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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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 珊瑚と縹の2人が上手く意思疎通を図れているとは思えなかった。灰白は苦々しい顔をする紫暗の両肩に手を置く。

「叔父上に帰宅の報告もしたいし、ちょっと行ってくる。紫暗はここで待ってて。ね」

「…はい」

 紫暗は腑に落ちない様子を隠さなかったが素直に了承する。城内で過ごすうちに鈍ったのか脚がじんじんと疲労を訴えている。踵が疼き、足の裏が真っ平らになった気もした。

 縹は珊瑚が引き篭もっている部屋に通じる廊下の積み上げられた木材の要塞を抜けるとすぐに目に入った。扉の脇に座り込んでいる。

「縹さん」

「おや、君か。お帰り」

「ただいま帰りました。紫暗からここにいるって聞いて…」

 縹は苦笑いを浮かべて説明した。

「山吹様が三公子の具合が悪そうだと仰せになっていたのだけれど、相変わらずのご様子だ」

 また苦笑して修繕されたばかりの扉を一瞥する。灰白は扉に近付いた。縹の眉が顰められる。

「君」

 何をするつもりなのかという響きを持っている。

「具合が悪いならちゃんと診たほうがいいですよ。もし何かあったら…」

 言いかけて口を噤む。何かあったほうがいい。都合が好い。珊瑚が病死したなら、厄介事が減る。病死なのだから誰も疑われない。つまらない刑罰で死ぬ人間もいなくなる。城内は多少混乱し、隙が出来ればさらに都合が好くなる。冷遇されているという群青の立場がさらに追いやられ、そうなれば立ちはだかる厄介な敵は減る。だが憎む相手は群青でも珊瑚でもないはずだ。

「…もし本当に厄介な病気だったらボクも左遷させられるからね」

 縹は肩を竦める。鍵、掛けられないようにしてあるから、多少力尽くでも任せたよ。そう言って縹は立ち上がり、去っていく。子守が得意な気質ではないのだろうと灰白は思った。

「珊瑚様、入ります」

 真新しい光沢のある扉を指で叩く。どうせ無反応なのだと返事は待たず勝手に入る。珊瑚の部屋はやはり真っ暗だった。廊下の光を借りて殺風景な広い部屋が薄く視界に浮かび上がる。少し離れた脇で衣擦れの音がした。

