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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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 風月国は夏の期間に死んだ者たちが現世(うつりよ)に戻って来るらしかった。

「まぁ儲けのために戦略ですから、あとは各々の価値観だと思いますけど」

 休日をもらうための書類を書きながら紫暗は説明した。仕切られた長方形に円を描いていく。

「死生観とか絡めると、なんだか本当とか嘘だとか通り越した何かっぽいので、もう随分と前から習慣になってるんです」

 交差した記号を描く気配もなく淡々と円を描いている。

「休まないの」

「毎日休みみたいなものですから」

「無理はしないようにね。桜はどうするの」

 部屋の隅で裁縫の練習をしている桜に問う。生家(せいか)と確執があるとはいえ、養家とはどうなのか。

「僕も…いいです。お墓参り行くようなこともないですし」

「…そう」

 指を刺したらしく驚いた顔をして指を舐める。

「人員の調整もしないので、また人手不足になる日があるかも知れませんね」

 すでに人の溢れた城内には慣れている。あの日が、遥か遠い日のことのように思える。様々なことが大きく変わった。過ぎた日のことを考えはじめて紫暗に呼ばれていたことに数度目でやっと気付く。

「この日の祭り、行きませんか」

 日程を確認しながら1日だけまだ記号を入れていない欄を指し、紫暗は問う。

「この日に祭りが?いいけど」

 紫暗は口角を吊り上げる。年下の娘という感じを強く滲ませる。一仕事終えたように姿勢を崩した。妹や弟というものを知らないが、想像していたそれらに似ていた。一度失ってもう感じることはないと思っていた温もりに。

「楽しみにしています」

 変わらない笑顔に救われた気分になる。だが代わりにしているような罪悪感がちくりと胸を刺す。

 紫暗が下がり、あとはもう寝るだけになった。鈴虫が鳴いている。布団に入った極彩を消灯するため立ち上がった桜がじっと見下ろす。手にした遠隔の操作機器に嵌められた突起を押せばそれで済む。なかなか消えない照明に極彩は桜に目をやる。沈んだ顔がそこにある。

「調子が悪いか」

 深く考え込み、抜け出せないようだ。桜の垂れた目に極彩が映る。

「桜」

「あ…いいえ、すみません。すぐ消します!」

 軽快な音。照明が強くなり、極彩は目元を細める。桜は焦りながらあれこれと押す。軽快な音が続き、やっと消灯した。上下反対に持っていたらしい。

「…す、すみ…」

「おやすみ」

「は、はい。おやすみなさいませ…」

 視界が暗くなると聴覚が細かく働き、桜が寝返ったり寝相を変えるたびに衣擦れの音が大きく聞こえた。

「眠れないなら薬酒でも持ってこようか」

 衣擦れの音はやむ。寝たふりか。耳障りというほどのものでもなかったが、何か悩んでいるような様子だった。鈴虫の合唱が聞こえる。

「あ、あの、御主人…」

 鈴虫の高らかに透き通った(うた)のほうがずっとしっかりしていた。

「なに」

「あの…、」

「冷房なら好きにいじったら」

 暑くもなく寒くもない温度だが痩せて肉の少ない桜には寒いのかも知れない。

「違くて…」

 何を言っても威圧と化すことが分かっていたため、返事もやめた。

「やっぱり……その、明日、お墓参り行ってもいいですか…」

 まだ何か迷っている。

「車賃くらいなら出すけど」

「あ…いえ…」

 極彩は黙った。小さく布団が擦れる。桜は口を開けば素直だが、そこに至るまでに手間がかかる。

「お母さんの…、母の墓で…だから生家(しょうか)のではないんですけど…」

「分かった」

 桜はその後小さく何か言ったが、暫く黙っているとそのうち安らかな寝息が聞こえはじめる。極彩はじっと天井を見上げていた。墓。思考の沼に桜同様に落ちそうになる。薬酒を飲むべきは己だ。厨房へと出ていく。城内は片隅といえど暗闇を知らなくなった。一度暗さに慣れた目が床の華美な絨毯を嫌がる。天井の真中ではなく両端に溝を作り、その中から連なるように照らされる廊下を進む。薬酒の在処は知っている。厨房に炊事係の長がこっそりと移していた。

「つまみ食い?」

 厨房に入ると背後から声がして驚きに肩が跳ねる。厨房はすでに暗かった。入口真横に珊瑚が立っている。隠れていたらしい位置だ。

「いいえ」

「あのさ…」

 極彩のつまみ食いか否かの返答はどうでも良いらしい。興味無さそうに珊瑚は籠に積み上げられた梨を差し出す。下賜(かし)しているわけではないようだ。言いづらそうに極彩のいない方向へ視線を泳がせる。

「剥けばよろしい?」

 珊瑚は頷く。無意識なのか、天藍にも山吹にも似ていない吊り目を大きく開いて輝かせる。

「何かお召し上がりになりますか」

 梨の皮を剥いている間、珊瑚は厨房に雑に置かれた木椅子に座っていた。廊下に半端な位置に積み上げられている要塞を成しているものと同種のものだ。暇そうに足をばたつかせている。偏食と聞いている。腹でも減っているのかと問えば首を振った。

「噛むのが面倒臭い」

「…すりおろしましょうか」

 複数個に分けようとしたところで包丁を一度止めた。

「頼む」

「承知しました」

 4等分にしてから芯を刳り貫き、おろし器を探す。珊瑚は忙しなく足をばたつかせながら極彩の背を眺めている。

「簡単なら俺がやる」

「片面が刃物になっておりますが」

 珊瑚はムッとした。

「あんた、俺のこといくつだと思ってるんだよ」

 幼児扱いが不服らしく木椅子から立ち上がって極彩の隣へと来た。極彩はおろし器をもうひとつ用意した。

「上の面に擂りつければ下に落ちますので」

 やり方を教えながら梨を擂る。

「あんた、ホントに縹の家の女か?」

 梨を擂りながら、鋭利に開いた円形の花弁のような刃で傷付けてしまわないか、ちらちらと珊瑚の手元に注意していると、無関心を装った声音で問われる。

「違う」

「え?」

「―と答えたらどうなさいます」

 珊瑚の梨を掴む手が止まる。極彩は一度手を止め、珊瑚の呆気に取られた顔と目を合せてから再び梨を擂る。

「考えてなかった」

 つまらないと言いたげに眉間に皺を寄せ、珊瑚も小さくなった梨を口へ放って別の梨を擂りおろす。2つずつ擂りおろして、匙をつけようとすると止められた。珊瑚が、こっちがいいと小さめの木製の匙を選ぶ。

「病気の方にお大事にと」

 背を向けた珊瑚の足が止める。だが何も言わずに立ち去っていく。使った器具を洗い、片付けてから薬酒を少量飲んで離れ家へと戻った。


 極彩様はどうするんですか。紫暗が問うてきた。3人で朝餉を食べていた時だった。品は白米に、香ばしい鯵のみりん干し。2尾の煮干しが顔を出す豆腐とわかめの味噌汁。張りのある貯え漬け2切れに肉厚な梅干し。醤油が薫る里芋と人参と竹輪麩(ちくわぶ)の煮物。

 特に予定はなかった。杉染台に行ったところでやることは限られている。

「あ、の…、もしよかったら…ご同行願います…」

 答えず口を動かしていると桜が慌てて噛んでいるものを飲み込んだ。珍しいと思った。

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