Rの宿敵
「お願いしますっ!!!」
夜の店先に大声が響きわたる。あの晩、宿敵を前に戦うことすら逃げ出した俺はどういう風の吹き回しか、とあるチューニングショップの前で深々と頭を下げていた。
「もう一度、俺に走らせてください。俺をもう一度あの世界へ....。お願いしますっ!!!」
店長は首を縦に振りはしない。
「俺は人殺しのために車いじってんじゃねぇんだ。お前さんみたいな自制心のない奴に俺の車は乗らせないよ。時速200kmオーバーで走ってんだ。お前が事故ったら死ぬのはお前だけじゃないんだ。言ってみれば壊れた拳銃さ。誰を殺すかわからない。射手を殺してもおかしくない。もう一度言うが俺は人殺しのために車をいじってんじゃねぇんだ。」
低い声で、ずっしりと。腰をあげた心を叩き潰す如く店長は撥ね付けた。
「あの事はとても反省してます。」
「口で言う分にはタダだからな。」
即さに店長は反論する。
「いいえ、本当に反省してるんです。」
「ではなぜタイヤは溶けてるんだ?」
言葉に詰まる。
「結局お前は何一つ変わってやしないんだよ。あの時から。勢い良くあそこに飛び出して、勝てないとわかるとすぐ逃げ出す。勝負すらしない。一般車の間をライングダグダでその場しのぎの走りですり抜けて、『俺はすごいんだ』なんて優越感に浸り込んだ挙句、負けようものなら真っ先に道具を否定しだす。そんなゴミに造る車はないね。悪いことはいわねぇから、誰かを手に掛ける前に乗っかりかけたその台を降りろ。お前の登るべきステージじゃねぇ。」
図星かもしれない。店長の言う通りだ。だけど、だけど!
「RX-3」
はあ。そう店長は大きなため息をついてから続けた
「マツダRX-3。12Aロータリーエンジンを積んだ当時のGT-R殺しだ。それがどうかしたか?」
微妙に食いついた!
「店長もこの業界が長いなら知っているでしょう?黒のRX-3を。」
面倒くさい。店長の顔ははっきりとそれを伝えた。
「ああ知ってるとも。黒のRX-3。別名、黒騎士。エンジンは13Bにスワップしたあとビックシングルで過給して700馬力までフルチューンして、ミッションはHパターン6速ミッションにスワップ。海底トンネル付近で300km/hオーバーを叩きだしたクソ野郎だ。それがどうかしたか?」
「追いたい。」
端的に答える。
「お前いい加減にしろよ?死にたいのか?死にたいのなら勝手に犬死にすればいい。でもな、公道を走る以上赤の他人の心配をいつもしなきゃいけねぇ。当たり前の話しだ。お前が追い越す一台一台に必ず一人以上の命が乗ってる。お前湾岸全開で走ったとき何台追い越した?少なく見積もってもお前が追い越した台数分の命をお前は危険にさらしたんだ。自覚あんのかよ。それだのに何が追いたいだ。身の程を知れ!」
「俺はGT-R乗りだ。だからあいつに不戦敗というのは悔しい。だからせめて、テールランプに張り付いてから負けたい。ダメか?」
「ダメだ。絶対に。」
即答される。
「お前90年代のチューナーがスカイラインGT-Rの事をなんて暗喩したと思う?『ホワイトキング』だよ。赤のRでも青のRでも黒のRでもみんな『ホワイトキング』。理由は簡単さ、黒騎士が狩るのはwhite(白の)king(王)だろ?あいつを追いかけたRでちゃんと道を降りられたのは二台だけ。30以上ものR乗りが挑んでおきながら。この意味、わかるよな?これが最後の忠告だ、首都高のスピード遊びはもう終わりにしろ。お前ももう30半ばだろう?お前のその肩には何人もの命がかかってる。首都高の一般車だけじゃなく、お前が所属する社会の人間の命もだ。お前が死ねば社会の評判も経営も傾く。そうすれば何人かが路頭に迷うことになるんだ。お前の命はお前一人のモンじゃないんだよ。だからもう、やめにしないか?」
沈黙が続く。
「確かに、僕の命は僕一人のものではありません。そして僕自身、八年前に婚約者を交通事故で亡くしているので、車の怖さたるものは肝に銘じているつもりです。ですが、その命に押さえつけられて尚、僕はあの車を追いたいと願うんです。これ以上、逃げたくないから。傍から見れば言動の至る所が矛盾していると揶揄されるでしょう。ですがそれが僕なんです。店長、僕は死にたくありません。でもあの影から逃げたくない。だから僕はここにきました。自分が一番生きられる望みのあるとこへすがったんです。ここならもしかしたら生きて帰れるかもしれない。例えエキマニの代金余計に分捕られようと(げっ!バレてるby店長)僕はここに生還の未来を見出したんです。店長、今日はこれで最後です。このGT-R、チューニングしてください。お願いします。」
再び訪れる闇と沈黙。店長はおもむろにタバコをくわえ、100円ライターで火をつけた。
ふぅー
紫煙が彼の口から細く長く吐き出される。タバコを口に戻し赤々とそのタバコを焚きながら指折り何かを数えている。
ふぅー
紫煙がまた細く長く吐き出されると今度はため息も吐き出した。
「茂原」
突然沈黙は破られた。
「明後日の正午、千葉県の茂原サーキットに行け。話しはそれからだ。」
「茂原....ですか?わかりました。」
店長は吸殻の火を踏み消して思い出したように言った。
「ああ、そうだ。そのR35はここに置いてけよ?茂原にはそこにあるステージア持ってけ。」
店の明かりの影にシルバーのテールバンパーがそのカタチを覗かせていた。
「ほらよ」
キーを渡されついにステージアと対面した。後付けのBRIDEのバケットシートに腰を滑り込ませるとダッシュボードには三連メーターが腰を据え、センターコンソールには5MTのシフトノブが左手を待っている。
ん?5MT!?
「店長、これもしかして!」
「日産ステージア260RS。不満か?」
ステージア260RS、BCNR33GT-RのATTESA、リアサスペンション、そして何よりその心臓部、RB26DETTを移植した通称GT-Rワゴン。つまりステージア最強モデルだ。不満なんて微塵もない。むしろ、この貴重な車に乗れることをR乗りである俺は喜ぶべきなのかもしれない。
「むしろ感謝しなければならないようです。ありがとうございます。」
GT-Rのキーを直上に投げながら店長は鼻で笑う。
「わかったら日をまたぐ前に帰れ。」
キーを回しイグニッションスイッチを入れる。メーターに光が宿り、クラッチを踏み込みキーをさらに捻る。スターターが声をあげRB26DETTエンジンに火が入る。直6エンジンは咆哮を高らかとあげ、その武者震いはステアリングやシフトノブを介し己に伝わった。店を出てクラッチを1速に繋ぐ。3500回して2速。スムーズに回転は上がっていく。4500まで引っ張って3速。加速する間、俺はこの車がステージアであることを忘れていた。すっかりRの雰囲気に包まれていたのだ。
だけど俺は、店長がこの車を貸したもう一つの意味を痛いほどに理解していた。この10年落ちの古い三連メーターの存在意義も。




