5、ケモリンの恐怖!
「ああ! リクトさん! 会いたかったです! この匂い、スンスン……ああ、やっぱり最高です!」
俺はなぜか、女勇者、ユミーリアに抱きつかれていた。
マイルームから出て来る所を見られたか?
と、色々な考えが頭をよぎったが、彼女のやわらかい感触に理性がどんどん失われていく。
マズイ、ユミーリア超可愛い。
……じゃない! 何を考えているんだ俺は!
気がつけばまわりの人達がこちらを見ている。
できればあんまり目立ちたくないのに……とりあえず、ユミーリアを落ち着かせないと。
「ゆ、ユミーリアさん?」
「ユミーリアでいいです! リクトさん!」
「そ、そうか、俺もリクトでいいよ? 敬語もいらないよ?」
「リクト……リクト、リクト」
なんだかうっとりした顔で俺の名前をつぶやいている。
俺はそんな超絶可愛いユミーリアの頭を撫でたい衝動にかられるが、グッとこらえる。
俺はなぜか女勇者であるユミーリアになつかれている。
キッカケは、あの時……ユミーリアに押し倒されて、胸をもんだからか?
どちらにしても、勇者であるユミーリアにあんまりかかわり過ぎるのは良くない。
この世界は、勇者によって救われるというストーリーがある。
男勇者と女勇者、どちらが世界を救うのかはわからないが、俺の弱さじゃ最初のボスで死ぬ未来しか見えない。
大体、俺が勇者にかかわると、ストーリーが変わってこの世界が救われないかもしれないのだ。
だからできれば、勇者とは距離を置いて、ストーリーをコッソリ見るくらいにしたい。
だというのに、この可愛いユミーリアはなぜか俺になついてくれている。
うれしい。うれしいがツライ。ユミーリアが勇者じゃなければ……
俺は、心の中で血の涙を流しながら、ユミーリアの身体を自分から放した。
「ゆ、ユミーリア、人前でこういうのは良くないぞ? とりあえず、離れてくれ」
「あ! ご、ごめんなさい」
ユミーリアが俺から離れる。
これまで感じていた温もりが消えてしまった。
残念……じゃない! どうもユミーリア相手だと、意志がゆらいでしまう。
「えっと、それで、リクト……話があるんだけど」
「お、おう。なんだ?」
ユミーリアは瞳をうるませながら、こちらを見つめてくる。
「私と、パーティを組んでもらえないかなって……」
……そうきたか。
正直飛びつきたい提案なんだが……何が起こるかわからないし、死んだらどうなるかもわからないしなあ。
それにだ、俺がパーティに入ったら、その分本来の仲間の人数が減ってしまう。これも良くない。
俺はユミーリアに、危険な目にあって欲しくない。
俺のせいで危険な目にあうかもしれないのであれば、残念だが、引き受けられない。
「……すまない」
「え?」
ユミーリアには本来の仲間が存在する。
ソロプレイでもゲームをクリアできない事はないが、通常はギルドで仲間を見つけてパーティを組むのだ。それはとても頼りになる仲間で、少なくとも、冒険力33という、お荷物確定の俺ではない。
しかしそれをユミーリアに言っても何の事かわからないだろう。
ゲームの事を知っているのは俺だけだからだ。
ここはなんとか、うまい言い訳を考えないとな。
「……実はな、俺の一族の決まりでさ、冒険者になる者は、レベル30になるまではパーティを組んではいけないんだ。その、なんだ。一人前になる為の試練ってやつでさ」
俺は今思いついた適当な嘘をつく。我ながらひどい嘘だ。
このゲームの最大レベルは99。ゲームをクリアする推奨レベルが50だから、勇者でもない俺がレベル30になる頃には、世界は救われているだろう。
むしろ俺がレベル30になるのはいつになるんだ?
