表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵ーTSUWAMONOー  作者: 退廃屋
3/3

第二話 旅立

やっと物語が動き出したかな、くらいです。

金槌の音が町中で鳴っている。夜が明け鬼が去った後の空は虚しい程晴れ渡っていた。藩領を囲んでいた森林は踏み潰され、まるで手折れの花の様に薙ぎ倒されている。

城下町の建物も多くが潰され、崩壊した家屋の前で途方に暮れている人々。黒い煙が上がる場所もある。城は半分が抉られ建っているのが不思議なくらいだ。昨夜花姫が立っていた場所は勿論無い。外から見えるようになった城内は騒然としていた。

「怪我人はそっと運べ!」

「早く此方に!」

「町の方にも人を!足りないんだ!」

「通達する!手分けして復旧作業に取り掛かれ!弓兵銃兵らは町へ行き町民達の手伝い、その他の藩士は城の修繕に全力を挙げよ!またいつ奇襲に遭うか分からん今、迅速に動かねばならん!頼んだぞ!」

雷豪は一刻でも早い復旧の対応に追われていた。怒号の様な声で藩士達に命令すると、城の中を歩きながら素早く被害の状況を確認する。大工も物資も足りない。さあ、どう手を打つかと考えていると背後から雷豪さん、と声を掛けられた。振り向くと真木が膝を折って待っていた。

「どうだった」

「報告する。……一応早馬を放ったが帰るかは正直分からない。此処が酷い有様だ、近隣の国も同様の被害に遭っている可能性がある。姫の行方は依然知れず、早急に何か案を立てた方がいいかと」

「うむ、そうだな……城の復旧も姫の捜索も何方も懸案事項だ。殿に相談するしかあるまい。御苦労であった。ところで義友、松原を見なかったか」

「いや、朝から見ていない」

「こんな時に一体何処に行ってしまったのか……。兎も角見つけ次第俺に一報してくれ。お前は天守閣の方を頼む」

「わかった」

長い髪を揺らして一瞬の間に真木は消えてしまった。天守閣に向かったらしい。一番被害の甚大な場所を目指しながら、松原のことを探したが小さな姿は見つからない。一抹の不安を抱きながら雷豪は自らも作業に加わった。



「松原、それは危険だ。今使者を遣わし他の国にも状況を確認しておる。もう少し待つのだ」

「いえ、殿。事態は一刻を争います。姫の身に何かあってからでは遅い。私が必ず助け出してみせます。ですから殿、出国の許可を」

「しかしな……宛はあるのか」

「それは、」

「娘のことは勿論心配だ。今すぐにでも駆け出し探したい。然し乍らお前も大切な家族だ。儂は藩主として第一にこの藩の復旧を一日でも早く為さねばならない。一人での出立など危険過ぎる。お前は戦も経験したことのない未熟な身、鬼が出た次の日には尚更だ。我が意を汲んではくれないか」

「殿の御気遣い誠に痛み入ります。確かに私は未熟者。真面に刀を振るったこともない若造です。ですが、私は姫の捜索に尽力したい。今この間にも姫が危険に晒されていると思うと、生きた心地がしない……総出で作業せねばならぬことは重々承知しております。だから私一人だけでも姫の捜索に向かわせていただきたい。どうか」

