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六月の雪  作者: ぽちこ
第一章 生駒の方
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第伍話 原田と塙(1)

 薬師が小牧山から戻るまで、皆で交代しながら吉乃の看病をした。

 私が吉乃の部屋へ行った時には、少し疲れた様子の福が、朝方戻った薬師の話を聞いているところで、どうやら休むことなく吉乃の傍にいたようだ。


「――それで、吉乃様のご容態はいかがなのですか薬師殿」

「うむ、此度は峠を越えたようだ。しかし、身体が衰弱しきっておる。この状態だといかなる薬剤もあまり効果は期待できんだろう」

「そんな……それではどうすればよいのですか」


 あごに手を当て、少し考えた様子を見せた薬師は、「うーん」とうなってから答える。


「兎角、安静にし、少しでも体力をつければ……。だが、それまでにまた容態が悪化せんとも限らない」

「あぁ……」


 絶望にも似た声をあげた福と、お手上げだと言わんばかりの薬師を交互に見つめ、とうとう口を挟んだ。


「よく寝て、よく食べろって事ですかね?」

「ん? あぁまぁそういう事だが、それが出来ぬから困っていると言っておるのだ」


 何を当たり前の事を、と嫌な顔をされた。……でもそれなら出来るかもしれない! 少し希望が湧いてきた。

 私に医療の知識はないから病気は治せないけれど、食事と睡眠、それでいいのなら……。

 困り顔の二人を部屋に置いて、私は場所を覚えたての炊事場へと向かうと顔を覗かせ、美代を見付けて声を掛けた。


「あ、美代さん! 砂糖と塩って、あるかな?」

「砂糖と塩ですか? 砂糖は、すごく貴重なんですが……」

「えっもしかしてない!?」


 家の台所には必ずある砂糖が、この時代では貴重品だという事に少し驚いたけど、続けて言った美代の言葉にほっとする。


「いえ、大殿様より頂戴したものがあったはずです。何にお使いになるんですか?」

「ま、ま、いいからいいから!」


 勝手の分からない私に、美代は色々教えてくれて、二人でそれを作った。そしてそれをそのまま吉乃の元へと持って行き、丁度目を覚ましていた吉乃へとそれを飲むようにと手渡す。


「何も口にしたくない」という吉乃に、一口でいいからと促し飲ませると、不思議そうに首を傾げる。


「これは……?」


「塩川特製白湯もどきです! 今はとにかく水分補給をしないといけませんからねっ」


 ドヤ顔で言ったけど、この”特製白湯”はなんかの漫画で読んだ、即席スポーツドリンクを真似してみただけ。味のない白湯より、飲みやすいと思ったんだ。

 本人は口にしたくないと言っても、身体は水分を欲していたようで、二口、三口と飲み、やすやすと半分程を飲み干した。

 その様子を黙って見ていた福が、「どうでしょう?」と切り出す。


「鈴に、朝餉を作らせてみては?」


 福の突然の提案に私はびっくりしたけど、吉乃は少し何かを考えた後に小さく頷いた。


「わ、私、料理そんなに得意じゃないですけどっ!? 美代さんとかのがいいんじゃ?」


 ○○のシェフじゃないんだからって思って、断ったけど、


「誰に手伝わせても良い。”お前”が”炊事場”で作ることに”意味”がある。何でもよいから作ってこい」

「は、はぁ……」


 何だかよく分らないけど、福が私を「鈴」と呼び、自身の大切な主である吉乃の口に入る物を作れと言う。それは少なからず、信用されたという事ではないだろうか? それなら、と少し嬉しい気持ちになる。



◇◆◇



 その日から私は炊事場の担当となり、なぜか吉乃は”鈴が作った”という物ならば少量でも口にし、幾許いくばくか体力も戻ってきたのか一人で起きていられる時間も長くなった。


 それから数日も経つと、夕餉に出すかゆはほぼ固粥(※現代の普通のご飯の固さ)で、おかずには青菜や白魚を蒸した物など、通常と変わらない物も食べられるようになっていた。

 私が手を出せるのは粥くらいで、おかずに至っては美代が作るのを横で眺めていただけなんだけど…。


 ”この”時代にきてまだ数週間だけど、寝ても覚めても、私が元いた時代に戻る事はなくて、目が覚めた時に失望する事も少なくなってきている。

 明日は何を?なんて、布団の上でごろごろと寝転がっていた時だ。


「?」

 誰かが庭を歩く気配がした。この時代の夜は早くて、夜が更けてくると、皆すぐに寝静まってしまうのだが。


 こんな夜遅くに誰だろうか? ……泥棒?

