよ。戦争仕掛けたいのは帝国だろ。
帝国は人族至上主義だから、魔族の登用は表立っては言い難い。だが、今回お願いしようとしている国は、探索者登録している限りは魔族でも人族と同じ扱いを受けられる。帝国が無理になんとかしようとすれば、魔族狩りが発生しかねない、と。
それは確かに俺も困るが、なおさらギルドを通せよ。ギルドに情報は漏らせない、直接交渉してるから依頼料は払わない、不利益はお互い様だから話だけ、受けてくれればそちらにも利があるから、好意的な協力だけ願って依頼料なしとか、ご都合主義の塊だろ。
お前のお偉いさんの都合を聞いても仕方ないんだよ。ホラ、サッサとギルドを通せ。俺も依頼完了の報告しないといけないんだ。
ランク?あぁ、探索者の。そんなに上がってないだろ。調べたならハッキリした数字、俺より把握してるんだろ?達成した記憶があるの、護衛依頼と害獣狩りだぞ。
指名依頼は高ランクの者に出されるのが普通、と。上げる気はないからゆっくり適任を探してくれ。ご愁傷様。
指名依頼。ユージルト王国の騎士登用試験に合格する事。報酬は金貨十枚、前払い一割。
あのバカ勇者、次会ったら絶対殴ってやる。これを断ると、ランクが低いのに指名依頼が来たということで、探索者として風当たりが強くなるということか。
騎士登用試験は二ヵ月後、移動と必要経費だけで一ヵ月と金貨一枚は飛びそうだな。ということは、これまでの経緯から考えるに、報酬とは言っても必要経費ギリギリしか渡されてないはずだ。どうにか切り詰めないと、報酬が報酬でなくなる。
メリア、なんで浮かれてる。金貨十枚って言ってもそんなに儲けにはならないはずだぞ。
「ネグルはあの国の騎士の美味しさをわかってない。ネグルは適任。」
あの王国の騎士の最上位は最前線の砦に配属されるのが普通?開拓しながら砦を守ってさえいれば、普通に俸給が支払われる?…いいな、それ。
商隊の護衛依頼を急ぎで受け続けること数回。ユージルト王国に到着して、ギルドに顔を出したら、窓口のおばさんが手放しで喜んでくれた。指名依頼の指名先が、自分の街出身だということで、かなり誇らしいことなのだそうだ。金貨十枚という報酬も、探索者なら破格。
残念ながらランクは上がっていないが、それだけの腕を認められている、ということらしい。まぁ悪い気はしないが、騎士登用試験だけでそんなに盛り上がられてもな。
「鼻の下を伸ばさない。」
伸ばしてないから。気が滅入ってるだけだから。近くにいる女の子はなんか付いてきてるだけだから。だから殺気を飛ばすな。
数日、メリアは俺から離れなかった。昨日がアレなら仕方ないか。でも色仕掛けはしなくていい。暴食がこれを知ったら?普通に喜んでくれるんじゃないか?
騎士登用試験の四日前。ギルドに顔を出して、王都から来た馬車に乗せてもらう。同じ試験に挑戦する者は同乗するらしい。数台来てたのはそう言うことか。でも意外と数が少ないな。
「小国の騎士の登用なんて、こんなもの。大国なら、移動が自前でも山ほど集まる。」
そんなもんか。
試験の前日、勇者が王都で待っていた。落とし前をつけてもらうぞ勇者。一発殴らせろ。
騎士が前に出た。殴るなら私を殴れ?そうかそうか。では遠慮なく。
騎士は空を駆けた。ちょっと奮発して権能を拳に乗せたんだが、予想以上に飛んだな。独楽のように回りながら放物線を描き、最後にゴロゴロと地面を転がって止まった。
周囲は唖然として固まったまま。メリアだけが自慢げな表情を浮かべてた。何やったって?ちょっと全力で殴っただけだ。勇者ともあろうものが疑問に思うなよ。見えたろ。
騎士登用試験、当日。参加者が集まった。人、意外と多いな。他の街から来てるヤツもいる?そうなるとこんなもんか。
メリアは俺の従者と見られてるらしい。他の身分の高そうな奴の従者と一緒に見学席にいる。探索者に従者がいることを、疑問に思うヤツもいるみたいだが。
そうこうしているうちに一つ目の試験終了。あっけないなぁ。権能すら使ってもいないから楽だけど、体力だけで半分以上落ちたぞ。
次は試験官と腕試し?俺、魔法の方が得意なんだが。殺傷系は初級以下、あとは特に制限なし、試験官のみ殺傷系を含む魔法の制限なし?まぁいいけど、これ耐久性だけ上げて耐えきるだけっていうのはありかな?前線指揮官なら沈まない盾ってのもありだろ?