どちらにしても、相当先の話には違いない。今はこれで、時間を稼ぐしかないだろう。
「そ、そんな……」
ユミーリアの顔が絶望に染まる。見てて心が痛い。
だけど、俺が足を引っ張ったせいで全滅しました。俺が居る事で予想外のイベントが起こりました。世界は救われませんでした。じゃ目も当てられない。そんなのはゴメンだ。
「そういうわけだから、俺はレベル30までソロでやるから、ごめんな」
俺がそう言うと、しばらくして、ユミーリアが顔をあげた。
「……わかったわ、私の方こそ、ごめんなさい」
「ユミーリアは悪くないさ」
俺はそう言って、ユミーリアと別れた。
ああ、心が痛い。メチャクチャ痛い。
ほんとはユミーリアと一緒に冒険がしたい。
だけど……どんな事になっても世界を救ってやるなんて自信は、俺には無い。俺の持ってるチート能力は、今の所、どれも戦闘向きじゃないしな。
「……早く世界を救ってくれよな、勇者」
俺はここにはいない、男勇者に勝手な願いを託した。
「あーもう! よし、気持ちを入れかえよう! とにかくだ、依頼をこなしてレベルを上げて、世界が救われた時、ユミーリアとパーティが組める様に、強くなろう!」
そうだ、前向きに生きよう。せっかくのゲームの世界なんだ。楽しむって決めたじゃないか!
とりあえず依頼をこなしてお金を稼ぐんだ。そしてレベルも上げていこう。
目標はレベル30。さっきユミーリアに宣言しちゃったしな。
まあ、その頃にはユミーリアには仲間が出来てるだろうし、俺の席は無いかもしれないけど。
「よし、そうと決まれば薬草採集だ! 都合の良いチート能力もあるわけだし、どんどん稼いでやるぜ!」
俺はマイルームで確認した薬草が生えている場所へ向かう事にした。
キョテンの街を出て、数十分歩いた。
今の所、モンスターには出会ってない。出会っても勝てないので、すぐに逃げるしかないんだけどな。
「お、あの辺かな?」
俺はマイルームで確認した場所……キョテンの街から少し離れた平原に着いた。
特になんの変哲もない平原だが、よく見ると、そこには図鑑で見た元気草がたくさん生えていた。
「よっし! これでマイルームのマップ機能が使える事がハッキリしたな。素材集めで困る事はなさそうだ」
俺は張り切って元気草を集めた。持っていた皮のカバンは中身は空だ、限界まで詰めよう。
元々入っていた回復アイテムはマイルームに置いてきた。回復魔法もあるし、必要ないだろう。
俺はカバンがパンパンになるまで元気草を集めた。
「よし、こんなもんかな。それじゃあ帰るか」
本当はマイルームで即帰還と行きたい所だが、マイルームを使う為のMPが足りない。MPの回復手段を確保しないとな。
そう思っていた俺は、完全に油断していた。
だから、背後から忍び寄る気配に、まったく気付けなかった。
「ぐあっ!?」
背中に強い衝撃が走った。何かが思いっきりぶつかってきた様だ。
俺はすぐさま、後ろを見る。
「キュキュー」
モンスターだった。確かこいつは……ケモリンだ。
全身が青色の毛におおわれた、バスケットボール位の大きさの丸い身体。可愛い瞳が特徴のモンスターだった。
背中がズキズキする。今までモンスターを見かけなかったから、完全に油断していた。
俺は注意深くケモリンを見つめた。すると突然、俺の尻が光った。
「え?」
尻の光は俺の前に集まり、文字になった。
《ケモリン 冒険力:40》
相手の名前と冒険力……尻が光ったって事は、これもチート能力なのか? 相手の名前と冒険力がわかるってところか。
しかし困った。俺の冒険力は33。最弱モンスターのケモリンの方が強いじゃないか。
現にさっきの攻撃は、ケモリンの体当たりだろう。
あのモフモフボディーで衝撃は少ないはずなのに、かなり痛い。俺が弱すぎるせいだろう。
「ゴッドヒール!」
俺の尻が激しく光る。
俺はひとまず、自分に回復魔法をかけた。この痛みでは満足に動けない。
「よし、逃げるか!」
俺はケモリンから逃げる事にした。
今の俺の装備は、布の服、布のズボン、皮のカバンだけだ。武器は無い。とてもじゃないが戦闘はできない。ならば、逃げるしかないだろう!
