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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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「…気になさっていてくださったのですか…?」

「覚えていたし、都合がついたから」

「それなら俺から誘わせてください」

 極彩は意味が分からずにいた。相手は照れて笑う。

「お祭り、ご一緒してくださいませんか」

 ただでさえ姿勢のよい背筋を正し、切れ長の目が真っ直ぐに極彩を射抜く。

「うん」

「では、当日の夕方に離れ家までお迎えいたします」

 強張っていた顔が柔らかくなる。何か怒られるとでも思っていたらしかった。叱咤を待っていたのだと知る。

「ありがとう。でも混むでしょう。わたしが来よう」

「いいえ。お心遣い感謝します。ですが俺が極彩様をお迎えしたいのです」

 初めて私邸に連れて来られた日の有無を言わせぬ勢いだった。

「それなら…お願い」

 汗が浮かんだ手で短剣を握った。冷たさに、ふと何をしているのだろうという気になった。目の前の男は師を殺す(めい)に従ったのだ。当て布の下で凪いでいた傷が再び痛んだ。

「もう帰るから…あまりお酒には頼らないように」

 使用人の心配を遠回しに伝えて立ち上がる。群青も立ち上がり、玄関を出て、門まで見送った。

「またお越しください。いつでもお待ちしております」

「今日は突然で悪かった」

 群青は深く頭を下げ、極彩は曲がり角まで何度も振り返ってしまった。


 城に戻ると離れ家にいた紫暗が迎える。

「おかえりなさいませ」

「ただいま紫暗」

 短剣をしまい、小さく息を吐いて座る。銀灰の話を思い出すとひどく疲れてしまった。紫暗は極彩を眺め、傷に布が当てられていることを思い出す。

「そうだ、桜のことなのだけれど」

「会えましたか」

「特に変わりなく、元気そうだった」

 それはよかったです、と紫暗は朗らかに答える。

「帰って…戻ってくるかは分からないが、そのときはまた…」

「はい。お任せください」

 柱に背を凭れ脱力する極彩に紫暗は離れ家を出ていった。目を瞑れば眠ってしまいそうだ。ふと大窓を見て、あの竹林の夢とも現実ともいえない朽葉の存在を確かめたくなった。眠気がわずかに弱まった。重い腰を上げる。紫暗は玄関に座り込んでいた。何か用があるのかと問うたが散歩と答え、竹林へと向かう。

「ごくさい」

 踏み入ろうとしたところで山吹がやってきた。周囲を見回しながら極彩の肩を掴んで、首を振る。

「ごくさい、つばめ。やまぶき、ごくさい、つばめ、たんこぶ!」

 極彩の前に広がる竹林の前で両手を開いて、通すまいしている。普段は穏和なくせ、極彩を睨んでいた。帰れと強気な態度だ。

「山吹様」

「ごくさい!つばめ。はくちょう!やまぶき、あらし…!」

 山吹は両手を下ろすと、極彩を掴み、竹林に背を向けさせ、怒気を含んだ声で押し進める。離れ家まで通じる外通路で放され、それから極彩の瞳をじっと見つめた。暫く互いに無言でいた。

「ごくさい」

「はい」

「さんご。ごくさい…さんご、からす」

 離れ家ではなく城へ行くよう身体を回され、山吹は竹林へ駆けっていった。珊瑚を見張れと山吹は言っていた。また何か事を起こしたのだろうか。長い廊下を歩き、珊瑚の自室を目指す。木椅子の要塞の脇をくぐり、通い慣れた廊下をまた進む。一度己が所為で壊されたところも見た扉の横には藤黄が腕を組んで立っていた。極彩に気付くと形ばかりの揖礼をして、また腕は組まれる。

「藤黄殿?」

 藤黄は天藍専属の世話係であるはずで珊瑚の世話係ではなかったはずだ。人事異動でもあったのか、もしくは天藍が珊瑚の部屋を訪れているのか。考えるのが面倒になった頭は扉へ近付いた。

