第2話「学校へ」
あの部屋は二階にあったらしく飛鳥と二人して階段を降りた。
そして、二人して同じ洗面台に向かって隣に立って歯を磨き、顔を洗い終わるその時まで終始、私の胸はドキドキしていた。
当然だ。
だって私の隣にいるのは、私の初恋の女の子の飛鳥ちゃんなんだもの。ドキドキするなというのは全ての生きとし生けるものたちに息をするなと言うようなもの。
残酷すぎる神様は私になんて罰をお与えになったのか! はぁ、なんて可愛いんだろ、好きになりそうだよぉ.……好きだけど。
「うん? 何よ、何か私の顔についてる?」
「え?う、ううん! なーんでもないよ! いつも通り可愛いポニーテールだよ!」
「そ、そう? なら良いけど」
やばい、超可愛くなってる。
私の引きこもってるうちにどうしてそんなに綺麗に可愛くなってるの? なに、恋したの? 誰それ羨ましい私と代わってください!
「それじゃあ行きましょうかーーって聞いてる?」
「聞いてるよ、天使みたいな声だよね!」
「……はぁ? ごめんなさい、あんたが何を言っているのかわからないわ」
「え? 飛鳥ちゃん!?」
「気持ち悪いから飛鳥で良いわ」
飛鳥は呆れたような反応をしてまた歩き始めた。
そして返ってくる。
この程度の冷たい返しは私にとって可愛いと言われるくらいの言葉だった。
だって普通は気持ち悪いなんて言葉、言ってもらえないもんね?
「む? やっと来おったか、飛鳥姉様とーー誰じゃったかの?」
「えっ? 何あの子……」
「でしょ? あいつ、月陽って言うんだけど中二病で喋り方がーー」
「ツインテールで小さくて可愛い!」
「へ? そこ? そこなの!? 完全に今、喋り方が変なことに驚く流れだったでしょ!」
「……あ、あんな、可愛い妹までいるなんて! 九頭竜家は私を殺す気ですか!!」
歩いていくとリビングに到着。
そこで私は衝撃を受けた。
中学二年生だというのにそれにしては幼い体躯と顔立ち……それにその前髪は昔ながらのパッツンと綺麗に整えられてその前髪からは並々ならぬこだわりを感じる! こんなに可愛い子が、なんかロリBBAみたいな感じだけど、それを体現したような存在に私は胸を撃ち抜かれたような気持ちに駈られた。
こんなこと、二次元戦士に怒られるかもしれないけど……ここには二次元がある!!
「は、はぁ!? き、貴様、何をいっておるのだ?」
「はは、朝から飛ばしてんなぁ海佳!」
「まったく……バカ言ってないでさっさと朝ごはん食べるわよ!」
私は思ったことを言っただけなのに伊吹さんには何故か笑われ、月陽ちゃんとかいうロリBBAみたいな口調の女の子は珍妙なものを見たような目をしてるし……って誰かいないような?