深々と頭を下げる松原に、種恭は唸った。これ見よがしに渋ってみるものの、頑として動かない様子を見て唸っていた種恭はええい!と声を上げて溜息を吐いた。

「分かった。儂の負けじゃ。松原一、姫の捜索及び救出の重要任務を命ずる。必ず無事に助け出してくるのだ。よいな!」

「はっ」

漸く顔を上げた松原に一つ!と大きな声で言う。

「一つ約束してくれ。……絶対に娘と共に此処に戻ってきておくれ」

松原は少し驚いた顔をしたが、種恭の真摯な瞳を真っ直ぐに見据えて力強く頷いた。

「松原一、姫の救出を成し遂げ帰還することを誓います」

もう一度深々と頭を下げた松原は失礼しますではなく行って参ります、と言った。ゆっくりと立ち上がって踵を返す。

種恭はひらりと翻った黒のマフラーが障子の向こうに消えるまでじっと見つめていた。軈て影も見えなくなると、耐えきれず深い溜息を漏らした。

「……最悪の事態にならなければよいが」

ふらりと頭を振って側に待機していた藩士に雷豪を呼び寄せるよう指示する。

時代は乱世に突入したのかもしれない。

自分は最善の手を打つのみ、と種恭は決意し机に紙を広げ自ら筆を執った。



**********



町から一歩踏み出したところで振り返る。

すっかり変わり果てた町並。暫し故郷とはお別れである。松原は目を閉じて、深く一礼した。同時に亡くなった人々に黙祷を捧げる。

風が吹いて踏み潰されずに残った木々がさわさわと揺れて音を立てた。

静かに目を開けて風景を一瞥すると、刀をしっかりと腰に差していることを確認して歩き出す。騒つく木の葉の音に耳を傾けながらいざ深き森の中に踏み込もうとした時、松原!と大きな声に足を止められた。

「全く旅立ちに何も言わないとは水臭いな!」

振り向くと雷豪が腕を組んで立っていた。その横には真木まで居る。驚いていると雷豪が近寄ってきた。

「殿にどうしても姫を探しに行くと食い下がったそうじゃないか。大人しいお前が珍しい。まあ、俺達としても姫を助けに向かいたいと思っていたが、何か思い当たる場所でもあるのか」

「……東の果てです」

ほうと雷豪は言って目で続きを促す。

「前に書物で読んだことがあります。東の果てに鬼の巣窟があると。昨夜の鬼が東の方へと消えたと木々達も云っています。姫はきっと其処に」

「木が、か」

目を瞑って静かに聞いていた真木が片目を開けて松原をチラリと見た。松原は不思議そうにはいと答えた。

「声無き者の声でも聞こえるのか、お前は」

「少し、ですが」

平然と言う松原に、真木は雷豪の方に視線を向けた。雷豪は真木に頷いた。

「稽古や食事中に突然お前が周りを見渡したり空を見上げていたりしたのは声を聴いていたのだな。稀有な力を持ったものだ。これから役に立つと思うぞ」

「一応その狂言を信じてやる。それで、東に向かうのは分かったが具体的にどう探し出すつもりだ。ただ東に向かい片っ端から鬼を斬るのか」

「風から聴いたのですが、どうやら忍の国でも異変が起こっているようです。もしかしたら昨日の鬼が出たのかもしれません。先ずは忍の国にて情報収集しようかと」

「その刀だけ持って、か」

「はい」

真木ははぁ、と大きな溜息を吐いて舌打ちした。松原は何故舌打ちされるのか分からず、きょとんとしている。

「莫迦者。何も持たず行ったとしても門前払いを食うだけだ。……お前が一人で幾ら千久然藩の遣いだと言っても信じてもらえんだろう」

「これは国と国との交渉ないしは伝達である。依って藩主からの文無くしては俺達は曲者扱いを受けるかもしれんな」

そう言って雷豪は文を取り出して笑った。納得した顔をしていると、又もや真木に顰め面を向けられた。

「文は殿から預かった。俺達も旅路に同行する!」

「え」

「はぁ、俺は殿の命令だから仕方なく来ただけだ」

「でも」

「さあ、旅立ちだ!姫を探しに行くぞ!」

「あ、はい!」

颯爽と歩き出した雷豪とその後を歩く真木に慌ててついていく。自分の前を行く真木にあの、と松原は声を掛けた。無言で顔だけが此方を向く。

「城と町の方は」

「今居る人間でどうにかなる。お前よりは信頼できる奴ばかりだ」

「はあ」

「殿は姫の救出を最優先事項と決定された。それだけのことだ。鬼は基本群で行動する。昨夜の奴は異例だが。百戦錬磨の剣豪ならまだしも、お前は若輩者。一人で立ち向かったとして直ぐに死ぬだけだ。仲間が居た方がいいと言うことで俺と雷豪さんがお守りを任せられたわけだ。分かったか」