「三公子に何かご用がおありか」

「山吹様に珊瑚様の様子を見るよう頼まれたので」

 藤黄の眼差しが鋭く極彩を見下ろす。不甲斐なく酔っ払った姿を見ているため大した威圧は感じられなかった。

「我輩も若にそう仰せつかった」

「では珊瑚様はどうなさっています」

「特にどうということもありませぬ。今のところは、ですが」

 これから何かする、何か起こるとでも言いたそうだった。

「ではそのうち三公子が何かなさると?」

「それを見張っている」

「そうですね」

 扉を挟むようにして藤黄の反対に極彩は座り込んだ。立っているのが億劫だった。藤黄は眉を顰めて極彩を観察していたが、気付かないふりを続けていると、平生の尖った険しい面構えに戻った。

「貴嬢は若とのご婚約中の身。弟御とはいえ他の男子の自室の前にいるというのは由々しき事態ですぞ」

 藤黄を見上げる。それから自身の背後や左右を見回す。自分のことではないとばかりに扉の対面にある壁に落ち着いた。

「貴嬢…極彩殿ことなのだが」

「申し訳ありません、誰が誰と婚約したのかまるで覚えのないことをおっしゃられるので、わたしには見えない方とお話しているのかと思いました」

 藤黄はまた眉根を寄せる。極彩の声を聞くたびにこの男の眉間は忙しかった。

「若に迫られたなら諦めてくだされ。もう貴女は若のご婚約者同然。覚悟なされよ」

「ご自分の娘や姉妹、母や奥方にも同じことをおっしゃいますか」

「娘も姉妹も妻もおらぬゆえ、仮定のしようもない。だが若がお求めになるのなら、差し出さないなどという選択はない」

 同じ対面の壁一点を見つめて答える。

「藤黄殿と同等の覚悟など()()う出来ませんね」

「認めなさるのは早いほうがいい」

「余計な誤解を生みます、しっかり否定させていただきます」

 残念だ、と呟きが静寂に沁みていく。

「随分と静かですね」

「頭が痛いとおっしゃられたが」

 極彩は扉を振り向いて、小さく開いた。まさかいないのではないかと思ったが、光が射し込む真っ暗な室内で物音がした。

「部屋から出ないって言ってるじゃん」

「申し訳ございません」

 暗闇から怒られ、謝った。なんだ…あんたか…と呟きが聞こえた。軽快な音と共に照明が点き、ベッドの上にいる珊瑚は眩しさに目元を歪め、腕を翳す。

「何しに来たの?あんたも監視?じゃああんたとなら部屋出てもいい?」

 テーブルの上に鳥籠が置かれていた。巣箱にいるのか跳ねる小鳥は見えなかった。

「わたしは山吹様から様子を見るようにと言われただけですので」

 頭痛か眩しさか、目を眇めたまま眉間に皺を寄せ、ベッドから立ち上がると極彩の傍に来た。

「暇だし、あんたここにいたら」

 扉のすぐ横にある赤いソファに珊瑚は座った。唇を尖らせて極彩を半目で見上げている。

「何か召し上がりましたか」

「あんたはいつも飯の話だな」

 溜息を吐いて珊瑚は隣の座面を叩き、隣に座るよう促した。

「空きっ腹は気落ちしますから」

 座るか否かを考えあぐねていると腕を引かれた。座ってしまったら、疲れに身を委ねてしまいそうだった。前屈しながら引かれた腕のほうに傾く体勢になっていた。

「俺が気落ちしてるように見えたわけ」

「今でなくとも、そのうち…珊瑚様はおそらくご自身の空腹に疎いようですので」

「…んだよそれ」

 珊瑚は何かもごもごと続けたがよく聞き取れない。

「極彩殿。先程我輩の申し上げたことをもうお忘れか」

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