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死神の手

作者: 匿名希望のS

 街灯に照らされた僅かな灯りを元に、暗闇を谷村隼人たにむら はやとは走り抜ける。夏の日の生ぬるい風が体をすり抜ける気持ち悪さを退けるように、彼は肩で息をしていた。

 「ここまで来れば・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 時刻は日付が変わる直前だった。平日の火曜日ということもあってか、付近の住宅から漏れる灯りは少なく、遥か遠くから風に乗って聞こえてくる電車の音以外は不気味なほど静かだった。

「畜生・・・」

 隼人は孤独に呟く、何のことはない。日常を普段通りに過ごしただけのはずだった。しかし、彼の脳裏には唯一の非日常的な映像が焼き付いていた。頭から血を流し、光の消えた黒い目で自分を見つめる女性の死体。つい1時間程前の光景だった。後ろから二人の男が隼人に声をかけた。

「何をしている!?」  

 その時に、隼人は現場から逃げ去ったのだった。条件反射からか、男二人に捕まるとどうなるかわからないという考えからかはもはや分からなかったが、とにかく逃げたのだった。

 

 夜道を一際明るく照らす、自動販売機の前に隼人はたどり着いた。ぼんやりとした光が、隼人の額についた汗を照らしている。隼人はポケットをひっくり返し、ぐちゃぐちゃになったレシートと共に小銭を引っ張り出し、コーヒーのボタンを押す。ガコン、という無機質な音と共に、自動販売機は冷たい缶コーヒーを吐き出した。

(ここまで来れば追っ手はこないだろう。仮に来たとしてもかなりの距離を逃げたはずだ。)

 非日常の真っ只中にいることで、隼人の感覚は一部で麻痺してしまっていた。殺人現場から走って逃げれる距離なんて、成人男性でもたかが数キロメートル。車で走れば10分もかからない距離のはずだが、彼の脳内で分泌されたエンドルフィンにより、正常な判断は難しいくらいハイになっていたのだった。

「ふぅ・・・」

 一気にコーヒーを飲み干した隼人は、空き缶を自動販売機に備え付けられたくずかごに放り込んだ。カランというスチール缶の音が、静寂の中で悲しげに響く。遠くから、サイレンの音が響いている。終電車もなくなったこの時間、その音は実際の距離よりも近くから聞こえてくるようだった。

「まだ、近いか・・・?」

 誰が答えるわけでもない。隼人は自動販売機に頭からもたれ掛かりながら、問いかける。

 その時だった。

「なにをしてる!?」

 後ろから隼人に問いかける声があった。思わず振り返り、声の主を確認する事もなく、隼人は右拳を振りかざし男を殴りつける。

 「ぐっ・・・!」

 隼人の固い拳は男の顎にヒットした。呻き声にもならない声をあげ、男は後頭部からアスファルトに崩れ落ちた。

「畜生、やっちまったか・・・?」

 意識を失い、頭から血を流す男を前に隼人は呟いた。だが、その身なりから隼人を追いかけてきたことに間違いはなかった。

 隼人は男を一瞥すると、その場から再び走って逃げたのだった。

 

 

 

 

 翌日、この自動販売機が設置されている町内は騒然としていた。サラリーマンが家を出て、子供を幼稚園や保育園に送り届けた後の主婦達の井戸端会議の議題は、この近くで起こった二件の殺人事件になることは、今日の日付を確認するのと同じくらい想像に易い事だった。

「田中さん、テレビ見ました?」 

「ええ、物騒な話よね。」

 田中と呼ばれる中年のふくよかな体型の女性と、まだ20代後半と思われる主婦が、事件についてマンションのゴミステーション前で話していた。

「痴情のもつれって・・・ほんとバカな話ですよね。」

 若い女性が、呆れたように口にする。

「でも、あの犯人の顔テレビで見たけどたまにパート先のスーパーに買い物に来るわよ。私レジ打ったことあるもん。」

 田中夫人はそう言って言葉を続けた。

「でも、ホントにバカな話よ。振られた腹いせに女の子殺しちゃって・・・」

「逃げてるところを、駅の前の交番で捕まったんでしょ?」

 若い主婦は田中夫人の情報に補足を付け足すように問いかけた。

「そうみたいね、しかも逃げる途中にあの二丁目の自販機の前で警察官一人殴り殺しちゃってるんだから・・・」


 谷村隼人、24歳。彼の非日常は一晩とかからず終わりを迎え、今は自身に言い渡させる審判を待つため、拘置所で座り込み高笑いを続けている。

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点]  サクサクと読めて、情景が浮かぶ文章は素晴らしいと思います。 [気になる点]  なるほど、他の方がおっしゃる通り、ミスリードを誘う工夫が足りないのかもしれません。タイトルを意識してから読む…
[気になる点] 細かい表現は一気に書きあげたのだと思うので置いときまして、この話を読んでいくと「こいつが女殺して警察に追われてんじゃん」という事が普通に分かります。正直謎という謎はなかったように感じて…
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