第1話「私が引きこもりになった理由」
私、朝霧海佳は女の子が大好きだ! 初めて好きになったのは幼稚園児の頃に独りぼっちな私を遊びに誘ってくれた桜川飛鳥ちゃん。
何度か遊んでくれて、あるとき、自分の気持ちを抑えられなくてつい。
「あすかちゃん、ちゅー」
「え……そんな、女の子同士でおかしいわ」
「どうして? どうして女の子同士だったらおかしいの?」
「お、おかしいものはおかしいの!」
そう言い残して逃げる飛鳥ちゃん。
それからも友達としての付き合いは続いたものの、雰囲気が怪しくなると逃げるようにどこかに行ってしまう。
そこで私の恋が終わるーーはずがなかった。
私は自分が女の子でありながら女の子を好きなのが当然のことのように、当たり前のことだと思っていた。
あの日、飛鳥ちゃんにおかしいと言われても、女の子が好きという気持ちに変化はなかったし、それが当然の常識のように思っていた。
それは小学生になっても変わらずで、小学校を卒業するまででも三人は好きな娘がいたかな。
そのうちの二人には好きだって言ってたはず。
それでも恋愛関係に発展することはまだ幼かったせいもあってなかった。
問題は中学生になってからだった。
中学生になってからも当然、女の子を好きになるんだけど、少し違和感と言うか他の女子と私の中で認識のズレみたいなものが生じ始めた。
「なんかおかしいよね、仙上院さんって」
「そうそう私、この前、告白されちゃった」
「え、なに、それって恋愛的な意味?」
「そうそう。でね、ガチっぽくて本人には悪いけどさ、内心凄い笑えてさ、」
生じ始めるというかもう色々と駄目だった。
この会話を偶然、忘れ物を教室に取りに行く途中で聞いた時は衝撃的だった。
あんなに真面目に聞いてくれてたと思ってたのに内心は笑ってたなんて……好きだったのに本当は気持ち悪がられていたなんてこの時まで考えもしなかった。
わたしはその日、教室に忘れ物を回収することもなく泣きながら帰宅して、帰ってからも泣いた。
そんなに女の子の私が女の子を好きになることがいけないことなのって、笑っちゃうくらいおかしいことなのって中学一年生の私にはわからなくて、わかりたくもなくて、その日は眠るまでずっと泣きながらそんなことを考えていた。
その日を境に私が学校に行くことはなかった。
そう、私は世に言う引きこもりというやつになった。
引きこもってからはひたすらアニメやゲームに夢中になった。
特に可愛い女の子ーー美少女が出てくるアニメを観て、ゲームの場合はその手のゲームを好んでプレイした。
「はぁ……セレアたん可愛いよぉ」
それはもうどうしようもないくらいに没頭した。
あの日、傷ついた心を癒すように。
時には、その傷ついたことすらも忘れるくらい美少女アニメや美少女ゲームに夢中になった。
そんなとある日。
「トイレ……トイレっと」
私はトイレに行こうと、いそいそと部屋のドアを開けて出る。
「痛っ! な、なに……?」
何かが私の左足に当たる。
一瞬、食器でも当たったのかと思ってたら違った。
足元を見るとそこには見覚えのあるようなないような筒状のものが転がっていた。
超適当に、正に無造作に投げ捨てられたとしか思えないくらいに転がっていた。
「こ、これは……卒業証書?」
そう、アニメキャラクターたちも時には卒業するシーンがあったりする。
そのシーンの後なんかでよく見る卒業証書入れ的なものだった。
「凄く似てる……」
私はそれを片手で拾いまじまじと見ながら何気にあのアニメ、卒業証書入れのクオリティー高かったんだなって、とある学園物のアニメを思い出した。
「ま、いっか。あ! 急がないと始まっちゃう!」
私はもうすぐアニメが始まる時間であることを思い出して拾ったばかりの卒業証書をその辺に捨てて、トイレに行った。
「やはり、頼むしかないか……」
そう呟く父がいるとも知らずに私は部屋に戻って嬉々としてアニメ実況を始めるのだった。
「はーい起きてください。もう昼ですよー」
それから数日後、私はアニメ実況を終えて眠りについていたら聞き慣れない声が私の睡眠を妨害してくる。
声の感じからして女の子かな、でも私を起こしに来てくれる女の子なんてこの世に存在しないし夢か。
夢の中で更に夢を見るなんて、これがアニメだったら引き伸ばしだって書き込まれてネタにされるレベルだね、ああ夢でよかった。
この温かさのまま、もっと深い眠りにーー
「ほら、起きないとお姉ちゃんがキスしちゃいますよー?」
「き、キス!? 」
落ちなかった。私はお姉ちゃんとキスという響きに気付けば起きていた。
起きたというか起き上がっていた。
そしてそこにはーー
「あっ、やっと起きましたね? 海佳ちゃん」
「え? 誰? この美少女?」