なしだった。あとで一度やって見てもいいが、周りの試験が終わった後だと。楽できると思ったのに、俺だけ二度手間かよ。
自前の耐久性を魔法で強化して、試験官の攻撃を捌きつつ、殴り飛ばした。やっぱり皆唖然。体格がいいからか、昨日の騎士のように独楽みたいに回ったりはしなかったが、結構な距離飛んでそのまま気絶した。
腕試しなんだから、試験は問題なさそうだが、試験官が伸びたので、残っている試験官で参加者を順に捌いたらしい。あとで試験官が全員揃ってから発表するとのこと。
こうしてみると、人族相手の手加減の仕方とか、まったく考えたこともなかったよな。寸止めとか手加減とかしてる暇があれば、昏倒させて治させた方が楽で確実だったし。
試験官が復帰したのはしばらく経って、全参加者の試験が済んだ後だった。
ようやく発表かと思ったが、その前に俺の提案した耐久試験が実施された。
参加者は、俺一人。試験官は全員参加。全員の全力攻撃を一度に受け止めて、倒れなければいいとのこと。
それだと結果が分かりにくいからという話も出たので、提案。俺が結界魔術を使って、試験官が結界に向かって全力で攻撃、同時に結界内部へ干渉。内部への侵入を許すか、結界にヒビ一つでも入った時点で落第、結界の破壊、結界内部への侵入、どちらも出来なければ及第。
なぜヒビでも落第かというと、ヒビというのは割れる前段階だからだ。結界魔術なら、割れた時点で意味をなさなくなる。ヒビが入るということは、同程度の衝撃に耐えられないということ。まぁ、国の盾なんだから、割れないことを前提にするのは当然だよな。
時間は経って夕刻。もう終わりにしないか。しばらく結界に攻撃加えてたが、傷一つ付けられないだろうが。増援?まぁいいけど。他の参加者は?あぁ、もう宿に帰ったのか。メリアは見てる?物好きだなぁ。
夕飯の頃合いになった。騎士であろう増援さんたちはまだ攻撃を加えてる。所々で身体強化術のかけなおしの声が上がる。試験官さん、もう諦めなよ。一枚でこれだと、二枚目とか絶対に無理だろ。
二枚目、作ってみろって?はい。…目に見えて士気が落ちたな。一部ヤケクソになってる。
結果は明日通達。今日は解散。まぁ、騎士さんが立ち直るだけの時間も必要だよな。
「手加減、しなかったの?」
合格しないと報酬もらえないだろ。お前もこの国の騎士に登用されることを推してたし、砦に籠りっぱなしでいいなら、俺としてもありがたいしな。
それに、手加減の仕方がわからん。結界を二枚しか出さないのは、十分手加減だろ。
結果、文句なく合格。将来有望として名を出された。ギルドに指名依頼の完了報告をしに行くと、勇者に会った。もうお前、帝国のメッセンジャーに転職しろよ。
騎士登用試験に受かったことを伝えると、騎士の指導教官および補佐として勇者が付くと、勇者自らが言い放った。隣で騎士が凄い顔をしてたのが印象的だが、お前こんなところで油を売ってていいのか。帝国の重鎮が他国の騎士の傍付きをする理由にはならないだろ。
