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Limit of mental  作者: くらしかる
6/12

エンカウント

このステージアの過ごすのも今日で3ヶ月目だ。週一くらいの頻度で首都高に顔を出してはいるが、あれからあのRX-3を見ていない。曜日を変えても、時間を変えてももう一度見たかった後ろ姿は現れなかった。もっとも、このステージアは借り物なのでもし会えたとして何がしたかったのかはわからない。攻める車でも、ましてやあのバケモノを追いかけられる車でもないことは火を見るより明らかなのだから。GT-Rの引き取り予定は明後日月曜日、今日がステージアと過ごす最後の「土曜の夜」だ。仕事を切り上げて即首都高、有明JCTから湾岸へ。本線合流後即全開、ブーストは立ち上がってコンマ9、7000から若干タレてくるのでシフトアップする。ブーストはほとんどラグなくアクセルに追従し、速度は180km/hへ。車速の伸びにタレはない。220km/hに到達したのを確認してアクセルを緩ませる。プシュんというブローオフと共に磔にしていた加速Gが姿を消した。ここからは160〜200km/hクルーズだ。水温オーケー、油温油圧異常なし、ブーストタレなし、サイコーだ。前方には車2台、手前のトラックを追い越してレーンチェンジ、轍に足は取られない、5速そのままアクセルを踏み込む。羽田空港を横目に見ながら車は加速する。再び200km/h、車は張り付いたように安定していた。さすがの出来としか言いようのない仕上がりだった。

ふとバックミラーが明るくなる。思い返してもスポーツカーを追い越した記憶はない、ということは、追い上げて来たということ。完全に勢いは向こうにある。勝負にならない…。早々に左へウインカーを出して進路を譲る。車種は何だ?Rか?7か?スープラか?それともランエボ?いや、サイドミラーに映るライトの当たり方からしてRやランエボのような背の高い車じゃないし、7のようなリトラクタブルヘッドライトの車でもない、かといってスープラのライトでもないし、なんなんだ?エンジン音が迫る、高い!明らかに回っている!この甲高いエンジン音は…VTEC…?!

Faahhhnnnn

甲高い音を奏てステージアを追い越したのはS2000だった。S2000…?湾岸で俺が2Lに抜かれたのか?こっちはメーター読みで210km/hは出てる。それを軽々しく追い越したということはあっちは少なくとも250km/hは出てるはずだ。あくまで純正の話だが、とある雑誌ではS2000のトップスピードは240km/hだとしている。明らかにチューンドカーと見て間違いない。

また1台、ターゲットは増えた。

35のテストにもってこいの相手だ。今日のところはこの程度にしてやるよ…。



「とりあえず今日はテストだ。7-8割で流してけよ。まずはエンジンだな。とりあえず千鳥町あがって湾岸を大黒まで。大黒で一服したら横羽で帰ってこよう。」

安藤さんを横に乗せて今夜シェイクダウンだ。

順をおって紹介しよう。まずはエンジン、2LのF20Cをレブリミットを変えずに2.2Lにボアアップ、それを某アフターパーツメーカーの遠心式スーパーチャージャーで過給し、大口径スロットルへ交換、インジェクターも強化し、それをVプロで制御する。補機類は純正のエアクリを撤去し、アルミパイプのついた社外エアクリへ交換、排気も等長エキゾーストマニホールドとストレート触媒で武装する。冷却はアルミ2層ラジエーターにローテンプサーモとダブルコンボで過給器を付けたことによる熱ダレを相殺、さらにエアクリとスロットルとの間にインタークーラーも設け熱に起因するパワーダウンを防いだ。また、オイルクーラーも新しく増設、アンダーガードの一部に穴を穿ってそこから風を取り込んでいる。もちろんエンジンオイルも高温高負荷までちゃんと油膜をはれるものに交換。安藤さん曰く150°を超えてもいけるらしい。まあここまでやってやっと出力はシャシダイで500馬力を発揮することができた。次に駆動系。フライホイールは3.5kgへ軽量化、クラッチは社外の強化メタルクラッチを使用。こうでもしないと滑ってしまう。そしてトランスミッションは計画通り5-6速のみAP2のものを使用し、ハイギアード化。その真価を今日試す。デファレンシャルには2wayの機械式が入っていてイニシャルトルクは控えめだ。サスペンションは以前から導入している全長式のリアのスプリングレートを下げてテスト、ブレーキはエンドレスの4ポッドリアキャリパーをチョイスそれに合わせてサーボは加工品で最適化、ブレーキタッチは実にリニアだ。タイヤは前255mm、後265mmの前後17インチハイグリップラジアルで鬼のレスポンスを発揮する。