「へ? 美少、女?」
謎の美少女が私に乗っかっていた。
その髪は長く絹のように細かく綺麗で肌は白く、目は優しげに映った。
そして一番目に引くのは、規格外に大きなバスト。
私は生まれてからこんな代物を持ってる人を見たことがなかった。
そんな人が乗っかって、私の言葉が理解出来ないのか、きょとんと可愛らしく目を丸くしていた。
「咲良姉ー、海佳のやつは起きたかー?」
「あ、うん。起きたわよ。お姉ちゃんパワーでっ!」
「お姉ちゃんパワーって咲良姉は海佳の姉じゃないだろ……」
「あれ、この声……」
お姉ちゃんパワーとドヤ顔で言う目の前の咲良と呼ばれたお姉さん。
やばい、抱きしめたい。
でもなんだろ、部屋の外から聞き覚えのあるような声がした気が。
「おう海佳、本当に起きてんじゃん。飯、出来てっからさっさと咲良姉と降りてこいよ?」
「は? え? 伊吹さん!?」
「そう、伊吹ちゃんよ? ふふっ」
ドアが半分開いて、見に覚えがあるというかガッツリ知り合いの私の初恋の相手ーー桜川飛鳥の一つ上の姉の桜川 伊吹さんが顔を覗かせて言った。
言ったらドアを閉めてどこかに行った足音が聞こえる。
残ったのは私の上から退いて笑う咲良お姉さんと、状況がいまいち飲み込めない私だった。
「ところで、どうして私はこんなところに?」
一番の疑問を口にしてみる。
部屋の様相からいって、ここは私の部屋でもなければ家でもない。
あの伊吹さんの様子から察するにここは桜川家だ。
でもなんで起きたら突然に? 訳がわからない。
「ふふっ、それはね? 今日から海佳ちゃんはうちで暮らすからです!」
「は、はい? どうして私がここで暮らさなきゃいけなーーって急になに脱いでるんですか!?」
「え? だって、学校いかないといけないんだよ?」
「そういうことじゃなくて、それなら私の前じゃなくて別の部屋で着替えてください!」
いきなりパジャマを脱ぎ出して驚く。
突然だったせいか私は内心とてもドキドキする。
咲良さんの胸はパジャマを着ていてもわかるくらいにとても大きい。
それなのに間近でお着替えなんてされたら刺激が強くて気絶するかもしれない!
「あれれ? どうしたの?顔が真っ赤だよ?」
「そ、そんなことありませ……」
咲良さんはパジャマを脱ぎかけのまま私の顔を覗き込むようにしてまじまじと見つめてくる。
やばい、女の子に、しかもとても可愛い私的美少女の範囲の上をいっている咲良さんに見つめられたら心臓ばくばくだ。
二次元では、なかった感覚に頭が追いつかない。
「そんなこと言って、恥ずかしいんでしょう? くす、可愛いねっ」
「ひゃいっ!?」
思わず変な声が出た。
人は抱きしめられると変な声が出るというわけはない。この謎の状況とこのあったばかりのこの方が私をそうさせるんだ。
「反応まで可愛い。飛鳥に聞いてた娘と随分違うのね?」
「へ? 飛鳥?」
「ちょっと咲良姉さん、海佳を起こすのにどれだけ時間かかってーーって何してるのよ! まさか、海佳の毒牙に姉さんが!?」
「え、飛鳥?」
「あらら、もうそんな時間に? 急いで着替えないと。海佳ちゃんも、飛鳥も急いでね」
「ちょっと咲良姉さん!? もうっ、自由なんだから……」
咲良さんは飛鳥が入ってきて聞き捨てならないことを言ってもスルーして私を解放して慌てて部屋を出ていった。
「あ、あの……」
「とりあえず、これに着替えて。言いたいこととか知りたいこととか色々とあると思うけど、それについてはまた後で話すから」
「うん……分かった。着替えれば良いんだよね?」
「……えぇ」
何となく気まずくて私は反抗することもなく頷いてしまう。
とりあえず今はベッドの上に置かれた制服一式に私は着替えることにした。
「……相変わらず体細いのね。羨ましいわ」
「そ、そんなことないよ……? 飛鳥の方がスラッとしてて制服似合ってて可愛いよ?」
「は、はぁ!? な、ななな、何どさくさに紛れて口説いてるのよ! このドスケベ!」
「へ? 別に私はそんなつもりじゃ……」
「もう、良いから早く着替えてよね! こっちはあんたが着替えるのを待ってあげてるんだから」
「は、はい……ごめんなさい」
「ふ、ふん! 別に良いわよ、別に!」
私は別にそんなつもりはなかったのに飛鳥の制服姿を褒めたら怒られた。
でも本当に可愛い、真っ赤な顔して怒っても飛鳥は可愛いままだった。
ドキドキはするけど、それは何か違った。
上手く言えないけど、小さい頃に一度振られたせいかな?
「着替え、終わった?」
「うん、終わったよ」
「そう、よし。じゃあ行きましょ。朝ごはんを食べる時間がなくなっちゃうわ」
「はーい」
私の着替えが終わったのを確認すると飛鳥が先に部屋を出て、私も後に続いた。