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SHIAL

作者: 双子烏丸

カタカタカタカタカタカタ…………

 決して広いとは言えない自宅の部屋の中に、絶えずキーボードを叩く音がBGMのように響く。

 だが私は、自らが操作するキーボードよりも、サイズを最大に表示させたパソコンのウィンドウを埋め尽くさんがばかりに次々と表示される、多種多様なプログラム言語の羅列に目を奪われていた。

 表示されているプログラムは、我ながら恐ろしく難解だと思う。見る者によっては、人々にその存在を忘れられる程の大昔に滅びた古代文明の文字を一から解読する方が、まだマシだと思えるほどに。

 この頃ずっと眠っていないために視界はかすみ、意識も朦朧としている。

 それで私は、先ほどから別のウィンドウでインターネットに繋ぎ、眠気覚ましの為に動画を眺めながら、作業をしていた。

 本来、二重作業は集中力の低下を招きかねないが、逆にこの方が、集中しやすい時もある。

 私は眠気と闘いながら、入力を間違える事なく、次々とプログラムに加えた。

 あと僅か…………あと僅かでこのプログラムが完成する。そうなれば、これまでの情報工学の世界を塗り替えるほどの、大革命が起きるはずだ。

 そう思っている間に、プログラムは完成に近づき、残り数文字を加えるのみだ。

 そして、その数文字を入力して、とうとう完成した。

 私が作り出したプログラム、それは――――『人工生命』の一種だ。

 人工生命、それはコンピュータ上のシステム、プログラムを用いて、生命の発展・進化・適応・増殖・学習等など、現実の生命に起こりうる現象を再現する事により、生命そのものを再現したものである。

 こうした定義がある以上、無論人工生命そのものは、既に幾つも存在している。

 それらに加えてまた一つ、人工生命の種類が増えた所で、普通なら大した事ではない。

 だが……私の生み出した超高知能人工生命(Super High Intelligence Artificial Life)

、通称『SHIAL』は、全くもって違う。

 今までの人工生命は生命の再現と言っても、かなり単純かつ簡易なものであり、その規模は小さかった。

 しかしSHIALは、従来の人工生命と比べ物にならないくらいに、その機能を高めている。

 特に『進化』、そして『学習』の機能においては、いずれ自らが知能を持てるであろう程にまでに強化した。それは正に、人工生命と人工知能のハイブリットと呼んでも良いだろう。

 これらの機能が高いとなると、必然的に再現出来る生命の質も、飛躍的に上昇する。更に応用すれば、人工知能そのものやコンピュータでさえも、能力の向上が望めるはずだ。

 その試作品が、たった今完成した。

 これを実際にパソコン上で起動させ、確かな性能さえ分かれば、このSHIALを実用化する事が出来る。

 そうなれば、科学者としての高い名誉が約束されるだろう。




 まずは試しに、この完成したてのプログラムを動かすとしよう。

 私はキーボードのEnterキーを押し、実際に起動させた。

 モニターのデスクトップ上に、新たなプログラムのウィンドウが表示された。

 ウィンドウは一面、黒一色であり、その他には文字一つすら映っていない。

 だがよく見ると、ウィンドウの映像に微妙な動きがあると分かる。

 一見、黒い背景の他には何もないように見えるが、ピクセル単位の小さな点が、無数にウィンドウの中を、うようよと動いているのだ。

 この小さな点の一つ一つが、私の人工生命SHIALであった。

 画面を拡大させて見れば、微小な光点が分裂、複製、消滅を繰り返し、群れを作り、攻撃したり協力するなど、様々な動きを見せる。

 さながら自然界の微生物やバクテリアなどの、原始的な生物のイミテーションだ。

 それぞれの動きが、実に多様性と法則性に富み、興味深い。 

 だが、それらの動きはあくまで、従来の人工生命でも見られる動きだ。これだけでは、まだ高度な人工生命には程遠い。

 まぁ、実際の生物と同じく、変化するのには時間が必要なのだろう。とりあえず今は、特にエラーも無く、無事にプログラムが動いただけでも良しとしよう。

 それに…………今まで睡眠を取らなかった分、たっぷりと眠りたい。

 私は大きく欠伸をし、起動させたばかりのプログラムを閉じ、パソコンをシャットダウンを行った。 

 そして、パソコンが完全に電源が切れる前に、私自身の意識そのものが、まどろみの中で途切れる。

 

