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六月の雪  作者: ぽちこ
第一章 生駒の方
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第四話 解熱剤

「――鈴さん、鈴さん、ご起床ください」


「う~ん、お母さんあと5分だけ……」

 外から漏れて来る陽の光に、瞼をぎゅっと閉じて布団にしがみつく。


「ふふ、吉乃様へのご挨拶をしに参りますよ」

 はっとして目を開けると、小奇麗な着物を着た小柄な少女が枕元に正座して笑っていた。


「お、おはよう美代さん」

 目を覚ませば、夢から覚めているかもってゆう希望は儚くも砕け散る。


「お着物はどうなさいますか?」


「え? 着物?」


「ええ、奇妙丸様から少し伺っておりますが……。女性の着物を? それともそのまま袴をお召しになられますか?」

 少し同情気味のその表情で、奇妙丸が何を言ったのか、大体想像出来る。


「あぁ、このままで。あ、そうだパンツ! パンツはどこに!?」


「は? ぱんつ? でございますか?」


「あっいや、えーっと、そうだ!昨日私が着ていた着物は? どこにあります!?」


「昨日のお着物でしたら、確か洗濯をする者が持って行ったと思いますけれど」


 そこで初めてはっとして、胸に手を当てると、そこにあるはずのものがない事に気付く。


「お守り!!」


「え?」


「巾着袋みたいな、こう、小さい巾着袋は一緒になかった!?」


「いえ、すいませんそこまでは……。何か大切な物だったんですか?」

 そこにはないけれど、胸の辺りを掴むようにして言った。


「とても大切な、私にとってはお守りの様なものなの」


「では、後で一緒に探しに行きましょう」


 美代は優しく笑って、慰めるようにそう言うと、仕度をするようにと私を促す。

 ここでは男物の召し物を着る必要はないと、美代に諭されたが、着慣れない着物より、袴を穿いている方が楽だと断った。


 乱れた髪を結いなおし、布団を畳んでくれている美代を置いて先に廊下に出ると、早朝の冷えた空気が肌に冷たくて、目が冴えていくのを感じる。

 朝露の滴る、美しく手入れをされた庭の向こうで何やら慌しさを見て取れた。


「美代さんあそこって、吉乃様の部屋だよね?」


 指差すと、部屋から出てきた美代がその方向に顔を向ける。数人の女中達が慌しく出たり入ったりしている様子だ。


「なんでしょう? 先程までは何も……。とにかく行ってみましょう」


 そう言った美代は、素早い足取りで吉乃の寝所へと向かう。私も小走りで後を追うと、着いた先では、障子こそ開かれていたけど、御簾みすが下りていて中の様子はうかがい知る事は出来ない。


 出てきた女中をつかまえ、何事か尋ねると、「吉乃様が原因不明の高熱を出してお倒れになった」と、お守りすると約束した初日から、とんでもない事を聞かされ、それを聞いた美代は青褪め、微かに震えていた。