さて、とりあえず言われた通りエンジンからいきますか。助手席では安藤さんがPCを開きながらデータを見ている。さっき信号で見たところでは瞬間出力、トルク、横縦両方のG、燃圧etc.まあたくさんあった。画面を切り替えれば最大40個のデータが見れるらしい。いつもレースカーでもこんなことをしてるのだろうか。なんか少し監視されてる気分にすらなる。

「慣らしは終わってるんだよな?」

「ええ、昨日鈴鹿まで行ってきました。」

「ほーん、じゃあ今日は実戦的なセットアップのためのデータ収集といきますか!まずは動作テスト、4速5000回転に合わせてくれ」

「はい」

「よーし、アクセル全開で7500!」

ハイカムに切り替わり加速Gが変わる

「はい!」

「いいねぇ、もう少し負荷をかけてみるか、5速4500から同じことしてみてくれ」

「了解です」

回転を落とし、ギアを上げて再度アクセルを踏み抜く。ブーストは間髪入れずに立ち上がり、加速する。5000,5500,6000,ハイカムに切り替え!6500,7000,7500

「はい!」

「オーケー、今度は6速で200km/h巡航してくれ。」

「了解です」

前までより余裕のある200km/h、世界が違った気がした

「海底トンネル抜けて、もしオールクリアだったなら250km/hまで加速だ。」

海底トンネルの上り坂、前方にはトレーラーが1台のみ。よし、行ける!トレーラーをパスしてトンネル脱出。前方は…


オールクリア!


アクセル全開、ゾクゾクする加速感、薄れていくステアリングフィール…真っ直ぐ走らない車体…。6速7500回転、時速250km/h!

S2000のホイールベースは2400mm、この速度域では絶対に安定しない。ロック・トゥ・ロックがただでさえ少ないS2000のステアリングはこの速度域でとても繊細なステアリングワークを要求してくる。迂闊な操作をすれば即クラッシュだ。

恐怖に身体が順応してきた。ステアリングを握る手に余計な力がかかっていたことがわかる。車の声を聞け、情報を読み取るんだ、力なんて要らない…。羽田空港が時速250kmで過ぎていく。前方の追越車線にワゴン車が見える。アクセルを少し緩め様子を伺うとするか。ウインカーを左に出した、どうもこちらに気づいたようだ。再度加速する、250km/hへ。エンジンは吠えたてて、ステアリングは暴れ出し、GTウィングは風を切り、ついにスピードメーターは250を表示する。

もっと先へ。255,265,270!エンジンは苦しそうに、それでいてとても活き活きしている。エキゾーストは狂ったように叫び、ステアリングは意思を持ったように暴れだす。この速度において車は単なる機械ではありえない…!

「オーケー、クールダウンと行こうか」

安藤さんからの指示通り、徐々にスピードを落としていく。ブローオフバルブが解放され、時速250kmから時速100kmへ。息苦しい緊張感からも解放される…同時に世界が気だるくなっていく。


やっぱり俺はスピードにしか生きられないらしい。


大黒PAに入るとそこはもうアウトローの世界。巨大なウーハーを誇示するようにリアハッチを開け、鼓膜がぶっちぎれるほどの音量でヒップホップを流す音響族、指一本入るか否かまで車高を下げたVIPカー、ド派手なエアロで着飾りピカピカなボディのスポーツカー、クロムメッキのホイールを履いてエアサスペンションを搭載した旧式のアメ車。そんな車達に紛れてホンモノはいる。飛び石で禿げたフロントバンパーの塗装、焼けたキャリパー、巨大なタービン。僕とは棲むエリアの違う車達。公道200マイルをやってのけるキチガイ共だ。もちろん褒め言葉の意で捉えてくれて構わない。数分駐車場をさまよってその手の車の横にリアを滑り込ませた。隣にいるのは真っ赤なJZA80スープラ。ご多分に漏れずフロントバンパーには無数の傷がはしり、ブレーキキャリパーは熱で変色している。ホンモノの最高速ランナーだ。

