表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

火を纏う少年

「…………」

 意識が浮上した。

 ということは、今まで意識が沈んでいたことになる。

 眠っていた? しかし、なぜ?

 確か、唯斗と一緒に有栖川骨董店を訪れていたはずだ。

 そのことを思い出すと共に、不可解な言葉や出来事も蘇ってくる。

 あれは、夢だったのかも知れない。

 そう思ったとしても不思議ではないのだが、その考えには至らなかった。

 なぜなら、瞼を開いたその先に二人の男の姿があったから。

 一人は見慣れたシルバーアッシュの髪を持つ男。

 もう一人は、白銀の髪と金色の瞳を持つ男。

 あの出来事が夢ならば、後者が居るということには些か恐怖を感じてしまう。

 チラッと視線を辺りに巡らせてみた。

 私が今いるのは、柔らかなベッド。そこから三メートルほどの距離に入り口があり、そこに二人の男がいる。恐らく八畳の部屋。私と彼らとの間を遮るのは、木で出来たテーブルに同様の椅子が一脚。ポツンと部屋の中央に置かれている。

 木の温もりを感じる、素朴な空間。

 一見すると何の変哲もない部屋。

 でも、違う。

 金色の瞳が私を見つめている。

 それだけで、この空間はどこか異質なものとなって見えた。

「柚子、大丈夫かよ?」

「うん、大丈夫」

 傍まで歩み寄ってくれた唯斗の問い掛けには、心配の色が含まれていた。

 ゆっくりと上体を起こしてみる。

 また、金色の瞳と視線が交わった。

 静かな笑みを携えたまま黙っている男。

 こちらから問わない限り、あの男が何かを教えてくれる様子はなさそうだ。

 意を決するように一度奥歯を噛んでから、唇を開いた。

「あの、訊いてもいいですか?」

「ええ、私に答えられることなら何でもお答えしましょう」

 柔らかな笑みを浮かべる男の答えに、唯斗が肩を竦めた。

「答えられねェことなんかねェだろ」

 謎の残る言葉を投げられ、金眼の男はそちらを一瞥してから私の傍へと歩み寄ってきた。

 途中で手にした椅子をベッドの脇に置いて、そこへ腰を下ろす。

 その一つ一つの動作が、まるで優雅だ。

「訊きたいこととは、一体どのようなことでしょう?」

「あっ、えっと……」

 見惚れていた。

 というより、この短い時間の中、意識を持っていかれていた。

 問い掛けによって我に返った私は、警戒を露にしながら早速本題へと入る。

「ここは何ですか?」

「ですから、有栖川骨董店だと……」

「店の名前はもういいです……十分わかりましたから……ですけど、それ以外が不可解すぎます」

「と、言いますと?」

 言葉を遮っても、素知らぬ顔で問い返されてしまった。

 その相変わらずな余裕っぷりに疑問が詰まりそうになるも、ここで切れてしまったらもう続かなくなってしまいそうで、私は更に言葉を続ける。

「とぼけないでください……私が境内に辿り着いたとき、ここには何もなかったんですよ」

「それは、唯斗から聞いていませんか?」

「唯斗……?」

 二人の視線が、暇そうに壁に寄りかかっている男へと向けられた。

「あぁ? 俺言ったぞ。願えば近いって」

 願えば近い。確かに、唯斗はそう言っていた。しかし、それで解決だというのなら確実に私を馬鹿にしている。

「それで、納得できると思ったのかい?」

 私の声を代弁するかのように、男の口から疑問が紡がれた。

「そりゃそこまで勘が鋭いとは思ってねェけどさ……それ以外に何て言えば良いんだよ?」

 私の勘を舐めんじゃないよ。という口を挟む余裕もなく、男が言い返す。

「異界から現れるって言ってあげないと、わからないよね?」

「え? それ言っちまっていいの?」

「勿論、この子は彼らにとって必要な存在だからね」

 何やら、私には理解しがたい会話が繰り広げられている。

 異界? 彼ら? 何を言っているのか。

 取り残された感が否めないまま黙っていると、唯斗が溜め息を吐いた。それも盛大に。