「美代さん? きっと大丈夫だよ」


 何の保障もないけれど、美代を安心させる為にそう言うと、私は他の女中の制止を振り切って、部屋の中へ入る。


「何があったんですか!?」

 突然の私の登場に目を剥いて驚いたのは福。


「お前こそ、突然主の部屋へ飛び込んでくるなど何事だ」


「今は! 今はそんな事を言っている場合ですか!?」


 そう言って吉乃の枕元に駆け寄り、額に手を当てると、素人の私にも分かる程の高熱。


「熱い……」


「昨夜までは、普段通り少し顔色が悪い程度で……。今朝伺ってみるとお返事がなく、様子を見に部屋へ入ってみたらこの状態だった」

私の剣幕に押されてか、福は質問への答えをくれた。


「お医者さんは! お医者さんはいないんですか?」


「医者? 薬師殿の事か? いま、夏が医院へ薬師殿を呼びに行っておる」

 この時代にも、お医者さんはいるんだと聞かされ少しほっとしたのも束の間。


「お福殿、まずい。薬師殿はめずらしい薬剤が手に入ったと濃姫様に呼ばれ、夕べ奇妙丸様と共に小牧山へ向かったそうだ」


 そう言いながら部屋へ飛び込んできたのは夏。入って早々に私を見つけた夏は、恐ろしい形相で私へ飛び掛ってきた。


「貴様!貴様がなぜここにいる!? ――さては貴様の仕業か!?」


「ちょっっ!! なんなんですか急に! そんなこと出来るわけないでしょうが!」


「やめんか! 吉乃様の御前だぞ!」

 揉み合う事数秒間、福に一喝され、鼻息は荒いながらも夏は私を掴む手を緩めた。


「――それで、医者、いえ、薬師様がいないでどうにかなるんですか?」


福は「いや……」と首を振る。


「じゃぁこのまま? 大丈夫なんですか!? 放っておいて治るんですか?」


「治る、とは思えぬ。元々お身体のお強いお方であったが、産後から徐々にお身体を蝕まれた今では……。この高熱に耐えうるだけの体力が残っておるかどうか」


 悲しそうに、悔しそうに歯噛みながら言う福は、何かを憎悪するように遠くを見つめる。


「帰蝶め……」

 ぼそっとそう言った夏は廊下へと出て行ったが、私はそれを振り返ることなく福に問う。


「とにかく、熱を下げれば良いんですか?」


「うむ、そうとも言い切れぬが、熱を下げぬ限りはどうにもならぬ、という事だ。しかし薬師殿がいなければ、我らにはどうする事も……」


「――お守り」


「なんじゃ?」


「ちょっと、行ってきます! あぁそれと冷えた水を入れた桶と、手拭いを用意しておいて下さい! すぐ戻りますから!」


 そう言って部屋から飛び出た私は、廊下にいるはずの美代を探したが見つからず、闇雲に走っても仕方がないと思い、途中すれ違った女中に洗濯をする場所へ案内してもらった。

 大きなたらいに着物を入れ足踏みしている人や、棍棒の様な物で叩いている人がいる場所に着くと、すぐに一人の女中に声を掛ける。


「すいません! 昨日私が着ていた着物はどこに!?」


「昨日? あぁ、あんた塩川さんだね。あんたの着物は、ほれ、そこに干してあるよ」


 女中の指差す方を見ると、丈夫そうな紐に通され、天空をそよそよと舞ういちごのパンツ(・・・)が!


「パンツ!」


「はぁ?」

 でも、お守りは見当たらない。


「小さな巾着袋みたいなの、一緒にありませんでした?」


「あー、あれね、お夏さんが持っていったよ」


「はっ? なんで?」


「さぁねぇ、さっき池の方へお行きなさったから自分で聞いてみるんだね」


 女中が指を指した時にはもう走っていて、橋の上で悔しそうに顔を歪める夏を見つけた。

「夏さん!」


苦々しげに振り向いた夏。


「夏さん、私のお守り、持ってますか?」


「――お守り? これの事か?」

 右手を懐に差込み、小さな巾着袋を取り出すと、私の前へ見せびらかすように掲げた。


「あぁ良かった、ありがとうございます!」

 そう言って手を差し出すと、夏は手を引く。

「?」

 一歩近づいて手を伸ばすと、夏はこちらを向いたまま一歩下がる。


「なんですか? いま急いでるので返してください」


「吉乃様のお命が危ないというこの時に、貴様はこんな袋が大事だというのか」


「そうです、今、それが必要なんです」


「お守りと言ったな? 馬鹿が、これで神頼みでもしようと言うのか? ふんっ」


 そう言うと、橋の手摺へ腕を伸ばした夏は、そのまま巾着袋を手放した。小さな巾着袋は池へ――。


「私の反射神経なめないでくださいね」

 ――落ちる前に、私の手の中へと戻った。


「はんしゃ? なんだ? 貴様、忍びの者か?」


「忍び? いいえ、私はただの女子高生です! それじゃ、私急いでますから!」


 訝しげに私を見る夏を尻目に、吉乃の寝所へと急いで戻ると、枕元には桶と手拭いが用意されていた。


「福さん、すいません! あと白湯と、着替えの用意もお願いします!」


 そう言うと、冷たい水に手拭いを浸し、固く絞る。全身の汗を拭い、最後にもう一度固く絞って額に乗せていると、白湯が届けられた。


「吉乃様、吉乃様、一度身体を起しますね」

 福に手伝ってもらい吉乃の上体を起し、巾着袋を開けて中から粒状のそれを取り出す。


「それは……?」


 目を細めて福が見つめる私の手のひらには【バ○ァリン】。この時代にあってはいけないものだけど、今はそうも言ってられない。


「詳しい事情は後でお話します、とにかく今はこれを吉乃様へ飲ませてください」


 夏があれだけ警戒心を剥き出しにする私が、手に持つ”それ”を果たして福は黙って飲ませてくれるのか――。


「分かった」


 私の心配をよそに、どういう意図なのかは分からないけど、福は何も追求することなく従ってくれ、無事に飲ませる事が出来た。

 私が出来たのは民間療法でしかないけれど、少し楽になったのか吉乃の呼吸が落ち着いてきた様に見える。


「では、詳しい事情というのを聞こう」


 吉乃を挟んで向こう側にいる福は、吉乃から目を離し、私をじっと見つめた。

 夏が抜き身の刃ならば、福はきらりと光る刃を鞘に隠しているかのようにその眼光は穏やかだけれど、私を緊張させる。


「まず、何から話せばいいのか。私はこの国の、いえ、この時代の者ではありません」


「…………」


「多分この時代から、数百年先の未来から来ました。どうしてこうなったかは、私にも分かりませんが……。その未来では、熱を下げたり、痛みを取ったりする薬があります。それが、先ほど吉乃様に飲ませた、これです」


 巾着袋から薬を取って見せた。


「奇妙な、この丸薬の材はなんだ?」


「ざ、材!? ええーっと、は、半分は優しさです!!」


「は?」


(バ○ァリンの成分なんて知らないし!)


