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第8話「生徒会の犬」

「おはよう」


「む……? 何を言っておる? おはよう。ではなく、ごきげんようであろう?」


「あ、そうだった……!」


「まったく、ニート生活が長かったせいか上級国民の心を忘れてしまったのではないかの?」


「上級国民って……そもそも上級国民じゃないし。学生ニート……ではあったかもしれないけど。そ、それより、今日はひとり?」


桜川家には誰もいなかった。

起こしてくれたら良いのにと思いながら制服に着替えて学校に向かう道を歩いていると小さな背中が一つ見えた。

そんな見知った背中は飛鳥や伊吹さんの妹、月陽ちゃんだった。


「ひとり? いつもひとりじゃが、それが何か?」


「ううん、友達とかと登校の約束とかしてないのかなって」


「登校の約束? なんじゃそれはどこのリア充イベントじゃ! わらわはそんな約束しとらんわ!」


「栞ちゃんとも?」


「なっ……な、なぜ、そこで我が級友・秋空栞の名前が出てくる!?」


歩む足を止めて引くくらいに驚いてみせる月陽ちゃん。

なぜかほのかに顔色が赤みが差してるように私の目には映った。

そのときに月陽ちゃんの黒髪ツインテールがかすかに揺れて少し可愛いと思った。

フルネームで覚えてるし。



「えっと、友達なんだよね?」


「友達ではない。級友ではあるがの」


「そうなんだ。栞ちゃんは友達じゃないんだ」


「そうじゃ。そう何度も言っておろう──」


「そう、だったんだ……“わらわの友”って言ってくれたのはうそだったんですね……」


「なっ、し、ししし栞!?」


まさかの栞登場。

とても悲しそうな表情を浮かべてる。

どうしよう、抱きしめたい。


反対に月陽は見るからに動揺していた。

まさか、この場に栞が来るなんて思いもよらなかったって顔だった。


「うぅ……ごめんなさいっ!」


「し、栞っ!」


気まずくなったのかその場にいられないほど悲しかったのか栞は何に対してのことか私にはわからなかったけど、謝りながら駆け出していった。



「追わないの?」


「だ、だって、わらわは最低なことをしてしまった。大切な友達を、できたばかりのわらわの友達を泣かして、友達ではないなどと……っ……」


「それでどうして追わないの?」


「どうしてって……だからわらわは──」


「そんなのどうでもいいじゃない」


「なっ!? わらわの気持ちをどうでもいいなど、」


「どうでもいいよ、それをここで話すべきは私じゃなくて栞ちゃんでしょ?」


「っ……! でも、わらわは──」


「大丈夫。できるよ月陽なら。きっと、栞ちゃんに届くよ」


私は泣きそうな月陽を抱きしめて耳元で言った。

大事なのは私に言うことじゃなくて、栞ちゃんに伝えること。

最初からそれは決まってる。

きっと月陽の中でも。



「何を、根拠に……」


「根拠なんてないよ。でもわかるんだ。こんなに悩んでる女の子の言葉が伝わらないはずないって」


本当に根拠なんてない。だから少し微かに笑い混じりになった。


「……海佳お姉ちゃん」


「うん?」


「な、なんでもない! わらわはもう行く! じゃが、ついてくるな!」


「うん、わかった。頑張ってね? 月陽ちゃん」


「月陽ちゃん言うでない! き、気持ちが悪いわっ!」


「……はーい」


「ではな!」



また気持ち悪がられてしまった。

でも月陽にはさっきみたいな暗さはなかった。

去っていく足取りも心なしかしっかりとしていて、でも重さを感じさせない良い歩みだった。

いつもの強気な月陽ちゃんだった。

これならきっと栞ちゃんにも月陽の気持ちは伝わるはず。

栞ちゃんは悪い娘じゃないし。



「ごきげんよう、海佳さん」


「ご、ごきげんよう。瑞希さん」


月陽を見送ってほどなく瑞希さんに遭遇した。

同じクラスで、生徒会でもあるらしい。

なぜ、私が瑞希さんが生徒会に所属していることを知っているかと言うと──


「あら、瑞希さまよ」


「まあ! 今日も 凛々しくて素敵ね」


「……隣を歩いてるのはどなたかしら? 生徒会の人──ではないみたいだけど、」


「瑞希さまと同じ生徒会ではないとすると、きっと愛佳さまのご親戚よ。ほら、顔立ちもどこか似ていらっしゃるわ」


