65、成人の儀、始まる
色々あったこの1日、俺が無事この日を終える為には、コルットの親父さんというデッドポイントを超えなければならない。
一番良いのは、コルットと一緒にお風呂に入らない事だが、そんな事を言ってもコルットが自分だけ仲間はずれはイヤだと嫌がるか泣くだけだ。
だが俺に、お風呂イベントをスルーするなんていう選択肢はなかった。
今俺は、お風呂イベントを堪能した後、宿屋の前に居た。
このままいけば、寝ぼけたコルットがまた誤解をまねく一言を言ってしまい、俺は親父さんに殺されるだろう。
おそらく親父さんにそこまでの殺意は無い。だが、すでにここは俺にとって、デッドポイントとなっている。
絶壁のコートは効果を発動せず、俺は親父さんの攻撃で、必ず死んでしまうのだ。
神様も、積み防止の為とはいえ、余計なシステムを作ってくれたものだ。
さて、どうしたものか。
本気で戦うか? こんな所でガチバトルを?
それで生き残れるならいいが、結局親父さんの攻撃を一発でも食らったら死ぬんなら、俺が圧倒的に不利だ。というか無理ゲーだ。今の俺は親父さんの攻撃を全てよけきれるほど、強くない。
何より、娘の為に本気で放った親の一撃をよけるなんて事は、俺には出来ない。
なら、攻撃されない様にするしかない。
俺は色々と考えた結果……
「ユミーリア、エリシリア、助けてくれ」
二人に頭を下げる事にした。
「どうしたの? リクト」
「このまま宿屋に入れば、俺は親父さんに殺される」
「……ああなるほど。コルットか」
エリシリアは理解してくれた様だ。
ユミーリアは全然わかっていないみたいで、目が点になって首をかしげている。
「事実は事実なのだから、一発くらい殴られればいいじゃないか」
エリシリアがサラッとひどい事を言う。
まあ俺も、普通の一発ならいいんだけどさ。
「エリシリア、コルットの親父さんはああ見えて元達人なんだ。本気の親父さんの攻撃は、一発で死ぬ」
俺の目が真剣だったのがわかったのか、エリシリアはあせりの表情を見せた。
「そ、そんなにか?」
「そんなにだ。俺が今親父さんに弟子入りしているのは知ってるだろう? 普通に強いぞ、親父さん」
まあ、今回は別の要因で、一発で死ぬんだけどさ。
「わかった、そういう事なら協力してやろう。コルットも、親父さんとお前が争うのを見るのは嫌だろうしな」
こうして、話についてこれていないユミーリアはともかく、エリシリアは協力してくれる事になった。
さあ、勝負だ親父さん。
俺達は宿屋に踏み込んだ。
「おう、お帰り!」
相変わらず元気に俺達を迎えてくれる親父さん。
「なんでえ、コルットはまたおねむか。まあ今日はちょっと遅いし、しょうがないか」
俺からコルットを受け取ろうとする親父さん。
しかし、その受け渡しの際、コルットが起きてしまった。
「うにゅ? おとーさん?」
「おう、起こしちまったか、ごめんなコルット」
親父さんに抱っこされるコルット。
「んー、オフロはー?」
「風呂? 風呂に入るのか?」
フッ、やはりな。
コルットは約束をやぶる様な子ではないが、寝ぼけていれば約束は意味をなさないのだ。
「おにーちゃんとオフロー」
アッサッリと俺と風呂に入った事をゲロってしまうコルットだった。
ピシッと一瞬空気が凍った気がした。
「はは、コルット。いくらなんでもおにーちゃんとお風呂は駄目だぞ? お前も女の子なんだからな」
「んー? おにーちゃんとオフロ、楽しかったよー?」
寝ぼけながらコルットがつぶやいた。
そして、空気はさらに凍る事になる。
「コルット、おめえ、リクトと一緒に風呂に入ったのか?」
「うん、おにーちゃんの、おっきかったよー」
コルットのその一言を聞いた親父さんの闘気がふくれあがる。
「親父さん、ちなみにその大きいのって、背中の事だからな?」
俺は冷静に親父さんに語りかける。
「リクト……おめえ、ずいぶん冷静じゃないか? 俺は冷静じゃねえぞ?」
そんな事はその隠し切れない怒りの闘気を見ればわかる。
だが、ここでひいてはいけない。
「エリシリアすまん、親父さんに説明してくれ」
「ああ、わかった」