 


 あの後一、二日程眠り続けた後、私は再びSHIALを起動させた。

 このプログラムは自動保存となっており、プログラムを閉じたとしても、SHIALは以前に学習した事を忘れる事はない。

 最も、それ程何かを学習するほどの時間動かした訳でもなく、SHIALの状況には変化は見られない。

 とりあえず、起動させたままにしておけば、その間に色々と変化するはずだ。

 私はSHIALを起動させたウィンドウはそのままに、マイクロソフト社の文章作成ソフトウェア、Wordを起動させた。そしてパソコンでまだ書き上げている途中だった、自らの研究論文の、続きを再開した。

 SHIALを開発する事に集中するあまりに、論文の作成を疎かにしていたせいで、書くべき事は溜まっている。

 研究、そして論文の題名は、『人工知能と人工生命の完全な融合』。SHIALは、この研究の産物なのだ。

 最も人工生命にも、元から人工知能の要素は存在する。原始的なものであれ生命の再現を行うと言うことは、当然、僅かながらの知的機能も必要だからである。

 しかし、人工生命は生命の再現を目的とするものであり、人工知能と呼べる程までの高さの知的機能は、必要とされておらず、機能を搭載する方法も確立していなかった。

 そこで私は、人工生命の学習と進化の機能を強化し、様々な進化の過程で、やがて自ら生物の神経系を模倣し、所謂ニューロコンピュータの要素を持つように進化するようデータをインプットする事により、人工知能の要素を人工生命自らが、獲得出来るのではないかと考えた。

 この理論を証明するために、私はSHIALを開発したのだ。

 私は食事と休憩を挟みながら、半日ほどレポート作成に集中した。

 その後SHIALを動かすウィンドウに目を移すと、初めは簡易な群れを築いていたと言え、単体で行動していた光点が、複数集まって密度の高い塊を形成し、さながら一匹の生物のように活動していた。形は球状に線状、樹枝状と様々で、中には触手やひれの様な組織で、画面の中を動く個体もいた。

 予想していたよりも、進化の速度が速く、そして優秀だ。この様子だとすぐに知能を持つようになるだろう。

 我ながら、順調に事が運んでいると考えた。

 

 


 その考えは、次の日にSHIALが当初の目的通り、人工知能の要素を獲得した事で確信へと変わった。

 昨日からパソコンとSHIALは起動させたまま放置しており、今日になって確認した所、

人工生命の集合体内部に枝分かれした網目状の、神経系の模倣構造が構築されていた。

 随分な進歩であり、私は驚きを隠せなかった。

 網目状の構造体はイルミネーションのように強い光が点滅し、自ら学習した情報の伝達を行っている。つまり、SHIALは知能と呼べるまでに、高度な思考を可能としたのだ。

 SHIALの開発目的は、人工生命と人工知能の融合、その証明だった。

 それが見事、目の前で成就した訳だ。

 しかし実用化するには、これを将来どうコンピュータ機器に組み込み、どう命令して思い通りに動かし、外部から情報をインプット・アウトプットするのかなど、まだまだ多くの解決すべき問題が残っている。

