最高のコーナリングマシン
お久しぶりです
最高のスポーツカーとはなんだろうか。定義は色々あるだろう。走るために全てをかなぐり捨てた車、レースで結果を残した車、あるいは専用設計で妥協なく作られた車。僕の答えはこうだ。それ即ち「最高のコーナリングマシンであること」。
"もしもし、イマドコ?なるほど、銀座くらいか。おっけー、じゃあ辰巳PAで落ち合おう。僕?新木場から上がるところだよ。おう。じゃあ、また"
ーピンポン、通行できますー
抑揚のないETCの声とともに目の前を塞ぐバーがあがる。速度は20km/hギアは2速。これから本線合流に向けベタ踏みで加速する。ハイカムに切り替わり、7000回して3速へ、速度はピッタリ100km。6速に入れてまずは流そう。やっぱり夜の首都高は開放感が違う。トラックの流れに乗ると視界が広がる感じがするんだ。コンテナとコンテナのあいだから見える車窓なんてのも中々乙なもんで。右手に流れるビルの谷。両側から包み込み流れてくナトリウム灯の光。今夜も首都高はサイコーだ。
有明JCT、車線を変更し湾岸線からレインボーブリッジへ。前のトラックをパスしてオールクリア、ギアを4速に下げて120km/hまで加速、そこから5速にシフトアップで140km/h、6速でジャスト150km/h。後ろのGTウイングが音を立てて風を切る。前方に目視で5台確認、150km/hでスラロームがはじまる。スピードメーターは止まらない、いつの間にか160を表示してまだあがる。この先は横羽線への合流がある。流れが一瞬詰まるのを予測し100km/hまで減速、ヒールトゥで4速へ。さて、ここが2択だ。外か内か。今日の気分はそうさなぁ……外かな。
ジャンクションに備え左車線に、その先左旋回、立ち上がりですかさず2速ベタ踏みで駆け上がる。レットゾーンの9000を察知しで3速へ。そうだ、この音だ!突き抜ける高音が車内を蹂躙する!これだ!一度ステアリングをきり込めば間髪入れずにフロントが反応し、リアは路面を捉えて放さない。フル加速時は重心がリアタイヤのほんの少し手前、丁度ドライバーのヒップポイントに移り、独特の感覚で加速する。
僕の車、勘のいい人はもうお察しだろう、ホンダS2000とはこういう車だ。走るために生まれ、ホンダの共通する思想、マンマキシマム:メカミニマムに唯一反するこの車。NAでリッター125馬力を叩き出す2LNA最強の部類に入るF20C型エンジン。レブリミット9000rpm、パワーバンドは7300rpmからレブリミットまで。とても公道を走る市販車のそれとは思えない。それと引き換えにその超高回転を許容するために巨大化した縦置き6速トランスミッションは室内空間を圧迫する。オープンボディを支えるシャシー、特にサイドシルもパワーを受け止め、剛性を確保するために巨大化し室内は圧迫されるのでS2の車内というのはとても狭い。ハンドリングもそうだ。カミソリのようなハイレスポンスのそれは車の動きを読まない素人のドライビングを拒絶し、ピーキーなリアは至極従順で強烈なトラクションは他のFRとは少し違う。しかしそれもタイヤがグリップしてるまでだ。一度限界を超えたときS2000をコントロールできるのは限られた、いや選ばれた人間だけなのだ。僕は思う、コーナリングステージでこの車の全開走行に付いていける国産車はたった1台だけだと。
霞ヶ関のトンネルに入る。F20Cの甲高いサウンドがトンネルに響き渡り、全てを消し去る。タクシーを左から追い越し4速から3速へ。アクセルを踏み込んで加速する。回転数は8000、ここからF20Cは最後の9000rpmにかけて一瞬だけ回転の上昇速度が上がる。要するにVTECの切りかえのような加速感がもう一度だけ現れるのだ。それを見こさないとあっという間にレブにあたる。9000に当たるか否か、際どいタイミングで4速へシフトアップ、直後に迫る左コーナー。内側にはハイエース、外側には1.5車身開けてADバンが走っている。追い抜くルートは1つ。外側から内側へ切り込むようなコーナリングしながらのスラローム。おそらくトンネルでやる芸当で指折りにリスキーな行為だ。コーナリング中に切り足す行為は通常、フロントタイヤに大きな負荷がかかる。もし、路面状況やタイヤのグリップそのものがそれに耐えられずブレイクしたとしたら、一貫の終わりだ。一般車が100km/h平均の流れだとしてもその速度差はおよろ60km/h、ブレーキをかけたところで間に合わない。スピードをなるだけ殺さずに左から右にレーンチェンジハイエースを追い越してまた左へ。フロントタイヤはしっかり応答する。よかった、まだ生きてる。
Vaaahhhhn
S2000のハイノートとは別のサウンドがトンネルに響く。REだ。今追い越したタクシーを華麗に抜きさり、僕の後ろについた。丸目4灯、FDでもFCでも8でもない。エンジンスワップか?しかも、全開走行には程遠いとはいえ、このペースに余裕でついてくるこの車は何者だ?アクセルを踏み抜きペースをあげる、タコはあっという間にレットゾーンへ。車速は170km/h。しかし後ろの車は離れない、むしろ車間を詰めてきている。クソ、対抗できない。でもコーナーなら…。前方はオールクリア、ラッキーだ!めいいっぱいコースを使ってアクセルオフだけで切り込み、アクセルオンで向きを変える。クソ、車速が乗りすぎてる!アクセル開度がいつもより多い!オーバーステアだ!でも抜くわけにはいかない。S2000の全開だ!しかし、これをもってしても後ろの車は張り付いて離れない。
ホンモノ、か。
左にウインカーを出し、ハザードをたく。横を加速しながら抜くロータリー。古い車だ。ブラックメタリックのRX-3後期型。パワーだ…パワーが足りない…。NAじゃダメなんだ…。NAの2Lでは1200kg後半のS2000の車重を進められない…。ましてやあのクラシックカーにすら追いつけない。コーナーで…負ける…。