「後は、詳しくは分かりませんが、解熱作用や痛み止めの効果があるものが入っています」


「ふむ」


 眉間に皺を寄せ、目を細めて薬を裏返したりして見ているその老女の姿は少し面白い。老女はバ○ァリンから目を離し、見定める様に私を見る。


「先の世から来た、と言っていたな。何か他に証明出来るものはあるのか?」


「証明……えーっと。あ!」

 ごそごそと懐に手を入れるとそれ取り出し、前に突き出した。


「パンツです!」


「……?」

 目の前に突き出したそれを手に取った福はまじまじと見、さらに眉間の皺を深くした。


「あのぅそんなにまじまじと見られると、恥ずかしいというか、何と言うか…」


「なぜだ?」


「この時代でいう、ふんどしなんです。それは、女性物ですけど」


「女もふんどしをつけるのか?ふむ確かに、これは見たことのない布ではあるが……」


 ふんどしと聞いて、それを持つ福の手が汚い物をつまむようになったのを見て、(失礼な! きちんと洗ってもらったのに!)って思ったけど、口には出さなかった。


「それで、まぁ、大体そんなところです……」


 突然未来から来た、なんて言われて、私なら冗談だと笑い飛ばしてしまうだろうと思ったから、自信なさげにそう告げると、福は小さく頷いて、「信じよう」とだけ言った。


「え! 信じてくれるんですか!?」


「だが」と続ける福は怖い事を言う。

「吉乃様がご回復しなかった場合。そなた、生きてそこへは戻れぬと思え」


 抑揚もなく静かにそう言った福の顔は、言葉とは裏腹に穏やかで、田舎のおばあちゃんみたいだ。


「精一杯、手を尽くします!」



小一時間も話した頃だろうか、ひどく弱弱しい声が聞こえた。

「福……」


「吉乃様、お気が付かれましたか。福はここにおりまする」

 福はほっとした表情で、弱弱しく差し出された吉乃の手を握る。


『ぐぅぎゅぎゅるぎゅるるるる……』


 空気を読めない私のお腹が大音響で響く。はぁとため息を漏らした福が、見兼ねて言った。


「後は見ておくゆえ、そなた朝餉を食べてくるがよい」


「あはは、お言葉に甘えて」


 そそくさと立ち上がり外へ行こうとすると、「行け」と言った福になぜか呼び止められる。


「そなた、先程の話は他言無用ぞ。誰にもその秘密を漏らすでない。吉乃様にのみ、私から話をしておこう」


「あ、はいはい」

 適当に返事をしてその場を後にしようとすると、再度、強く念を押された。


「いいか、決して話してはならん、良いな?」


「は、はい。言いませんけど……」


「行け」

 首を傾げながら廊下へ出ると、美代の姿を探す。


 慌しく歩き回る女中の一人を捉まえて、美代の所在を確かめると、炊事場の方に行ったのを見た、と聞いた。炊事場自体、どこにあるのか分らないけど、忙しそうな女中をそれ以上引き止めておくのも悪い気がして、探検がてら炊事場と美代を探す事にした。

 途中、見たことのある場所に出た。


「あ、昨日のお風呂場だ。そーいえば、湯船ないんだよねぇ、あれじゃゆっくり出来ないよねぇ」


 ぶつぶつ言いながら通り過ぎると、突き当たりに戸があり、そこを右手に曲がると炊事場があるようだ。

 お腹を擦りながら右に曲がろうと戸の前を通った時、中からすすり泣く声が聞こえた気がしてそっと戸を開くと、食料庫のようになっているその奥で、うずくまり震えて泣いている美代がいた。


「美代さんどうしたの? 吉乃様が心配? でもきっと大丈夫だよ、もう薬が効いてきたみたいだったし。明日には薬師様も来て、きっと良くなるから!」


 そう言って背中をぽんぽんっと叩いて励ますと、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる美代。


「吉乃様がもしもお亡くなりにでもなったら。私、私どうしたよいのか…うっうっ」


「大丈夫、きっとそんなことにはならないよ、一緒に吉乃様が元気でいられるようにしようよ!」


 美代が泣き止むまで傍で励まし続け、泣き腫らした目をしてるものの、少し元気を取り戻した美代と一緒に朝餉を作って食べた。

いちごのパンツの半分は、乙女で出来ています。

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