第5話「ティーガーデン」
「ここがティーガーデン……?」
「はい、そうですよ」
「す、すごいね……」
ティーガーデンは童話であるような森の中のお屋敷の外に設けられたパーティ会場のようで華々しく咲いた綺麗な白百合。
周囲にはテーブルや椅子、シートなどを筆頭とした家具類からポットに食器類、パンやケーキなんかが豪勢にしかし違和感なくその場に溶け込んでいた。
「? 生徒会長ーーではないわね。ごめんなさい。あなたが生徒会長にとても似ているものだからつい……」
「い、いえ……えっと、」
「? あぁ……私は高等部一年C組の七尾瑞希です。あなたも高等部一年生のようだけれど、見ない顔ね」
「私は朝霧海佳です。あの、私、今日からこの学院に通うことになったので」
そこには先客がいたみたいで育ちのよさを感じさせる気品に溢れた少女がティーカップを持ち紅茶を飲む姿が見えた。
喋り方というか雰囲気もどこかお嬢様らしさが隠せないでいた。
栞ちゃんもそうだけど、方向性こそ違うけど、なんて言うんだろう? 模範的なお嬢様って感じだった。
「へぇ……あなたがあの。話は聞いてるわ。あなたが復学生の海佳さんね」
「復学生……私はそういうことになっているんですね」
「そういうことって……復学したのは事実なんでしょう?」
「……えっと、」
「海佳さまは体が弱くて今まで、中等部も通えなかったそうなんです。でもそれで、今日からまた通えるようになったんです」
「ふーん……なるほどね──って栞、あなたはどうして海佳さんと行動してるの? もしかしてあなたたち二人は以前から面識があるのかしら?」
私が七尾さんからの質問の答えを戸惑っていると栞ちゃんが代わりに答えてくれた。
「面識──はありませんが、先ほど、相談を海佳さまにさせていただきました」
「へぇ……相談。そんなに早くに仲良くなるなんて、あなたもなかなかやるわね」
「……なかなか?」
「いいえ。それより、そろそろ、私は教室に戻るわね。もうすぐ午後の授業が始まってしまうようだから」
「え? もうそんな時間!?」
時間のことなんてすっかり忘れてた。
ティーガーデンと彼女、七尾さんの登場で時間の感覚が薄まっていたから。
なんて、そんなことは理由になるはずもなく私と栞ちゃんは慌てて購買部で買った菓子パンや惣菜パンを平らげる。
「そんなに慌てて平らげなくても──いや、食べた方がいいか。とりあえず、栞? あなたは急いだ方が良いわよ? 何せ、ここから中等部までは結構距離があるもの」
「はわわわっ! そうでした! 海佳さま、瑞希さま、栞はこれで失礼します」
「あ、うん。またね」
「えぇ……ごきげんよう」
私たちが急いで食べるのを見て、くすくすと笑みこぼす七尾さん。
時間迫られた栞ちゃんは私たちに頭をぺこりと下げて慌てて去っていく。
本当に、中等部までは遠いみたいだった。
それにしても、七尾さんがごきげんようとごく自然に言えるのはさすがと思った。
昔の私ならまだしも、今の私にあんなにも親しげにバイバイと言うような感覚でごきげんようなんて言うのは無理そうだ。
もしも、私が言おうものなら多分何か、違和感のようなものを相手に感じさせてしまうと思うから。
「行っちゃったわね」
「そうですね、正に世話しなく」
「くすっ、確かにそうね。ところであなたはどうするの? このままここに残る?」
栞ちゃんは感情が行動に出るタイプらしい。
急いでますよーと感じさせる慌ただしさを残して私たちは栞ちゃんの背中が見えなくなるまで見送って笑い合った。
バカにするでもなく、同情するでもなく、ただ微笑ましく妹を見守る姉のような気持ちで笑い合った。
「んー……行きます! 行かせてください!」
「別に私に頭を下げるようなことでもないと思うけれど……そうね、それじゃあ途中まで一緒に行きましょう? どうせ、途中までは同じ道なわけだし」
「はい! ありがとうございます!」
「あ、それと、」
