射殺漫才
あまりウケのよくないお笑いコンビがいた。
彼等のネタは、どれもこれも二番煎じだと言われ、軽くあしらわれてしまうことばかりだったからだ。
ギャグも全てが使い古された語感のものばかり。二人はおかげで「使用済みのお茶っ葉」という、不名誉なあだ名がつけられるようにるほどだった。
そうなってから、二人は初めて悔しいという感情を覚え、怒りを沸き立たせた。
ある日、ボケの坂橋が、ツッコミの綱片に、鼻の穴をでかくしながらこう言った。
「ネットで好き放題叩いてる奴等に一泡吹かせてやろうぜ!」
綱片は、すぐに胸を張って同意した。
「ああ、あのアホヅラさげてヘラヘラ笑ってる連中を、笑い殺しにしたる!」
「じゃあ、あのネタやるか?」
「それがいい。もうこうなれば切り札を出すしか俺達に道はないんだ」
「だったら話は早いな、いくぞ?」
そう言って坂橋は、平凡な金庫にがっしりと手をかけた。
綱片は、言うまでもないとばかりにしっかりと頷き、二人は深い決意を固めたようだった。
もはや迷いなどあるものかと、坂橋は勢い良く金庫を開け放った。
翌日、若手の漫才舞台に二人は出演した。
実を言えば彼等は、若手と言われるような芸暦ではない。かれこれ二年は頑張ってきた。
しかしそれでも、二年という経歴から、ギリギリ若手という位置に事務所が彼等を滑り込ませてきたのだ。
チャンスといえばチャンスだが、彼等自身にとっては、屈辱このうえなかった。
楽屋や舞台袖でオロオロしてる奴や、ちょっと人気が出たからって鼻高々になってる若手と一緒にされる悔しさは、一言では表せないものがあった。
こうなれば、今回の一回にかけて、自分達の名を一気にあげるしかない。
二人は拳をぶつけあって、今回の成功を祈りながら、出番を待っていたが、間もなくして二人のコンビ名“バッキューンズ”がステージ上で呼ばれ、二人は舞台にあがった。
「どうも、バッキューンズでーす」
客の反応はイマイチだったが、坂橋は挫けなかった。
「最近寒いですねー」
「そうか? もう春やないか」
「何言ってるんですか、うちらのサイフは常時真冬ですよ。誰かさんのせいで」
「誰かさんって誰や」
「じーっ」
坂橋は、とても恨めしそうに客の方を見た。
「って、何客のせいにしとるんじゃ、このヴォケ!」
と、綱片は、手の甲を板橋の胸板にパシーンと叩きつけた。典型的な突っ込みの仕方である。
しかし、彼等の漫才の突っ込みはそれだけでは終わらなかった。
なんと突っ込んだ綱片の服の袖から、隠し拳銃が飛び出して、突っ込みと同時にバーンと弾が放たれたのである。
放たれた弾丸は、板橋の服の表面を焼ききって、心配そうに舞台袖でステージを見ていたプロデューサーの顔面を貫いた。
血がピューっと飛び出してきて、バキューンズはわざとらしく「うわー」っと驚いた。
この微妙さ加減が客にウケたのか、客席は少し笑いに包まれた。今だ、とばかりに二人は畳み掛けていく。
「ほれ、お前が失礼なこと抜かすから、プロデューサー顔面撃たれて死んでもうたわ」
「んなこと言っても、生きるためにはプライドも礼儀も捨てなくちゃ、また明日もゴミ漁りだよ〜」
「ってそんなことしてたんかい!」
パシーン、と平手打ちをすると、また袖から隠し拳銃が飛び出した。
今度の銃弾の矛先は、最近ピンとして売れている噴火山男という、ハジけた芸をする若手の心臓だった。
ドピューッと勢いよく飛び出す血の噴水のシュールさに、客席はどんどん沸いてきた。
「おいおい、後輩撃ち殺すなよ」
「お前がアホやからやろ!」
今度は相方の脳天にチョップした。すると、またバーンと弾が出た。
放たれた銃弾は、客席で少し気取ったようにポップコーンを食べていた、ちょっとオデブ気味なお笑いオタクの頭に直撃した。
気取った笑いのままバタッと倒れて、また血がピューッと飛び出した。少し客席は静まり返ったが、ピューッという音のシュールさに、すぐ笑いは戻った。
調子にのった彼等は、ついには客席をもっとネタにすることにした。
「にしても皆さん、すごい笑ってますけど、残酷な方々ですねえ」
「いい加減に客に当たるのやめんか」
「だって、私もこうして持ってますけどね、これ全部実弾ですよ」
えっ、という声が客席で一斉にハモった。
それを聞いて、二人のエッと舞台袖にいた人間達のエッもハモった。
少し沈黙したかと思うと、客は歓声ではなくて悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていった。
舞台袖にいた人間も、気づいたら全員そこから消えていた。舞台の空間に残ったのは、バキューンズと死体だけになった。
シーンと静まり返ってしまった舞台の上で、二人は唖然としていたが、すぐに喧騒は戻ってきた、警察がやってきたのである。
「動くな!」
やってきた警官は、顔を真っ赤にしていた。
もしかしてこの警官の知り合いを殺してしまって怒っているのかと、二人は怖くて思わず抱き合った。
警官は、怒ったままに銃をうえに向けて、辺り構わず撃ちまくった。
そして一言、爆弾のような大声で、怒鳴るようにして、二人にこう叫び散らした。
「そのネタはなあ! 俺が警官になる五年前に考えたネタなんだよぉっ!」
二人は警官の一言に、これもパクりだったかとガックリして項垂れた。
一方、怒り狂っていた警官は、乱射していた銃の弾の一つが、上の照明器具に当たったらしく、それがひゅーっと落ちてきて、怒った顔のまま押しつぶされて死んだ。
すると、それを見た二人は、一転して今度は手を取り合って喜んで叫んだ。
「やったやった!」
「これで俺達が本物や!」
こうして喜んでいた二人だったが、まさか射殺漫才という新たなジャンルを切り開いた二人が、後に死刑囚として裁かれて、獄中で死刑漫才を考案して伝説になるとは。
このときは、きっと夢にも思わなかったでしょう……。
ごはんライス先生の射殺シリーズを書いてみました。リスペクトおぶゴハンらいす。
射殺シリーズ的には毒が足りない気もしますが、ごはんライス作風をより真似てみることに執着してみたので、その辺りは割愛してください。オチが意味不明すぎたかな、というのが反省点。
次はもっと過激にやってみようか。