「あれ? そういえば咲良さんは? いないみたいだけど」
「ん? 咲良姉ならもう学校に行ったぞ。生徒会副会長だから色々と忙しいみたいだし」
「生徒会副会長!? へぇ、咲良さんって生徒副会長だったんだ」
「咲良姉様は立派だからのぅ。お主が驚くのも無理はないな、うん」
「確かに立派だよね。咲良さん」
「……何かエロいこと考えてるでしょ?」
「考 え て ま せ ん っ!」
飛鳥の疑いの言葉に少し涙声気味で私は言った。
いくら私が女の子大好きだからと言って、私がいつもそんなえっちぃことを考えてる訳じゃないのに。
「ご馳走さま。じゃ、学校行くか」
「学校かー……うー、憂鬱じゃ」
伊吹さんの言葉に月陽ちゃんは顔をしかめてテーブルに顔を伏せる。
私は立ち上がり、月陽ちゃんの顔を覗きこみ訊いてみる。
「月陽ちゃんは学校好きじゃないの?」
「うーん? 嫌いというわけでもないが好きでもないと言った感じじゃなーーって、顔近いわ! わらわに近寄るでないっ」
「えー、こんなに可愛いのに! 私は月陽ちゃんが可愛いからついつい月陽ちゃんの顔を見たくなっちゃうのに」
「は、はいぃ!? わたしーーじゃないっ……わらわが可愛いなどと思ってもおらぬことをペラペラと、」
「可愛いよ。さすがは飛鳥の妹だね!」
「ふん……やはり飛鳥、飛鳥か」
「え? 月陽ちゃん? どこに行くの?」
「……学校に決まっておろう。ついてくるなよ? わらわは今日は一人で行きたいのじゃ」
何故か月陽ちゃんは更に憂鬱そうな顔で歩き始めたと思ったら、
「あと、月陽と呼び捨てでよい。貴様にちゃん呼ばわりされるのはなぜか気持ちが悪い」
「あ、はい」
立ち止まって一言、そんなことを言った。
私、そんなに気持ち悪いかな。
飛鳥ちゃんに続いて、月陽ちゃんにも、ちゃん呼びを否定されてしまった。
「うーみーかー?」
「いひゃ!? な、なひ!?」
「何じゃないわよ! 何、人の妹を堂々と口説いてんのよ! 見境なしか! あんたは女なら誰でも良いのかっ!」
「いひゃっ! そんなことないからっ、ただ飛鳥の妹は可愛いって思っただけだからっ!」
「本当に? 本当にえっちな目で性的な目で! 私の妹を、月陽のことを見てないでしょうね!?」
月陽ちゃんーーじゃなくて月陽が出ていってすぐに飛鳥に頬をつねられた。
私はその痛みに涙目になりながら必死に首を横に振った。
さすがの私でも、月陽のことを性的な目で見ることなんて……多分ない。
「あんた、今、自信ないとか思わなかった?」
「お、思ってない思ってないっ!」
「そう、良かったわ。もし、あんたが思ってたりしたら」
「も、もし私が思ってたりしたら?」
「そんなの決まってるじゃない。あんたを全力で殺す☆」
「はは、そっかぁ☆」
なんて笑顔で恐ろしいことを言うのだろうと私は思った。
そして私はそれ以上は訊かないことにした。
「今日も良い天気だなぁ、暑いくらいじゃない?」
「そうですね……」
眩しい。
外が眩しい。
伊吹さんの声が風のように吹き抜けるほどに眩しい。
太陽ってこんなに眩しかったっけ? 引きこもりにはこの光は辛い。
私には二年という引きこもり期間は短くなかった。
眩しくて、お外怖いって思うくらいには充分な時間で、私が高校になんて通えるのか不安しかない。
「大丈夫よ、海佳。うちの学校は中高一貫校だから伊吹姉さんも月陽もいるわ。も、もちろん、私も……ね?」
「うん、そうだよね」
何が大丈夫か分からなかったけど飛鳥が久しぶりに学校に通う私を心配してることは分かった。
「そんなに私のこと、心配してくれてるの? 飛鳥~」
「は? そ、そんなわけないでしょ!? どうして、私があんたの心配なんか……って抱きつかないでよバカっ」
「うぅ……冷たい……」
「普通です。私はあんたの彼女じゃないんだからねっ!」
「じゃあ、彼氏?」
「……なにか言った?」
「な、何も言ってません……」
ちょっとおどけてみたら怖い飛鳥を引き出してしまった。
ほんの少しの冗談でも真面目に受け取る飛鳥。
でもそこが飛鳥の魅力かもしれない。
「まったく、仲良いなぁ、飛鳥と海佳は」
「は? どこがよ……私は嫌いなんだからっ」
