火を纏う少年
「…………」
意識が浮上した。
ということは、今まで意識が沈んでいたことになる。
眠っていた? しかし、なぜ?
確か、唯斗と一緒に有栖川骨董店を訪れていたはずだ。
そのことを思い出すと共に、不可解な言葉や出来事も蘇ってくる。
あれは、夢だったのかも知れない。
そう思ったとしても不思議ではないのだが、その考えには至らなかった。
なぜなら、瞼を開いたその先に二人の男の姿があったから。
一人は見慣れたシルバーアッシュの髪を持つ男。
もう一人は、白銀の髪と金色の瞳を持つ男。
あの出来事が夢ならば、後者が居るということには些か恐怖を感じてしまう。
チラッと視線を辺りに巡らせてみた。
私が今いるのは、柔らかなベッド。そこから三メートルほどの距離に入り口があり、そこに二人の男がいる。恐らく八畳の部屋。私と彼らとの間を遮るのは、木で出来たテーブルに同様の椅子が一脚。ポツンと部屋の中央に置かれている。
木の温もりを感じる、素朴な空間。
一見すると何の変哲もない部屋。
でも、違う。
金色の瞳が私を見つめている。
それだけで、この空間はどこか異質なものとなって見えた。
「柚子、大丈夫かよ?」
「うん、大丈夫」
傍まで歩み寄ってくれた唯斗の問い掛けには、心配の色が含まれていた。
ゆっくりと上体を起こしてみる。
また、金色の瞳と視線が交わった。
静かな笑みを携えたまま黙っている男。
こちらから問わない限り、あの男が何かを教えてくれる様子はなさそうだ。
意を決するように一度奥歯を噛んでから、唇を開いた。
「あの、訊いてもいいですか?」
「ええ、私に答えられることなら何でもお答えしましょう」
柔らかな笑みを浮かべる男の答えに、唯斗が肩を竦めた。
「答えられねェことなんかねェだろ」
謎の残る言葉を投げられ、金眼の男はそちらを一瞥してから私の傍へと歩み寄ってきた。
途中で手にした椅子をベッドの脇に置いて、そこへ腰を下ろす。
その一つ一つの動作が、まるで優雅だ。
「訊きたいこととは、一体どのようなことでしょう?」
「あっ、えっと……」
見惚れていた。
というより、この短い時間の中、意識を持っていかれていた。
問い掛けによって我に返った私は、警戒を露にしながら早速本題へと入る。
「ここは何ですか?」
「ですから、有栖川骨董店だと……」
「店の名前はもういいです……十分わかりましたから……ですけど、それ以外が不可解すぎます」
「と、言いますと?」
言葉を遮っても、素知らぬ顔で問い返されてしまった。
その相変わらずな余裕っぷりに疑問が詰まりそうになるも、ここで切れてしまったらもう続かなくなってしまいそうで、私は更に言葉を続ける。
「とぼけないでください……私が境内に辿り着いたとき、ここには何もなかったんですよ」
「それは、唯斗から聞いていませんか?」
「唯斗……?」
二人の視線が、暇そうに壁に寄りかかっている男へと向けられた。
「あぁ? 俺言ったぞ。願えば近いって」
願えば近い。確かに、唯斗はそう言っていた。しかし、それで解決だというのなら確実に私を馬鹿にしている。
「それで、納得できると思ったのかい?」
私の声を代弁するかのように、男の口から疑問が紡がれた。
「そりゃそこまで勘が鋭いとは思ってねェけどさ……それ以外に何て言えば良いんだよ?」
私の勘を舐めんじゃないよ。という口を挟む余裕もなく、男が言い返す。
「異界から現れるって言ってあげないと、わからないよね?」
「え? それ言っちまっていいの?」
「勿論、この子は彼らにとって必要な存在だからね」
何やら、私には理解しがたい会話が繰り広げられている。
異界? 彼ら? 何を言っているのか。
取り残された感が否めないまま黙っていると、唯斗が溜め息を吐いた。それも盛大に。
「はぁー……もうさ、言っちまえばいいだろ? ここは骨董店とは名ばかりの魔導具店だって」
「ああ、それでも構わないよ。それでこのお嬢さんが、理解できればね」
「…………」
二人の視線が、今度は私に向けられた。
理解したのか? という眼差しだ。
しかし、すぐさま理解したのかチャラ男がまたしても肩を竦める。
「わかんねェって顔してら」
「それなら説明しないとね」
「……はい?」
説明されてもわからないと思うけど。
そんなことを考えながら二人の顔を交互に見遣る私に、金眼の男が微笑んだ。
「私の配下である唯斗に、貴女をこちらへ連れて来るように指示を出しました」
「……え?」
配下? 唯斗が、この男の?
