2-4話
(エリカスの馬鹿!ばかばかばか!!そこまでする!?)
じっとしていることができなかったユイカは宿を抜け出した後、街からほど近い西の森までやってきていた。
あまりに腹立たしかったので、宿を抜けたことがばれないように窓から外へ出た。
玄関から出ていればアルテさんに見つかり、すぐにでもエリカス達の所へとユイカが外へ出たことが伝えられていただろう。
それからどういう風に行動したのかはよく覚えていない。
怒りにまかせてとにかく全速力以上のスピードでがむしゃらに走った。
そのせいか息が上がり、体が熱い。
膝に手を付き息を整えながら目線を上げるとそこには巨木が中央で根を張る湖が広がっていた。
少し湖面を見つめていたユイカだったが、すぐにマントをはずすと湖へ飛び込んだ。
服が濡れてしまうが構わない。
ライトブルーの髪が水に広がり溶け込む。
怒りを紛らわすには水を吸った服の纏わりつくような重みが丁度いいように思えた。
暫く一心に泳ぎ続けたユイカだったが漸く気持ちが治まったのか滑らかにに体を翻すと彼女は湖面に漂いながら月を見上げた。
顔の側で波打つ水はひんやりと冷たく、チャプチャプと心地よい音を立てる。
頬を風がなぜ、月明かりが自分を優しく包み込む。
月の光を受ける彼女の瞳は銀の様に輝いた。
(何故、今回強引に事を進めたのかしら?)
平静に戻ったユイカは先ほどの彼の話を思い返してみた。
いくら彼が彼女が剣を振るうのにいい顔をしていないとはいえ、今回のように彼女の意志を尊重しないということがあっただろうか?
思い当たる節がない。
彼はユイカが納得するまで説得を続けようという姿勢だった。
(何か理由がある?)
ユイカが剣を持つのは彼を守るため。
なら彼がユイカに剣を持たせないようにしようとするのはなぜか?
それはユイカを守るため。
(でも、そうそう私が危ない目に合うことってない気がするんだけど)
今日の城でのような出来事は割とよくある方だし、今まで全て返り討ちにしてきたことを考えれば国王から命令されるまで緊急だとも思えない。
剣の腕を信用していないのかと言いたくなる。
『少しのケガが一大事なんだ』
ふとその言葉が気になった。
彼はかすり傷でさえもとんでもないという感じで言っていたが、かなり切迫していたことを思えば、これから割とすぐにケガをする可能性が出てくるようなニュアンスでも言っていた。
『頼むから城でおとなしくしていてくれないか?』
逆に言えば街にいると危険だということだろうか。
最近の街の変化…変化と言えば、妙に柄の悪いのが増えていた。
加えて自分の後を付けてくる男達。
今日は特に人数が多く撒くのが大変だったのを思い出す。
そこまで考えた時だった。
空気が変わった気がしてユイカは辺りを見回した。
(そういうことね。)
上手に木陰に隠れてはいるが殺気は隠せていない。
気配を数えていくと50人余りもいた。しかもまだ続々と集まっている途中のようだ。
50人と言えば、大きい野党一グループ分ぐらいか?
さらに人数が増えつつあるということは何グループかの野党だか何かが手を組んだということになる。
さすがの自分でもそれだけの人数と戦って無傷でいられる自信はない。
ユイカが思っている以上に大勢から彼女は狙われていたのだった。
(さて、どうする… )
とにかく脱出しなければいけない。
頭に血が昇っていたせいでこんな囲まれやすい場所へきてしまうとは…。
"どんな時でも冷静に"そう教えられたのに・・・
唯一の救いは湖を抜け出す方法があることだった。
ただし、抜けた後が問題だ。
これだけの人数が集まり、今までにいくらでも機会はあったはずなのに誰一人襲ってこなかったということは…。
まさか自分が湖を抜けてしまうと思ってはいないだろうが、万が一を考えその後の手段も考えているはずだ。
「火をつけろ!」
あちこちでこだまするように号令が飛びかい、幻想的だった湖は男達の影と共に荒々しく闇に浮かび上がる。
「いたぞ! あそこだ!!」
野党の1人がこちらを指差している。
考えている時間はもう無い。
ユイカは大きく息を吸い込むと、湖の奥深くへと潜っていった。
「上がってきた所を狙え!」
岸に上がってくるユイカを狙おうと、敵は武器を構えユイカを待った。
ところが3分・・4分・・5分・・・いくら待ってもユイカは上がってこない。
“ 溺れたのか? ”と誰もが思ったときだった。
「ユイカだ~! ユイカはこっちにいるぞ!! 」
湖からかなり離れた所から途中待機していた仲間が叫ぶ声が聞こえ、武器を構えユイカを待っていた者達は驚き混乱した。湖から上がらずに森の奥へ抜け出すなんて出来ないはずだ、無理に決まっている。
「 何をしている! 次の作戦を実行に移せ!! ユイカを追い詰めろ!!」
一人の男が檄を飛ばし、その言葉に混乱した者達はハッとした。そう、状況は少し変わってしまったが、こんな時のために次の作戦があるのだ。
1人が森の中へ飛び込み、他の者も後に続く。最後の一人が森の中へ消え、湖は再び月明かりに照らされ始めた。しかし、静寂はまだ訪れなかった。