「何…ああ、あんたか」

 竹林で聞いた声よりも元気がなく、寝起きなのか低く嗄れている、

「具合悪いの?」

「…別に」

 暗いため顔色も表情も姿も分からない。

「暗幕開けてもいい?」

 照明が嫌いなのかこの部屋はいつも真っ暗で暗幕も閉め切っている。外は暗いが閉まっているよりはまだ見えるようになるだろう。

「電気点ける」

 軽く高い音がして暗かった視界は一瞬にして色や形を浮かび上がらせる。珊瑚は壁際に置かれた寝台で上体を起こしている。薄い布が下半身に掛けられている。

「寝てた?ごめんね。風邪かな」

「別に何でもねぇって」

 疲れた様子で珊瑚は身体の向きを変え、壁に寄りかかって床に足を下ろす。

「具合悪いんでしょ。言ってくれなきゃ分からないから、山吹様呼んでくるよ」

 山吹なら珊瑚のことが分かるだろう。もしくは珊瑚が素直に言う。

「山吹はもう寝てるよ。…朝から頭が痛かっただけだよ。よくあることだから」

「偏頭痛?」

 灰白は視界が利くようになり珊瑚の元へ歩み寄っていく。だが珊瑚は顔を歪める。

「まだ痛い?」

 珊瑚の傍に屈み、顔を覗き込むように見上げる。珊瑚は眉間に皺を寄せたまま灰白を黙って見下ろした。それを肯定と受け取った。

「水とタオル持ってくるから待っててね」

「…いいよ。あんただって疲れてるだろ」

「え?」

 背を向けた途端に呼び止められた。聞き間違いだと思った。珊瑚がそのようなことを気にするとは思わなかった。

「群青とデート行ってたんだろ、今まで」

「でぇと?」

 珊瑚はもういいと言いたげに溜息を吐いて寝台へ横になる。

「珊瑚様?」

「寝てれば治るからいいって…放っておけよ」

「でも頭痛いんでしょ?」

 珊瑚は壁を向いて薄い布を抱きしめ背を丸めた。灰白は部屋を出て厨房へ向かう。水を入れる容器は厨房にならあるだろう。洗濯場にある掃除用具を兼ねた物を使うわけにはいかない。厨房の入り口が見えたところで、淡い髪色と派手なローブが暖簾をくぐって廊下へ出てきた。縹だ。縹に会ったのなら頭痛薬の在処も訊ねられる。

「縹さん」

「どうだった」

「頭が痛かったみたいです。濡れタオルでも作ろうかと思って。氷嚢だと冷たすぎますよね?」

 縹は一度厨房の中を覗いて、分かった、と言った。

「医務室に冷却シートがあるから持ってこよう。…君は土鍋の様子を見ていてくれないか」

「土鍋?」

「三公子、朝から何も食べていないみたいだからね。不健康で困るよ」

 頼んだよ、と縹は言って医務室へ去って行く。灰白は入れ違うように厨房へ入って熱せられままの土鍋を見つめる。黄土色に白の鳥が描かれた蓋から湯気が立ち上る。灰白は籠に大量に入った林檎を剥きはじめる。途中で土鍋の中身が小気味良い音を鳴らし、灰白は熱を止めた。電気で熱を操れるというから風月国に来た時は驚いたものだった。

 縹が戻ってくる。華奢な金属で出来た台車を押していた。小さな車輪がまた頼りない。

「これだね。先に行っているといい」

 細長い紙の包みと丸薬の入った瓶を渡される。

「ありがとうございます。あ、リンゴ剥いたので食べてください。不健康は困りますから」

 縹は土鍋の蓋を開けて中身を混ぜていた。その手が止まる。

「早くお行きなさいな」

 縹に言われて灰白は頭痛に寝込んでいる珊瑚を思い出す。珊瑚の元へ急いだ。

「珊瑚様」

 仰向けになって額に腕を当てている珊瑚が再び身体を起こす。頭を押さえて眉間に深く皺を寄せる。灰白は紙の包みを破って、見慣れない厚みのある湿布のような物を取り出す。使い方がよく分からなかった。手こずっていると箱入り娘!と吐き捨てられ奪い取られる。ごめん、と素直に謝ると珊瑚は半目で灰白を睨みながら透明な膜を剥がし、額に厚みのある湿布を貼る。

「どう?」

「そんなすぐ変わらねーよ」

 珊瑚は溜息を吐いて横になる。扉が外側から軽く叩かれる。灰白が返事をして扉を開くが誰もいない。土鍋の乗った華奢な台車が置かれている。縹の似合わない派手なローブが積み上げられた要塞に狭められた廊下に消えていく。灰白は台車を部屋の中に入れる。土鍋の横に、うさぎの耳を思わせる皮を残した林檎が乗った皿があった。縹が剥いたのだろうか。妙な心地がして口角が上がる。

「何…?」

「叔父上が作ってくれたみたい。…鶏粥だね」

 土鍋の蓋を開ける。鶏肉と青葱が入っている。

「縹が…」

 珊瑚の寝台の近くに台車を止める。珊瑚の表情がわずかに曇った。

「リンゴも剥いてくれたみたい。リンゴにする?」

 林檎の小皿を見せると珊瑚は俯いた。膝に乗せた手が掛け布に大きく皺を作る。気分が悪くなってしまったのか。珊瑚は縹にあまり良い感情を向けていないようだったのは分かっている。

「食べられそうにない?」

「…うさぎのリンゴ、大兄上がよく剥いてくれてた…」

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