「ネグルの傍付きは私で十分。あなたは要らない。」
メリア、もっと言ってやれ。
勇者が言う所には、ローザルテア帝国からユージルト王国への、軍務の教導や補佐は、昔から行われていたらしい。先々代のユージルトの姫がローザルテア帝国の側室になり、その血筋に第三皇子ユースティルス、勇者の傍付きの騎士がいるらしい。
ちょっと待て、騎士。結構なお偉いさんに生まれてんなら、勇者が俺に話を持ってくるの止めろよ。第三皇子ってんなら発言権強いんだろ。
凱旋してから発言権が第一位と遜色なくなりつつあって、下手なことは言えない?帝位を継ぐのに難色を示しても周りが担ぎ上げる?辞めちまえよ、皇族。
凱旋して一年も経たないのに、いきなり辞めるのは外聞が悪い、少し時間を置くと。帝国で帝位の継承権は兄が持ってるから、噂が下火になった時点で帝位継承権を放棄して、勇者と共に対魔族の戦線に復帰すると。
理屈は分かったから、勇者が毎回俺への伝達事項携えてくるのを止めさせろっつってんだよ。
しかもなんだ、指導教官および補佐って。
魔族だから、体のいい監視らしい。信頼できるかどうか、しっかり見極めろと。それこそ軍のお偉いさんの仕事じゃねぇか。勇者がやることじゃねぇだろ。
勇者でないとお前を止めるのは不可能?何だそれ。
うん、俺が守ってた砦が落ちて、前線が下がったのは知ってる。護衛依頼を受けて旅してるときに、時々メリアが教えてくれたからな。
今前線が保持されてるのは、例の伯爵の領地を基点にした一帯。あそこを包囲するのは手間だから、あそこを抜けないと、どう頑張っても後手に回らざるを得なくなる。
他の場所は湿地帯だったり、凶暴な魔物の住処だったりと、正直馬を進めるのも難しかったはず。開拓するにしても、絶対に手間と時間が吸い取られるだろうな。
そういう話じゃない?
初めて聞いたぞ。不落砦の蒼氷ってなんだ、その二つ名。
士気も練度も高く、巧みな戦術で戦線を維持し続け、勇者ですらも突破を許さなかった砦が落ちた、魔族の抵抗は続いているが、魔王撃破は間違いないと、勇者を担ぎ上げてる勢力が勢いをつけていると。
その勢いを決定づけるために、勇者が殺した魔族の将軍として、吟遊詩人が歌い上げた?
探索者としての俺に付けられたんじゃなくてよかったわ。その物語通りだと俺死んでるはずだしな。そういう話でもない?
前魔王が殺される前の時点で、勇者が完全に勢いを止められたのは、俺の砦ただ一つ。何とかそこを迂回するよう立ち回ったが、それ以外の地点や要所で苦戦はしたけど、勢いが止められるようなことはなかったと。
唯一、勇者を阻む力があると、密かに勇者と騎士は認識していると。今の俺はそんな力ないけどね。権能に余力はあるけど、仲間がいない。一人突出してても、数で圧し潰されたらどうしようもない。勇者を阻むなんて、前はどうあれ、今は無理だ。
だから、指導教官および補佐はやめてくれ。勇者のネームバリューで何とか止められないのかよ。今回は表立って勇者が加勢するだけで、協力体制を固めるのは規定事項?
