幼馴染みの誘い
朝礼前の、騒がしい教室。
担任はまだ現れず、静粛を求める声を上げる者もいない。
暇を持て余し、頬杖をついて窓の外へと視線を向ければ、その向こうに咲き誇る桜の花びらが静かに踊り、舞っている。
平穏すぎて睡魔が訪れかけた、その時だった。
「……おい、柚子」
「ん?」
聞き慣れた声に呼ばれ、頬杖をついたまま窓とは反対側へと振り返った。
私が返事をする前に教室へと踏み込んだ、シルバーアッシュに染まった髪の男子生徒が、その目立つ髪のせいで我がクラスメイト達の視線を盛大に浴びながら、迷いもなくこちらへ歩いてくる。
隣のクラスの生徒でありながら、あの男がこの教室に入ることは珍しくないのだが、毎回注目を集めているのは、やはり髪のせいなのだろうか?
そんな疑問はさておき、目の前に来て早々に机へと手をつく相手を驚きもせず黙って見上げた。
「お前さ、有栖川骨董店って知ってる?」
「……ありすがわ骨董店?」
聞き慣れない店の名前。
私は思わず鸚鵡返しをしてしまった。
やはり『ありすがわ』は『有栖川』と書くのだろうか?
そんな悠長な思考が働く中、短い溜め息が聞こえた。
「やっぱ知らねェか」
「うん」
「遅れてんなー」
黙れチャラ男。
この男の反応を見る限り、有栖川骨董店という名前は知っていて当然らしい。私は全くもって初耳だけど。
しかし気にしない。
知らなかったところで困ることもないのだから。
そう思いつつ、相手から視線を外した時だった。
「今日の帰り行ってみねェ?」
「は?」
冷めた声を返してしまった。
しかし、私の反応は至極当然だ。だって唐突もいいところ。
何より、骨董には微塵も興味がない。
問い掛けられたなら仕方ないと、頬杖をついていた腕を下ろして外したばかりの視線を相手を戻した。
当のチャラ男は、どこか楽しそうな表情をしている。
無視をするのは、ほんの少しだけ気が引けた。
「……場所は? そんな近くにあるの?」
何か予定があるわけでもないし、暇潰しには丁度良いかも知れない。
と自分に言い聞かせながら、相手の話に乗ってあげることにした。
「んー……まぁ、願えば近いんじゃね?」
「……は?」
「取り敢えず放課後。じゃーな」
適当に理解しがたい事を言うな。
そんな私の言葉が発される前に、チャラい男子生徒――火野唯斗は、自分の教室へと去って行く。
すれ違うようにして、担任が教室へと入ってきた。
星翔高等学校。二年二組。私の名前は篝火柚子。
特出しているところもなく、平凡に生きている女子高生。
よく『美人だね』と言われるが、性格が暗いとも言われる。
対する唯斗は、幼い頃からやんちゃで明るかった。
もしかしたら、カッコ良い部類に入るかも知れない。多分だけど。
『おれはつよいから、いつでもまもってやるよ』なんてことも言ってたっけ。
守られるような事態に遭遇した覚えはないけど。
小さい頃って、そういうこと言うよね。
そんな男と、私は何故か今も仲良くしている。
高校まで同じになった。……まぁ、それはどうでも良いことだけど。
取り敢えず、今日の放課後は聞き慣れない骨董店へ行くことになった。
知り合いの中で最も骨董店が似合わない男と一緒に。
行く前に軽く予習でもしておこうかと、スマートフォンを取り出して『有栖川骨董店』をネット検索にかけてみる。
「…………」
瞬間、微かに眉間が寄った。
あのチャラ男は、有名だと言いたげな空気を醸していたはず。
しかし、それらしい店は一件も引っ掛からなかった。
「……まぁ良いや」
有名と言いたげに見えたものの、有名と言われたわけではない。
唯斗が特に好きな店というだけの可能性もある。
行ってみてからのお楽しみ、ということにしておこう。
私は静かにスマートフォンを置いた。
僅かでも興味を持ったことは否めない。
勿論それは、骨董店が似合わない男の口から出た言葉だったからに決まっているわけだけど。