 そう思って静かに障子を開け庭を見ると、月光に照らされ白く輝く大きな花々が視界に入る。

 ゆらりと揺れ動くそれに、しばし目を凝らして見ていた。

 そして大輪の華の正体が分かった私は、慌てて草履を履き外へ出た。


「吉乃様! こんな暗いところで一体何を? もう夏も近いと言ってもまだ夜は冷えますよ!」


 そう言って近づいた私を、吉乃は彼女独特の儚げな笑顔を向け振り向く。

 漆黒の打掛は、夜の闇に溶け、錦織にしきおりで施された大輪の華は吉乃の白い肌と見事に調和し、儚くも美しい。


「鈴、まだ起きていたのですか?」

「こちらの台詞ですよっもうっ! お体が弱っているんですから、もう寝なくちゃ駄目です!」

「そうね。でも、ごらんなさい、月に照らされた花の綺麗な事……」


 切なげに花をでる吉乃の肌は月光に照らされ、いつもに増して透き通って見え、このまま消えてしまうんじゃないかと不安になった。


「そんな悠長な……今は一にご飯、二に睡眠ですよっ! お散歩したいなら、昼間にお付き合いしますから!」

「まぁ、福が二人いるようだわ……」


 私に背を押され、部屋へ戻された吉乃は、なぜか満足そうに口元に笑みを浮かべるとそう言った。

 吉乃が布団へ入るのを確認してから自室へ戻った私は、(良い事思いついた!)と明日すべき事を考えながらいつの間にか眠りに落ち、―――迎えた翌日。



 美代と、なぜかついて来た夏の三人で城下町へと来ている。

 私は男性用の着物だけど帯刀はせず、いつも通り竹刀を背負っていた。本当は手ぶらで行こうとしたんだけど、福に念の為帯刀するようにと言われたから、代わりに竹刀を持ってきたのだ。


 私と美代は並んで、夏はなぜかその三、四歩後ろを歩く。

 城下の町は、思ったよりも人が少ない。

 というのも、生駒屋敷(小折城)の二の丸、三の丸では驚くほど人と活気に溢れ、いつも賑わっているから、なんとなく城下町もそうなのかなって勝手に想像していたんだ。


「思ったほど賑やかじゃないんだね」

「そうなのですか? 私はもう何年もここを出ていないので、他がどうなのかが分りません」

「小折城の方が賑やかだよね」

「ふふ、確かにそうかもしれませんね。人が入り乱れていて毎日賑やかですものね」

「そうそう」


 私が頷いて同意をした時、美代が前方を指差して言う。


「あ、ほら鈴さんあそこ、暖簾がかかっている処です」

「お~。本当にあった、”蕎麦屋そばや”」


 そう、今回城下町に遊びに来たのは蕎麦屋に来る為。

 濃い緑の暖簾のれんに”処麦蕎”と書かれているそこは、店構えも他と比べて比較的新しく、立派だった。


「よく蕎麦屋なんてご存知でしたね。蕎麦は高級品で、めずらしい物なんですよ。ここのお店は那古野城下から流れてきたそうですよ」

「へ~」


 日本蕎麦ってゆうくらいだから、もっとずっと昔からの物だと思ってたけど、そうでもないらしい。

 ほんの少しだけ、元いた時代を思い出しながら店の前に着いた時、目の端で数人の少年少女が走り去るのを捉えた。


 そっちに顔を向けた時には最後尾の少女の後姿しか見えなかったのだけど、その時にはもう私は走り出していて、呼び止めようと少女達が走り去った角に着いたが、既に姿は見えなくなっていた。