畜生。やる気満々じゃねぇかお前。止めろよ騎士。
三ヵ月の訓練期間を経て、正式に砦に配属されることが確定した。
まぁ、疲れたな。勇者が訓練場に来て俺と一騎討ちしようとするのは止めさせたが、勇者が絡んでいることで指導官が意地になったのか、俺だけ別メニューで桁が違う量の訓練をやらされた。
魔族だからって、素の能力は普通の人と変わらないんだぞ。多少魔力を保持する能力が高いからって、いきなりメニュー倍々は止めてくれ。これ絶対、こなしたらこなしたで、もっと量が増えるやつだろ。限度を知らないのかよ。
砦まで、馬車で四日ほど。着いてすぐ砦の指揮官に挨拶しに行ったら、その場で指揮権を譲渡された。どういうこと。
司令官は体格のいい爺さんだったから、しばらくこの人の指揮を勉強する形になるんだろうなと思っていたんだが、勇者が名乗りを上げた瞬間、爺さんが飛び上がって喜んだ。
なんでも、勇者の冒険譚は有名らしく、前線とは言えこんな土地に派遣されるなどとは夢にも思ってなかったらしい。
ついでに、爺さんが軍の指揮を習ったのは相当昔にローザルテア帝国の教導官から、らしい。そうなると、既にローザルテアの勇者が付いている以上、爺さんが付く意味というのはあまりないらしい。
本人としては早く退職して、孫の顔でも見ながら余生を過ごしたいそうで、勇者の指導教官就任は渡りに船と。一応、勇者をこの砦に張り付けておく意味を問うたのだが、お前も若いのだから、勇者殿を口説き落とすくらいの熱意を持て、と謎の叱咤を受けた。
騎士とメリアの放つ雰囲気が凄まじいものだったので、即座にそんな気はありませんと言い張ったのだが、爺さんにそちらは感じ取れなかったらしい。正面から俺の肩を叩いてサムズアップし、鼻歌交じりに出ていった。あの野郎尻拭いする俺の身にもなれよ。
メリアが拗ねた。機嫌を取るのに大変だった。
「勇者がいいの?」
嫌だ。頼まれても御免だ。
勇者はご機嫌だった。
口説き落とさないのかって?騎士に頼めよ。
爺さん、俺が勇者といい雰囲気になるようセッティングするのやめろ。上司だろうが。退職届は提出して、あとは受理の通達待ち?お前ふざけんな畜生。
騎士、俺と一騎討ちしようとするんじゃない。投げてきた手袋を避ける。受け止めるのが礼儀?知ってるぞ。手袋を相手に投げつけるのが決闘の申し込み方で、拾うことで受諾だが、地に落ちる前に受け止めたりしたら、生死問わず全力で、となるだろうが。さりげなく罠を仕掛けるな。
元上司、爺さんの退職届は受理されたらしい。甚だ遺憾である。
勇者が俺の指導教官および補佐として就任することを前提に、俺が砦の司令官に任ぜられた。他の兵士たちの感情とかも気になったが、勇者に表立って敵対する者はいないらしい。
突っかかってくるやつが一人いたが、勇者が追い払った。文句があるなら私と一騎討ちして勝ってみせろ?それ、騎士に言ってやれよ。あぁやっぱり言っちゃダメだ。騎士が俺に決闘を申し込んでくる。
ホラ来た畜生。
一対一。特に制限なし。生死問わず。勝った方が砦の司令官に就任。
剣術、魔法、その他なんでもあり。審判は元上司の爺さんが務める。勇者は景品代わり。メリアも勇者の傍にいるが、アレは絶対勝てと言ってる目だ。まぁ、ここを追い出されたら何もできなくなるしな。
ちょっと頑張るか。柄にもないが。
開始と同時に結界を起動。騎士の攻撃が阻まれる。回りこもうとする騎士だが、結界は俺の周囲を球形に囲っている。即座に様々な強化術をかけて一気に斬りかかってきた。
その時点で俺の権能を起動。騎士の体から力が抜け、魔力も、かかっていた各種強化術式も一気に無効化される。急に倒れ、驚愕に目をむきながら起き上がろうとする騎士だが、それよりも俺の方が早い。下級の氷魔術が、騎士の額、次いで肩に軽く当たって、決闘が終わった。
その日の晩、勇者と騎士が俺の部屋を訪ねてきた。メリアと話して状況を整理しているところだったんだが、仕方がないので対応する。
勇者の要件は、そろそろ俺の手札を教えろ、とのこと。これまで世に公にされてきた魔族の魔術とも、特に脅威とされてきた大罪の権能とも、明らかに一線を画す術。不思議な魔法、と一言で煙に巻いてしまえればいいが、それでごまかせそうにもない。
仕方ない。これからやることについて、勇者に協力してもらうことを条件にする。