「ちょっとトイレ行ってくらぁ」

安藤さんは早足で車の群れに入っていく。

僕もおりるか。

車から降りると涼しい夜風が頬をさらった。リアフェンダーに寄りかかりながらぬるくなった缶コーヒーを開ける。ほんのり苦いコーヒーが体の中に行き渡り、自然と深いため息に似た長い息を吐いた。まるで体の中に溜め込んだものを吐き出すような。そして顔は空に向く。煌々と光るナトリウム灯に照らされた夜空に星は見えない。そしてもう一度深い息を吐いた。

「このS2のオーナーさん?」

空に向いた意識は地上に引き戻された。そこにいるのは30〜40くらいと1人の男だった。

「そうです。ええと、あなたは…」

「あー、このスープラ、俺のなんですよ。となりに見ないそれっぽい車が止まってたんで、つい」

男は佐々木と名乗った。

「でも珍しいですね、湾岸で"走る人"がS2000なんて。」

「ええまあ。元々C1で走ってた人間なので。」

缶コーヒーをまたすする。

「C1ですか。通りで知らないわけだ。俺はどうにもあそこが苦手でね。滅多に行かないんですよ。」

佐々木さんは赤いスープラに手を軽くのせながらそう言った。

「そういえば聞いたことありますね。C1で敵無しのS2000がいると。それがもしかしてこのクルマですか?」

「きっと違いますね。ただ、僕だとすればつい先日、無敵ではなくなりました。負けたんですよ、時代遅れのクラシックカーに。そのためにパワーユニットを一新したので今日はそのテストです。」

「ほう、テストですか。よろしければご一緒しても?」

「ええ、ぜひお願いします。これから横羽線を上りますから、後ろについてチェックしてください。そのあと僕は台場で降りますが佐々木さんは?」

「俺もそうします。そのあとは自分が先導しましょう。長話しても大丈夫なところに案内しますよ。」

「わかりました。じゃあ僕の連れが帰り次第出発ということで。」

間もなくして安藤さんは帰ってきた。僕の合図で2台の化け物が目を覚ます。水温油温異常なし、油圧電圧安定、アイドリング正常、オーケー、行こう!

2台は横羽線に飛び出した。最初は様子見で車の流れ+30km/hから。ブレーキのアタリを確認する。もちろん万全だ。サスペンションもよく動いている。ペースをあげよう、一気に流れの+70km/hの速さへ。車速にして170から180km/h、車は地べたに張り付くように曲がっていく。少しの不安感もない。レーシングカーに似たこのクイックで安定した挙動、これこそS2000の想像できうる最高の動き……。後ろのスープラとのアドバンテージは変わっていない。ピッタリとついてきている。コーナーの脱出でアクセルオンのタイミングが段々早くなる。ちょんブレでノーズを入れていたコーナーはアクセルオフに、マージンはじりじりと削れていく。いつの間にかスピードは200km/hを超えていた。加速のたびにエンジンは唸りを上げ、身体はシートに磔になる。スープラはどうだろう、あの大柄なボディは重さをまるで感じさせずS2000のテールを追従してくる。よし、さらにペースアップだ!


突然、緊張が途切れた。二車身後ろからはバックタービンが聞こえる。なんの前触れもなくスープラがスローダウンし、そのまま左にウィンカーを出した。どうやら道を譲ったらしい。そしてそのスープラの後ろに新たなヘッドライトが現れた。4つ目で小柄な、そして甲高い声をあげる怪物が。

「RX-3…」

一旦道を譲り後ろにつく。急激な再加速でも後輪はアクセルに忠実に反応して路面を蹴り出した。フルスロットル、フラットアウト、ブーストタレなし、撃墜モード(V T E C) KICKED IN YO!

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