俺はケモリンに背を向けて、走り出した。
しかし、走り出そうとした前には、もう一匹のケモリンが居た。
「うげっ! なんで!? ……ってそうか、ゴッドヒールの尻の光につられてきたのか!」
尻が光ってモンスターを呼びかねないゴッドヒールは、外では使えないと言っておいて、このザマ……笑えない。
目の前に居たケモリンが、こちらに体当たりをしかけてくる。
「ぐふっ!」
意外と素早いケモリンの体当たりに反応できず、俺は腹にモロに食らってしまう。
「い、痛い……ゴッドヒール!」
使うとマズイと思っていても、使わざるを得ない。痛みで逃げるどころではないからだ。
するとまた一匹、俺の尻の光につられて、ケモリンがやってきた。もうやだこの尻魔法。
俺は三匹のケモリンに囲まれた。
残りMPは3。しかしいくらゴッドヒールで回復しても、逃げ切れなければ意味が無い。ただケモリンの数を増やすだけだ。
いや、集まってくるのがケモリンだけとは限らない。
この辺には他にもモンスターがいるはずだ。ケモリンの攻撃でこれだから、他のモンスターの攻撃だと、ヘタをすれば一撃で死んでしまうかもしれない。
……どうする?
考えている俺の事などお構いなしに、ケモリン達が襲いかかってくる。
「くそー! どうすりゃいいんだよー!」
もう駄目だ。と思ったその時、目の前のケモリンが切り裂かれた。
「え?」
あっという間に、三匹のケモリンは倒された。
ケモリンは消滅し、あとには綺麗な石が落ちていた。
「大丈夫? リクト」
どうやら俺は助けられたらしい。
そこに立っていたのは……りりしい顔立ちの女勇者、ユミーリアだった。
なびくトリプルテールが綺麗だった。剣を構えて立っている姿がカッコ良かった。
俺はそんなユミーリアに……見惚れていた。
「リクト?」
「お、おう? た、助かった。ありがとう……って、どうしてユミーリアがここに?」
俺と街で別れた後、ユミーリアがどうしていたのかはわからなかったが、どうやら偶然近くに来ていたみたいだ。
俺の言葉を聞くと、さっきまでのりりしい顔は消えた。
顔を赤くして、少し不安そうな女の子の表情になる。
「えっと、私もリクトと同じ、元気草採集の依頼を受けたから、元気草がありそうな場所にきてみたんだけど、そしたらリクトがピンチだったみたいだから……」
なんと、偶然ここを見つけたのか、さすがは勇者。そして通じ合う俺達……いや、俺がこの場所を見つけたのはチート能力のおかげだけど。
「ご、ごめんね、迷惑だった?」
「いや、助けられてそれはないよ。ありがとう、ユミーリア」
本当に助かった。ユミーリアがきてくれなければ危ない所だった。
これは完全に俺のミスだ。
ケモリン一匹なら逃げ切れるだろうと甘く見ていた事、うかつにもゴッドヒールを使ってケモリンを増やしてしまった事が敗因だ。
実際、俺のこの装備を見ているラブ姉が依頼を受けるのを止めなかったのは、モンスターが一匹くらいなら何とか逃げ切れると思っていたからだろう。何とか対処できたはずなのだ。
くそう、尻さえ光らなければ……! 俺は自分の尻をにらみつける。
いや、そもそも回復アイテムをマイルームに置いてきたのが間違いだった。あれを使っていればケモリンの数は増えず、一匹なら逃げ切れたはずだ。何やってるんだ俺。
俺がひとり反省会をしていると、ユミーリアが話しかけてきた。
「ねえリクト……私も、決めたの」
「決めたって、何を?」
再び、ユミーリアの顔が引き締まる。それはとても綺麗な……美しい顔立ちだった。
「私も、レベル30まではソロでやるわ」
「……え?」
何を言っているんだこの子は? 何いきなり、しばりプレイ宣言してるの?
