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螺旋図書館42階司書室にて  作者: 室井 連
「夢見る虫」
9/15

第9話 二つの絵画

 とある山奥にあるといわれるレイフォース学園。レイフォース学園は、レイフォースグループが取り仕切る学園であり、卒業と同時に、高等学校卒業資格を入手できるだけではなく、希望する者は同グループへと就職することができる。

「うぅん……」

 卒業すれば誰でも、大企業に入社することが叶うのだ。例え、既に高等学校を卒業しているものでも、この学園へ入ってくる者はいた。

 当然、中学を卒業したばかりのものが大半ではあるが、10代~40代と幅広く、生徒は存在していた。そのためか、年齢の幅を考慮し、授業の選択肢も多数ある。しかし、高等学校卒業資格を持っていない生徒達は、一部を除き、義務的に普通の高校生が学ぶ科目をする。

 逆に、資格を持っている者は、一定の単位もしくは、論文や研究発表などで、著しい功績を残すことができれば、レイフォース学園を卒業することが叶う。もちろん、最年少で入ってくる生徒よりも卒業するのは容易であり、人によっては時間に余裕が出る者も多い。

「おかしいなぁ」

 こうして、レイフォース学園講義棟5階の美術室で絵を描いてる彼は、すでに指定された一定の単位を取得し、持て余した時間を絵に注ぎ込んでいた。

「こんなに上手く、書けたっけ?」

 青年は首を傾げて、未完成の絵を眺めていた。

 絵は、螺旋図書館を模した絵画であったが、確かに彼の言う通り、上手い。ただ上手いだけではなく、あの歪な建物の本質をしっかりと捉えていた。

「うぅん」

 唸ったまま青年は微動だにしない。よほど、綺麗にかけてしまっているのが悩ましいのだろうか。

 しばらく青年が絵を眺めていると、突如、美術室のドアが開いた。

「失礼」

 入ってきたのは、メガネをかけた美形の男子生徒と、長い髪を横で二つに結んでいた女生徒だった。

「えっ……?」

 青年は、驚きながら入ってきた来訪者を見た。

(風紀員……?)

 この学園に三人しかいないと噂されるうちの二人が、同時に姿を現したのだ。心当たりが無いものであるならば、こういう反応になっても仕方ないことだろう。

「次はここだ」

「はい」

 男子生徒と比べると小柄に見えてしまう風紀員の女生徒は、首にかけていたネックレスを手にした。トップは、大鎌をモチーフにした銀色のペンダントだった。男子生徒も、同様に弓をモチーフにしたネックレスが胸に掛けてあった。

「…………はっ?」

 女生徒が目をつむったと思うと、小さな装飾品であった大鎌が瞬く間に巨大化し、彼女の身長ほどのサイズになった。

(死神の、鎌?)

 青年がその大鎌を目にし、すぐに思いついたのが、死神が持つと連想される大鎌であった。刃の部分は、三日月形で、先端は銀色に光りいかにも鋭そうだ。対して柄は、黒くてごつごつとしたように見え、年期が感じられた。

 青年が状況付いていけずに唖然としているのも構わず、女生徒は大鎌を振り上げた。

「共鳴しろ」

 そのまま勢いよく美術室の床へと突き刺す。

「ダブルサイズッ!」

 彼女の呼び掛けに応えるように、刃が光りだした。そして、刃の根元から、新しい刃が生まれ、彼女の背中に向かって伸びてゆく。

「危ない!」

 思わず青年は立ち上がる。だが、そのまま女生徒の背中から心臓付近へと、刃は突き刺さった。青年は、目を閉じていた。

「やはり、ここにも無いわけか」

 男子生徒の声が聞こえ、つられるように青年は目を開いた。

「はっ?」

 再び、青年は大口を開けた。それも無理はないだろう。

 さっきまで、明るかった美術室が全体的に暗くなっている。さらに、男子生徒のネックレスのトップと左耳につけたピアスが、空間から浮き出ているように見えた。それだけではない。