嫌なら話さない。別に許可が必要なわけでもない。大局的に見れば、俺の得でも、勇者の得でもある。
先に協力する内容を?人聞きが悪いな。現魔王を撃破することに協力する代わりに、俺が魔族として統治する領土を認めてほしい。
具体的には、現在の前線の場所。魔王の後見をしている伯爵が統治している場所だが、ここに展開される戦線を突破。勇者が魔王城まで到達し次第、現魔王を撃破。基本的に俺はその幇助をする。
そして幇助の見返りに、俺自身がこの領土を魔族として統治し、この砦の司令官の椅子をお前ら二人のどちらかに渡す。その後は戦線を硬直させれば、ほぼ元通りというわけだ。
戦線が動かないことが利にならない?現魔王を討てば、魔族領は復興に手間を取られて、戦争なんてできる状態じゃなくなる。今の人族排斥を謳う魔族の主流派を押さえられることは、大局的には戦争を抑止する形で働く。十分な利益になると思うけどな。
俺の立場を人族側のままで?それ、魔族に指揮官の椅子を奪われた人族の一般兵百人に聞いて来いよ。百人全員が何も思う所がないなら考えるが、人族の軍を指揮する立場の魔族なんて厄介事にしかならないだろうが。
協力した際に俺が戦死したことにでもして、騎士か勇者がその遺志を継ぐとか言いつつ司令官の椅子に就任したほうが絶対いいと思うぞ。
俺の利益?具体的には、今の非主流派が、領土を捨ててどこか腰を落ち着けるところを探してるっていう話が来た。難民、に近くはあるけどな。
どうにも今の主流派の裏にいるのが、ここの伯爵みたいで、非主流派を軒並み潰して回ってるみたいなんだよな。
魔神を気取ってても、魔族の発展を考えてるなら何も言わなかったが、元とはいえ仲間をコケにされたとなると、一発殴ってやらないと気が済まない。
だから、すべて潰して掻っ攫う。
そうだな。確かに勇者の許可がなくても、実行には移せた。ただ、聞いているだけの話だと、ぱっと見で魔王を倒せる手札には心もとなくてね。特効を持ってる勇者なら、実行が相当楽になる。
敵はおそらく、大罪の、嫉妬。どこかで拾ったのを、伯爵が後見してると考えてる。無理な話でもないだろ?嫉妬の権能は、推測交じりだけど、吟遊詩人の歌でも歌われてるし、魔王よりは弱い。
ん?勇者の権能は魔王あってこそ?魔王が失われた今、勇者の力は徐々に失われつつある?特効もどこまで効くかわからない?
それなら美徳の権能持ちはどうなんだよ。神側にもいるんだろ。大罪の対となってるなら、そっちの活動が活発になっててもおかしくないだろ。
大罪の席が最低二つ欠けてる上に魔王が存在しない今、積極的な行動を慎んでる?美徳にも程があるだろ。あ、騎士が忠義ね。慈愛は?教会で孤児院経営に全力?そうでなくとも戦闘力は皆無?仕方ないか。
一番働いてそうなのとなると勤勉だが?帝国内で復興活動の指揮?商人なのか?美徳はなぜその人に宿ったか謎なのが多いな。直接的な戦いを選ばない人も多いから、その分勇者に戦闘能力が集中しやすい?あぁそう。
まぁ基本方針は変わらないな。勇者が魔王とその後見である伯爵を討つ。俺はその幇助として、勇者に戦線を突破させ、道中を支援する。魔王撃破後は、司令官の椅子を騎士に譲渡。その見返りとして、戦線を現在の状態に戻した上で、前線を管理する土地を俺の領土とし、現在の非主流派を保護する土台にする。その後はお互いこれまで通り、警戒態勢を維持する。
問題ないだろ。どうやって突破するか?まぁ任せろ。
話が終わって勇者も騎士も帰った。メリアと一緒に詰めていた息を吐き、それにお互いが気付いて軽く笑いあった。
「ありがと。」
気にするな。これまでがどうあれ、ギリギリで間に合ったという感じが強い。
最初は暴食だけでも、こちらに合流できるなら問題ないと思ってた。でも、事が進むにつれ、暴食だけで済む話でもなくなってきていた。魔族をある程度の数、養える場所が必要になった。元凶となっているのは、あの伯爵。
一ヵ月後には暴食がこちらに合流できるから、その時に作戦を実行に移す。
前魔王が討たれてから、そろそろ一年。区切りとしては、悪くない。
その後二人でまったりとしているところに、勇者が俺の権能についての話を聞いてないと、ネグリジェで乱入して来てメリアと乱闘になった。騎士はこなかった。あの野郎、肝心な時に役に立たねぇ!