エリシリアは今日リクトが自分の仲間を助けてくれた事、そのお礼をしようとした事、コルットはまだ小さいので先に帰る様に言ったが泣いて嫌がった事、ちゃんと水着着用で俺が変な事をしなかった事を説明してくれた。
「本当だろうな? リクト」
「さっきコルットが大きいって言ってただろう? アレは本当に俺の背中の事だ。コルットを背中に乗せてお風呂の中を泳いであげたんだよ。まあ、お風呂で泳ぐなって怒られたけどさ」
親父さんが俺を見つめる。
「あとでコルットに聞いてもらえればわかる。もちろん、寝ぼけている時じゃなくて、ちゃんと起きてる時にだけどさ」
寝ぼけているコルットは危険だ。なぜか誤解をまねく言い方になるからな。
「……はあ、仕方ねえ。確かにコルットを抜きにそのお礼ってのをやろうとしても、コルットは仲間はずれにされたと感じてゴネるだろうしな」
親父さんがあきらめた様にため息をついた。
「だけどよお、もうちょっと他の方法は無かったのか?」
「それについてはすまない。ウチのフレイラはどうも風呂でのスキンシップが好きでな。私の歓迎会も、風呂で行われたよ」
エリシリアが昔を懐かしむ様に瞳を閉じる。
それを見て、親父さんは完全に納得した様だった。
「わかったわかった、早とちりした俺が悪かったよ」
良かった。これでなんとか今日を乗りき……
「だがリクト、事実は事実だ。おめえ、今日の夜の訓練、街の外周を30周な。走ってコルットの水着姿を忘れろ」
……マジか。
まあ、殺されるよりはマシか。
こうして俺は、なんとか今日を乗り切る事が出来た。
「ほれリクト殿、ちゃんと気合いを入れて走るでござるよ!」
俺の愛刀、ランラン丸が張り切っていた。
ランラン丸って、こういう訓練好きだよな。
素振りの時も張り切ってたし。
俺は親父さんに言われた通り、街の外周を走っていた。
「……ん?」
その途中で、誰かの視線を感じた。
だが周りを見渡しても、誰も居なかった。
「なんだったんだ?」
「全部で3つの視線を感じたでござるな。どれもすぐに消えてしまって、どこから見られたのかは分からなかったでござるが」
ランラン丸も感じ取っていた様だ。どうやら俺の勘違いじゃなかったらしい。
「早めに切り上げた方が良さそうだな」
「でござるな。少しペースをあげるでござるよ、リクト殿」
俺は若干キツめのペースで、夜の訓練を終えた。
次の日、疲れもあってノンビリ惰眠をむさぼっていると、親父さんに呼ばれた。
「リクト、おめえにお客さんだ」
客、と言われても思い当たる事がなかった。
誰だろう? またヒゲのおっさんだろうか。
いや、ヒゲのおっさんなら親父さんを通したりはせず、大声で俺を呼ぶだろう。
俺は身支度を整えて、1階に下りる。
するとそこには……
「あ! リクトさん! すみません早くに。一刻も早くお伝えしたくて、きちゃいました!」
なんと、ラブルンことラブ姉だった。
今日もしゃべる度に大きな胸がふるえている。朝からなんという眼福……
その瞬間、ゾクッとした。
後ろを振り返ると、エリシリアが居た。
エリシリアはなぜか俺のスケベセンサーに敏感だ。特にラブ姉の幸せの塊を見ていると、にらまれる。
「そ、それでどうしたのかな? ラブ姉」
俺はあわててラブ姉の方を向いた。
もちろん、今度は顔以外は見ないようにして。
「それがですね、お城からリクトさん指名で依頼がありまして。早くお伝えしないとと思ってここまで来たんですよ」
城から俺を指名で依頼? なんだ?
「とにかく、ここではなんですので、今すぐギルドに同行してもらえますか?」
「わ、わかった」
俺はユミーリアとコルットの準備が出来た事を確認し、ラブ姉とギルドへ向かった。
ギルドに着いてからは、2階の個室に案内された。
「リクトさん、この国には三人のお姫様が居る事は、ご存知ですか?」
その話を聞いて、エリシリアが突然むせた。
「す、すまない。まさかここで姫様達の話が出るとは思わなかった」
そういえば、エリシリアは元ロイヤルナイツ、城に勤務していたんだもんな、知っていて当然か。
一方俺は……
「し、知らない」
知らんぞ、お姫様とか。
クエストオブファンタジーには居なかった。
サンダーの紋章5にも居なかった。
なんだ、三人の姫様って?