――思わず追いかけてしまったけど、有り得ない……か。


「おいっ、何してる?」


 ぐいっと腕を後ろ手に掴れ、振り返ると眉間に深い皺を作った夏がいて、その後ろからぱたぱたと走ってくる美代の姿が見えた。


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと知り合いがいた様な気がして。でも勘違いだったみたい」


 無意識に握っていたお守りの中身は、来た時よりも少し軽い。お守りと言う名のこの小さな巾着袋に、薬を入れ、常に持ち歩いているのは理由がある。


それは――――。


「鈴さん! 今日は蕎麦粉の仕入れが極端に少なくて、もうすぐ店仕舞いするらしいです!」


 走ってきた美代が、少し息を切らして言った言葉に焦る私。


「えっ!? 朝餉食べないで来たのにっ!! 二人とも急いで!! ほらっ早く!!」

「お、お前……」

「す、鈴さ~ん!」


 また一人走り出した私に、何か言いたげな二人を置いて店へと急いで入ると、残り僅かだという蕎麦を三人前注文した。



「わぁ美味しいね!」

「まぁ本当、美味しいですね! 初めて食しました」

「ふんっ、こんなもの」

「夏さん蕎麦嫌いですか? じゃぁ私にください」


 夏の膳に手を出そうとしたら、叩かれた。


「美味しいなら素直に美味しいって言えばいいのに」

 叩かれた手を擦りながらそう言うと「ちっ」と舌打ちされる。


 なんだかんだ言いながらすぐに完食し、蕎麦茶を飲んでいると、他の席でお酒を飲んでいた数人の男達の内の一人がこちらへ近づいてきた。


「よぉ、朝っぱらから女衆と坊ちゃんだけで蕎麦たぁいいご身分だなぁ。なぁおい?」


 その男が、言いながら夏の肩に手をかけようとした時――。


「ひぃっぃ痛ぇ! なにしやがんだこのあまぁ!」

「私に触れるな下衆が」


 夏は目にも留まらぬ速さで頭からかんざしを引き抜き、男の手の甲に刺していた。


「ちょ、夏さんやりすぎじゃ!?」


 驚いて立ち上がると、相手の男達も何事かと立ち上がりこっちへ来た。五人はいる。

 男達の不穏な空気に(まずいな)とちらりと隣の美代を見ると、何があったのかまだ理解出来ずに口をぽかんと開けて固まっている。

 福が言った「念の為の帯刀」とは、まさにこんな時の為だろうか。


「おいおい連れに何をしてくれてんだぁ、あぁ?」

「下がれ下衆共」

「なんだとこの女! 一遍痛い目に合わねぇと分らんようだなぁ」


 放っておくと、夏がどんどん男達の熱を上げてゆく気がする。

 困ったなぁと頭を抱えていると、


「邪魔するよぉ~」

 がらっと戸が開き、なんとも呑気な声が聞こえた。


「店主、いつもの二人前頼むよ! ん?」

「「あっ」」


 私と、その声の主の声が被る。


「ぽにいの坊ちゃんじゃねぇか! 蕎麦を食うなんて通だな……っておいおい、穏やかじゃねぇな。おめぇら女相手に何しようってんだ? ん?」


 口元は笑っているけど、目つきは急に鋭くなった。


「まさか、こんなところで女子供相手に悪さしようってんじゃねぇよな?」

「そ、そんな事、なんも、なんもしてねぇよ。おい、店主、勘定だ! 勘定!」


 夏に手を刺された男を筆頭に、そそくさと店から出て行った。


「ありがとうございました!」

と頭を下げると、男は手を振り、

「いや、何もしてねぇよ。なぁ?」


 って振り返って誰かに言おうとしてたけど、後ろにいたはずの連れは、既に席に座って茶をすすっていた。


「っておい! こら!」

「――茶が冷める」

「お前って奴ぁそういう奴だよな、まったく」


 頭を掻きながら、連れの席へと行こうとする男を引き止めて、正義の味方の名を聞いた。


「あの、お名前まだ……。私は塩川鈴っていいます」

「あ、おお、そうだったな。おれは原田信種はらだのぶたね、んでこいつは塙直政ばんなおまさだ」


 と連れを指差しながら言った。

 原田と塙は見た目からしてすごく対照的で、よく日に焼けた健康そうな肌に、くりくりの目で可愛いらしい印象の原田に比べ、透き通るような羨ましい肌に、きりりとした切れ長の冷たい目を持つ塙はこちらを一度も見ない。