「はい」

「分かったならこれ以上無駄口は控えろ」

前を向いてしまった真木の言う通り大人しく後を付いていると、その様子が可笑しかったのか雷豪が笑った。

「真木、もう少し優しくしてやれ。お前も昔はそうだったろう。中々言う事聞かないし生意気だったなぁ」

「雷豪さん」

真木の眉間の皺が深くなった。それを全く気にする様子はなく雷豪は笑っている。間で二人の顔を交互に見ながら、誰もが憧れる剣豪で冷静沈着な真木の、自分と同じくらいの年頃のイメージなど松原には浮かばなかった。

三人は森の中を、忍の国がある北西の方角へと進む。

「雷豪さん、忍の国とはどういう所なのですか」

「ああそうか。松原は行ったことがなかったな。忍の国はそう呼ばれるように忍者達が暮らす国である。森の奥深くにあるから見つけるのは苦労するのだがな。先の大戦でも大変世話になったと聞いている」

「一世紀前の大戦ですか」

「そうだ。世話になったと言っても此処ら一帯は同盟を組んでいたらしいからな。協力して一つの国として戦っていたようだ」

「忍は隠密行動に長けている。気を張っていないと奇襲であっという間に囲まれて殺される。気をつけておけ」

「はい」

森の中はずっと同じ景色なので気を抜くと今自分がどの方角に進んでいるのか、真っ直ぐ歩いているのかさえ分からなくなりそうだ。木々の隙間から覗く空を見上げると、鳥が自分達の来た方へ飛んでいくのが見えた。また風が吹いてさわさわと木の囁きが降ってくる。

………み、ぎ

そう聞こえて微かな気配を感じ取った。咄嗟に止まって刀に手を掛け集中する。数秒して雷豪と真木が身構え、同時にガサガサと草叢から音がした。

「早速か。鬼か忍か」

雷豪が低い声で呟く。途端に空気が変わり肌を刺す。

……ね

と耳元で聞こえた瞬間、ガサッ!と音を立てて飛び出して来たのは小さな黒い影だった。

「にゃあ!」

「うわっ!」

勢い良く松原の顔の前を通過して地面に着地する。思わず仰け反ったが尻餅を突かずに済んだ。確認すると、それは尾が二又に分かれた黒猫だった。此方を振り向いてにゃあと呑気に鳴いている。力が抜けそうになったが、先程猫が出てきた草叢から禍々しい気配が追いかけてきた。

「グアァア!」

大きな足を地面に叩きつけ草叢を出てきたのは鬼だ。どうやら猫を追いかけ回していたらしい。猫を探してぎょろぎょろと辺りを見渡していたが、猫より先に三人を見つけ再び咆哮する。

「松原!退が、」

雷豪が言うより先に松原は鬼に向かって駆け出した。素早く鞘から刀を抜くと体勢を低くしそのままの勢いで鬼の懐に突っ込んでいく。鬼は叫びながら鋭い爪を振り下ろした。直前で跳び上がり回避すると、鬼の爪は深々と地面に突き刺さった。鬼の手の甲に着地し腕を一気に駆け上がる。大きく開いた口から巨大な牙が見えた。もう一方の手が松原を掴もうと迫る。だが、巨大な故に動きは鈍い。それより早く細い腕が動いた。

「せい!」

松原は一切の躊躇なく刀を薙いだ。

鬼の首が吹き飛ぶ。ぐらりと傾いた巨体を蹴って離れると、鬼はどさりと砂煙を上げて地に伏した。時が止まった様に三人共数秒間固まっていた。松原の速攻に二人は驚いていたが、松原は刀の斬れ味に驚いていた。

硬い皮膚と肉を裂く感触は腕に直接伝わってきたが、骨を断つ時の抵抗がまるで無かった。一枚の紙を切る様にスラリと、そんなに力を必要とせずいとも簡単に斬ってしまった。思わず刀身をまじまじと見てしまう。首を刎ねた筈なのに血も殆ど付いていない。千久然藩に伝わる宝刀白竜。恐るべし。

