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桜並木のその向こう

 放課後。

 帰宅する他の生徒に混じり、昇降口を出て駐輪場へと向かう。

 私は徒歩通学なのだが、唯斗が自転車通学。一緒に帰る時は、いつもそこで待ってくれている。

 今日も居るだろうと駐輪場を覗けば、案の定。

 正門に一番近いところに止めた自転車に跨がるのは、目立つ髪の男。

 私に気が付き、自転車を押してきた。

「……やっときた。おせーよ」

「アンタが早いだけだから」

 私のクラスと唯斗のクラスとでは、ホームルーム終了に五分ほどの時間差がある。

 唯斗のクラスが早いのだ。彼らは、終業の予鈴が鳴る前に学校を出るよう担任に言われている。

 クラスごと担任によって、そういった細かい部分が違うというのは、なかなか面白いと私は思っている。

 先生同士、自分はこうしているああしていると伝え合って切磋琢磨しているらしい。聞いた話だけど。

「じゃ、取り敢えず行くぞ」

「場所教えてよ」

「いや、そういうもんじゃねェから」

「……ふーん」

 また、よく解らないご回答を頂いた。

 ついて来いということだろうか?

 ここでそんな男気は必要ないと私は思うのだが、ついて行くだけなら楽なので声を洩らす程度の返事をし、相手に合わせて有栖川骨董店を目指すことにした。

「なんで後ろ? お前が先に行くんだよ」

「え……どうやって?」

 場所も知らない私を先に行かせようとは、唯斗も無茶な事を考える。

 冷めた視線とともに問い掛けると、溜め息を吐かれた。

「あるかも、って思うところに行きゃいいんだよ。お前が見つけられるか試してんだから」

「はい?」

 益々意味がわからない。

「取り敢えず前見て適当に進めよ。ついて行くから」

 この男は馬鹿なのか。

 行きたがっていたのは唯斗のはず。

 店名すら初耳の私の後についたところで、偶然でも重ならない限り辿り着くことなんて出来やしないのだ。

 首を傾げながら相手の前に出ては、言われた通りに取り敢えず歩を進め始めた。


 ――。

 それから十分後。

 校舎を後にしてから適当に進んできた。

 辺りを見渡せば、見慣れた景色。

 ここは普段から使っている、何の変哲もない通学路だ。

 静かに足を止めて、振り返る。

「このまま行ったら、家、着いちゃうんだけど」

「じゃあ寄り道すりゃいいじゃん」

 まるで他人事な態度に、私の眉間が寄った。

「ついて来てやってんの私の方なんだけど」

「いや、ついて来てんの俺の方」

 ツンとして刺がある私の言葉を悠々と跳ね除けた相手の口角が、ゆっくりと上がっていく。

「やっぱ、柚子は俺が見込んだ通りの奴だった」

 不敵にも見える笑みを携え告げられた言葉は意味不明だが、そこで彼が指差した先へ自然と視線が向いた。

 今私たちが立っている歩道沿いに、衣笠(きぬがさ)神社という大きな神社へ続く桜並木道がある。

 そこを指差して笑みを浮かべている相手の様子から察するに、どうやらこの桜並木道の先に目的の店があるらしい。

 しかし、幼少の頃からことあるごとに、この道も通って衣笠神社にも行っているが、有栖川骨董店などという店があった記憶はない。むしろ、神社以外に人が入れるような建物があったという記憶すらない。祭行事の際に露店が並ぶ程度だ。

「柚子の足がここで止まったんだ……この先に、何かあるんじゃねェかな?」

「……『何か』って、有栖川骨董店じゃないの?」

「ほら行くぞ」

 私の問いは無視して、今度は先を歩いていく。

 なぜか楽しそうな雰囲気を醸す後ろ姿を見つめながら、後を追った。

 ……と、ふと相手が足を止めて振り返った。

 今まで見たこともないほどに真剣な表情の相手と、視線が交わる。

 桜並木の中、花弁の舞い散る音すら聞こえてきそうなほどに静かな時が流れた。

「あるかもって、本気で願えよ」

「……うん、わかった」

 やがて紡がれた、優しくも強い語調に対して思わず強張った返事をすれば、唯斗は前に向き直って再度歩みを進めていく。

 その後は、お互いに黙ったまま桜並木道を潜っていった。


 ――。

 桜並木道は、全長百メートルほど。

 そこを過ぎると神社の境内が現れる。

 暫くして桜並木道を抜けた私は、辺りを見渡した。

 しかし、それらしい建物は見当たらない。

「有栖川骨董店は、どこに…………うわっ!」

 探そうと踏み出した途端、目の前で桜の花弁が吹雪いて足を止めざるを得なくなってしまった。

 一瞬の出来事に思わず瞼を伏せた、次の瞬間。

「……えっ…………嘘だ……」

「な? 言ったろ?」

「…………」

 鳥肌が立った。

 何故なら、瞬きほどの間しかなかったはずだから。

 それまで何もなかったはずの境内。そのど真ん中に、『有栖川骨董店』と看板の架かった建物が、確かにある。

 驚きを隠すことも忘れ、相手の言葉も聞こえない。

 いきなり目の前に現れた建物を見つめることしか出来ない私の肩を、唯斗が叩いた。

 視線を移せば、そこには楽しそうな笑顔。

「ほら、ぼさっとしてねェで行くぞ」

「……行く? でも……待ってよ……」

 現実とは思えないが夢ではない。

 帰りたいけど相手を置いては行けない。

 いつもは平気なのに、今は一人になるのがとてつもなく怖い。

 そんな私は、上機嫌で有栖川骨董店へと向かう後ろ姿を、恐る恐る追い掛けることしか出来なかった。

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