不可解な言葉と金眼の店主
先を行く幼馴染みの後を追えば、間も無くして時代錯誤を感じさせるような土壁がハッキリと見えてきた。
江戸時代から建物だけがタイムスリップでもしてきたかのように、どこか異質を感じさせる。
そんな骨董店へ近付くと、唯斗は扉もない開かれた店内へ躊躇せず踏み込んでいくのだ。
黙ってはいられない。
「ねぇ、ちょっと唯斗……」
店内との境目で踏み止まり、表情を強張らせながらその後ろ姿に囁くような声を掛けた。
振り返った表情には笑みすら浮かんでいる。
「何だよ?」
「そんな勝手に上がり込まない方がいいと思うんだけど……この店、なんか怪しさしかないし……」
「ふっ」
余裕綽々といった様子に意見を伝えてみると、何故か鼻で笑われた。
やはり余裕だ。
この男、不可解なこの建物に何度か足を運んでいるのではなかろうか?
からかい半分で先を歩かせたとしか思えない。
次第に私の眼差しが不安から怒りへと変わっていく。
「柚子、お前バカ言ってんじゃねェよ……ここは……」
「ここは、何? 名前は有栖川骨董店でしょ?」
堪らず、刺々しい口調で相手の言葉を遮った時だった。
「おかえり、今日は早かったね」
「ッ!?」
薄暗い店の奥から物静かな男性の声が響いて、思わず肩が跳ねた。視線を向けても声の主を視覚で確認することが出来ず、辺りを注視する。
「ああ、ただいま」
次いだのは、普通という表現が似合う声色。
しかし、その言葉は予想だにしていないものだった。
暗がりへと向けていた視線を、今度は唯斗に向ける。
「……え?」
今しがた紡がれた内容を確認しようと疑問符が洩れた。
「ここ、俺の自宅だから」
平然と答えて、店の奥へと歩いて行ってしまう。
こんなわけわからない状況下で、一人になりたくない。
そんな不安から相手を追おうとしているせいか、何か暖かい風に背中を押されるようにして足が前へと進み、私はもう店の中。そのまま足早に唯斗を追った。
暗がりに消える前に、その腕を捉えて引き留める。
自分一人だけが取り残されてしまいそうで、寂しくて怖い。
そんな本音が、相手の腕を掴む力に込められていく。
「……待って、意味わからないんだけど……何言ってんの? アンタの家、ここじゃないでしょ?」
「んー……まぁ、それは……」
ここで漸く、相手の反応か鈍った。
十数年間、ほぼ毎日一緒に過ごしてきたというのに、ここが家だなんて嘘をよくも易々と吐けるものだ。
怒っているのか悲しんでいるのか、呆れているのか自分でもよくわからない。
むしろ、現状がよくわからない。
私は、混乱しているかもしれない。
二人の言葉が途切れた翳りの中、吐息の洩れる音がした。
床の軋む音を小さく響かせながら、誰かがこちらへ歩いてくる。
「……今の今まで、説明して来なかったんだね……お前の悪い癖だよ」
そう口にしながら私たちの前に現れた長身の男性。
ウェーブがかかった艶やかな白銀のショートヘアに、金色の瞳、穏やかに笑む口元。
その顔を見つめた私の気持ちは不思議と落ち着き、不安が消え去って安心感を覚えた。
厳かとも言えるほどに悠然とした風格ながら、身に付けているのは薄鼠色の質素な着物。左胸に六芒星、右下の裾に五芒星という変わった柄がある。
「……あなたは?」
見惚れているに近い視線を送りながら静かに問い掛けてみると、ふっと優しく瞳を細めた相手の唇が開いた。
「私は、ここの店主、有栖川です……ようこそ、篝火柚子さん……貴女のことを、ずっと待っていましたよ」
「え……」
今のこの状況すら把握しきれていない中、新たな次々と疑問が沸き上がってきてしまう。
思考回路は、もはやパンク寸前。
この建物は、いつ、どうやって現れたの?
ここが唯斗の家ってどういうこと?
この店主は、なぜ私の名前を知っているの?
なぜ、私のことを待っていたの?
ぐるぐる廻る思考が、やがて静かにフリーズした。
次いで、視界が暗闇に覆われ始める。
そうして目の前が真っ暗になった瞬間、私の意識はプツリと途切れてしまった。