「はい?」
私と七尾さんはお互いに道だとわかると、どちらともなく歩き出した──かと思えば七尾さんは歩みを止めて、何かを付け加えるように切り出した。
「その、敬語、やめてもらえるかしら? 初対面とはいえ、同級生なわけだし……別にそれがあなたの地というわけでもないのでしょう?」
「あっ、すみま──ごめんなさい。それじゃあ普通に呼ばせてもらうね?」
「えぇ。実はね、栞と普通に接していたのに、どうして、同級生の私には敬語なんだろうって思ったのよね」
「あはは……以後、気をつけます」
「……そうね、そこはきちんとしてもらわないと。じゃないと、私が海佳さんに距離を置かれてるみたいだし」
「え?」
「なんでもないわ。行きましょう」
七尾さんに軽い注意をされてしまった。
確かに同級生にあんな態度は変か。
学校というものが久々すぎて忘れてた。
気をつけないと。
「あ、そういえば七尾さんは──」
「それもやめて」
気を付けないとって思った矢先に注意されてしまった。
「えっ……え? それもって?」
「その七尾さんってやつ。当校では名前で呼ぶのが普通よ」
「そ、そうなの……?」
「そうよ。教師でもない、同じ学園で学ぶ者同士、苗字で呼び合うなんておかしいと思わない?」
「そ、そうかな……」
「そうなの! 名前で呼んでみて?」
「え、えっと……瑞希さん?」
「よし。これからはそれでよろしくね?」
私が通っていた頃は仙上院さん、って苗字呼びもあった気がするけど、どうやらこの学園にはまだ私の知らないルールがあるみたい。
ブランク、恐ろしあ。
「そういえばさっき、何か私に訊きたいことがあったみたいだけど……」
「あ、うん! さっき、栞ちゃんと面識があったみたいだけど」
「あー、そのこと。私と、栞というか、この学園は寮とは別に学園外から通う生徒も多いわけだけど、うちの学園って基本的には転入生を受け入れてないのよね」
「えっ……そうなの?」
「えぇ、だから入れ替わりも激しくない。だからほとんど小さい頃からの顔見知り。栞は中高共同図書館なんかでもよく見るから自然と話す機会も多くなるし」
「そっか……もう三年以上はいるんだもんね」
「そういうこと。栞も中等部三年生だし、むしろ、あなたが復学初日に知り合えたことの方が驚きだわ」
「あはは、確かに。エンカウント率高いよね」
「エンカウント……?」
「あ、ううん、なんでもない! こっちの話。あはは、」
オタク知識を使うのは控えよう。
瑞希さんはゲームとかしなさそうだし控えないと。
「変な人。でも良いわ。もう教室だし」
「あ、本当……」
「準備は大丈夫?」
「もちろん!」
「くす、じゃあ入りましょうか」
瑞希さんは教室のドアを引いた。
私は中を覗きこみ──
「あー! ストップストップ! まだですよ! まだ待ってください!」
おもいっきし飛騨先生に止められた。
しかもずかずかと授業中止して出てきた。
「どうして今来るんですか!」
「どうしてって授業受けないと」
「た、確かにそうですけど……何事も準備というかタイミングというものがあってですね!」
しゃがんで小声で話す様子は授業中だと結構目立つ。
私も悪目立ちは避けたいし早いところ、このクラスの一員になりたい溶け込みたい。
「えっと先生、見られてますけど」
「え? こほん! あー、皆さん静かに! 今説明します」
話してて思ったけど飛騨先生ってどこか抜けたところがあるような。
「あなたも大変ね。なんかグダグダで」
「瑞希さんもそのグダグダクラスの一員ですよ」
「あー……知らないでは済まないわね」
それからごく自然に自席に戻っていく瑞希さん。
「海佳さん、入って来てください」
「あ、はい!」
話が纏まったらしく、先生に呼ばれて教室に足を踏み入れた。
教壇に上がって再び説明が挟まれて──
「朝霧海佳です。あらためましてよろしくお願いします」
それでも挨拶はどうにかできて、私は学校初日を終えた。