「まあ! 愛佳さまにご親戚? 中等部以外にもいましたのね」


なんて声が聞こえてきた。

別に私が聞き耳を立ててるとかそういうのはなく、自然に歩いていて聞こえてくるほどの音量で話してる人がいるからだった。

瑞希さんは聞こえているのかいないのか平然としていた。


「……瑞希さん、生徒会なんだ?」


「え? えぇ……わたしは生徒会だけど、それがどうかしたの?」


「どうかしたのって、めちゃめちゃ見られてるけど」


「……? あ、ああ、そういうこと。それはそうよ。うちの生徒会は他の学校よりは権力も発言力もあるから」


瑞希さんはやっと私の言葉の意味に気付いてくれたらしく、答えてくれた。


「でもどうしたの? なんだかぼーっとしていたみたいだけど」


「ええっ!? そ、それは……」


「そ、それは……?」


どうやら生徒たちの視線には気付いてるらしかった。

とりあえず知りたいことを訊いてみると、瑞希さん必要以上に驚いて恥ずかしそうに毛先を弄る。

何か、言いにくいこと、なのかな。


「あ、あなたを見ていたから」


「……は、はい?」


急に何を出すのかと思って、そんな言葉が出た。

でも言われてみればそうだ。

私も瑞希さんを見ていたし。


「あぁ! もうっ! だから言いたくなかったのよ!」


「え? ご、ごめんなさい! ぼーっとしていたみたいだったからどうしたのかなって心配で、」


「い、良いの、それは。別に怒ってないし。ただ、あなたがとても会長に似ているものだからつい……」


「会長って……生徒会長の?」


恥ずかしそうについには顔を真っ赤にして叫ぶ瑞希さん。

つい謝ってしまったけど、瑞希さんは怒ってるわけじゃないみたいだった。

その後は普通の瑞希さんに戻った。

それよりも急にお姉さまの話が出たことの方が驚きだった。


「えぇ、仙上院愛佳生徒会長。素敵よね」


「そ、そう?」


「当たり前でしょ! あの凛としたお姿……はぁん、お姉さまと呼びたい!」


「呼んでないんだ」


「呼んでるわ! 毎日、最低週に十五回はお姉さまと呼ばせてるもらってるわ。でも、」


「でも?」


「特別な意味でのお姉さまと呼びたいの……愛佳お姉さまと、」


「愛佳お姉さま」


いつも以上に熱量を持った言葉に少し驚く。

まさか、目の前で実の姉をこんなに熱く語る人がいるなんて、衝撃だった。

そんな熱に浮かされて私もついついリアル姉である愛佳お姉さまの名前を呟いてしまう。


「ところで海佳さん?」


「……はい?」


「愛佳お姉さまとはどういうご関係で?」


「関係ってそんな関係って言うほどのものはないよ?」


「本当に?」


「えっと……妹、です」


わー、絵に描いたような綺麗な笑顔だー。

圧がすごい! ニュータイプもびっくりするくらいの(プレッシャー)が。

私はそんな圧に耐えられなくて本当のことを話した。

別に隠すことでもないし。


「やっぱり! 似ていると思ったのよね!」


「ひあっ!?」


「こんなに可愛らしい顔立ちをしているのに似ていないなんてこと有り得ないわ」


「あ、ありえない……?」



突然抱きついてくる瑞希さんに変な声が出た。

気付いたら頬も撫でられてるし、何が有り得ないのか私にはわからなかった。



「本当に、会長のしない顔をするのね」


「え?」


「え? あ……ごめんなさい、わたしったらこんなはしたない」


「へ? ぜ、全然大丈夫だよ? 嬉しい──じゃない。気にしてないから!」


「そ、そう? 」


お姉さまのしない顔……咲良さんにも言われたけど、いったいどんな顔なんだろう。

学校に着くまでずっとその言葉が気掛かりでずっとそのことばかり考えていた。

いや、ヘルシェイク矢野のことは全然考えてないから。


「さて、これから全校集会です。皆さん二列に並んで慌てずゆっくり静かに進んでくださいね」


「はーい」


午後の授業はなく、急きょ、全校集会になった。

なんだかよくわからないけど、生徒会から話があるらしく、瑞希さんの姿もなかった。


「愛佳さまからどんな話か聞いてる?」


「ううん、お姉さまからは何も」


「そう……いったいどんな話があるんでしょうね」


「うん、気になる」


今日はお姉さまのことばかり考えていた。

