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六月の雪  作者: ぽちこ
第一章 生駒の方
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第六話番外 奇妙丸少年の一日 

Side story Epsode 1...


「今夜、決行じゃ」


 稲葉山城落城から数日が経った夜、おれの言葉に嬉々として頷いたのは、森家次男の勝蔵しょうぞうだ。

 血は水より濃いと申すそうだが、そんなことはない。おれと勝蔵は、立場は違えど血を分けた兄弟達よりも遥かに強い絆で結ばれている。


 勝蔵には、立派な兄上がおって、次男の勝蔵は自由気ままに育ってきたらしい。

 それ故に、”手が付けられぬ”と、しつけと称して我が家中で預かることと相成あいなったそうだ。

 まぁ確かに、何か気に食わぬ事が起こるとすぐに手を出すのは悪い癖だとは思うが……。


「勝蔵、おぬし、先日また家中の者と揉めたそうだな」


 おれが数日城を空けている間に、勝蔵は小姓の一人が「我に従わなかった」とし、腕に噛み付き大怪我を負わせた。その事を咎めると、勝蔵は悪びれもせずこう言った。


「あやつめは、ちぃとばかし己がでかいからと、態度まででかいと見える。一度喰ろうてやろうと思っておった」


 腕を喰い千切ったという、その歯を剥き出しにして薄気味悪く笑った。


(末恐ろしい奴じゃ……)


「そんなことばかりやっておると、その内ここも追い出されるぞ。おぬしは少し忍耐というものを覚えるがよい」

「おれは早ぅ戦に出たいんじゃ」

「おぬしはまだ十だろう」

「関係あるか。大殿様にも申した。が、ぬしと同じことを言っておったわい」


 不貞腐ふてくされた表情でそう述べた勝蔵に驚いた。


「お、おぬし、父上にそう申したのか」


 父上は、なぜだか勝蔵を「面白い奴」と言って、め事を起しても「仕方あるまい」と一度も処分を下した事がない。


「おぬしには怖いものがないのか?」

「怖いもの? おれが恐れるのは平穏よ。おれの初陣の前に、大殿様が天下を平定なさるのが怖い」


 そう舌なめずりした勝蔵にやれやれと首を振り、この話を終えようと話題を今夜の計画に移した。



◇◆◇



「――では、抜け道の前で集合としよう。決して見付かってはならぬぞ」


 黙って頷き、部屋から出て行く勝蔵の背を送ると、蝋燭ろうそくの灯を吹き消した。



 丑の刻、火の番役が部屋の前を通り過ぎたのを静かに見送ると、忍んで廊下を進んだ。


「!」


 予め草履ぞうりを用意しておいた場所まで来ると、廊下の奥から何者かがやってくるのが見えた。慌てて空いている部屋へと身を隠す。


「岡崎の松平まつだいら……いや、徳川家にお嫁ぎなさった”徳姫とくひめ”様が、高熱を出してお倒れになったそうだ」

「あぁ、成る程。それでわしらが呼ばれたというわけか。ふぁぁ、しかし何もこんな時刻に……」

「そう言うな、徳姫様はいまや岡崎殿とくがわいえやすとの大事なつなぎよ、今亡くすわけにはいかぬだろう」

「しかしなぁ。向こうにだって薬師はいるだろうに」

「少しでも誠意を見せるということだろう、ほれ、先を急ぐぞ」


 足音が少し早くなり、聞こえてきた会話も途絶えた。

五徳ごとくが倒れた? 見舞いには行ってやれぬが、どうか無事でおってくれ)


 五徳(徳姫)は血を分けたおれの妹だ。父上の血を分けた兄弟は腐るほどいるが、母上の血を分けたという意味では、五徳と弟の茶筅丸ちゃせんまるだけが兄妹と言える。


 五徳は九つになった今年、”松平まつだいら”から、”徳川とくがわ”へと姓を改めた岡崎殿の嫡子、竹千代たけちよ殿の元へ嫁いだ。

 これは、両国間の同盟の為の婚儀であり、当たり前だが、五徳が望んで行ったわけではない。


(まだ母恋しい年齢であるというのに。願わくば、竹千代殿がおれと同じ思想で、五徳のみを大事にして欲しいものだ)


 そんな事を考えている間に、勝蔵との待ち合わせの場所に辿り着いた。―――勝蔵の姿は見えない。


「勝蔵、勝蔵おらぬのか?」


 不気味な程に静まり返っている夜の闇に、声量を抑えたおれの声だけが微かに響く。――とんっ、突然背中に何かが触れた。


「ひっ」

 振り返ると、口元に意地悪な笑みを浮かべている勝蔵が立っていた。


「し、心の臓が止まるかと思ったぞ……!」

「ふっ、奇妙殿のきもの小さきことよ」


 年下の、それもこの先我が家臣になるであろう勝蔵にそう馬鹿にされて、主としての威厳を取り戻すために言う。


「突然現れれば誰でも驚くわっ、よし、おれが先にゆこう。後からついて参れ」


 月明かりに照らされ、勝蔵が頷いたのを確認すると、いつも使っている石垣の少し崩れた部分に身体を入れた。

 何年か前から、稲葉山城を獲って自身の居城にしようと考えていた父上は、この小牧の城の改修には金をかけなかったのだ。それ故に、こんな子供くらいしか通れぬような穴は放置されており、おれにとっては都合が良い。


 地をいながら前へ進み、目の前に月明かりが差す。穴から這い出ると、土を払いながら、後から来るはずの勝蔵を待った。


「?」

 待っても来ない勝蔵の姿を確認しようと、出てきた穴へ顔を覗かせたその時。


「きぃみょぉうまるさぁまぁ!!」

「ひぃ、か、河尻っ、なぜここに!?」


 憤怒の形相の河尻の後ろに答えはあった。勝蔵が頭の天辺を両手で押さえて険しい表情をしている。


「しょ、勝蔵! おぬしおれを売ったのか!」

「おれは平穏も怖いが、河じぃはもっと恐ろしい……。ぎゃっいてぇ!」


 と言った勝蔵に、またも河尻の拳骨げんこつが落とされた。


「誰が河じぃだ!」

「さ、部屋へ戻りますぞっ!!」

「くっ、無念!」


 勝蔵と共に首根っこをつかまれ引きって部屋へ戻された。

 翌日、朝餉はもらえず、代わりに尻が倍になるほど尻叩きをされ、痛む尻を上に向け寝そべりながらも決意した。


「明日こそ必ず!! 待っていろ鈴殿!!」


 隣で同じ格好をしている勝蔵に言った。


「しかし、確かに河じぃは恐ろしいな」

「河じぃは鬼じゃ」

「そうだな」


 勝蔵が”鬼の武蔵”と呼ばれるようになるのは、まだ、先のお話。



To be continued...

毎度こうやって抜け出してたんだね。

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