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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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「珊瑚様」

 珊瑚の部屋の扉を叩く。

「うるさいな…」

扉が開いて手首を掴まれると引き摺り込まれる。窓は暗幕で閉ざされ、相手の顔も見えないほど暗い。

「珊瑚様?」

「今度は何?また山吹に何か言われたの?」

 暗幕の隙間から差し込む明かりが珊瑚を縁取る。

「暗くない?」

「…どうせ俺は暗いよ。大兄上たちとは大違いだよ。嫌になるだろ?不義の子かも知れないガキの世話は」

「珊瑚様…?」

 珊瑚が動いているのは分かるがまだ目が暗さに慣れず表情や細かい仕草は見えない。

「で、用件は?何もないのにわざわざこんな辺鄙なトコ、来ないよね」

 隔離されたと思うような、果てにある部屋。人気(ひとけ)のある場所との間には長い廊下と不気味な資料室や倉庫がある。どこから持ち出されたのか重厚感のある木のテーブルとその対になっている椅子が防塞のように高く積み上げられ、幅広く天井の高い廊下を占領している。そのため廊下は今、1人ずつしか通ることが出来ないでいる。3人目、実質2人目の公子とはいえ、そのような場所にいるのは異様に映る。

「山吹様が心配なさっていたので様子を見に来たの」

「ふ~ん、そういえばあんた、山吹の付き人だもんね。でも残念、あんたは付き人止まりだよ、このままじゃ一生未婚。どういうつもりか知らないケド、やめておいたら?しっかし上手く逃げたよね」

 くっくっ、と珊瑚は笑い声を殺す。

「話が読めないんだけど…?」

「あんた、ホントは俺の妾になるつもりだったんだろ?でも俺がこんなだから…いや、その前に兄上が皇位継承されたら俺もあんたも火種になるしな」

 縹のやつも狡猾だよな、と珊瑚は嗤う。

「…珊瑚様はそれが不安なの」

「あんたさぁ」

 微かに暗さに慣れた視界で珊瑚が目の前に迫る。灰白は反射的に後ろへ下がった。扉が背に当たる。

「縹の身内風情が分かった口利くじゃん?」

 耳の真横で鈍い物音がした。扉から伝う振動。顎を冷たい手が掬い上げる。さらに珊瑚が接近して、形の良い唇が暗い空間に薄く浮かぶ。爽やかさに甘みの溶けた淡い香りが嗅覚を擽る。

「あんたも巻き込んでやろうか」

「珊…瑚様…」

 額と額が触れ合いそうだ。弱く波を打った髪はすでに触れている。灰白は身を竦ませる。距離を取ろうとするが後ろには扉がある。鼻先が接しそうでわずかにでも身動きをとれば唇が触れてしまうほど近い。

「さ…」

 金具の軋む音。身体を預けていた後ろの扉が消えた。体重が後方へかかり重力に従って傾く。

「大丈夫かい」

「極彩様」

 眩しさの中の翳りと視界に入る、だらんと垂れた色の薄い毛先。背に当たる柔らかいが力強い感覚。

「…どういう顔ぶれ」

 縹に抱き留められていたが紫暗に支えられ、身を起こす。群青も脇にいた。鍵束を持っていたが、解鍵の音はしなかった。

珊瑚はつまらなそうな眼差しで灰白以外の3人を順に眺める。

「群青くん、急に呼び立ててすまなかったね。姪は無事なようだ」

 いいえ、と返してから群青は一歩前に出る。

「三公子、突然の訪問、申し訳ありませんでした」

「なぁ、この女くれよ」

 縹の眉が寄った。紫暗は円い目を丸くする。

「僭越ながら申し上げますが、お断りなさっていたではありませんか」

「気が変わったんだよ、俺に縁談持ち掛けたんだ、お前も大兄上みたいに賜死を受ける覚悟、あったんだろ?」

 珊瑚が群青に対してはまるで冷ややかだった眼差しを挑発的に縹へ向けている。

「朽葉様に何か劣等感をお持ちなのですか。何故三公子との婚約乃至(ないし)成婚が賜死と関係するのです」

 くだらないとばかりの態度が珊瑚を逆撫でする。

「よく言うな。兄上が帝位に就けば俺は消される。山吹がいてよかったな。群青、その優秀な駒をしっかり繋いでおけよ」

 群青は黙ったまま頭を下げる。肯定も否定もせず。

「君はどうする」

 珊瑚の群青へ向けた目が吊り上がる。縹は灰白へ話を振る。

「え…っ、わたしは…山吹様が珊瑚様を心配なさるのでここへ来ただけですので…まさかこんな話になるなんて…すぐにはお答え出来ません」

 正直に胸中を話す。誰とどうなろうが関係のないことだ。目的は他にある。仇と姻戚になる裏切りをしても。

「断固として拒否、反対なさるべきです。大切になさらないことは目に見えているのに、どうして…御二方は男性だから多少の傷を負ってもその場をやり過ごせば済むんですよ。極彩様…」

 紫暗が拒否しない縹や反対しない群青に焦れ、声を荒げる。最後は極彩に縋った目を向けた。

「下女が舐めたこと言うもんだな。黙っていれば痛い目みなくて済むのにな」

 珊瑚の目の色が変わる。灰白が反応するよりも速く珊瑚の脚が紫暗の腹を蹴り上げる。姿勢を崩した紫暗へまた攻撃態勢に入る珊瑚に灰白は考えるより先に手を上げた。乾いた音。掌に伝わる柔らかいが芯のある感触。一瞬の静寂。視界の端で青紫色が崩れ落ちる。群青が咄嗟に屈んだ縹に受け止められている。だが縹は灰白と珊瑚を注視する。珊瑚は頬を押さえて灰白を睨んでいた。灰白は無防備にその敵意と対峙する。

「極彩様は離れ家へ戻っていただけますか」

 縹が紫暗を見たが、迷ったように視線が泳ぐ。ただならない空気に灰白は頷く以外に身体も思考も働かなかった。

「三公子、この話は保留にさせていただきます」

 珊瑚のほうを見ることもなく吐き捨てるように縹は言った。

「お、叔父上…」

「群青くんのことはこちらでどうにかするから、極彩、君は彼女の言う通りになさい」

 縹は項垂れていた。紫暗は弱く笑う。張り詰めた空気を直視出来ず、灰白はその場を後にした。




 紫暗の代わりに離れ家に来た者に群青のことを訊ねる。過労だという。縹や紫暗や珊瑚がどうしているのかは把握していないらしい。ゆとりができれば縹か、もしくは紫暗がここを訪れるだろう。珊瑚のいる部屋の前で起こった緊迫した空気が何なのか分からない。群青が倒れたことか。だが反応はそうではなさそうに灰白には思えた。

 結局その夜は縹も紫暗も離れ家を訪れることはなかった。灰白は布団に入る。紅も紫暗もいない。灰白は自身が取り返しのつかないことをしてしまった気がした。情を捨てろ。縹の言葉が蘇る。目的はさらに取り返しのつかないことだ。枕元に置いた、朽葉から渡された短剣に手を伸ばす。国や家族同然のものを失った。情を捨てろ。縹の言葉はぐるぐると感情に絡み付く。意識が沈んでいく。誰かが灰白の頭を撫でた。夢の中に入ったのかも知れない。誰かを確認しようとする。四季国の者かも知れない。縹や紫暗が来たのかも知れない。起きなければという意思に反して、睡魔に呑まれていく。

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