「はぁー……もうさ、言っちまえばいいだろ? ここは骨董店とは名ばかりの魔導具店だって」

「ああ、それでも構わないよ。それでこのお嬢さんが、理解できればね」

「…………」

 二人の視線が、今度は私に向けられた。

 理解したのか? という眼差しだ。

 しかし、すぐさま理解したのかチャラ男がまたしても肩を竦める。

「わかんねェって顔してら」

「それなら説明しないとね」

「……はい?」

 説明されてもわからないと思うけど。

 そんなことを考えながら二人の顔を交互に見遣る私に、金眼の男が微笑んだ。

「私の配下である唯斗に、貴女をこちらへ連れて来るように指示を出しました」

「……え?」

 配下? 唯斗が、この男の?

 変な冗談はやめてくれと思いつつ唯斗に視線を向けると、その声なき訴えに気付いたのか、小さく頷かれた。

「間違っちゃいねェよ」

 まさかの返答をされて目が丸くなる。

「彼は、私の生み出した精霊です」

 続け様に、男が衝撃の事実を口にした。

「…………」

 あまりに現実味を帯びていない言葉。

 また思考が止まりそうになった。

「ぜってェ信じてねェだろ?」

「……当たり前でしょ」

 信じられるほど、私は素直ではないのだ。

 嘘なら嘘と言ってくれれば、恐らく多分、まだ許せるかもしれない。

 しかし、彼の次いだ言葉はそんな予想とはかけ離れたものだった。

「証拠見せたら信じる?」

「証拠?」

 そう問い返すと、唯斗は自分の右腕を覆う制服の裾を肘辺りまで捲り上げた。

 何もないじゃん。

 思わずそう口にしてしまいそうな空気が流れた瞬間――。

「きゃあぁッ!!」

 今のは私の悲鳴だ。

 なぜなら、露になった指先から肘までが一瞬で炎に包まれているから。

「唯斗、唯斗何やってんの!?」

 幼馴染の腕が燃えている。パニックにならないわけがない。

 私を除いては別のようだが……。

「落ち着けよ……俺は人間じゃねェって証拠見せてんだから」

 静かな声色は落ち着き払っている。

「落ち着けるわけないでしょ!!」

 そう叫んだとき、私の肩に金眼の男が触れた。

 その瞬間、まるで吸い取られたかのように焦りが微塵もなくなり、私は落ち着いてしまった。

 炎に包まれながらも燃えない皮膚を見つめていると、形を変えていくのが見て取れた。

 それは、まるで鱗だ。

 皮膚が一枚一枚の鱗となり、肘から指先までを覆っていく。

「お前さ、サラマンダーって聞いたことねェか?」

「え……」

 聞いたことはなかった。しかし、知っている気がする。

 視線を向ければ、唯斗がいつもの楽しげな笑みを浮かべた。

「火を纏うトカゲ。俺、それなんだよ」

「……」

 これは、信じざるを得ないかも知れない。

「……そう、なんだね」

 一応頷いて見せた。

 しかし、まだわからないことだらけだ。

 わかったことは、唯斗がサラマンダーというトカゲということだけ。

 他にも訊きたいことは山ほどある。

 骨董店に見せかけて実は『魔導具店』だったこととか、『異界』だとか『彼ら』だとか。

 これからが本題だと意気込んできたのだが、その空気はすぐ壊された。


「あの、すみません……」


 聞き慣れぬ男性の声が、店の入り口付近から聞こえてきたのだ。

「お客が来たから、私は店に戻るよ」

「あぁ、わかった」

 客が来た。やっぱりここは骨董店なのだろうか?

 店主を見送る唯斗を見遣った。その表情に明るさは見受けられない。

「何で来ちまうかな……」

「え?」

 まるで来るなとでも言いたげな発言だ。

 その真意が紡がれるかと暫く見つめていたが、相手はただ気まずそうに苦笑うだけで何も教えてはくれない。

「見たほうが早いんだよ。大丈夫そうなら店行くか?」

 見たほうが早いのならそうしよう。

「大丈夫」

 頷くと同時に答えると、ベッドから降り立ってはそのまま唯斗の後をついて、客の相手をしている店主の元へ向うべく部屋を後にした。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