作戦決行当日。魔族領の戦線近くに、俺の知りうる最大戦力が集った。
俺、メリア、勇者、騎士、暴食、傲慢、憤怒。
うん、俺も驚いた。なんでいるのお前ら二人。暴食に頼まれた?お前ら本当にアレだな。暴食大好きだな。それともあれか、ちっちゃい子好きか。ロリコンじゃない?そういう言葉は知ってるんだな。だからあえて言おう。傍から見て言い訳はできん。受け入れろ。
勇者と騎士は絶句している。何せ大罪の最強の座を争う二人だ。前回会わなかったのかと聞いたが、二人と戦闘していると、魔王と戦う余力がなくなることに気付き、奇襲をかけて魔王のみと相対したのだそうだ。今の時点で二人に勝つのは不可能らしい。
まぁ、俺が言うのもなんだが、この二人がいるなら勇者要らなかった程だからな。展開された戦線の突破は、これで問題がなくなる。
そして俺たちに気付いて伯爵領地側に展開された戦線だが、普通の兵が一人もいなかった。アンデットだ。ボロボロの鎧や武器を付けた、死霊の宿る兵士たちが、一斉に群がって来た。
直後、憤怒が一喝。開いた口から吐き出された炎が、周囲を炎の海に変え、アンデットたちを灰に帰す。
生き残った上位個体と思われる敵は、傲慢が微塵に切り裂いた。
伯爵の居城も同じような感じで普通に突破。うん、戦力過剰だよな。楽でいいけど。
傲慢と憤怒、そして暴食は伯爵の領地に残す。人族が攻め込んできても問題ないように。暴食、一緒に行きたいっつっても、傲慢と憤怒をここに残して、二人が喧嘩しないと断言できるか?無理だろ?ちょっとにらみ合う程度に抑えながら、待っててくれればいいから。
魔王城までメリアの案内で進む。俺?基本、俺たちの姿が見えないように魔法発動しっぱなしだよ。具体的には、全員の姿を魔族と同じように偽装してる。
地味だって?毎回相当魔力使うんだぞ。俺以外にそこを担当出来るヤツがいないんだよ。憤怒も傲慢も暴食も、基本権能を活かすために全ての能力を割り振ってるからな。
魔王城に侵入。ここからは騎士の案内。魔術はかけっぱなし。結構、魔力使うんだが、これまで権能で貯蓄するばかりで、ろくに使っていなかったのが幸いしている。
だが、ものの見事に誰とも会わない。普段なら小間使いの一人くらい、城の中ですれ違うものだろうが。
「多分、私たちが来ることがバレてる。」
だろうな。前線を突破してきたんだし、伝令が走っててもおかしくない。となると、玉座の間に行くしかないか。城内で勇者と戦うとなると、あそこしか存分に戦えるほど広い所はない。
玉座の間で、俺たちを待っていたのは、例の伯爵と、子供だった。
訝し気に進み、勇者が剣を構えると同時、子供が玉座に立てかけられた剣を構えて勇者に襲い掛かる。騎士も加勢し、二体一での殺し合いが始まった。
それを横目に、伯爵に相対する。伯爵は溜息と共に語り始める。曰く、私ならもっと魔族領を発展させられる。曰く、前魔王に献策を行い続けたが、魔王はそれを却下し続けた。曰く、献策を続ける家臣を重用せず、報いもしない魔王こそ排除する必要があった。曰く、これから始まる戦争において、ようやくその悲願が達成される所だったのだと。
どうでもいい。
「人を足蹴にしておいて、ただで済むと思うなよ!」
俺はそう叫ぶや否や、一瞬で懐に飛び込み、全力で殴り飛ばした。
たたらを踏んで体勢を立て直した伯爵だが、腰の剣を抜く前に俺の脚が伯爵を蹴り飛ばした。こんな運動不足の輩に、権能を使うまでもない。身体強化術を駆使し、渾身の一撃を振るう。
伯爵は即座に魔王と目される子供に、俺を殺すよう大声を上げ始めたが、子供がそれを実行に移す前に、俺の拳が伯爵を撃ち抜いた。
崩れ落ちる伯爵を尻目に、襲い掛かって来た子供の相手をする。剣筋はそれなり、嫉妬の権能で底上げをしているのだろう。手で捌くうちに、どんどん打ち込んでくる力が強くなっていく。