いったい、どんな話をするんだろう。


「生徒会長の仙上院愛佳です。さて、まずは私から。本日は生徒会の役員候補選出会の発表を行います」


「生徒会の役員候補選出会……? 飛鳥は知ってた?」


「もちろん知ってるわ。役員見習い……ようは生徒会の雑用。生徒会の犬ね」


「せ、生徒会の犬!?」


「そうよ。でも、どうしてこの時期に──」


私たち、全校生徒は大聖堂と呼ばれる体育館以上に広い場所に集められた。

学校内の施設には見えない。

どこかの大きな会場を間借りしたんじゃないかってくらい立派な建物だった。

そんな大聖堂の中心で愛佳お姉さまは生徒会の役員見習いこと生徒会の犬になる人を発表するらしい。

生徒会の犬はともかくも、いったいどんな人が役員候補者として選ばれるんだろう? きっと、瑞希さんみたいなしっかりした人が選ばれるんだろうなぁ。


「では発表します。今回の当生徒会の役員候補は──」


「わっ、」


明かりが消えてドラムロールの音が聞こえながら人間一人分の小さな明かりが動いていく。

そして、


「高等部の、朝霧海佳さんです。海佳ちゃん、よろしくねー」


「へ? えええええっ! 私っ!?」


「はい、おめでとうございます。では次にそんな海佳さんのアシスタントをする生徒を中等部から選出します」


「えーと、これは中等部の生徒という以外は特に決まりはないので、立候補者は挙手をお願いします」


ライトが最終的に私に当たった驚きも束の間、すぐに次のプログラムに移った。

なに、なんで私が選ばれたの? 説明は? というか、生徒会の犬になった私のアシスタントなんてやりたい人がいるわけ──


「「「はいっ!」」」


いた! しかも三人も!!


「では、名前をフルネームでお願いします」


「中等部の秋空栞です」


「同じく中等部、桜川月陽じゃ」


「同じく中等部の夜明由梨(よあけゆり)だよ!」


い、意外な面子……というか、ひとりはまったく知らない娘だけど。


「えー、では二人以上になりましたので壇上に上がり、じゃんけんで決めてください。勝者はアシスタント権と同時に同じ寮の同じ部屋で暮らしていただきます」


「マジでじゃんけんかよ……」


「伊吹さん、黙ってください」


「いや、でもじゃんけんはねぇだろ。もっとアミダくじとか他にも相応(ふさわ)しいのがあっただろ」


「もうじゃんけんに決まったんですから今更文句言っても仕方ないでしょう……しかも選出方法は伊吹さまの言ったアミダくじですよ?」


「……誰だよ、選出方法にじゃんけんなんて書いたやつ」


「……愛佳さまです」


「……あっ。そういえばそうだった」


「…………」


私のアシスタントをしてくれる人をじゃんけんで決めると瑞希さんが発表すると壇上にいる伊吹さんが呆れたように言った。

すると瑞希さんがすぐに収めようとするも伊吹さんはしばらくじゃんけんはないと瑞希さんと口論するもじゃんけんにした人がわかると黙った。

じゃんけんに決めた当の愛佳お姉さまは少し頬を赤らめて俯いていた。



「えー、それではお三方、気を取り直してじゃんけん──」


「「「──ポンッ!!!」」」


そして壇上に集まった三人はじゃんけんを開始した。

全校生徒の前でじゃんけんする三人の中等部生徒。

なんとも言えないシュールさがあった。

でも後輩が私のために必死にじゃんけんする姿は可愛らしく見えた。

そして何回かのあいこの後、ついに決定した。


「勝負あり! 勝者は、秋空栞さんです。おめでとうございます」


「む……負けたか」


「まぁ、じゃんけんだし、仕方ないよね」


「やりました! 海佳さま!」


何がめでたいのか全然わからなかったけど、栞ちゃんの笑顔で全てを許した。

ダブルピースかわいい。


「では本日は以上になります。解散してください」


「海佳さま! 今日からよろしくお願いしますね!」


「えっと……うん、よろしくね」

三年生から順に解散していく。

そんな解散途中で栞ちゃんが嬉しそうに手を振りながら言った。

私は状況が完全には理解できず曖昧にそう答えるしかなかった。

に、しても、本当に寮生活? 荷物を桜川の家に移したばかりなのに。

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