「この国では、王族のみが行う、成人の儀というものがありまして、今度そのお姫様達がその成人の儀を行うんです」
ああそれは知ってる。クエファンでもあったからな。
ただしそれは、王子様の成人の儀を手伝うってクエストだったけど。
「確か、試練の洞窟の最深部に行って、成人の証を取って来るんだよな?」
「なんだ、姫様の事は知らないのに、そんな事は知っているのか?」
エリシリアが意外そうな顔をしていた。
「えっと、話の流れからすると、そのお姫様の成人の儀を手伝えと?」
「そうなんです」
やっぱりそうか。
「お姫様は三つ子でして、年齢も同じなので今年成人の儀を行う事になっていたのですが、アクデス帝国の事もありますので、早めに済ませてしまおうとなったみたいなんです」
なるほど、そういう事か、どうりで話が急だと思った。
「あれ? 王子様はどうしたんですか?」
「王子様はすでに成人の儀を終えられていますよ?」
なんだと?
本来、クエファンでCランクからBランクに上がる為として、この王家の成人の儀を手伝うというクエストが発生する。
CランクからBランクに上がるには、何か特別な功績が必要だからだ。
そこで勇者が護衛するのは……本来は王子のはずだ。
だがその王子の成人の儀は、すでに終わっている?
「私達ロイヤルナイツが護衛した。昨年の話だな」
一年ズレているのか?
いや、どうだろう? 他のイベントがしっかり起こっているから、それはありえないと思う。
考えられるとすれば、成人の儀を行う為に、王子を護衛する適任者がいなかった、とか?
本来のクエファンにはロイヤルナイツなんて居ないからな。
そういえば、勇者が現れてくれて良かったとか、お主の様な者を待っていたとか王様のセリフにもあったしな。
だが、もし一年ズレているとしたら……うん、なんだろう? ぶっちゃけわからん。
俺は考えても仕方ないと割り切って、考えるのをやめた。
「それで、俺達がお姫様達の護衛をすればいいんですね?」
俺はラブ姉に確認した。
だが、それに待ったをかけたのはエリシリアだった。
「リクト、悪いがこの依頼、断れないだろうか?」
めずらしくエリシリアが弱気だった。
「どうしたんだよエリシリア、らしくないな?」
「うっ! そ、それは……」
エリシリアの歯切れが悪い。
「リクト、その、姫様達なんだがな……姫様達は、私が言うのもなんなんだが……」
エリシリアはどういうべきか迷っているみたいだった。
やがて決意したのか、口を開く。
「仲が良さそうに見えて、とても仲が悪いんだ。そしてとても、いたずら好きなんだ」
仲が悪くて、いたずら好き?
「レズリーのやつは、姫様達を腹黒三姉妹と呼んでいた」
ああそういう事か。
ていうか姫様に対してレズリー、お前……
しかし仲が悪くて腹黒か、うん、すっごく面倒くさそう。
「ラブ姉、なんか面倒くさそうなんで、パスとかは?」
「出来るわけないじゃないですかー」
ラブ姉が笑顔で答えた。
まあ、お城からの依頼だもんね。
「というわけだ、あきらめよう、エリシリア」
「ううっ……」
エリシリアはとても嫌そうだった。
俺達は依頼を受け、お城に向かう事になった。
「お姫様かー、どんな感じなんだろう?」
ユミーリアはお姫様が見られるというのでよろこんでいた。
「おにーちゃん! わたしがんばって、モンスター倒すね!」
コルットは試練の洞窟にはモンスターが出ると聞いて、張り切っていた。
「私はどうも苦手なんだよ、お姫様達」
エリシリアは目が死んでいた。そんなに嫌か。
見た事もないお姫様、しかも三姉妹か……
俺は期待半分、嫌な予感半分でお城に向かった。
城に着くとすぐに謁見の間に通された。
そこには王様と王妃様、そして……三人のお姫様が居た。
お姫様は特徴的だった。
髪の色が、青、黄色、赤だ。信号か。
俺の中で早くも信号三姉妹というあだ名が決まった。
「良く来てくれた、紹介しよう。我が娘の、アオイ、イエロン、アカリアだ」
青い髪がアオイ。