 さぁ話は終わったとばかりに席に座る原田に、軽く頭を下げると、店主へと声を掛けた。


「すいません、お勘定と、あと、蕎麦殻そばがらってあります?」

「はいはい、え? 蕎麦殻ですかい?」

「はい、蕎麦殻です!」

「そりゃ勿論、毎日出るものですから。まとめて捨てようと、裏口に置いてありますが、なんでしょう?」


 にこにこと手を合わせている店主に、若干食い気味で問う。


「それ、いただけませんか!?」

「え、えぇ、まぁごみなんで、いくらでも持っていっても構いやしませんが。食べれる物じゃないですよ?」

「やった、ありがとうございます! 裏口ですね、お勘定終わったらもらっていきます!」


 店主は不思議そうに首を傾げながらお勘定を持って行った。

 袋一杯の蕎麦殻を手に入れた私はうきうきと足取りは軽く、私が一つ、美代が一つ、夏は手ぶらで後ろからついてくる。

 結局、夏が来ることで面倒が増えただけで、何をしについてきたのかはよく分からないまま帰路に着いた。


 そうしてその日から、朝餉と夕餉の時間以外は部屋にこもった。

 美代がおやつを持ってきたり、夏が用もないのにやってきては、「蕎麦殻は食べれない」と言いつつ何をしてるのか探りに来る度に外に誘導して、何とか秘密のまま三日が過ぎた。


