1-2話
「 はぁ・・ 」
エリカスは廊下をのろのろと歩いていた。
王の部屋へと近づくにつれどんどん憂鬱になっていく。
なぜなら、父親に呼ばれた理由の予想がつくからである。
( また結婚式の打ち合わせかなぁ…… 父上、大乗り気だし・・ )
別に結婚式を挙げるのが嫌なわけではない。
民間出の女性との結婚を王が祝福してくれるのは喜ぶべきだろう。
ただ、張り切りすぎるのはどうかと思う。
( 父上が全て決めてしまうから、私が居ても意味がないよな )
そう、
「 ここはどうしたらよいかのう? 」
と聞かれたとしても
「 おおそうだ! エルマスニカ様式の調度品ならどうだ!?
あのデザインなら神秘的な空間が作り上げられるに違いない!! 」
と一人で自問自答の末、解決してしまうのだ。
もう好きにしてくれ、と言いたい…。
( なんの為に私は呼ばれるんだろう・・・ )
そんな事を考え歩いているうちに、両開きの大きな扉の前へとたどり着く。
他の部屋とあきらかに違い質が高く、それぞれ無垢材の一枚板でできた扉。
王の部屋へと着いてしまった。
「はぁ…」
エリカスはもう一度溜息をつくと扉を守る兵士に声を掛けようとした。
ところが廊下の向こうから人が走って来るのが見え、そちらに目をやる。
彼らはよほど急いでいるのか、エリカスに気付かず横を走り抜けていく。
( 廊下を走るなんて礼儀がなっていない )
緊急なのかもしれないが、王の部屋を素通りしている所をみると違うような気がする。
注意しようとしたエリカスだったが、
「 おい、西の城庭だったよな? 」
「 あぁ、ユイカとケルハンスどっちが勝つだろうな 」
「 俺はユイカだと思うぞ 」
「 いや、ケルハンスもあなどれんだろう、彼は最近の注目株だぞ 」
「 まだ間に合うよな? 」
「 わからん。 とにかく急げ!! 」
バタバタという足音とそんな内容の会話を残してその者達が見えなくなった後には、そのまま固まってしまったエリカスの姿がポツンとあった。
( ユイカが西の城庭で戦ってる…戦ってる… )
その言葉が頭の中でグルグル駆け巡る。
それが落ち着き理解した時、エリカスは拳を握ってブルブルと震えた。
「 結婚の前だと言うのに、怪我でもしたらどうするんだ!
あのじゃじゃ馬が―――っ! ユイカ~~ッ!! 」
エリカスは吼えると、王に呼ばれていた事も忘れ、中庭へと一目散に駆けていった。
***
エリカスが中庭へ駆けつけるとそこは人で溢れ返っていた。
貴族に、兵士、召使・・まるで城内の人間が全て集まっているかのようで、先程ユイカと分かれたときの静けさが嘘みたいだ。
おかげで怒鳴りつけたい人物が全く見えない。
(どうにかして前へ出ないと)
エリカスが人込みを掻き分けようと手を挙げたときだった。
ガキンッという音ともに折れた剣が弧を描き飛んでいくのが見えた。
「 おぉぉ 」
というどよめきの後
「ユイカが勝ったぞ~!!!」
という誰かの宣言。
途端に辺りは歓声とブーイングの嵐が巻き起こる。
エリカスはその中へ必死に分け入っていった。
「 ケルハンスが負けたか、あい変わらずユイカは強いな 」
「 あぁ。これなら最近悪くなっている都の治安も、じきに良くなるのではないか? 」
「 そうかもしれないな 」
「 おい、それはどういうことだ? なぜ彼女が都の治安に関係する? 」
少々不穏な話に近づいてみれば先ほど横を素通りしていった二人だ。
「 王子殿下! 実は・・・ 」
彼らから話を聞いたエリカスは見る間に青ざめていった。
「 ・・なんだと? 」
彼らから視線をずらし、前のほうまで進んでいたことによってやっと見えるようになったユイカを見詰める。
彼女は地面に仰向けに倒れているケルハンスへゆっくり剣先を向けたところだった。
「 先程の言葉、取り消していただけますね? 」
「 ・・・クソッ・・取り消してやるよ! 」
ケルハンスは悔しそうに地面へこぶしを叩きつける。
それを聞きユイカは剣を鞘に収めた。
傷を負ってもいなければ、息一つ切らしていない。
ユイカとケルハンスの差は歴然としていた。
「 ユイカ!! 」
やっと人込みを抜け、現れたエリカスに人々は驚き、騒ぐのをやめた。
「 王子殿下だ 」
「 なぜここに… 」
「 それよりやばくないか? 」
なにせ、王子の妻となるユイカにブーイングや歓声(=ファンコール)をしていたのだから…
敵が多いようで実は隠れファンが多いユイカではあったが、王子が剣士を辞めさせようとしているのは周知の事実である。それ(ファンコール)を喜ぶとは思えなかった。
決闘を見に来ていた者達は互いに目を見合わすと蜘蛛の子を散らすように逃げていき、中庭にいるのはユイカとエリカスの2人だけになった。
「 ユイカ!! 君は分かっているのか? 君は剣士である前に結婚を控えた身なんだぞ!? 」
「 エリカス様・・私、勝ちました! 」
誇らしげに微笑んでいるユイカにエリカスは怒鳴った。
「 それぐらい見れば分かる! それよりもだな… 」
「 王子殿下~! 王様がお呼びです。すぐにお越しください! 」
話を遮られ、渋い顔をするエリカスにユイカはそっと言った。
「 お呼びですよ 」
「 ああ! 」
分かっているというようにエリカスは声を荒げた。
けれどもユイカから目を逸らそうとしない。
彼の瞳には何か迷っているような色が浮かんでいた。しかし、
「 行ってくる 」
押し殺した声でそれだけ言うと踵を返し王の部屋へと向かって行った。
怒っているが、どこか寂しげな彼の背中にユイカは心を痛めた。
彼がユイカの事を心配しているのはよく分かる。
よく分かるが・・
「 仕方・・ないよね… 」
エリカスがユイカを心配するように、ユイカはエリカスが心配だった。
( あの人は結婚と同時に王位に就く。
今まで以上に命が狙われてくる。
それらから彼を守るのが、私の役目… )
だから、剣を持つのは止めるわけにはいかないのだ。
剣士としての腕も上げていかなければならない。
ユイカは鞘に納まっている剣を見て寂しげに笑った。
「離れられない運命、ね・・。
・・・・・・・・さて、宿に帰ろうか 」
気を取り直すとユイカは城を後にした。
できるだけ難しい漢字にはルビを振ってます。