第11話 下級生とティーガーデンにて
「海佳さま、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが……」
「はは、栞ちゃん……大丈夫だよ」
翌日の昼休み。
私は昼食を終えて同室である栞ちゃんとティーガーデンで寛いでいた。
話は自然と昨日の話に。
そう、昨日の由梨との出来事は寮内でもわりと話題になっていたらしい。
ただでさえ愛佳お姉さまの妹ってことで注目されるのに。
勘弁してほしい。
「海佳お姉さまーー!!」
「こ、この声は、」
「……?」
どこかから聞き覚えの声が迫っているのを感じた。
栞ちゃんは首を傾げて疑問符を頭の上に浮かべてそうな顔をしていたけど。
私にはすぐにわかった。
「ゆ、由梨……?」
「はい! 海佳お姉さまの妹! 由梨です!」
「えっと、あなたは確か、隣のクラスの──」
「夜明由梨よ! 秋空栞! 海佳お姉さまと同室になれたからって調子に乗らないでよね!」
「そ、そんなつもりはないですけど……」
由梨は走ってきたのに笑顔で元気いっぱいに言った。
由梨はどうやら栞ちゃんと同学年らしい。
同じクラスじゃないのがせめてもの救いかもしれない。
「それはそうと海佳お姉さま!」
「うん? なに?」
「どうして先に行っちゃうんですか!」
「え?」
「由梨も海佳お姉さまと一緒に登校したかったですのに!」
「それはまあ……由梨の部屋がどこなのかとか私、知らないし」
「それは──確かに! あぁん! 昨日、海佳お姉さまにお伝えしておくべきでしたわ!」
「はは……」
由梨と私は腹違いの姉妹に当たる。
だからあまり学内では遭遇したくないというのが私の本音だ。
でもそのことを由梨に話すのは躊躇われた。
慕ってくれているし、私としてもあんまりそういう理由で会わないというのは嫌だった。
「……あの、由梨さん」
「栞さん? なに?」
「海佳さまが困ってますからあまりそういうのは……その、控えた方が、」
「はいぃ? 海佳お姉さまが困ってる? あなた、何を言ってるの?」
栞は恐る恐ると言った様子で由梨に話を切り出した。
由梨はそんな栞の言葉が気に食わなかったのか、じりじりと栞と距離を詰める。
なんだかわからないけど雰囲気が悪いような気がしてきた。
「わからないんですか? あなたが来てから海佳さまが困ってるんです」
「はあ? 海佳お姉さまがあたしが来たから困るなんて、そんなことあるはずないでしょ! ですよね? お姉さま……?」
「え、えーと……」
なんとも言葉に詰まる質問だった。
私は思ったより言葉が出てこなくて愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「ほら! 海佳さまも困っていらっしゃるじゃないですか。自重してください!」
「う、うるさい! だいたいなんなの! 海佳お姉さまの妹でもないくせに!」
「た、たしかにわたしは海佳さまの妹ではありません。でもいつかは──」
「し、栞ちゃん……?」
なんだか急に栞から熱っぽい視線が送られてるような……妙に視線が刺さるというか。
「な、ななな! 海佳お姉さまの妹はあたしだけでいいの! 海佳お姉さまの妹はふたりもいらない!」
「そういえば気になってたのですが」
「なによ」
「由梨さんは海佳さまのなんなんですか」
「そんなの決まってるじゃない。あたしは海佳お姉さまの実の……」
「わー! あのね栞ちゃん? 由梨は私の親戚なの!」
危ない危ない。
ここで私と由梨の関係が明るみになったら変な噂が立ちかねない。
栞がそんなことするとは思えないけど。
「……だから由梨さんのことは呼び捨てなんですね」
「え? 栞ちゃん? 何か言った?」
「何にもないですよ……」
つーん。と栞は顔を逸らした。
……な、なにその可愛いツンデレがやるやつは!
「もう、栞ちゃんかわいいんだから。なになにどうしたの? なに拗ねてるの?」
「べ、別に拗ねてなんかいません!」
「本当にー?」
私は思わず栞を抱きしめる。すると栞は頬を少しぷくっと膨らましてぷいっと目を逸らした。
……可愛すぎか。ただでさえ小さくて可愛い顔してるのに!
「本当です! だから離れてください……今は、その、由梨さんも見てますから……」
「な、なな!? い、イチャイチャするなー! 栞さんは海佳お姉さまから離れてー!!」
「わわっと、」
由梨が私と栞の間に入ってきて私は栞から引き剥がされた。
アイドル現場でファンとアイドルの剝がしをするスタッフみたいに由梨の剥がしは上手かった。
「……由梨」
「……なんですか、お姉さま」
「うん、お姉さまは由梨が栞ちゃんと仲良くしてくれたら嬉しいな」
「う……でも、」
バツが悪そうに俯く由梨。
私はゆっくり由梨に歩み寄る。
「大丈夫だよ由梨? 私は別に怒ったり責めたりしてるわけじゃないから」
「でもあたしはお姉さまが取られたくなくて、」
「取られるってまるで私が誰かの物みたいじゃない。大丈夫、これからも変わらないわ。私はあなたのお姉さまで、あなたは私の妹であることは、ね?」
「はい、お姉さま……」
私はくすりと笑って由梨の頭をよしよしと撫でる。
少し空回りしてしまう娘ではあるけど悪い子ではないんだ。
「騒がしいわね……なにごと?」
「あ、瑞希さん」
そんな私たちの騒ぎを聞きつけたのか生徒会メンバーである七尾瑞希さんが姿を見せた。
「あら、海佳さん。昼休み見かけないと思ったらこんなところにいたのね」
「う、うん……まあ」
「しかも下級生をふたりも引き連れて、」
あらためて瑞希さんは私の近くにいる由梨と栞を見る。
……なんとなく気まずい。
「引き連れるなんてそんな」
「瑞希さま、ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
栞と由梨は軽く頭を下げて瑞希さんに挨拶した。
対する瑞希さんは頷くと慣れた様子挨拶を交わす。
「あら、事実でしょう? えぇ、ごきげんよう。そういえば海佳さん」
「え? なに?」
「愛佳お姉さまが、会長があなたを探してたわ」
「え? お姉さまが?」
なんだろう。
お姉さまが私に用事って――もしかして雑用?
「詳しくは知らないわ。ただ見かけたら生徒会室に来るようにと言ってたわ」
「生徒会室……今から?」
「えぇ、できたら。それとも海佳さんは生徒会長よりも何か大事な用事でもあるのかしら」
私は栞と由梨を見る。
ふたりは特に主張するでもなく、先ほどとは打って変わって静かなものだった。
この学院で生徒会長の言葉は絶対。
教師の言葉よりも優先順位は高い。
そのことはふたりも理解してるのか言葉を挟んでくることはなかった。
「えっと、そういうわけだからごめんね?」
「いえ、生徒会長の言ってることなら仕方ないです……」
「うん、由梨、ごめんね。栞ちゃん、行くよ?」
「は、はいっ! 海佳さま!」
私は由梨に申し訳なく思って謝ると瑞希さんと栞と一緒にティーガーデンを出ていく。
それにしても、愛佳お姉さま、何の用事なんだろう。