 その三日の間に、原田と塙について分かった事がいくつかある。

 二十歳になるその二人は、【赤母衣衆あかほろしゅう】といって、織田家の中でも、信長に近侍する家臣から、選り抜かれた精鋭であるという事。

 そして、今現在小折城に滞在し、美濃戦における軍馬の調達をしているらしいという事。


 更にもう一つは、彼らのずば抜けた人気。彼らが小折城に滞在しているというだけで、女中達は色めき立ち、一目見ようと競って本丸への用事を引き受けているらしい。

 平成の世でいうアイドルグループのようなものだろう。

 まぁ確かにイケメンだったよね、と思い出しながらも作業を続け、”それ”はやっと完成する。


「出来たあああああああああ!!!!」


 苦節三日、なんとか形になった”それ”に頬擦りしていると、どたばたと廊下を走る音が聞こえてきて、ばんっと勢い良く障子が開かれる。


「なんだ?」

 相も変わらず今日も深い眉間の皺を携えながら、夏が問う。


「出来たんです!」

「それは……なんだ?」


 目の前に突き出した”それ”を訝しげに見て首を傾げる夏。


「パンツです!!」

「は?」


 そう、手に持っている”それ”はパンツ。


「えーっと、女性物の、ふんどし?」

「――そんなものをずっと作っていたのか?」

「そんなものって、大事なのに! ってそーじゃなくて、本命はこっちです!」


 じゃーん! と両手に持ったのは【蕎麦殻枕そばがらまくら


「座布団……か?」

「塩川特製安眠枕です!」


 ちっちっちっと立てた人差し指を振ってドヤ顔な私。

 そう、不器用ながらも三日間縫い続けてやっと出来たのは枕。蕎麦屋でもらってきた蕎麦殻を中に入れて、寝やすい形で何度も作り直した。


 この時代の枕は、丸太みたいなのに布を掛けただけのもので固いし、なんか高いし、寝返りうつの大変だしで、私は使ってなかったけど。

 これだけで寝れるのかってゆったら、分からない。でも、丸太よりは確実に寝やすいと思ったんだ。


 ……ちなみにパンツも作ってた。だってそろそろふんどしは卒業したいし、どうせ縫い物するならとそのついでに、勿論自分用。

 でも実は、枕は最後の一日で、パンツに二日。それも、ゴムがないから、両脇を紐で縛る形に…。まぁ要するに紐パンになっちゃったけど、この際こだわってられない。


「さよならふんどし!」


 呟きながら、枕を片手に部屋を飛び出した。

 何の用だか夏は黙って後ろについてきて、結局、吉乃の部屋の中まで来くると、「失礼しまーす!」と返事を待たずに部屋に入る私の後を、不機嫌そうな夏が続く。


「入れと了承を得てから入れ鈴」

「鈴、それは何ですか?」


 いつも部屋に入ると福にそう言われる。「えへへ」と笑って誤魔化し、吉乃に答えた。


「これ、蕎麦殻が入ってる枕です! 少しは寝やすくなるかなって。この中に匂い袋を入れて。さっ、吉乃様、ちょっと寝てみてください!」

「蕎麦殻? この前食べたという? なぜそんなものを枕に?」


 首を傾げる吉乃を半ば強引に寝かせると、福は少し楽しそうに口元を緩ませ、吉乃はそのまま目を瞑る。


「貴様っ、吉乃様に何をした!」


 ぐいっと後ろから襟首を掴れて引っ繰り返り、夏が鬼の形相で次なる一手を繰り出そうとした時、枕に頭を預けたままの状態で吉乃が止めに入った。


「おやめなさい、夏。花の香りに包まれて、なんだか気持ちが良くて……」


 そこまで言うと、また目を瞑ってしまう。


「夏、鈴、吉乃様はお昼寝をなさる。下がるが良い」


 まだ襟首を掴れ、尻餅をついたままの私は、夏の手を振り払い「おやすみなさい」と言って部屋から出た。


「――何の用ですか?」

「……」


 また用もなくついてきている夏に、痺れを切らして問いかけるも無視をされ、はぁやれやれと、自室へ向かおうとすると夏がぶっきらぼうに口を開く。


「おい、お前」

「……」

「お前、おい! お前だ!」

「……」


 ぐいっと肩を掴れ振り向かされた。


「耳が聞こえなくなったのか?」

「はい、私は塩川鈴という名があるので、『お前』だの『貴様』だのという声は聞こえませんね」


 夏の横暴さに少し頭にきてたので、ちょっと意地悪を言った。


「……鈴」


 至近距離で突然そう呼ばれた。夏という少女は、本当に綺麗な顔をしている。女の私でも、この距離で見つめられると不覚にも少しどきっとしてしまう程に。


「な、なんですか急にっ」

「お前が呼べと言った」

「そりゃ、言いましたけども。で? なんですか?」

「……」


 言うかどうか迷っているように口を開けたり閉じたりしている夏。


「用がないなら行きますよっ、三日間ほぼ徹夜してて眠くてしょうがないんですからっ」

「――あれを」

「ん?」

「あれを、私にも作ってくれ」

「あれ? 蕎麦殻枕の事ですか?」


 口を真一文字に結びながら、こくんと頷く夏に思わず笑いがこみ上げてきた。


「あはははははっ、夏さん可愛いところあるんですねっ」


 腹を抱えて笑う私に、夏はこれ以上ないくらいに不快な顔をし「もういい」ときびすを返そうとする。


「ちょっとちょっと、待って下さいって! 頼まれなくても、夏さんの分は作ってありますからっ」


 そう呼び止めると、振り返った夏の真一文字に結ばれた口の端が、僅かにぴくりと上に上がるのが見えた。


「もらってきた蕎麦殻、そんなに量はなかったので。吉乃様と、福さん夏さん美代さんと、私の分しか作れなかったんです。だから他の人にはまだ内緒ですよ」


 部屋まで枕を取りに行く間、夏は黙ってついてきて、「はい」と枕を手渡すと、乱暴に受け取り「使ってやる」と偉そうに呟いてどこかへ行った。


 ツンデレ!? いや基本ツンツンだけども……。なんて思ったけど、少し嬉しくもある。

 その日の夜は、数日振りにゆっくり寝れる、と早くから布団に入り、色々考える間もなく眠りに着いた。

紐パンGETだぜっ!

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