「兄さま、この部屋にも痕跡があります」

 床を引きずった跡のようなものが、美術室の床一面にあった。装飾品と同様に、白く浮き出ているように見える。

「何がどうなっているんだ……?」

 それに加え、未だ女生徒の胸に刃が突き刺さったままだった。

 青年にとっては意味がわからないことだらけで、あまりにも現実味が無かった。

「見ればわかる。次に行くぞ」

「はい」

 女生徒が目をつむると、手にしていた大鎌がどんどんと小さくなり、元のネックレスのペンダントに戻った。同時に、部屋を支配していた現象も姿を消した。

「失礼した」

 そのまま二人は、何食わぬ顔をして出て行った。青年はしばらく茫然としていた。

(今のは一体なんだったんだろう……不思議な体験だった)

「ん?」

 不思議な体験。青年は不可思議な出来事を一昨日していたことを今さら思い出していた。

「もしかして、さっきのと関係あるのかもしれないなぁ」

 彼は自身が描いた絵を眺め、独り言のように呟いていた。










第9話 二つの絵画










 レイフォース学園螺旋図書階42階司書室に、二人の女生徒が来訪していた。

「すごいっす! これ、全部鴎ちゃんが作ったんですか!?」

「う、うん」

 周防あやめと樋口鴎。二人はソファーとテーブルを占領し、鴎が作ってきた弁当を仲良く食べようとしていた。

「本当にすごいですよ! わたし、料理なんて全然できませんから、やっぱりできる人に憧れるんですよ~」

 鴎が持参した重箱の中には、色彩豊かなおかずの数々とおにぎりが詰められていた。バランスが良く整えられていて、えり好みをせずに食べれば、しっかりと栄養も取れそうだ。

「そ、そうかな……」

 ちなみに、これらの食材は購買で仕入れることができる。レイフォース学園の購買は、市街地にあるスーパー並みに広く、大抵のものは揃えられる。まぁ、いくら学食があるとはいえ、レイフォース学園の生徒は、長い休暇以外外に出られない以上、こういった施設は必要不可欠だろう。

「そうですよ~。しばらく、師匠って呼んでいいっすか?」

「……しばらくなんだ」

「もちろんです。わたしは、いつまでも下っ端でいるつもりなんてありませんから。常に下剋上を狙っていくんですよ!」

 あやめは、書斎机とセットになっている椅子に腰をかけている者を見た。

「……」

 椅子に座っていた人物は、何も言わずに机を指で叩きながら、二人を不機嫌そうに眺めていた。あやめと目が合う。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

 震えた声で、この部屋の主である鴇田瑠璃は二人に問いかける。

「なんですかぁ? あっ、もしかしてぇ……司書さんも食べたいんすか? ですよね、そうですよね~。しょうがない、鴎ちゃん。あげてもいいですよね」

「えっ……?」

「あっ、嫌なんですか? 別に無理はしなくていいんですよ。嫌なら嫌ではっきりと言っちゃってください!」

 鴎は、ちらちらと瑠璃に目を向ける。その仕草は、さながら肉食獣に狙われた小動物のようだった。 

「え、えっと、そういうわけじゃ……」

 我慢の限界だったのか、瑠璃は机を思いっきり強打して立ちあがった。

「どうしてここで飯食ってんだよ!」

「ひっ!?」

 突然の怒号に、鴎は体を思いっきり弾ませた。心底怯えているようだ。

「司書さ~ん。大きな声を出して鴎ちゃんを脅さないでくださいよ」

「わ、悪い」

 瑠璃は素直に謝った。

「全く、ただでさえ悪人面してるっていうのに……」

(人が気にしてることを……)

 あやめの余計なひと言に、激情に身を任せ抗議でもしてやろうかと思っていたが、瑠璃は思い直し、あくまでも冷静に理詰めすることにした。

「……お前ら、ここを憩いの広場と勘違いしてるのか? 仮にもここは司書室。相談を受けるための部屋だぞ?」

 瑠璃は続ける。

「それをなんだお前らは。ソファーと机を占領してさぁ……これじゃあ司書室としての体裁が」

 身代わりのマリオネットを無事回収してから、2週間が経とうとしていた。

 あやめと鴎はあれから、順調に仲良くなっていて、二人で過ごすことが多くなったようだった。前向きになったのか、鴎はメガネを外し、髪をサイドで一つに結ぶという、あのレメシスがやっていたことをそのまま実行していた。

