3-1話
パチパチ・・パチパチッ・・
暖炉の中で薪がはぜ、心地よい音を立てる。
侍女達が用意した服に着替え乾いたタオルを肩にかけて、ユイカは一人暖炉前の床で膝を抱え、火に見入っていた。
ここはエリカスの私室だ。
けれど主は不在で、彼は今国王の下へ報告をしに行っている。
(エリカスと出合った日も、こんな感じだった…)
火を見つめていると思い起こされる記憶。
あの日も城へ連れてこられた後、国王の下へ報告をしに行った彼をこうして暖炉の火に見入りながら待っていたのだ。
エリカスと出会う少し前、先ほど野党とやり合った森の湖の近くに在る洞窟、そこへユイカはやって来た。
「よし、ここなら野宿をしても問題なさそうね。
盗賊達の隠れ家に使われている形跡もないし、洞窟の奥に水が溜まっているから飲み水に困らないし、湖が近いから水浴びも出来るし、我ながらいい場所を見つけたものだわ 」
満足気に腰に手をあててうんうんと頷く少女。
「 さてっと、他の人に見つからないようにしないとね 」
一通り中を点検し終わったユイカは洞窟の入り口を蔦で覆い隠すなどカモフラージュする作業に取り掛かった。
「 寒くなるまではここを拠点に活動ね。
街も近くて助かったわ。
活気があっていい雰囲気だし。
宿代が高いのが難点だけど、王都だし仕方ないか。
これが終ったら役所にでも手配書を貰いに行って、ついでに何か買って帰ろうっと 」
ユイカ、当時16歳。
13歳で親元を離れた彼女は賞金首を捕まえ引き渡すことで生計を立てていた。
かなり危険の付きまとう生計の立て方であるが、とある約束のために剣の腕をあげなければいけない彼女にとっては一石二鳥なことだった。
雨など外に出る必要がない時に内職をすることもあったが、それは暇つぶし程度の微々たるものだ。
「 街から戻ったら水浴びにでも行こうかな。
しばらく体を洗う事が出来なかったから、水浴びなんて久しぶりだわ 」
ユイカはうきうきした気分で作業を終えると、街へ出かけていった。
***
それから一週間後、都では森の湖に水の精霊が出るという噂で持ちきりになった。
「 なんでも、西にある森の湖に夜出現するらしいぞ 」
「 透き通るような白い肌に、水に溶け込んでいるかのような髪の色、そして輝く銀の瞳だそうだ 」
「 月明かりに照らされた姿はとても美しいらしい 」
「 何かを見間違えたのではないのか? 」
「 水から現れ、水の中に消えると言われているぞ。
人であればそこまで息がもつはずがなかろう。
水の精だとしか思えん 」
「 ふむ、湖に妖精が出る・・か 」
酒場に仕事の息抜きがてらお忍びで来ていたエリカスは、たまたま耳に入ってきたこの噂に興味を抱いた。
「 なぁビッツ、妖精なんぞ本当にいると思うか? 」
「 さぁ、そんな事聞かれても俺にはわからん 」
当時はまだ現役で、エリカス直属部隊隊長であり友として行動をよく共にしていたビッツはそう答えたものの、少し考え、
「 まぁ、噂にしちゃぁ容姿の特徴とか少々具体的だとは思うがな… 」
と言葉を付け足した。
「 そうか… 」
そのまま沈黙したエリカスはウィスキーが入ったグラスを傾けた。
中を飲み干しテーブルの上にコンと置く。
「 なぁ、ビッツ。その噂確かめてみないか? 」
その顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
ビッツは大げさに溜め息をついて見せながら、
「 王子様が公務を放り出して退屈しのぎをしてもいいんですか?
と一応、家臣である俺は聞いておくか 」
とニヤッと笑って答えた。
「 そんなの決まっている。私が良いと言ったら良いのだ 」
二人は顔を見合わせると席を立ち、酒場を後にした。
***
「 でないな・・ 」
それから一週間、精霊は夜にでるという情報から、エリカスとビッツは毎晩木の茂みに隠れて湖を張り込んでみたが、それらしきものが現れることはなかった。
「 ビッツ。やはり噂は噂、と言うことだろうか? 」
「 さあなぁ…まぁ、まだそれを決めるのは速いだろう。
最近、噂を確かめに人がよく来るようになったらしいからな。
気配に敏感な奴だったら、出てこない可能性がある 」
「 そうか…
よし、それならもう少し粘ってみるか。
と言っても、さすがに仕事が溜まってきたから2・3日が限度ではあるが 」
「 そうだな 」
そんな会話を交わして更に粘ること3日、けれど状況が変わることはなく精霊は現れなかった。
「 やはり、現れないな 」
「 あぁ。見張る時期は悪かったが、とりあえず噂は噂だったということだな 」
「 精霊とやらが本当にいるなら見てみたかったのだが…まぁいいさ。
城へ戻ろう。
仕事が山積みになって待っているぞ。当分自室から出られそうにないな 」
「 おかげさまで、俺は暫く王子様が部屋から逃げ出さないように見張ってなくちゃいけないわけだ 」
「 ハハハ…そういうことだな。それでは戻ろう 」
「 あぁ 」
二人が帰ろうと立ち上がりかけた時だった。
キーンキーンと剣と剣とがぶつかり合う音と
「 そこだ、捕まえろ! 」
という怒声が二人の耳に届いた。
「 エリカス!」
「 わかっている。
・・・こっちへ近付いてきているな 」
エリカスとビッツは茂みの影から、音が聞こえる方を注視した。
「出てきたぞ!」
それは湖の反対岸だった。誰かがが賊に囲まれ一人で応戦している。
「あれでは多勢に無勢だ。ビッツ、助太刀しに行くぞ!!」
「おぅ!」
二人は茂みの影からそこへ向かって走り出した。
近付くにつれ、戦っているのは水色の長い髪に緑のマントを羽織った女性であることがわかった。
一発、二発と賊の攻撃を受け止め、弾き返し、相手が反動で体制を整えられないでいる間に攻撃する。
横から攻撃されるも舞いを舞うかのようにかわして背後に回り、斬りつける。
彼女は、女性が振るうには不似合いの剣を構え、それなのに無駄なく流麗に賊と戦っていた。
「 強い 」
「 このまま行くと、助太刀は必要なさそうだな 」
たどり着くまでもう少しあるが、賊の数はすでに半分以下になっている。しかし、
「 あ、危ない!! 」
ふとした隙をつかれ、彼女は背後から斬りかかられた。
それにはすぐ気づいてなんとか身をかわしたようだが、無理な体制をとったのかバランスをくずし倒れた先は湖だった。
そしてそのまま上がってくる気配がない。
「 溺れたのか? 」
「 わからん! 」
やっと反対岸にたどり着いた二人は賊達の前に立ち、剣を抜いた。
「 なんだ?お前達は? 」
「 それを言うことは出来ないが、お前達を倒すものだ 」
「 はぁ? そうか、わかったぞ。奴の仲間だな!
野郎共、やっちまえ!! 」
わあぁあ!と声を上げ、どっと賊達が襲い掛かってくる。
けれど、相手が攻撃するよりも速く二人は相手の手や足を狙って斬り付け、攻撃をかわす間に肘で鳩尾を殴り攻撃した。
「うわ。」
「ぐぉ。」
うめき声を上げ、倒されていく賊達。
勝てそうにないと判断した後の行動は速かった。
「くそっ。野郎共、撤退だ!!」
逃げ足だけは褒めたくなるような素早さで賊達がいなくなり、二人は急いで岸から湖の中を覗いた。