「リクトがやるっていうんだもん、私だって、やってみせるわ」
「いやいやいや! 駄目だって!」
「どうして?」
「どうしてって……」
俺とユミーリアじゃ難易度が違いすぎる。
俺の目的はあくまでこの世界で楽しく生きようって事だ。無理をしなければいいだけなんだ。
だけどユミーリアは今後、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれるんだ。
ソロプレイじゃ、相当レベルを上げないといけないし、モンスターの行動パターンを把握したりアイテムを駆使したり……とにかく、いくらなんでも無謀すぎる。
「駄目だ! ユミーリアはちゃんとパーティメンバーを見つけてパーティを組むんだ!」
「じゃあ……リクトがいい」
そう言ってこちらを上目づかいでジッと見つめてくるユミーリア。
はい可愛いー。ユミーリア超可愛いー。
……じゃない! 俺ちょっとユミーリアの可愛さに弱すぎるだろう。
「俺は駄目だ、一族の決まりで組めない」
「じゃあ私もそうする。リクトがひとりで頑張るって言うんだもん、私も頑張らないと!」
ああもう! どうすればいいんだよこれ?
俺はその後も街へ帰る道すがら、ユミーリアを説得したが、ユミーリアは俺が頑張るんだから自分も負けられないとゆずらなかった。
◇
「はい、依頼完了です。お疲れ様でした」
ラブ姉の笑顔と元気いっぱいにゆれる胸がまぶしい。
俺達はギルドに帰ってきて、依頼完了の報告をした。
ユミーリアは俺と同じ元気草採集の依頼を受けていたが、採集する事を忘れていたみたいで何も持っていなかった。そこで俺は助けてもらったお礼に、元気草をユミーリアに分けてあげた。
「ありがとう、リクト」
お礼を言うのはこっちだ。ユミーリアがきてくれなければ、今頃ゲームオーバーだったかもしれない。
……死んだらどうなるんだ? 試す気は無い。
俺は今回、自分のうかつさ、準備不足を痛感した。
少なくとも、ケモリンを倒せる武器や、HPとMPを回復するアイテムが必要だ。
こうして俺のはじめての冒険は終わった。
今回、薬草採集の依頼で得た報酬は15P。所持金は合計17Pになった。
とりあえずこれで、なんでもいいから武器を買おう。その後は道具屋だ。
朝から冒険に出たからまだ昼過ぎだし、これからすぐに行ってみよう。
俺はユミーリアに別れを告げようとした。
その時、ギルドのドアが開かれた。
「兄さん?」
男勇者だった。
どうやらユミーリアに話があるみたいだったので、俺はサクッとユミーリアに別れを告げてギルドを出た。
ユミーリアが何か言いたそうで、ちょっとさびしそうだったのは気のせいだ、うん。
俺は武器屋に向かった。
街の配置や構造はゲームでよく覚えているので迷う事は無い。
そうして武器屋に着いた。
無精ひげを生やした親父がけだるそうに店番をしている。
さて、今の俺の所持金で買える物はと……
俺は店内を見渡した。
するとそこに、見慣れない武器を見つけた。
「これは……」
それは、ゲームには登場しないはずの……日本刀だった。
俺は思わず、その日本刀を手に取った。
サビててボロボロだった。
しかしなぜ日本刀が? クエファンには日本刀は存在しないはずだが。
「ん? あれ? もしかして、新しいご主人でござるか?」
手に持っていた刀から、可愛い女の子の声が、聞こえた。
その声が聞こえた瞬間、周囲の景色が変わった。
そこは……どこまでも続く、黄金の麦畑だった。
「な、なんだ? 何が起こったんだ?」
その時、強い風が吹いた。
その風の先には……黒い着物を着た、紫の色の髪をなびかせる、金色の瞳をした少女が居た。