 瑠璃は、変わろうと努力していることに安堵しながらも、こうして度々司書室に二人が訪れてくるので、いい加減うっとおしくなりつつあった。

「この卵焼き美味しいっすね!」

「そ、そうかな……」

「おい、人の話聞け」

 7月も終わりに近づき、レイフォース学園の夏休暇まであと5日に迫っていた。

(はぁ、誰か相談しに来いよ……)

 と、瑠璃が祈っていた時だった。ドアを叩く音が二度聞こえ、遠慮がちに開かれていった。







「はい、どうぞ~」

「あっ、どうも」

「いえいえ~、わたしは助手っすから」

 一人の青年が司書室に訪れてきた。

 瑠璃は、二人を追い返す絶好のチャンスだと考えたのだが、片割れを追い返すことを失敗するというミスをやらかしてしまっていた。

(まぁ、いいか。それよりも……)

 今しがたあやめが置いたお茶を一口飲み、瑠璃は早速本題に入ることにした。

「おれは鴇田瑠璃。見ての通りここの特別司書、なんてものをやっている」

「僕は、3年の荒沢章吾です」

 荒沢章吾、と名乗る少年は柔らかい雰囲気を持つ印象を受ける人物であった。

「おれが受ける相談は、ここでしか解決できない類だ。それはわかっているな?」

「はい、一応」

「あと、おれに敬語は使わなくていいぞ。おれはれっきとしたレイフォース学園の1年生だ。ここにいる誰よりも若い」

「は、はぁ……」

 章吾は、真面目に語る瑠璃に対して何を言えばいいかわからないようだ。

 そうしている内に、あやめが瑠璃の隣に腰をかけた。

「で、何があったんですか?」

 あやめは要件を尋ねる。章吾にとっては、かなりまともな人物に見えたのだろうか、要件を話すことにした。

「急に絵を描くのが上手くなったんです」

「絵、ですか?」

「はい。三日前からなんですけど」

 彼は敬語を止めることは無かった。きちんとした人物なのだと考えられる。相談をする立場として、下手に出るように心掛けているのだろう。

「でもそれって、はっきりとわかるんですか? わたしは少しくらい絵が上手くなったくらいじゃわかりませんけど……ねぇ、司書さん」

「そうだな」

 瑠璃は章吾を見る。真剣な顔をしているので、何か他に思い当たることがあるのだろうと思った。

「前後に何かあったのか?」

 瑠璃の思った通りだった。章吾にはここに訪れようと思うような不思議な出来事を体験していた。

「実は、絵が上手くなる前に、声が聞こえて」

「声? 何て言っていた?」

「いえ、それは……覚えてません」

 章吾は言葉を濁した。その態度に、瑠璃は思うところがあったが、追求することは無かった。

「それで、この鉛筆が目の前で浮き上がったんです」

 そういうと章吾は、ポケットから一本の鉛筆を取り出した。瑠璃は受け取り、購買で売っているものと変り映えしない鉛筆を様々な角度から見る。

「ふぅん……それで、これで書いたら絵が上手くなった。って、わけか?」

「はい」

 瑠璃は一つ呼吸をし、静かに鉛筆をテーブルに置いた。

(これは、違う)

 鉛筆を手に取り、わかっていたことがあった。

(普通の鉛筆だろ)

 瑠璃は、右手中指につけている無益無償の理、というレイシスの影響から、感覚的にそれがレイシス、レメシスであるかが触れば直感的に判断することができた。だから、わかる。

 この鉛筆がそういうものではないということを。

「それと、昨日風紀員の人たちが、美術室に来て……何かよくわからないことをして帰って行きました」

「……たち?」

「はい。それと、二人でした。そのこともあって、相談しに来たんです」

 そうなってくると、話はまるっきり違う。

(そうなると、十分辻褄が合いそうだな……)

