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1日考えてみて、何か言ってから別れるべきだと結論付けた。勝手なことをして悪かった、と。振り回してすまなかった、と。不思議な夢の中の口付けを道中何度も思い起こしながら、杉染台へと向かった。桜の養子縁組先の茶葉専門店へ寄ったがそこに姿はない。来るのが遅かったか、それとも見当違いだったのか。店の扉に降りた鉄柵の奥のガラスに映る自身と睨み合ってから踵を返した。
「白梅ちゃん?」
城に戻ろうとした足が止まる。銀灰の弾むような声質はすぐに分かった。
「ありがとうな。でも、その…あんまムリすんなよ」
極彩は振り返った。何の話をされているのか分からず返答のしようがないまま黙る。銀灰は喜んでいるのか、困っているのか分からない笑みを浮かべていた。
「ごめん、何の話?」
「またまた~そんなこと言って」
首を傾げて銀灰はトボけんなよ、とばかりだった。
「本当に、何の話なの?」
「大量の物資が届いてるんすけど?」
「物資?」
「城の人に頼んだとかじゃないんすか?白梅ちゃん宛に白い剣も届いてるんすけど」
白い剣。思い当たるとすれば朽葉から託された短剣しかなかった。目の色を変えた極彩に銀灰はその腕を強く掴んで引っ張った。まだ数えるほどしか来たことがないが強く印象に残っているため見慣れた気さえする工具店の前に大きな木箱が積み重ねられている。食糧と衣料品、そして医療用品、生活用品がそれぞれ分けられ、札にそう示されていた。極彩は固まってしまった。縹か天藍か。思い当たるとすればこの2人しかいなかった。
「ほんとに、知らない?」
知らない…わたしは何も頼んでない…。呆然としながら独り言ちる。
「剣は上で保管してるっすよ」
待っててと言って銀灰は工具店の中へ駆けて行った。戻ってくる時には包み紙を両手に抱えていた。極彩は焦ったように受け取って紙を捲る。真っ白い短剣が眠っていた。何者かによって盗み出された短剣が。
「白梅ちゃんじゃないとしたら、誰からなんすか…?物資と纏められてたから、同じ人だと思うんすけど」
「…よかった」
短剣を胸に抱き締める。銀灰は極彩をちらりと見てから犬歯を露わにして笑う。
「綺麗な剣すね」
極彩は頷いた。昨晩の夢がふと現実味を帯びてきた。そして大きく深呼吸してから銀灰を向く。
「連れに会いに来たのだけれど」
「あ、桜ちん?よく働いてくれてるんすよ」
「…そう。元気そうなら、それで…」
ここに居場所があるらしかった。それを知れただけで満足した。短剣を強く握り、何か適当に挨拶をして帰ろうとしたが、銀灰も同じ方向に用があるらしくぴたりと付いてきた。
「これからどうするんすか?」
「帰る」
「帰っちゃうんすか」
「ここに居るんでしょ」
銀灰はまた無遠慮に極彩の腕を掴んだ。
「オレっちがウソ言ってるかも知れないじゃないすか。一目、自分で確認したほうがいいっすよ。百聞は一見に如かず!オレっちの目が節穴かも知れないっすし」
銀灰は極彩の掴んだ腕を引いて走り出した。断るどころか、断る断らないの選択も与えたない。
「行くっすよ、ほら。オレっちも白梅ちゃんと話したいっす」
へへ、と人懐こく笑った。犬歯がよく目立つ。
「よく働いてはくれてるっすけど、正直元気はないっすよ。白梅ちゃんが会ってくれたらきっと元気出るだろうし」
銀灰に引き摺られながら社へと連れて行かれる。かける言葉を探していた。ここに来るまでならいくつも浮かんでいたが、消え失せてしまった。
「喧嘩か何かっすか。桜ちん、何も言わなかったっすけど、何かあったっていうのはバレバレっすよ」
話していいのか極彩は迷った。嫌なら何も言わなくていいんすけど。沈んだ声音で言われると弱かった。簡潔にまとめらずにいたし、何より桜の事情も話さねばならず、極彩は無言を選んだつもりもなく沈黙してしまった。促されながら社の階段を上り、戸を開く。桜の姿は瞬時に見つけられた。老婆の腕を揉んでいる。穏和な表情で老婆と何か話していたが日差しが入り込んだ戸に立つ極彩を捉えると、キッと鋭いものへと変わった。老婆の腕を置き、大股で極彩の目の前へと歩み寄る。銀灰が立ち塞がろうとしたがその前に極彩が一歩前へ出た。ぱちん、と乾いた音がした。極彩の頬を桜の掌が張った。出遅れた銀灰は嘆息する。
「心配をかけたな」
「まったくです…!」
桜の鋭い表情が一気に弱気なものへと変わった。
「すまなかった」
「絶対許しません」
極彩の両腕を力強く掴んで、形を確かめ、眉を下げる。潤んだ瞳を誤魔化すように唇を噛んでいる。
「でも…その……、助けてくださってありがとうございました」
「それは礼に及ぶことじゃないよ」
桜は揖礼し、背を向けると目元を拭い、先程までの作業に戻った。
「何はともあれ、一件落着…したんすかね?」
銀灰は問うように首をこてんと倒した。
「ありがとう、銀灰くん」
「いや…オレっちは何もしてないっすけど」
桜が再び老婆の腕を揉んでいる様を見ていたが銀灰の方へ顔をやる。極彩は頬が緩んで笑んでいた。銀灰はわずかに顔を色付かせて顔を背ける。
「わたし1人だったら、今頃帰りの牛車の中だから」
「…白梅ちゃんさ」
極彩はそう言って、用も済んだと帰る素振りを見せ、銀灰は躊躇いがちに声をかけた。彼の腕が極彩の項を通り奥の肩に回る。肩を抱かれながら社から出され、何か話でもあるのかと腕から離れて対峙する。
「親父がまだ、白梅ちゃんに授けてない技があるはずなんだ」
「…親父?」
首肯。唐突に父親の話をされ、意図が分からなかった。散乱した欠片から掴みかけてはいるが、意外性がそれを諾としない。
「自分の剣も戻ってきたなら…使わないかも知れないし、できればそのほうがいいんだろうけど…、きっと親父はいいカオしない。でも…どう?」
明るく爛漫な銀灰が難しいようなうんざりしたような顔をしていた。極彩に丸投げするように問い、すぐに答えは出せなかった。まだ様々なことが極彩の中で合致するにはしていたが、できないでいた。
「銀灰くんのお父上って…」
「知ってるでしょ。白梅ちゃん、愛弟子だったんだから。月白。それがオレっちの親父の名前。こっちでは…白磁って呼ばせてたっすけど」
極彩は銀灰を視界から除けた。塞いだ傷が大きく疼く。眉根を寄せて、俯いた。短剣を痛いほど握った。
「…月白師匠の、息子って、こと…?」
似ている。何故すぐに分からなかったのかといほどに銀灰は師の、彼にとっては父親の面影を強く留めていた。