沈黙する三人の間を、にゃあと間延びした鳴き声が通った。

「おお!初の実戦、見事であった!」

軈て雷豪が硬直から解けて、近寄ってきて肩を叩いた。突然だったので刀を落としそうになったが辛うじて持ち直し慌てて鞘に仕舞う。

「初めにしてはよく動けたのではないか」

鬼がもう動かないことを確認して真木も少し緊張を和らげた。滅多にない褒め言葉に目を瞬かせていると、但し、と付け加えられた。

「無闇矢鱈に突っ込むな。策を立てるのも重要だからな」

矢張り手放しでは褒めてもらえないようだ、と松原は思いながらすみませんと頭を下げた。

「しかし鬼が猫を追うとは一体何があったのだろうな。食糧難では猫すら喰うか」

「しかも昨夜に続き単独行動」

雷豪が首を傾げる通り、此処に出る鬼は犬や猫を喰わない。喰うのは人間だけだ。といっても、鬼は基本的に東にのみ存在し恐れられていると伝わっている。西には余程のことがない限り、鬼が現れることはなかったのだ。昔の乱世と呼ばれた時代には大陸全土に出現し残虐な事を繰り返していたらしいが、今や影もなく、松原も書物の中で知る程度だった。故に人々は特に警戒したり身を守る用意をしたりしていなかった。西の人里に出た時点で異常事態だったのだ。雷豪の言葉通り食糧に困った鬼が此方まで来たのだろうか。そしたら人間である姫は必ず危ない目に遭う。早く見つけなければ、と松原は思った。

「猫も無事に救えた事だし、兎に角忍の国へ急ぐぞ」

松原の胸中に気付いたのか、雷豪は頷いて歩き出した。真木と松原も返事をして後に続く。すると、松原の足元に黒猫がてくてくとついて来た。

「鬼は居ない。お前はもうお行き」

声を掛けても猫は此方を見上げたまま離れようとしない。

「駄目です。ついて来ては」

言葉が通じないらしく、猫は知らん振りである。邪険にすることも出来ずに立ち止まって屈む。

「ほら、彼方へ行きなさい。暫く歩けば町があるから」

促すように手で方向を示すが全く興味ないようだ。ただ松原の目を見てにゃあと鳴く。

「どうした松原」

「いえ、この猫がどうしてもついて来てしまって」

立ち止まった松原に気付いて二人が戻ってきた。困った顔で雷豪を見ると、雷豪も同じく困った顔をした。

「そうか、離れてくれんのか。命の恩人だと思われているのかもしれないな。だが、これからは険しい道程、連れて行くのは危険だ」

雷豪も彼方に行きなさいと導くが、黒猫は嫌だと言うように松原の肩に跳び乗った。

「うわ」

「頑固な猫だな!よし!仕方がないから連れて行くしかあるまい。松原に懐いているようだからお前に任せるとしよう」

雷豪はワハハと笑い颯爽と歩き出した。真木は無表情を崩すことなく此方を一瞥して進み出した。肩に猫を乗せたまま松原も歩く。

「折角だから名前をつけてやれ」

「名前、ですか」

「小さくて黒いからちびくろなんてのはどうだ」

「にゃあ」

「お、中々気に入ったか」

「にゃあ、にゃあにゃあ」

「五月蝿い……」

「すみません」

「にゃあにゃあ」

「……此奴は何と言っているんだ」

そう言えばこの猫は何と言っているのか分からない。町で見かける犬などは会話が聞こえるのだが、出会ってからまだ言葉という言葉を聞いていない。分からない、と言おうとしたが頻りに鳴く猫は松原と雷豪に何かを必死に訴えているように見える。ちびくろでいいか!と言う雷豪ににゃあにゃあと鳴き続けている。よく聴いてみるとにゃあにゃあではなく、にあにあと言っていた。

「あ、名前はニアというそうです」

「そうか!お前はニアというのか」

「……本当なのか」

「おそらく」

ニアと呼んだら鳴かなくなった。二又の尻尾を振って満足そうにしている。どうやら正解だったようだ。

「よろしく、ニア」

肩に乗るニアにそっと顔を擦り寄せると、ニアも擦り返してきた。

そうして三人と一匹は気を取り直して更に北西へと進み始めた。



「……人間三体と獣一体捕捉。只今森に侵入した」

「決して逃すな…………」

「了解……」

木々の暗がりの中から見下ろす幾つかの影が静かに動いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