 風紀員の二人が異変を察知して行動しているとなれば、この学園で何らかの反応があったということだ。

 しかも、章吾の話を聞けば三日目前。風紀員が訪れたのが昨日。十分現実的な話になってくる。

「司書さん、どうなんですか?」

 すっかり自分の世界に入り、思考を巡らせていた瑠璃に、あやめは尋ねた。

「さぁ……今のところじゃ、なんとも判断しにくいな。とりあえず、今日は帰ってくれていい」

 話しながら瑠璃は、鉛筆を手に取って立ち上った。

「何か用があったらこっちから尋ねることにする。それじゃあおれは――」

「司書さん」

 瑠璃は部屋を出て、螺旋図書館の管理人の元へと出向こうとしていた。

「わたしになにか、できることはありませんか?」

 腕をつかみ、ニコニコとあやめが尋ねてくる。特にすることはない、と言おうとしたが、笑顔から迫りくる圧力を感じていた。

「……そうだな」

 咄嗟に、いい案を思いついた。

「こいつがこの前描いた絵と、それまでに描いた絵。見比べてきてくれ」

「かしこまりましたぁ!」

「報告は、授業が終わってからでいいからな」

 大げさにリアクションをするあやめを置いて、瑠璃は司書室を出た。









 瑠璃が向かった先は、螺旋図書館51階に住まう管理人の部屋だった。

「ごきげんよう、瑠璃」

 部屋の主であるメルシス・レイフォースは、いつものように優雅に紅茶を飲んでいた。

「会いに来てくれるのは構わないけれど、確かあなたはこれから授業があったわよね」

「あぁ、その前にちょっとした報告があるんだ」

 瑠璃は、独特な雰囲気を醸し出す少女の方へ歩き、対面のソファーに腰をかけた。

 二人を囲うように、壁に本が敷き詰められていて、まるで本が二人の様子を監視する人々のようだった。

「さっき、司書室に来たやつがいるんだが……まずはこれを見てほしい」

 瑠璃は一本の鉛筆をテーブルに置き、少女の元へと転がした。少女はそれを手に取る。

「メルはどう思う?」

「どう思うって……」

 少女は小さく笑う。白いさらさらとした後ろ髪が揺れていた。

「あなたにしては言葉が足りないわよ」

「あぁ……これは、レイシスかレメシスだと思うか?」

「違うわ」

 短く答え、瑠璃の元へと鉛筆を転がした。

「何があったのか説明しなさい」

 瑠璃は頷き、今しがたの荒沢章吾の話を聞かせた。

「おれにはちょっと、わからなくて。可能性としては、レメシスが高いのか? 何か声が聞こえて、絵が上手くなったってことは、そういうことだろ」

「そうとは、限らないわよ」

 メルは指を鳴らす。すると、書斎机の一番下の引きだしから、大きなファイルが彼女の手元へ宙を浮かんで来た。

「そうとは限らない……か」

「えぇ」

 資料に目を通してゆく。

「……」

 瑠璃は邪魔をしないように黙って待っていた。やがて、資料を読み終えたのか少女はファイルを閉じて机の上に置いた。

「私にもわからないわ。あまりにも情報が少なすぎる」

「【青い球体の調べ】、でもか?」

「えぇ、候補が絞れないでしょうね。彼には該当しそうなものが多すぎる」

(該当しそうなものが多い……?)

 瑠璃はその言い方に違和感を覚えたが、自分が気にする必要が無いことかと考え、今後の行動について教えを請うことにした。

「どうすればいい?」

「瑠璃は、どうすればいいと思う?」

「……それは、わざわざおれが考える必要があるのか?」

「えぇ」

 少女は紅茶を一口飲んだ。

「私はね、瑠璃。あなたにはただの操り人形になってほしくないの」

「…………ただの?」

「そう。きちんとそこに気付く観点を持っているあなただからこそ、私は少しでも有能であってほしいのよ」

 真剣な表情で瑠璃を見つめる。瑠璃は、自身が珍しく褒められているのだと理解した。その上で、これからどうすればいいのか熟考してゆく。

(どうすればいい、か。なら、荒沢章吾にまた話を聞くのが一番か……? だけど、そのことを聞くのを最優先にするべきか?)

