第10話 モノクロテレビ
「さてと、寮に帰ったらどうしようかな」
外はすっかり暗くなっていた。
月夜の明かりも頼りなく、街灯が頼もしく見えた。
「海佳お姉さま!」
「え? だれ?」
突然声を掛けられてそちらを振り向く。
そこにはツインテールの可愛い女の子が立っていた。
「忘れたの? 由梨だよ!」
「由梨、さん……?」
「うん! お父さまとは離れ離れになって夜明って苗字になっちゃったけど忘れてないよね……?」
夜明由梨。
そう彼女は名乗った。
たしかに身に覚えはあった。
昔、お父さんは浮気をしていた、らしい。
それで浮気相手と子供を作っていたと愛佳お姉さまから聞いたことがある。
「あ、あぁ……も、もちろんだよ? 大きくなったね、由梨!」
「えへへ、うん!」
そしてその子供が由梨だということも。
最初は苗字も違ったし誰だろうと不思議に思ったけど、まさかあの由梨だったなんて。
「ねえ、海佳お姉さま?」
「なに?」
「また、一緒に遊んだりできるよね?」
「……うん、できるよ。私たち、同じ学院なんだから」
由梨は当然だけど私とは血が繋がっていない。
だからお母さまはよく思ってないし、お父さんもどこか接し方に困っているようだった。
「よかったぁ……でもおかしいよね、お母さま、急にお姉さまと別の家で暮らそうなんて。《《同じ姉妹なのに》》」
「…………そっ、そう、だねっ……」
私と由梨は街灯の明かりを頼りに横に隣に並んで歩く。
同じ姉妹なのにと言った由梨の瞳はどこか儚げで色彩がなく、まるでおじいさまの家にあるような古いモノクロテレビのようだった。
由梨の時間はもしかしたらあのときからずっと止まったままなのかもしれない。
「お姉さまお姉さま、由梨ね? お姉さまとやりたいことがあるの」
「やりたいこと?」
「うん! やりたいこと!」
「そのやりたいことってなにかな」
由梨は無邪気な笑顔で言う。
さっきの色彩が感じられない瞳とは打って変わって由梨の瞳はキラキラ輝いていた。
まるで宝石に彩られたようにキラキラしていた。
「お姉さまとおままごとしたりー、ゲームしたりー、お菓子作りとかしたいの!」
「それはいいね。おままごとはちょっとあれだけど、ゲームやお菓子作りならできるよ」
「あれってなに? あのね、由梨はお姉さまとならなにやったって楽しいと思うの!」
温度差がやばい。
まるで最新型のテレビが一瞬でモノクロテレビに変わったような違和感。
まばたきすればその二つが際限なく交互に切り替わっていくような、切れかけの電灯のような危うさ。
「そうなんだ。私も由梨と遊ぶの楽しいと思うよ」
「本当に!? えへへ、うれしいなー」
由梨は本当は薄々は気付いてるのかもしれない。
お父さんが由梨の元に帰ってくることがないことを。
「……由梨は新しいお父さんと仲良くしてる?」
「いないよ? 新しいお父さんなんて。由梨のお父さまはひとりだけ」
「え? でも――」
「あの人はお父さんじゃなくて、ただ一緒に住んでるだけの男性だよ。なのに……なのにおかしいよね? お母さまはただ一緒に住んでるだけの男性をお父さんだよなんて言うんだよ?」
「……………」
とんでもない地雷を踏んでしまった。
ホラー映画か何か? なんなのこの雰囲気。
なんなのこのフリーのホラゲーみたいな空気感。
「お姉さま? どうして黙ってるの? どうして何も言ってくれないの? ねえ、どうして? どうしてどうしてどうしてどうシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ」
「うわああああああ!」
私は由梨の責め(?)に耐えきれなくて逃げ出した。
「はぁはぁ……もうなんなのいったい……」
どれだけ走ったのだろうか。
由梨が怖くて無我夢中で走ったら気付いたら学生寮の玄関が目の前だった。
でも置いて来ちゃったけど、あの子、大丈夫かな。
「でも良かった。撒いたみたi」
「……何を撒いたの?」
「ひいいいいいっ!?」
「ねえ、お姉さま……何を撒いたの? 由梨にも教えて?」
「ゆ、ゆゆゆ由梨!? どどどどうして!?」
安心したそのとき、由梨の声が背後から聞こえた。
私はこのとき、腰を抜かすという人生初めての経験をした。
まさかこんなので地面に尻もちをつくなんて。いてて。
由梨、怖い。こわすぎる……
「……お姉さま何をそんなに怯えてるの? 由梨だよ?」
だから怖いんですが。
「はは、昨日、怖い夢見たから、かな……」
「お姉さま……」
嘘である。
私は怖い夢なんて見なかった。
むしろ快眠でスヤスヤだった。
でも由梨の言葉責めを耐え抜くにはこれしかない!
「お姉さま! 大丈夫だよ! お姉さまは由梨がいるから! 由梨がお姉さまを護るから!」
「ゆ、由梨……」
由梨は私を抱きしめてくれた。
本当に純粋に心配してくれている。
それが由梨の言葉から、由梨の小さな体に包まれると肌で感じられた。
「お姉さま……こわい?」
「ううん、こわくないよ。由梨がいてくれるから。ありがとね、由梨」
由梨は真っ直ぐな瞳、揺れる眼差し。
私はそれに横に首を振って答える。
「本当に 無理してない?」
「してないよ。ありがとうね? 由梨」
私は安心させるようにと由梨の頭を撫でて笑顔で礼を言った。
「ん……よかったぁ」
「それじゃあ由梨。寒いし、中に入ろっか」
「うん! お姉さま、立てる?」
「んー……無理」
その後、私は飛騨先生に部屋まで運んでもらった。