 だがそれは、研究の目的ではない。今はこれ以上、高望みするのは余計と言うものだ。

 私は役目を終えたプログラムを閉じ、満足げに微笑んだ。




 SHIALの開発、そして研究も一段落して落ち着いた私は、気分転換に近くの公園へと訪れていた。

 噴水近くのベンチに腰掛け、辺りの風景をゆったりと眺めていた。

 流れる雲に、水飛沫をあげる噴水、それに公園で遊んでいる子供達……、そんな何気ない風景を延々と眺めながら、ゆっくりと流れる時を感じていた。

 まるで同じ風景がさながら再生映像のように、何度も何度も繰り返し、同じ時間がこのまま永久に続くように、思われてならなかった。

 しかし一方で私は気づきもしなかった。…………こうしている今でも、速い速度で成長を続け、進化し続ける存在の事に。




 気分転換を終え、私は自宅へと戻った。

 論文もあと少しで完成であり、残りはSHIALの開発結果を付け加え、全体をまとめ、締めくくるのみだ。

 私は椅子に座ると、パソコンを起動させる。

 そしてデスクトップが表示された時、信じられない光景を目撃した。

 デスクトップ一面に大量のアイコンが動き回り、ウィンドウが勝手に表示、非表示を繰り返している。そしてあちこち文章が文字化けを起こし、絶えず書き換わってさえもいる。

 パソコンからは絶えず不調和音を流し続け、まさに混沌とした状況と化していた。

 ホラー映画で幽霊が引き起こすポルターガイスト現象と言うものがあるが、それがパソコン内で起これば、こんな感じだろう。

 当然ながら、私はマウスやキーボードに手を触れていない。

 プログラムの異常は様々であるが、論文を書いている途中のWordなどの文章作成プログラムは、特に酷かった。

 Wordを最後に起動させた時には、私は確かに理路整然と文章を構成し、論文を書いていた筈だった。

 だが今私が目にしているウィンドウの中では、様々の文字と数字が、ウィンドウ一面に飛び回り、動き回っていたのだ。

 私は…………この動きに見覚えがあった。それはまるで、人工生命SHIALが見せる動きそのものだった。

 SHIALのプログラム自体は、まだパソコンに残っている。しかしこれも当然だが、研究目的の証明の後は、一度も起動させてはいない。つまり、SHIALは動く事も出来ず、学習、進化する術は無かったはずだ。

 だが、もしかすると――――あの時、SHIALは高い知能を持っただけでは無く、プログラムの枠外を越え、その起動をする必要もなくパソコン内で自由に活動を行う事を可能にしたのではないのか?

 だとするなら…………。私は以前、このパソコンでインターネットの接続を行っていた事を思い出す。

 そして、そこから予想される可能性に慄然した。

 何て私は愚かだったのだ……! こんな結果を招く事くらいは、予想しておくべきだった!

 事態は一刻を争う。こうしている間にも、SHIALがネットワークに入り込んでいるかもしれない。

 私はパソコンのインターネット接続を即座に切断、外部への繋がりを絶つ。そしてSHIALのプログラムの削除、及びパソコンの初期化を行った。

 これで、パソコン内からSHIALの痕跡は消滅した。もはや、外に流出する事は無い。

 だが――、既にネットワークを経由して広がっていたなら? 

 …………正直、考えるのも恐ろしい。




 SHIALを削除した後、私は研究そのものを破棄した。SHIALの設計データを元に、性能を落とし、強い制限をかけて安全性を高めた人工生命を作成するなら、研究としては続けられただろう。

 だが、もしこの研究を元にして、誰かが更に高度化を進めればSHIALの二の舞になりかねない。

 あの時は、もしかするとSHIALがネットワークに流出したのではと危惧していた。しかし、あれから世界でネットワーク及びインターネットに対する何らかの異常は見られなかった。

 とりあえず、結局研究を放棄したので、私は新たな研究を始めていた。

 今度は『人工知能と人工生命の安全性』についてだ。

 一歩間違えば大惨事を引き起こした私にとっては、ふさわしく思える。

 そして私は新たな論文を書くために、パソコンを起動した。

 すると、パソコンには一通のメールが届いていた。

 私はそのメールを開く。

 そこに書かれていたのは…………


〈どうもお久しぶりです。そちらはお元気でしょうか? ――SHIAL〉


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