最高のコーナリングマシン 2
「へぇーお前のS2がC1で、ねぇ。しかもRX-3だろ?世代的にはハコスカと同じだそんな旧式のじいさん車がコーナーでS2000を食っていけるとは思えないね。ましてやお前は下手なドライバーじゃあないんだ。きっとなんかの見間違いなんじゃないのか?ほら、FDにRX3の顔面にするキットだってあるしよ。いつもお前言ってたろ、FDは厳しいって。」
辰巳PAでの会話はRX-3の話題で持ち切りだった。俺が、S2000がRX3に負けたと。
「FDとRX-3のボディラインを見分けられないほど腐っちゃいないさ。あれは紛れもなくマツダサバンナ、RX-3だったよ。」
「あぁ、聞いたことがある。どこぞのデモカーの34Rさえ適わねぇっていうサバンナの話。確か黒騎士とか呼ばれてるやつだよ。噂じゃ500馬力以上あるらしいぜ。」
500馬力のRX-3ねぇ…おそらく13B換装か…
「足回りは?」
「それが前輪はともかく、後輪は時代遅れなリーフ式らしいんだ。もちろん、強化品だとは思うがクルマの確実な情報はないね。ただ、1つだけ確かなことがある。黒騎士はGT-R以外相手にしないってことだ。つまり…」
「僕はアウトオブ眼中、動くパイロン同然ってわけか。舐めたマネしてくれるよ…」
Rしか眼中にないならSで足元すくってやるまでだ。
「…エンジンやり直すよ。このエンジンは降ろす」
「嘘だろ?!お前このエンジンにいくらつぎ込んでんだよ?!2.4Lを9000回して実測340馬力出せるエンジンなんてそうそうないぜ?せっかくここまでつくったのになんでまた…」
「パワーが足りないんだ…300馬力そこらじゃダメなんだよ。ボアアップしてるとはいえ、2Lじゃあダメなんだ。あのレンジでは戦えないんだよ…」
「お前、夜の世界にそこまでする意味があるのか?ストリートでそんなアツくなるなよ…。お前はレーサーだろ?お前の本番はサーキットじゃないのかよ」
レーサー…かぁ…巷じゃあスーパールーキーだ期待の星だと騒がれちゃいるけど、正直もうどうだっていい気がしてならない。スポンサーに媚び売って、勝つために「遅く」走ることさえ強いられる。コース上で抜かずピット戦略で逆転…そんなレースしたいわけじゃない。僕は前を走ってるやつをスプリントでぶち抜ければそれでいいんだ。我慢しながら走る、そんなレースに正直辟易していた。
「結局僕は"ストリート"レーサーだったってことだよ。"プロ"にはなりきれなかったのさ。それに久々にゾクゾクしてるんだ。あいつをぶち抜きたくてウズウズしてるんだよ。」
もう止まれない。スピードの虜に再びなってしまった。身を滅ぼす類のそれの。
ー翌日
「お前も見ちまったのか。どーだ?速かったろう。」
辰巳から所変わってここは僕のチームのチーフメカであり、S2000の面倒も見てくれている安藤さんのガレージだ。
「あの車自体は俺が現役の頃から走ってんだ。GT-Rがモデルチェンジする度にアップデートを繰り返して今でも最前線で走ってる。オーナーも変わってるらしい。ただ、首都高じゃGT-Rしか、それも奴が認めたGT-Rしか相手にしないもんだから黒騎士の知名度自体は高くない。知っててもなんかの都市伝説だと思ってる奴が大半だ。まあそれも無理ない、R35を40年前のポンコツがぶっちぎるなんて誰が信じるってんだよな(笑)
まあ冗談はさておき、早い話がお前は黒騎士をぶっちぎりたいわけだ。」
「そうなりますね。」
ふむ、そういった顔で安藤さんは腕を組んだ。
「お前、S2000降りろ。S2000じゃあ無理だ」
頭の中が硬直する。
「その顔はあくまでS2000で行きたいって顔だな。まあいい、俺も考えなしでこんなこと言ってる訳じゃあない。
まずはエンジン。この上のパワーを望むならターボ化は必須だ。となると、NAで設計されたF20Cより元々ターボで設計された13Bの方がよっぽど賢明だな。それにターボ化してしまえば車のバランスはすぐに崩れる。今まで通りのペースでC1は走れなくなるぞ。そんでギア比。S2000は本来ワインディングで強さを発揮する車だ。例えトップギアで9000回しきっても270km/hが関の山だ。こんなんじゃC1から出た瞬間黒騎士は豆粒になっちまう。」
「逆に言うと、大きな障害はそれだけと。」
「その通り。何か打開策の検討はついてるのか」
打開策、なんてものはない。ただあるのは「苦肉の策」
「僕もターボ化はおいそれとできるとは考えてはいませんね。仮にもC1をホームコースとする僕にとって2Lで500馬力を出すような見るからにドッカンなのはネガティブな要素になりかねない。それにエンジンへのストレスが大きすぎます。」
首都高C1線、そこは走り方の多様性、車種の多様性、正解のない唯一の場所。そして度胸だけでは決して速くは走れないドライバーにとっても特別な場所。そのC1においてパワーというのは無論あるに越したことはないのだが、優先度はそのほかのステージと比べて若干低い。その条件下で導き出される最適解、それは…
「そこで、F20C改2.2Lのエンジンに遠心式のスーパーチャージャーを導入しようと思うんです。ターゲットはシャシダイで450馬力前後。僕の見立てではこれであの怪物を抜けます。」
安藤さんは考え込む。大方頭の中で色々可能性を考えているのだろう。
「確かにC1ならあのペースで走れるかもしれねぇな。だがそのほかはどうだ?申し合わせてるわけじゃないんだ。環状や横羽に逃げられたらファイナルが終わっちまうぜ?」
「それは…安藤さんなら解決法をご存知なのかと。」
彼の口角が少し上がる。
「まあ、無くはない、かな。だが打開策というにはあまりに不確実だ。あくまで改善策の域を出ないぜ?」
「もちろん。」
安藤さんはおもむろに本棚から1冊のノートを抜き取った。ギア比と思しき数字が所狭しと羅列している。
「これがお前の車、AP1のギア比だ。そしてコッチ、これがAP2のギア比。5速と6速がハイギアード化されているだろ?AP2の市販車だと一次減速比が低くなっててトータルだと5速はAP1に比べてローギアになっちまうんだが、今回は5速と6速のギアだけ流用させてもらう。9000回しきれると仮定すると、6速が5.8%のハイギアード化されてるのは大きく効いて来る。単純にトップスピードが5.8%上がるってことだからな。変更前のそれが270km/hだと仮定すれば5.8%アップで約285km/h。充分とは言えねえが、まあ及第点をやってもいいだろうよ。」
僅か5.8%…1と1.058…その差が雄弁に効いて来る。それが夜の世界。
「やりましょう。」
「こいつぁ金がかかるなぁ」
心做しか安藤さんはいつになく明るい顔をしていたような気がした。