変な冗談はやめてくれと思いつつ唯斗に視線を向けると、その声なき訴えに気付いたのか、小さく頷かれた。
「間違っちゃいねェよ」
まさかの返答をされて目が丸くなる。
「彼は、私の生み出した精霊です」
続け様に、男が衝撃の事実を口にした。
「…………」
あまりに現実味を帯びていない言葉。
また思考が止まりそうになった。
「ぜってェ信じてねェだろ?」
「……当たり前でしょ」
信じられるほど、私は素直ではないのだ。
嘘なら嘘と言ってくれれば、恐らく多分、まだ許せるかもしれない。
しかし、彼の次いだ言葉はそんな予想とはかけ離れたものだった。
「証拠見せたら信じる?」
「証拠?」
そう問い返すと、唯斗は自分の右腕を覆う制服の裾を肘辺りまで捲り上げた。
何もないじゃん。
思わずそう口にしてしまいそうな空気が流れた瞬間――。
「きゃあぁッ!!」
今のは私の悲鳴だ。
なぜなら、露になった指先から肘までが一瞬で炎に包まれているから。
「唯斗、唯斗何やってんの!?」
幼馴染の腕が燃えている。パニックにならないわけがない。
私を除いては別のようだが……。
「落ち着けよ……俺は人間じゃねェって証拠見せてんだから」
静かな声色は落ち着き払っている。
「落ち着けるわけないでしょ!!」
そう叫んだとき、私の肩に金眼の男が触れた。
その瞬間、まるで吸い取られたかのように焦りが微塵もなくなり、私は落ち着いてしまった。
炎に包まれながらも燃えない皮膚を見つめていると、形を変えていくのが見て取れた。
それは、まるで鱗だ。
皮膚が一枚一枚の鱗となり、肘から指先までを覆っていく。
「お前さ、サラマンダーって聞いたことねェか?」
「え……」
聞いたことはなかった。しかし、知っている気がする。
視線を向ければ、唯斗がいつもの楽しげな笑みを浮かべた。
「火を纏うトカゲ。俺、それなんだよ」
「……」
これは、信じざるを得ないかも知れない。
「……そう、なんだね」
一応頷いて見せた。
しかし、まだわからないことだらけだ。
わかったことは、唯斗がサラマンダーというトカゲということだけ。
他にも訊きたいことは山ほどある。
骨董店に見せかけて実は『魔導具店』だったこととか、『異界』だとか『彼ら』だとか。
これからが本題だと意気込んできたのだが、その空気はすぐ壊された。
「あの、すみません……」
聞き慣れぬ男性の声が、店の入り口付近から聞こえてきたのだ。
「お客が来たから、私は店に戻るよ」
「あぁ、わかった」
客が来た。やっぱりここは骨董店なのだろうか?
店主を見送る唯斗を見遣った。その表情に明るさは見受けられない。
「何で来ちまうかな……」
「え?」
まるで来るなとでも言いたげな発言だ。
その真意が紡がれるかと暫く見つめていたが、相手はただ気まずそうに苦笑うだけで何も教えてはくれない。
「見たほうが早いんだよ。大丈夫そうなら店行くか?」
見たほうが早いのならそうしよう。
「大丈夫」
頷くと同時に答えると、ベッドから降り立ってはそのまま唯斗の後をついて、客の相手をしている店主の元へ向うべく部屋を後にした。