確か、嫉妬の権能は、相手の能力を妬み続けることで、その力を徐々に模倣し、自身の力として取り込むことだったはず。これ以上は付き合ってられないと、こちらも権能で取り押さえることにする。
即座に変化は現れた。子供の振るう力が一気に失われ、そのまま糸が切れたように床に突っ伏してしまう。
俺の権能は怠惰。周囲の全ての能力を、奪い、封じ、停止させる能力。奪い、封じた力は自身の力として溜め込み、必要に応じて自分や仲間に一時的に譲り渡すこともできる。
その分、まじめに働けば働くほど、能力を持て余してしまうのだが、ここ一年ほど、魔族のために働かず、自分のためにのんびりとやって来たのだ。怠けたと言って差し支えない状況が生んだ力が、嫉妬の権能を抑え込んだ。
後は伯爵とこの子を殺して、魔王の座を空位に戻し、伯爵の領土を俺が乗っ取れば作戦は完了だ。そう思って勇者と騎士を見たのだが、二人は満身創痍の状態でこちらを見ていた。
なんでも、嫉妬に全ての能力を上回られ、特効すらも無効化される所だったのだという。
嫉妬と戦闘が始まり、伯爵が自分語りをしていた時間。割と切羽詰まった状態だったんだなぁと、いまさらながらに気付く。
任せて忘れてた、すまん、と謝ると、一撃で仕留めきれなくてすまないと返された。まぁ、嫉妬や傲慢の権能の対策としては、相手の能力に上回られる前に倒すしかないと、吟じられてるしな。
魔王軍の幹部が招集され、伯爵の罪が明るみに出た。
発端は、配下の街で、嫉妬の権能を持つ子供を見出したこと。前魔王に献策を行い、それが実を結ばないまま、日々を過ごしていた中での遭遇。その子を新しき魔王として担ぎ上げ、その後見として魔族社会を意のままに動かし、真の魔族の繁栄を勝ち取ろうと画策したらしい。
勇者が自領を通過しようとするのを意図的に見逃し、その罪を前線指揮官であるネグル、つまり俺に擦り付け、放逐する。
次に嫉妬の権能を持つ子供を自身の配下として育て、魔王として即位させてその後見を務める。嫉妬の権能を持つがゆえに、魔王として認められるための試練は、多少てこずるくらいでクリアできたそうだ。
後は魔族領を統治するために、人族の領土に侵攻することで発言権を増し、自身の発案を実行するだけの権力を手に入れる。その際に使う予定だった駒というのが、先鋒として俺たちに向けられた、アンデットの軍団。伯爵の計画によれば、公にされていない怠惰の持ち主さえ、嫉妬と同じように発見して確保できていれば、無敵の軍団になったのだと。
俺が怠惰の持ち主だと知ったら、愕然としていたらしい。
結果、伯爵は死罪。勇者を見過ごし、魔王を討たせ、その責を他者に問うなど言語道断、と即座に首を飛ばされた。偽魔王たる嫉妬の持ち主は、今は情操教育などの観点から、暴食の親が引き取って面倒を見ているらしい。
暴食とぱっと見の年齢が近いからか、非常に微笑ましく育っているようだ。だが油断するな。そいつを想い人にするなら、今後相当苦労するぞ。主に立ちはだかるロリコン二人組で。
今回の偽魔王とその後見たる伯爵に潰されて回った主流派の貴族などは、それぞれの領地に戻って復興作業をしているらしい。暴食、憤怒、傲慢がこれに当たる。精力的で結構なことだ。
メリアの追放も恩赦が通り、メリアは前の同僚と現在の状態の埋め合わせに走り回っている。
その後、問題になったのは俺の領土についてだ。
俺としては伯爵の領土で、自分の軍団を一から作り上げるつもりだったのだが。俺が追放された後、人族に攻められて行き場をなくした兵士たちが、事が済んだ後に俺の元に集まり始めたのだ。とっくに他の領土で生きているものと思っていたのだが、そういうヤツは少数らしい。
