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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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「じゃあ白梅(しらうめ)ちゃん!よろしくね!」

 笑うと見える犬歯。吊り目。やはり誰かに似ていた。

「よろしく…お願いします」

 銀灰の差し出した手を握る。

「さて、野郎は事務作業があるから。白梅(しらうめ)ちゃん、縹くんによろしく伝えておいて」

 両肩を掴まれ、病室らしき部屋へと出る。

「わたしは洗朱を助けたいんです。そのために来ました…」

 柘榴の表情にまた不機嫌が浮かぶ。

「あなたは城の人間よ」

「はい」

「洗朱の敵で、それで城の敵にもなろうとしているの」

「もともと城は敵です」

「あなたの気持ちは関係ないわ」

 複雑そうに極彩を見下ろす。柘榴は横幅もあるため威圧感も大きかった。

「誰かを救うとか助けるっていうのはね、残酷よ。自分を磨り減らすんだから」

「はい」

 溜息を吐かれる。柘榴は極彩の脇を通り抜け、窓の真下に横たわった者の前に立つ。男性か女性かも分からない。瞼であっただろう焼け爛れた皮膚が小さく動く。眼球は瞬きも出来ず濁っている。

「物資が足らないの。この人に回せばまだ助かる見込みのある人を、遠回しにすることになるから。残酷だけれど、誰かを助けるためにこの人を見殺すの」

「…はい」

「計算できる?人の命を1つ2つと数える覚悟は?」

 返事が出来なかった。「はい」「あります」と答えるだけなら簡単だった。しかしそこに意思が伴わないでいる。

「ここは食べ物いっぱい夢いっぱいの不言(いわぬ)じゃないから。酷なことを言っているのは分かっているけどね」

「善意とか理想論で人が救えないのは分かっています…腹が膨れないことも…でも、」

「あなたの言いたいことは理解しているつもりよ。ただ危険なの。そういうのとても。危険なの」

 声こそは穏やかだが、体調不良に喘ぐ珊瑚を、憤怒を押し殺した形相で介抱していた時と同じ空気を感じ取る。

「生温いことを言いました」

 拱手する。そして階段を下りた。埃が厚く積もる工具が並ぶ商品棚。様々な形の鍋や、その他にも調理器具が吊るされていたり、重ねられていたりした。どういう事情かは分からないが、旧病棟と呼ばれる2階以外は無人のこの土地にも人々が暮らしていた跡がある。洗朱地区のように曰く付きの土地なのだろうか。焼き払われているかいないかの違いだけなのか。

 城に戻り縹が運ばれた部屋へ向かった。縹は世話係の下回りに一声掛けて寝台に立てかけてある杖へ手を伸ばす。極彩は言葉を失った。杖が必要になっているらしいことに。

「座ってばかりいると、腰を痛めてしまうから」

 杖を凝視している極彩に縹はそう言って、杖をつきながら起き上がる。極彩はその姿から目を逸らす。

「昨夜の牛乳粥、美味しかったよ。ごちそうさま」

 人通りの少ない廊下の果ての窓から暮れなずむ空を見上げていた。見慣れたローブではなく真っ白い寝間着の姿は焦りを覚えるほど痩せている。

「それならまた―」

 言いかけて縹は穏やかに首を振る。

「炊事係にも君にもわがままを言ってしまったね。これからは気を付けるよ」

 それで、と縹は本題を促す。杖に両手を乗せ、少し苦しそうに息をしている。

「わたしにはいとこがいたんですね」

「会えたんだね、銀灰くんに」

「はい」

 そうか。俯いたまま無言。静寂が怖かった。また縹の咳嗽(がいそう)に耳を劈かれ気分を乱されてしまいそうで。

「どうするかは君が決めるといい。ボクはボクが出来ることを探すよ」

「縹さん」

「君は一度選択した。結果はどうであれ、ボクとの約束は果たした。ありがとう」

 弱く咳き込み、それから段々と激しくなっていく。動こうとすると、刺青のような痣が皮膚に浮かんだ掌で、近付くなと制される。杖で身を支えながら、咳のたびに肩が波打つ。戻りなさい。咳の合間に紡がれる。首を振ったが、手首で払われる。仕方がないと思った。極彩は離れ家へ戻っていく。背後で聞こえた水気を含んだ咳の音に歯軋りした。天藍が尽力すると言った。風月国は仇だが今はその二公子の言葉に縋るしかなかった。気が付くと離れ家の玄関扉の前にいた。

「帰ってたんですね」

 洗濯物を畳んでいる紫暗が手を止める。

「紫暗とは、ちゃんと話し合おうと思う」

 何を話しあうのか。紫暗は極彩を見つめる。向かい合って座ると心安い空気が引き締まった。

「洗朱地区が焼き払われたのは知ってる?」

 唖然として紫暗は首を振る。休みでもなければ下回りたちは外に出られない。官吏たちの身の回りのことはしても内情に触れる機会はほぼないだろう。

「真っ黒に…もう瓦礫以外は何も…」

 紫暗は両膝を掴んで俯いた。退廃地区であってもそれなりの思い入れがあるかあるいは安堵か。

「わたしは…きっと風月国とは道を違えることになる」

 垂れた頭が縦に動いた。

「紫暗は…仕事とはいえ、わたしに良くしてくれた。感謝してる。だから巻き込みたくない」

「それは、自分が極彩様の(しがらみ)になってるってことですよね。それはあっちゃならないですよ。自分の主はこの城ではありませんし」

「紫暗、そんなこと言ったって、」

「自分はただの世話係で、それ以上でもそれ以下でもないと極彩様が言ったこと、あれは極彩様なりの気遣いだったんですね。それなら、自分は世話係以上でも世話係以下でもない範囲で仕えます」

 控えめに紫暗がちらりと極彩を窺う。円く愛らしい(まなこ)が強く極彩を射す。

「世話係に過ぎないって意味、分かってる?」

「少なくとも城の言いなりになって行動を制限しようとする監視役ではないってことです。見守ります…って言うと聞こえはいいですね。世話係として失格かもしれませんけど見過ごします。どうぞやりたいように。足枷にはなりたくないです」

「分かった。ありがとう」

「いえ、むしろ一介の世話係に過ぎなかった自分にそこまで気を回してくれたことがありがたいです」

 口角を吊り上げて笑ってみせるが拗ねているように思えた。膝を握っていた手が再び洗濯物を畳む。離れ家から出ていく極彩に何も問うこともなく。

 天藍の部屋へ向かうには長い廊下と大扉の両脇の警備の者たちを抜けなければならなかった。警備の者たちの不審な目が極彩に向き、通されてもまた長い廊下がある。最後にまた警備の者が立っており、その者が天藍専属の世話係を呼び付ける。険しい面構えの老年と思えたが逞しい体躯の男だった。黒をわずかに帯びた白く長い髭を撫でながら極彩を観察するように見下ろす。澆薄(ぎょうはく)な雰囲気に自然と眉を顰める。部屋だらけの複雑な廊下を案内されながらもその態度は軟化しない。疑われているとまでいかずとも、帰還の宴の不祥事が印象に暗い陰を落としている。そのことを極彩はこの天藍専属の世話係に限らず感じ取っていた。

「若」

 天藍専属の世話係は扉を叩き、返事も待たず慎重に開く。

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