「…………」
「あ、今のはえっちな目で見られるのが嫌なだけで友達としては、」
「いいよ。わかってるから」
「あ~あ。やってしまったなぁ、飛鳥さん」
「な、何もやってないわ!」
努めて気にしない風を装って言う。
それでもなんだか気まずくて自然と歩くスピードが早まる。
でも直球で言われるとさすがの私も悲しい気持ちになっちゃうな。
「おーい海佳ー!!」
「? 伊吹さん?」
「は、歩くの早いぞ海佳。同じ学校なんだから一緒に行こうぜ」
「ご、ごめんなさい……飛鳥も私のせいで」
「飛鳥はいないよ」
「あ、そうなんだ……」
やっぱり、私のこと、嫌いなのかな。
「嫌ってないよ」
「え……?」
「飛鳥は海佳のことは嫌ってない。あいつは昔から素直じゃないんだ。だから、」
「私も、飛鳥のこと、嫌いじゃないです」
「知ってるよ、そんなこと」
「知ってるんですか」
「見てりゃ分かるよ誰でも」
「誰でも……」
そんなに分かりやすいかな、私。
「あのさ、もし辛かったら今日はサボって遊びに行かないか? 昔みたいにさ」
「行きません。私、学校に行きますよ」
「はは、そっか、振られたかー」
「振ってないですよ。でも私、やっぱり飛鳥と一緒に登校したいです」
「そっか、じゃああたしは先にいくわ。生徒会もあるしな」
「そうですか、頑張ってください、生徒会」
「ああ。でも今度は一緒に行こうな。遊びに」
「はい、もちろん!」
伊吹さんの嬉しい提案に私ははっきりと行かないと返した。
やっぱり飛鳥と登校したい。
気まずいまま学校になんて行きたくなかった。
「遅いよ、飛鳥!」
「えっ? 海佳? あんた、先に言ったんじゃ」
「何言ってるの? 私が飛鳥より先に学校に行くわけないでしょ?」
飛鳥が来るのを待つ時間は長かった。
本当は大した時間は経ってないかもしれない大好きな女の子を待つ時間というのは長く感じるものなのしれない。
そして飛鳥が再び現れてくれた。
私は飛鳥の顔を見たら自然と笑顔になって、これまた不思議なことに驚くくらい自然に話し掛けていた。
「え? でも……」
「細かいことは良いから早く学校にいかないと。まぁ、私は別に行かなくても良いけど。このまま家に帰って、また引きこもりに戻っちゃおうかな? なんて」
「それはだめっ!」
私はふざけて冗談を言ってみる。
すると飛鳥は私の右腕をその両手で掴んできた。
私はその行動に驚いた。
飛鳥はそんなこと、する人とは思わなかったから。
でもそのことが私にはとても嬉しくて笑顔で言った。
「じゃあ一緒に、私と登校してくれる?」
「も、もう仕方ないわね……おじさんにも頼まれてるし、登校してあげるわ。で、でも仕方なく!なんだからねっ!」
「嬉しい! また、飛鳥と登校できるなんてっ」
「ちょ、ちょっと……あんた、私の話、聞いてた?」
飛鳥が私と登校してくれる。
それが嬉しくて私は一に二にもなく飛鳥に抱き着く。
飛鳥は嫌がるでもなく受け入れてくれる。
それがとても嬉しい。
「もちろん! 一緒に登校してくれるんだよね?」
「いや、そこじゃなくて……ううん、そこもなんだけど、そこじゃないというか、」
「細かいことは良いから。行こう?」
「あ、ちょっと!」
飛鳥は色々と心の準備が不十分みたいだった。
それでも私は気にすることなく、飛鳥の手を握って懐かしさすら感じる学校の道を歩く。
懐かしさを感じるのは中等部の方。
高等部の方は当たり前だけど懐かしさなんて微塵もない。
だからかな、初めて独特の怖さがあるだけだ。
「大丈夫? 一人で行ける?」
「もちろん! 飛鳥と離ればなれになるのは寂しいけど一人でも大丈夫だよ!」
「またふざけて……分かったわ、大丈夫なら早く行きなさいっ!」
「むー……もう少し名残惜しそうにしてくれてもいいのに」
「誰がするかっ!」
「ざんねんだなぁ……じゃあ行ってくるね」
「はいはい、いってらっしゃい」
学園の高等部に到着。
私が一人で職員室に行かないといけないから心配する飛鳥だけど素直じゃない返しに頬を膨らませて訴えてみる。
それでも通じない。
手ごわい……
私だけが飛鳥との一時のお別れに名残惜しく感じながら職員室に向かった。