黄色い髪がイエロン。
赤い髪がアカリアだった。
王様、もうちょっと名前考えようぜ。わかりやすいからいいんだけどさ。
お姫様達はみんなニコニコしていた。
あの笑顔が腹黒だと思うと、とても怖い。
「成人の儀の事は聞いておるな? これよりさっそく試練の洞窟に向かってもらう。頼んだぞ、エリシリアとその仲間達よ」
俺指名の割りに、俺達はついでかよ。
「はっ! お任せ下さい!」
エリシリアが気持ちの良い返事を返す。
こういう場は城勤めが長かったエリシリアが居ると助かるな。
俺達はお姫様達と一緒に城を出て、試練の洞窟に向かう。
試練の洞窟は、街のすぐそばにある。普段は兵士が立っていて、中には入れない様になっていた。
しかし今回のクエスト……よく似た三姉妹、王族、洞窟という閉鎖的な空間。
これで殺人事件が起きたら完全にミステリーアドベンチャーゲームだな。ハハハ。
「どんなモンスターが出てくるのかな?」
コルットがワクワクしていた。
俺はというと、いまだ静かなお姫様達が気になっていた。
兵士に成人の儀を行う事を告げて、俺達は洞窟の中に入る。
「はー、疲れたよー! もうやだー!」
「まったく、疲れますわねー、猫被るのも」
「ていうか面倒くさい。もう奥までいった事にして帰らない?」
赤い姫様は元気な子、青い姫様は扇子を持ったクール系、黄色い姫様はテンション低い感じだった。
「エリシリアー、もおう面倒くさいからちゃちゃっと奥までいって来てよー」
赤い姫様がエリシリアに指示を出す。
「そんなわけには参りません。姫様達の事は、私が後でしっかりと王に報告しますからね?」
「えー」
「相変わらず融通がききませんわね」
「エリシリアさいてー」
三人がそれぞれメチャクチャ言っている。
なるほど、これはエリシリアが嫌がるのも無理はない。
しかし、こうして見ると今の所は仲が良さそうに見えるけどな?
「さあ、いきますよ! 早く休みたいなら、早く動いてください」
エリシリアにうながされ、渋々信号三姉妹が歩き始めた。
こうして、成人の儀が始まった。
俺達は洞窟を進み……
「あー! もう疲れたー!」
「これ以上は歩きたくありませんわね」
「休憩……希望」
早くもお姫様達が根をあげた。
「姫様方、まだ歩き始めて5分しか経っていませんよ?」
エリシリアがイライラしていた。
「休憩よ!」
「休憩ですわ」
「休憩」
だが、信号三姉妹は聞く耳持たなかった。
「はあ、すまんリクト。少し休憩していいか?」
エリシリアが申し訳なさそうにしていた。
俺としては構わないんだが、このペースで奥にたどり着けるのか?
見るとユミーリアが苦笑いしていた。
コルットは……あ、なんかモンスター倒してる。
「コルットー、戻って来い、ちょっと休憩するぞー」
「えー……はーい」
コルットが渋々戻ってきた。まだ遊び足りないみたいだ。
どこから取り出したのか、簡易テーブルと椅子、ティーセットが用意されていた。
「これくらい、お姫様としてのたしなみよ!」
「まあ、これくらいなければやっていられませんわね」
「常識」
どうやらお姫様達が自分達で用意したみたいだった。
まあ、手間がかからないならいいけど。
俺達はお姫様達のお茶会が終わるのを待つ事にした。
「あなた達も飲みなさい、ボーっと立っていられると気が散るのよ」
赤い姫様がそう言って、青い姫様が俺達にもお茶を入れてくれた。黄色い姫様がお茶を持ってきてくれる。
「あ、ありがとう」
俺達を気にしてくれるとは、案外良い姫様達なのかもしれない。
しかし、姫様にもらったお茶を飲んだ瞬間、それは幻想だと知る。
「ぐっ!?」
突然、胸が苦しくなった。そして、視界がぼやけてくる。
「リクト!?」
「どうした、リクト!?」
「いやあああ! イエロン! しっかりしてイエロン!」
悲鳴の様な声が聞こえた。
かすかに開いた目には、黄色い姫様が倒れている姿が映った。
それが最後に見た光景だった。
俺の意識は、そこで途絶えた。