 あの時、言葉を濁していたことが気になっていた。それを聞けば少しはヒントになるかもしれないとも思っていた。

(いや、待てよ。その前にあいつらから少しでも情報を得ることが必要だろ)

「風紀員、から話を聞いて……いつから力が発せられていたのか、使い方はどうだったのか……それと、形跡を発見できているなら、そのことを聞くべき、か?」

 下げていた視線を戻す。メルが妖しく微笑んでいるのが目に入った。

「そうね。使えるものは利用して、情報を得なさい。話はそれからよ」

「……あぁ、わかったよ」

 瑠璃は立ち上がり、空間を隔離しているように見える重々しいドアへと向かった。

 扉をあける。

「瑠璃」

 メルに呼びかけられ、瑠璃は振り返った。

「明日の夜までに報告しなさい」

 瑠璃は何も返事をせずに、そのまま去っていった。









「司書さん!」

 瑠璃が螺旋図書館を出て、教室棟へと向かう途中、息を弾ませながらあやめが駆けてきた。どうやら、教室棟からわざわざ来たらしい。

「どうした? 報告は後でいいっていったんだけどな……」

「あっ、そうでしたっけ?」

 頭を自らグーで叩く真似をした。

「……で、どうだった?」

「あっ、それがっすよ? なんというか、あの……えぇと」

「荒沢章吾」

「それです!」

(それです、じゃないだろ)

 速攻で名前を忘れていたあやめに瑠璃はほとほと呆れていた。しかし、あやめにも忘れてしまうほどにインパクトの強い出来事があったのだ。

「もうなんというか。めっちゃ、絵が上手かったんっすよ!?」

「ふぅん、そうなのか」

「そうなんですよ。これが芸術家が描く神秘的な絵、というのを思い知らされましたねぇ。ほんとにすごかったんですよ? 百聞は一見に如かず、ってやつです。司書さんも芸術家の端くれなら一度は見ておいた方がいいと思いますよ!」

「おれは芸術家とは無縁だからな」

 しっかりと突っ込みしつつも、瑠璃は気になった点について問いかけてみることにした。

「で、以前の絵と、三日前の絵の違いはどうだった?」

「あっ」

 今さら本当の使命を思い出したのだろうか。

「全然違いましたよ、それが。司書さんが言いそうな言い方ですと、天と地ぐらいの差があるように見えました」

「そんなにか?」

「はいっ!」

 なるほど、と小さく呟き、教室棟へと歩き出す。あやめもつられたように隣を歩く。

「それがですよ、司書さん。もう一つすごいことがありまして」

 興奮冷めやまぬといった様子で、さらに語り始めた。

「教えてほしいですか~? 教えてほしいですよね~」

「……あぁ、教えてほしいから早く話してくれ。もう、時間も無いんだぞ?」

「はいはい、わかってますよぉ」

 瑠璃は本当はうんざりとしていて、普通なら会話をスルーして早足で次に使う教室へと向かっていただろう。だが、先刻のメルに言われた、使えるものは利用して、情報を集めろ、という指示がある以上、いたしかたなく我慢せざる負えなかった、というわけだ。

「それがですよ。荒沢章吾さんは、利き手じゃない左手でも、三日前の絵は、右手で描いたのと見劣りしない出来だと言っていたんですよ」

「…………どういうことだよ」

 立ち止まり、瑠璃はあやめに問いかける。瑠璃にとっては、ここで利き手だとか、左手、右手、そんな話が出てくるとは考えていなかったからだ。

「えっ、司書さん……気付いていなかったんですか?」

(何をだよ……)

 瑠璃は確かに気付いていなかった。章吾が隠していたということもあったが、瑠璃はソファーの右側に座り、あやめは左側。角度的に見ることができなかった。

「右手の指が、無かったじゃないですか」

「え?」

「親指以外、全部ありませんでしたよ……?」

 無防備な背後から、殴られた時の衝撃を瑠璃は思い出していた。それほどに大きな情報を瑠璃は、見落としていた。

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