始まりっぽい何か
アパートの階段を下り終えると、スライムさんが「それにしても太郎くんは変わらないな」と言った。何しろ顔というものがないので、表情はまずわからなくて、そして感情もいまいち読み取れない。性格が単純だからいいんだけれども。
「もちろん、不老不死ですから」
「不死とはあれか? たとえばナイフで十億回刺されても死なないのか?」
「怖いこと言うのやめてくださいよ……まあそういうことです。再生能力もあるんで」
と苦笑しながら頭をかく。スライムさんはスライムの顎に手をやり、何やら考え込んでいるようだった。
「で、今いくつなんや?」
「千四十歳です」
「なんと!!」スライムさんは驚いて、スライムの顔がぷるるんとなった。
「不老不死ですもの、そりゃそうなりますよ」
「私なんかまだ八百五歳だぞ!? なぜそんなに生きられるのだ!?」
いや、スライム人の寿命に驚きですわ。
「あの……スライム人って何年生きるんですか?」
「平均で一億年かな。スライム星なんか人口三千五百億人の限界状態さ」
スライム人恐るべし。
「僕なんか敵わないですね……」
「何を言うか、君不老不死なんやろ? 自信をもて、そしたら勇気もわいてくるで」
「なんか喋るごとに口調が違いますけど」
スライムさんは「ネットカフェの影響だな」と体を揺らして、ばいんばいんスライムの顔を震わせる。
「あんまり見ちゃダメですよ、目にもよくないし……目ってあるんですか?」
「ないで、第六感で見てるんや」
すごすぎんだろ。
「もう恐れ入りました。スライムさん凄いっすわ」
「だろう? 少しは尊敬に価する人間になれたかな?」
「人間、ですか」
――本当に、僕たちは人間と言っていいのだろうか。不老不死で、スライムの体で、ご長寿を越す長寿で、何より異質な臭いを漂わせて。そんな僕たちは、果たして人と呼べるものなのだろうか。
住宅街にある一件の庭に、桜があった。すでに散り際といった感じで、それは僕たちに帰れと言っているようで、ただただわびしい。
スライムさんは、普通には慣れないことをどう思い、感じているのだろうか。
「うおぉぉ……目からビームでねぇぇぇぇ!!」
クソみたいだった。
「太郎氏、俺ってミュータントじゃないん?」
「だから違いますって。スライム人でしょあなた」
「うふん、あはん、おほん」
「うわっ……」
「うわってなんだよォォォァァァ!!!!」