結果的に、兵士を結構な数従えるようになってしまった。ついでに前線指揮官の役に再度就任。怠惰の権能を体感したことのある兵士たちは、不屈砦の蒼氷の再来だと叫んでいた。
待て。なんでお前らがその二つ名を知ってる。人族の間で立っている噂じゃなかったか。吟遊詩人に俺の情報をそれとなく流したのはお前らだと?近くにある人族の王国で酒を飲んでは、かつての英雄を懐かしんでいた?お前ら次の訓練覚えとけよ。
結局その結果、魔族領と人族領の境界線は、前魔王が倒れる前の状態に戻った。
人族が一旦は、新しくできた領土だと入植を募ったらしいが、戦乱に巻き込まれやすい立地や、魔物の凶暴さから次第に興味を持たなくなり、トドメに近くの旧伯爵領、つまり俺の領土に兵士が集まり始めたのを見て、放棄を決めたそうだ。
結果、以前俺が管轄していた砦も、俺の領土に含まれることに。お前ら、絶対人族の手が入った土地の復興が嫌なだけだよな。あそこ、植物の育ちも悪いしな。
人族の領地の復興は、それなりに進んでいるらしい。
俺が抜けた後、騎士が砦の指揮官に正式に就任、勇者はその指導教官および補佐、という名の閑職に追いやられて暇を持て余してると、俺の家の応接室の椅子で優雅にくつろぎつつ、ぼやいた。
なぜここにいるかというと、わざわざ商隊に偽装して物を売りに来たところ、俺が出向いて正体に気付き、俺の館に押し込んだ。
人族からの商隊が来るようなところではないと油断した。わざわざ前線としての管理体制がまだ緩い、旧伯爵領に来るとは。
聞けば、魔王討伐の契約が成ったので、勇者としての能力が消えたら、第二の人生を歩みたいとのこと。商隊の偽装はその一環で、次は商人として少しずつ名を上げたいとのことだ。物入りだから確かに商品を売ってくれるのはありがたいが、保存食ばかりというのはどうなんだ。
頼りになる探索者が護衛に付いてくれればありがたいそうだが、騎士に頼めと言って追い出した。流石に蹴り飛ばしてはいないが、あの様子だとまた来そうな気がする。旧伯爵領側の管理体制を整えたい、早急に。
今日は久々にメリアがこちらに顔を出した。ブランクも特に響かず、現在前の役職に再任されているそうだ。魔王が討たれた以外、本当にほとんど変化がない。
「ネグルと同じ。ネグルは大変そうだけど。」
まぁ、やってることは前と大差ないからな。今度、数日休んで、人族の領土に遊びに行こうと思う。
「連れてって。」
そうだな。勇者が来る前にここを出よう。
ん?あぁ、来たんだよ、数日前。保存食だけ大量に売りに来た。旧伯爵領に来るとは思わなかったがな。商人になるから護衛が欲しいんだとぼやいて帰ったよ。
「ならなかったの?」
何に。
「別に。」
何だよ、と思ったが、機嫌は悪くないようだったので、まぁいいかと思い直す。
数日後。
メリアと共に人族の領土に観光に行く途中、勇者にバレて追い回され、勇者を追いかけてきた騎士に勇者を捕まえさせた。おい騎士、お前の砦の管理はどうなってるんだ。
そして勇者。魔族に塩を贈る真似をするな。もう来るなよお前。
敵対したくないところと友好関係を結ぶのは当たり前?今後とも末永くよろしくって受け入れられるか。勇者がそんなことやったら人族の教会が攻め込んでくること確定だろうが。オイ騎士。敵対したくないのは私も同じだって、一応帝国出身として、建前は魔族否定しとけよ。
勇者としての魔族に対する特効が俺に効かないのは、俺だって疑問なんだからな。
「お義父さん、ネグルを敵視してたから。害虫って。」
犯人はお前か、前魔王!
九良道先生の次回作にご期待ください。(フラグ)
<追記>
何の因果か続きました。
よろしければご覧ください。
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